王都の衛兵
少し短いですが、またすぐに更新するのでご容赦を。
王都全てを巨大な城壁が円形に囲み人々の安全を守っている。この城壁は建国期から一度も崩された事はなく、幾度となく他国からの侵入を防ぎ守ってきたもの。
そんな頑強な城壁に囲まれた生活を送る市民でもあり、国の兵士である衛兵達はどこか誇りを感じさせる佇まいで、怪しい輩が入ってこないか目を光らせて精査している。
スロウレット家は男爵とはいえ貴族なので、門から続いている長蛇の列を風の如くスルーして馬車を進ませる。
旅人や商人の羨ましそうな視線が俺達に突き刺さる。
『おい、あれ見ろ。ドラゴンの徽章だ。あの有名なドラゴンスレイヤーさんか?』
『まじかよ。かっけーなぁ。いいなあ、俺も貴族になりてえなぁ』
ぽろぽろと聞こえてくる、賞賛や羨望の声。
ノルド父さんは気恥ずかし気に、エルナ母さんはにこにこと微笑んでいる。どうやらエルナ母さんは自分の過去の話を振られない限りは恥ずかしがらないよう。
前にルンバが喋っていた時はあんなに恥ずかしそうにしていたのに。
まあ、そこらへんは劇を見てからルンバに話をじっくり聞くのでよしとする。
『おいおい、今日の東門の衛兵があいつらって本当なのかよ!?』
『あいつら三日前は南門だったのに……』
『あの二人はヤバいって。俺達に当たらない事を祈ろう』
並んでいる馬車のほうからちらほら聞こえてくる声。
どうやら俺達の通るこの東門には、ヤバい二人組の衛兵がいるとの事。
ヤバいってどういう事なのだろうか。そんな屈強な戦士がいるのか。それともここから入ろうとする商人や旅人はよっぽどやましい過去や、持ち物を持ち込もうとしているのだろうか。
そして城門の前にたどり着き馬車を停める。
馬車が三台は通っても問題ないくらいの道の広さ。そして空を仰ぐほどに広がる重厚な壁。壁の厚さだけで三十メートルはありそうだ。
「貴族章をお見せ下さい」
馬車に近寄って来た、銀と赤を基調とした金属鎧を着た男二人組。全身を覆う鎧は動くた度にがしゃがしゃと音を鳴らす。
俺達の後方では「うおー、危なかったあー」などと嬉しそうに言葉を交わし合う男達が。
え、この二人がヤバい二人組とやらなの?
見た所、短髪の男にスキンヘッドの男といたって普通の見た目で。強面具合でいったらバルトロの方がよっぽど怖い顔をしている。王都には冒険者もたくさんいるのでこれくらいの厳つさには慣れていると思うんだけど。
「それじゃあ、ちょっと貴族章を見せてくるよ」
「暇だから俺も」
王都に入場するための貴族章を見せる為に下車するノルド父さんと俺。
ノルド父さんの涼しい顔を見る限り、この二人組は大丈夫なのだろうか。それとも知らないだけなのか、俺は好奇心から後についていく。
「はい、これが貴族章です」
コートのポケットから手帳のような物を取り出し見せるノルド父さん。そこには金色に輝く、ドラゴンの紋章が。
どうやらあの手帳が身分の証明になるらしい。
短髪の衛兵はそれを無表情で確認して、ノルド父さんの顔を見ると表情を驚愕に染めた。
何だ何だ? 今までの村や町でも見たドラゴンスレイヤーの大ファンとやらだろうか。
「……美しい」
「はっ?……」
今この男なんて言ったのだろうか。
ノルド父さんが怪訝な表情で男を見つめると、男は恥ずかしそうに目線を少し逸らす。
「いえ、何でも。確かに確認いたしました。ノルド=スロウレット男爵様ですね?」
「え、ええ。そうです」
「それでは念の為に荷馬車の軽い検査と質問をしますね?」
「はい」
そう言うと他の衛兵たちが荷馬車へと確認に向かう。
ちなみにスキンヘッドの衛兵はさっきからずっと俺をガン見している。何か気に障る事でもしたのでしょうか。
「王都での目的は?」
「リーングランデ公爵主催の貴族の交流会に参加するためです」
「……確かに一週間後にありましたね。乗員は?」
「使用人や護衛を含めて八名です」
爵位が高くなればこういう事は省く事ができるらしいのだが、スロウレット家は男爵。爵位としては低いほうなのでそうはいかない。
それから淡々とした質問が繰り返されて暇になったので、周りを見渡していると不意に声をかけられた。
「王都は初めてですか?」
腰を下ろしてニッコリと話しかけてくる衛兵。それでも俺の目線よりも高いが、暇になった俺の相手でもしてくれているのだろう。不機嫌そうに睨みつけてくるから怖い人かと思ったのだけれどいい人じゃないか。
ちょっと強面だからといって、皆怯えすぎじゃないだろうか。
「はい、初めてです」
「そうですかー。ところでお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「アルフリート=スロウレットですけど?」
「お年はいくつで?」
はて? 俺のそこまでお子ちゃまに見えるのだろうか? これでももうすぐ七才なのだが。それにしても、こういう時は王都の良い所や名所を教えてくれるものかと思っていたのだが。
「もうすぐ七才になります」
「へー、もうすぐ七才になるのですか……少し幼いか……いや、これはこれでありかもしれん」
「……え?」
「いや、何でもございませんよ。あっはっは」
何か今この人とんでも無い事を口走った気がする。何だろうこの悪寒は。
にこにこと笑いつつ頭を撫でる衛兵さん。そしてその手がじょじょに、肩そして腕、腰へと回り俺のお尻を掴んだ。
「ヒイッ!?」
貞操の危機を感じて全力で後退る俺。この男は一体何をしようとしたのだろうか。
あの這うような手つきが体に纏わりつくようで気持ち悪い。
「どうかしましたか?」
爽やかな表情で近寄ってくるスキンヘッドの衛兵。
どうしてセクハラをしているのにこんなに爽やかな笑顔をしているのだろうか。
もしかして俺が間違っているのかと錯覚してしまうほどだ。
「歳は?」
「え? 三十二ですけど?」
「いいね、いいね。奥様はいらっしゃるので?」
「もちろんいますよ?」
「タイプの男性は?」
「は? 男性? それ関係ある質問なのですか? ちょっとどこ触っているんですか!?」
見ればノルド父さんも貞操が危ないようだ。もう王都に来た目的とか防犯とか関係ないよね? 質問内容がおかしいと思います。
なるほど確かにこの二人組はヤバい奴等だ。皆が怯えるのも納得だ。
「荷馬車の確認終わりました! 問題ありません!」
俺とノルド父さんにとっての天使の声。
「そ、それじゃあ入らせてもらうよ。行こうアル!」
「うん。用事があるから急がないと」
こんな危ない所にはいられないとばかりに急いで馬車に乗り込む俺達。
それを「あぁ」と寂しそうな声で見送るヤバい衛兵。
「ロウさん、速く進めて下さい」
「わ、わかりました。急ぎましょう」
ノルド父さんの声がかかるなり、御者台にいるロウさんが慌てて鞭を叩く。
恐らくさっきのやりとりを見ていてロウさん自身も貞操の危機を感じたのであろう。随分と怯えた表情をしている。
「アルもあなたも顔色が悪いわよ? どうかしたの?」
「「何でもないです」」
言えない。男に痴漢されただなんて。




