咲き誇れ!
「ふう……やっと終わったか」
「なぁーに『これで最後の魔物か……』みたいな一仕事終えた爽やかな顔してるんだよ!」
仰向けに転がったゲイツに白い目を向けて突っ込む。
そんな俺の視線に対してゲイツは特に気にした様子を見せずに、ふっと笑う。
「……いい一撃だった」
「あほか」
あの後、ゴブリンが仲間を呼び、わらわらとハイゴブリンをも混ぜたゴブリン達が現れた。
十匹の群れをなした、ゴブリン達相手にどう戦うのだろうかと観察していたが、ゲイツの取った行動は『仲間を呼ぶ』だった。
幸いにして馬車もすぐ近くであったため異変を感じたルンバがすぐさまに群れへと斬りこみ、ノルド父さんが臨戦態勢で構えてくれていた。
そんな盤石なメンバーで負けるはずもなく、バッタバッタと倒されていったゴブリン達であった。
しかしこの男、ゲイツは一味違った。
なんとハイゴブリンの攻撃一発でノックダウン。
ハイゴブリンとはゴブリンの上位種の魔物であり、肌の色が赤褐色で背丈が少し大きくなった魔物。しかしそれは大男というサイズではなく、あくまで百二十センチもあるかといった程度の大きさ。
そのハイゴブリンが棍棒を手にゲイツへと襲いかかった。
稚拙ともいえる薙ぎ払いを、円状のシールドで受け止めるゲイツ。
特に危機感もなく、見守っていたのだが突然ゲイツが脱力し地へと伏せたのだった。
相手は木製の棍棒。対するゲイツは鉄製の盾。力の差もなく押し負けるはずもない。しっかり防御は成功していたし、そもそも倒れ方が脱力するような感じだったので直接殴られたわけでもない。
いきなり倒れだしたゲイツを見てハイゴブリンも困惑していたが、チャンスとばかりに棍棒を振り下ろそうとする。
その軌道は明らかにそり立った顎めがけての所で「あのまま顎を叩かれると引っ込むのだろうか」ということが頭をよぎったのだが、そこは戦闘中。
素早く思考を切り替えてファイヤーランスをお見舞いしてあげた。
ゲイツを袋叩きにしようとやってくるゴブリン達を魔法で牽制している間にルンバがやってきて殲滅となった。
ゲイツの赤くなった顎と本人からの言葉によると、どうやらゲイツは自分の構えた盾が顎に当たって気絶したらしい。
恐らく相手の衝撃を変に逃がしたせいか、盾がぶれて長い顎に当たったとの事。恐らく軽い脳震盪。
本当に情けない。
そして今はルンバやロウさんが素材をはぎ取って、出発の準備をしているところだ。
護衛であるゲイツは何もしていない。
「アゴ出してるからだよ」
「出てるんだよ!」
ゲイツの悲痛な叫びが草原に響き渡った。
ゴブリン達の血の匂いに誘われて他の魔物が集まってくるかもしれないので出発は急いだ方がいい。
ルンバが涙目になるゲイツを荷物のように荷馬車へと積み込み、進行は再開された。
× × ×
あれからいくつかの村や町を超えて七日目。
初日から特に魔物と出会うこともなく、順調なペースで進めている。
予定では今日の昼頃には王都に着くはずだ。
いい加減この狭いスペースのなかで揺られながら過ごす事にも飽きてきた。最初は外の景色を眺めたり、荷馬車に行ってルンバやゲイツと遊んでいたりもしたのだがそろそろ限界だ。いい加減トランプにも飽きてしまった。
「次は何をするババ抜きか? ポーカーか? それとも神経衰弱か?」
「俺は大富豪を所望する」
「えー、もうトランプは飽きたよう」
せっせとカードを集める二人をしり目に、俺は手に持ったカードをバラバラと落とし後ろに倒れ込む。
いつぞやのリバーシを思い出させる光景。
一応この世界にもカードゲームなる遊びはあるのだが、日本のトランプとは全く違う様子。
そのカードの白紙の状態を取り寄せてもらって自分で作ったカードだ。
ちょっと紙の質が悪いのか、全く違う材質なのかわからないが少しごわごわしているが仕方がないだろう。
仰向けになった事で、青い空が俺の視界に入る。
ちょっと気晴らしに魔法でもぶっ放そうかな。
どうせ誰もいないし派手に空に打ち上げるか。
派手に打ち上げるといったら花火かな。これなら盛り上げたい時に使えるし面白い。
そうと決めたら行動。
俺はさっきまでの疲労感が嘘のように軽い身のこなしで起き上がり、空中へと手を向ける。
「ん? どうした?」
「何かするのか?」
突然の俺の行動に困惑する二人。
その声を無視して俺はイメージをする。火魔法による花火。ある一定の高さまで浮上させてそこからいっきに爆裂。
空に咲く花のように美しくだ。
少し多めに魔力を込めて、空へと火球を飛ばす。
それはヒューという音を立てて真っすぐ天へと上がり、やがてボンという音を立てて飛び散る。爆炎と舞い散る炎もまた綺麗だ。
「「おおおおおおっ」」
ぱちぱちと拍手をしてくれるルンバとゲイツ。
「何か火魔法を使ったのはわかるけど面白いな!」
「夜にやると風情がありそうだな」
「おお、ゲイツわかっているじゃん! 夜空に舞い散る火花は一段と綺麗なんだよ!」
そう言うとゲイツはグッと親指を立てて、白い歯を見せてくる。
「だが、こう何というか物足りないな。もっとこうバッとした派手さが欲しいな」
「よし、今から練習してみるよ」
そこから撃ち出すこと十連発。
大音量を響かせ、咲き誇る花々。温度を変えて飛び散る青や白い炎。爆裂の威力を変えて音量を上げたりと色々試した。
「「ヒャッホーイッ!!」」
これが夜ならどれだけ感度した事か。村に帰ったらトールに見せてやろう。
そこで突如止まる荷馬車。慣性により俺達はもみくちゃになりながら倒れる。
「……痛ってえ。尻打った」
「あ、アゴがぁ!」
「……もう、なんだよ全く」
「何だよじゃないよ。馬が怯えて進めないだろう!」
うめき声を上げる俺達の元にやって来たノルド父さん。
荷馬車で魔法を撃つのが禁止となり、馬車へと連れ戻されてしまった。
「アル、さっきの魔法で私のドレスを打ち抜いてみたくならない?」
紅茶を一口すすると、突然素っ頓狂な事を言い出すエルナ母さん。
その言葉を聞いて、同じく口に紅茶を含んでいたノルド父さんは咽たようだ。
「ならない」
まだ諦めていなかったのかエルナ母さんは。
「あの生地はね薄くて肌触りがいいのだけれどよく燃えるのよぉー」
にっこりと微笑むエルナ母さん。生憎だけど俺はなんでも燃やしたがる変態ではない。
初日の俺のファイヤーランスを見てからずっとこの調子だ。花火を見てまたぶり返したのか。
「それをすると荷馬車まで燃えちゃうよ」
「構わないわ」
「駄目だよエルナ! あれが無いとパーティーに出られないじゃないか」
「だからよ」
「駄目です! そこには私のクッキーが沢山置いてあるんですから!」
「そう。ならここに置いてあるクッキーはいらないわね」
「それとこれとは話が別ですよ! 私にも下さい!」
「…………」
サーラはそこについては関わる気がないのか、優雅に腰かけて紅茶をすすっている。
そしてクッキーを一口ぱくりと。そして頬をほころばせる。
サーラの可愛いところを目撃してしまった。
すると向うは俺の視線に気付いたのか、頬を赤く染めて何事もなくカップに口をつけた。
どうやらそっとしておいて欲しいらしい。
収拾が付かなくなる前に別の話題を振る、ノルド父さん。なかなかいい手口だと思います。
「それにしてもアル、あそこまで魔法が上達していたなんて驚いたよ」
「本当ですよね! もう初日もそうでしたけどさっきのハナビ? でしたっけ? あれもすごかったですね」
「本当ね。あれはなんの為に使うのかしら?」
期待の視線が突き刺さるなか、俺は平然と答える。
「あれは色と音を楽しむ娯楽だよ」
「「「…………」」」
「やっぱりかあ」というような溜息をつきそうな表情。
「……相変わらずの使い道ですねアルフリート様は」
え、何サーラのその言い方。褒められているの? 貶されているの?
「アルはぶれないわねぇ」
「あはは、全くだねえ」
「でも、面白いですねえ。綺麗ですし」
皆してどういう事なのだろうか。
ちょっと皆が俺のことをどう思っているのかを詳しく聞きたい。
「……あっ、花火があれば情報の伝達に使えるね。打ち上げて音を出せば居場所がわかるし、色や種類を変えれば他の意味も伝えられるよ! 今から帰るとか」
「「絶対やめなさい」」
「えー、何で?」
「「迷惑だからだ(だからよ)!」」
えー、便利なのに。




