パーティーへの招待状
雪は解けだし、暖かくなってきた気がしなくもないこの頃。
最近エルナ母さんは「暖かくなってきたわねー」とか言っているが、寒がりな俺にとっては真冬も当然であり同意は出来ない。
それはシルヴィオ兄さんも同じなのか、最近は魔法で温めてある俺の部屋で過ごす日が多い。
それはいいのだ。シルヴィオ兄さんは静かに書物を読んだり、勉強をしているだけなのだから。だがそうなるともう一人の姉は訓練の時以外は暇なのか、暖かいという理由を掲げて迫り、俺の部屋へと侵入してくるのだ。
リビングには大きな暖炉があって暖かいというのに。
そうなるとまあ相手をするのは基本俺となり、やれ新しいお菓子を作れだの、あんた何しているのだのと迷惑極まりない。最近では訓練にも俺を連れて行こうとする始末。
エリノラ姉さんは雪合戦の日から、やたらと訓練をしていた気がする。何だろう、静かに俺の身に危険が迫っているような。
氷像は村の子供の仕業で俺が悪くはないと理解してくれたみたいだけど、俺に負けたのがいたくお気に召さなかったのか、たまに再戦とか言われる。それはまあ、逃げることで回避している。
少しは放っておいてもらえないだろうか。
そんな事で俺は自分だけの小さな城であるコタツを制作しようとしている。
さて、ちょうどいいテーブルはエルマンさんに作ってもらったおかげで大丈夫。
何だか酷く疲れていた様子だったが、何でも最近は民家の補修などで忙しかったらしい。
そろそろ村の民家も老朽化が進んで建て替え時なのだろうか?
まあそんな事はノルド父さんにでも任せておいて、今はコタツだ。
テーブルに毛布を挟むとコタツとしての、大体の形は出来上がったのだが問題はどう熱源をつけるか。
籠にでも火球を入れておけば一時的には暖かくなる。
しかし俺がもし眠るとどうだろうか。
瞬く間に火球は俺の制御を離れ、籠や毛布、果てには俺までもを焼き尽くす事になるだろう。
これはいけない。
なら燃えないように金属で囲っては? これも駄目。触れただけで大火傷するようなコタツになんておちおち入っていられない。
コタツとは聖域なのだ。断じて血を流す事があってはならない。
そう俺だけの俺のための安全で快適な城だ。
なら、どうすればいいか。
何かいい魔法いい発想がないかと考えてみたが、なかなか思い浮かばない。
そんなわけで何かヒントを求めて、魔法の本を読み漁ってみているが目ぼしい事は書いていない。初級魔法がどうたらと退屈な物ばかりだ。
そんな中で見つけたのが、魔法についての説明箇所で記されていた魔導具。
そうだ魔導具と言えば術式さえ書けば、魔力を込めるだけで発動する便利アイテム!
ならば魔力を込めれば熱を放出する魔道具を取り付ければいいだけの事だ。
そう思い、魔道具についての本がないかと書斎をくまなく探したが見つからなかった。
魔法の本なんてものがあるくらいだから、魔道具についての本もあるかと思ったのだが無いようだ。
念のためにエルナ母さんに、魔道具についての本はあるかと聞いてみたところ無いみたいだ。
こうなったらノルド父さんに買ってもらうしかないな。
そう判断して俺はリビングのテーブルの席にいるノルド父さんに話しかけた。
「ノルド父さん」
「駄目だよ」
「まだ何も言っていないよ?」
名前を読んだだけで否定の言葉を出すとはなんと性急な父親なんだ。
ともかく交渉をするために俺は正面へと座る。
「魔導具の本が欲しいんでしょ?」
口を挟んできたのは、ノルド父さんの隣に座るエルナ母さん。なるほど、それで知っていたという訳か。
しかし、それならば何故断られるのだろうか? リバーシに料理のレシピ。あらゆるものをトリエラ商会と契約して我が屋敷の懐は温かいはず。それも俺の貢献によって得られたものが多い。もしかして子供が高い物を強請ったのがいけないのか?
「どうして駄目なの?」
「魔導具についての書物は一般人が買うには高いけれど、アルやバルトロ、トリエラのお陰でお金については問題ないよ」
「じゃあ何で?」
「魔導具についての書物はどこにあると思う?」
「そりゃ、魔法学園とかのある王都じゃないの?」
俺が答えると、ノルド父さんは鷹揚に頷く。
な、何か嫌な予感がする。
「そう王都にあるんだ。王都はここから遠いんだよ。定期的に来るトリエラ商会もついこの間きたばかりだ。しばらくは来られないだろう」
ちっ。本当にいいところで使えない奴だな。
「そんなの懇意にしているスロウレット家から連絡を出せばすぐに取り寄せてくれるよね?」
毅然としてそう答えると、少しエルナ母さんとノルド父さんが感心した表情を見せる。
「でもアル。残念ながらそれでも駄目なんだ」
「今から早馬を出して連絡をしても、持ってこられるのは春の前かしら?」
エルナ母さんが頬に手を当てて、考える仕草をする。
おそらく頭の中で、日程の計算をしているのだろうか。
それにしても春前か。もうその頃には冬が終わってしまっている。
次はクーラーや扇風機を作らないといけない季節だ。
「まあ、時期や距離が原因で遅くなるのは仕方がないけど。別に駄目な事ではないんじゃ」
「ここにとある手紙があります」
エルナ母さんがにっこりとしてポケットから取り出したのは、丁寧に包装されたお上品な手紙。
はて、手紙がどうかしたのだろうか。
テーブルの上にさし出された手紙を、丁寧に開けて読む。
「えーと、なになに? パーティーの招待状? へー、ノルド父さんパーティーに行くんだ」
顔を上げて話すと、二人は続きを読みなさいとばかりに視線で促す。
「この度王都で開かれる、パーティーにぜひご子息のアルフリート様とご一緒に参加していただきたい……ちょっと離して。この手は何なのですか?」
気付けば俺の腕は、エルナ母さんとノルド父さんの腕にがっちりと掴まれていた。ノルド父さんはともかく、エルナ母さんの腕すら振りほどける気がしない。なんという握力なんだ。
「アルが椅子へと腰を下ろせば離すさ」
にっこりと笑って告げてくるノルド父さん。
それにしても二人とも身を乗り出してまで掴んでくるとは。この反応最初から俺が逃げる気だと予想していたな。
まあ仕方ない。とりあえずは席に座るか。
「つまり王都で開かれる貴族たちのパーティーに参加しなければいけないんだ」
「えー、行きたくない」
俺が即答すると、ノルド父さんは溜息をつく。
隣ではエルナ母さんも同様に「全くこの子は」という様子だ。
何故だ。そんなに俺という子供は問題児であったであろうか。わざわざ遠いところにも行きたがらない、親の手もかからない良い子供だと思うけど。
「パーティーには子供が生まれて成長したら、顔出しとして王都のパーティーに参加しなければいけないんだ。早い子供なら四才でパーティーに参加しているよ」
「早い! そんな所に子供を連れていってどうするのさ?」
「まあ簡単に言えば、後継ぎや子供を紹介して貴族同士の縁を深めるためだよ」
「他には婚約者探しとか色々あるのよ?」
ようするにとりあえず子供が成長したら、本家である王都に一回は顔出せや。という事であろう。
「シルヴィオ兄さんや、エリノラ姉さんもそれには参加したの?」
俺が本当に強制なのか確かめるように尋ねると、ノルド父さんは顔を青くする。
「……ああ、参加したよ。もう大変だったね」
「どっちも縁談の話が舞い込んできて大変だったわ」
なるほど。二人の容姿を考えれば、それはもう多くの縁談を申し込まれて大変だっただろうに。
げっ、という事は俺もあの二人と同様の容姿を求められることになるのであろうか。
うわっ、行きたくない。絶対がっかりさせられるよ。特にシルヴィオ兄さんと比べられたら目も当てられない。
「……行きたくない」
「……父さんも同じだよ」
どうしてだろうか? 遠い王都だろうがノルド父さんがそこまで嫌がる事があるとは思えないのだが。だって俺はイケメンじゃないし。
「あなたは王都で大人気だものねー」
エルナ母さんがからかうように笑う。
……ああ、ドラゴンスレイヤーか。
なるほど、きっと自分自身もパーティーで囲まれるから嫌なんだ。
容姿良し、性格良しのノルド父さんがパーティーに行けば、若者から大人気に違いない。脳裏で囲まれて困り果てたノルド父さんの姿が簡単に想像できる。
そう言えば、王都ではノルド父さんを題材にした劇があると聞いた。
これはちょっと王都に行きたくなってきたかもしれない。
「あんまり目立ちたくないんだけどねえ。ただでさえ成り上がりで目の敵にされているところもあるんだし」
確かノルド父さんは冒険者で功績を残して貴族になった珍しい成り上がりタイプ。がちがちの建国期から支えてきた貴族達からは睨まれていそうだな。
多分、由緒正しき血筋である我らよりも、下賤な血を持つ成り上がり風情が調子にのりおって。とかいう嫉妬がありそう。
田舎でゆっくりと過ごしたい俺からしたら、そういうややこしい事は遠慮したいものだ。
「魔導具の本を注文しても、どうせすぐにパーティーで王都に行かないといけないの。それだったら自分で買いに行った方が安くすむし観光もできるわよ?」
とのエルナ母さんの声。やけに安くという所が強調されていた気がする。
「どっちにしろ春に王都に行くのは絶対だからね?」
「えー、わかったよ」
しぶしぶ俺が了承すると、二人はホッとした様子になる。
俺ってそんなに反抗する子だと思われていたのだろうか。心外だ。
俺ほど素直な子供はいないと言うのに。
王都か。
ミスフィリト王国の中心地であり、世界有数の大きな都市。
そこでは王族を中心とし、多くの貴族や商人、冒険者、町人とたくさんの人々が住む場所。
ここにはない調味料や食材、魔導具とか便利な物があるはずだ。
転移するためには実際にその地へと行かなければいけないし、まあ俺にとっても利益がある事だよな。
とりあえず劇は絶対に観ないと。




