アルの優雅なひと時……
気付けばブックマークが二万件を越えていました。
ブックマークしていただいてありがとうございます。
555万PV越えました。
収獲祭が終わってから一週間。
あれだけ騒がしかったコリアット村にも、元の静けさが戻ってきた。
最終日の次の日には頭が痛い、だるい、面倒くさい、なぜか生気が尽き果てて動けない者などが続出したのだが、大概は奥さんの愛のムチにより喜んで今日も村の歯車となった。
あれから俺とトールなどの十二歳未満の子供たちは、大人達に追い返されるように家へと帰されてしまった。
まあ、子供には早い何かがあるのだろうと思いつつ、俺はエリノラ姉さんと帰った。
ちなみにシルヴィオ兄さんは、その日は一度屋敷に戻ってから部屋から出てこなかった。どうしたんだろうか? 見当は付くのだが、考えるのが怖い。
屋敷に帰ってバルトロに聞いてみると、夜には未婚の女や、もうすぐ成人を迎える女が己を男にアピールするためにきわどい格好で踊るとのこと。
そして、その踊りに見惚れた男が女に踊りを誘う。それが告白というわけでは無いが、この日には多くのカップルが成立するらしい。
道理で次の日にはピンク色の空気が多かった訳だよ。
次の日村に顔を出したら、もう甘ったるいカップルがいるわいるわ。
公衆の面前で抱き合うわ、キスをするわ。そういうのは夜に家でやってほしい。
何が「たっくん♡」だよ。仲良く見つめ合って頬をつつき合いやがって。
その光景を羨ましそうに眺めていたセリアさんの夫、自警団の隊長さんは頬を抓られて食堂へと連れていかれていた。
夫婦の愛は様々だと実感したよ。
そんな感じで、今日もコリアット村は平和です。収穫祭が終わり、冬の到来を告げるかのように日に日に空気が冷たくなってきた。
こんな日は、自分の部屋にこもって本でも読むに限る。
部屋を火魔法によって作られた火球で温める。早く温めたければ火球を増やせばいいこと。冬に備えてこの魔法はたくさん練習したために操作は自由自在だ。
後は他の物に燃え移らないようにして、浮かべておくだけ。
一時として同じ形をすることのない炎を眺めるのも案外楽しいものだ。
外で焚火を眺めている、お爺ちゃんの気持ちが良く分かる。
何となく室内が暖まってきたところで、火球を減らす、もしくは消す。
いや、だってずっとこのまま燃やしていたら酸素とか薄くなりそうだし。
それだけは気を付けている俺である。
空間魔法により、異空間からクッキーと紅茶の入ったティーポット、カップを取り出す。
異空間でクッキーがばらけたり、紅茶がポットから零れることはない。
異空間でしっかりと固定されているので問題は無い。
恐らく異空間では時間という概念がないのであろう。
三カ月収納していたホカホカのスープを、シルヴィオ兄さんは美味しそうに食べていたし。
エリノラ姉さんでも良かったんだけど、胃袋とか強そうだし。一般人の部類にも入るとは思えないので、たまたま目に付いたシルヴィオ兄さんに生贄……試食してもらったのだ。
その後も、ちょくちょく紅茶やお肉、焼き魚まで試して貰ったが元気だった。
ちなみに取り出す感覚は、小さい物ならばしっかりとイメージをすれば、テーブルの上から物をとるような感じ。
大きな物はまだ入れたことがないから分からない。
一体どの大きさで、どのくらいの量が入るのやら。
考えるのはここまでにして、椅子に座り本の世界へと没頭する。
手を伸ばせば、お皿に盛りつけられたクッキー。
湯気が漂う紅茶の入ったティーカップ。
最高じゃないか。もし季節が春となれば、外に出て、緑に囲まれる自然の中でこれを堪能したというのに。
そんな光景を妄想しながら、香り豊かな紅茶を一口すする。
新鮮な紅茶の葉の香りが、口の中を駆け巡る。
「はあ~、落ち着くわ~」
思わず頬が緩む。
そして、クッキー一枚をつまむ。
サクサクとした食感が楽しい。瞬時に広がるバターと砂糖の甘みが脳を癒す。
そして口の中から水分が奪われたところで、また紅茶を一口含み流し込む。
俺は今、一番貴族らしく優雅に過ごしている気がする。
「……こんな日が毎日続けばいいのに」
『アール―君! あーそーぼー!』
「…………」
『アールーくーん!』
……聞えない。何も聞こえないぞ。今日はゆっくり屋敷で過ごすんだ。こんな平和には滅多にないんだぞ。
『アルフリート=スロウレットくーん!』
「……聞こえません」
『俺だよ!おーれー!』
そんなオレオレ詐欺にはかかりません。
『トールだぜー!』
外からの声はさらに大きくなる。
そんな事は言われなくても分かっている。
『話聞いてくれよー!』
どうして俺が屋敷にいないとは思わないのだろうか。とは言え、これ以上無視するのも可愛そうなので顔を出す。
木製の窓を押し開けると、屋敷の門の前にはトールとサーラがいる。
まあ、あれだけ大声を出せば誰か様子を見に行くよね。
よくこの距離まで声が届いたな。まあここは静かだし、子供は声が高いからね。
よく見るとトールは何やら顔を真っ赤に染めて、へこへこしている。
アイツ、サーラに鼻伸ばしてやがるよ。エリノラ様とやらへの愛はどこにいったんだ?
トールを白い目で眺めていると、トールが俺に気が付く。
サーラに一声をかけ、とてとてと走ってくる。
「アル、聞いてくれよ!」
「聞いてるよ」
「俺、冒険者になるんだ!」
「へー、決めたんだ」
「アルはどうだ? 一緒に冒険者になろうぜ!」
まさか本当に冒険者になることを決めたとは。
冒険者。依頼を受けて世界各地に存在する魔物を狩り、それによって得た利益で生計を立てる者のこと。
時には、まだ見ぬ秘法を求め危険な場所へ。時には貴族や商人の護衛として。時には美味なる食材や、貴重な植物を採取しに。時には荷物運びや、溝掃除まで、とにかくあらゆる仕事をこなす。
当然、実りのよい仕事には実力と信頼が必要とされる。
世界に名をはせるトップの冒険者など、全体からすればほんの一握り。
善人から悪人までもがひしめく中で、己が武器と仲間をたよりに駆け上がる。この世界の男の子ならば誰もが夢を見るもの。
そんな明るい未来を見て、何人の若者が消えていったのであろうか。
もちろん俺はごめんだ。
俺は一度は死んでしまって、新しく生を受けたんだ。
この命。大切に使いたいんだ。
「嫌だ。俺はこの村でのんびり過ごすよ」
だから俺はハッキリと言った。
「やっぱそうか。断られると思ったよ」
トールは落ち込んだ様子を見せず、むしろホッとしているようにも見えた。
「まあ、いろいろ相談があるんだ。お前の部屋あがっていい?」
「駄目だ」
「何でだよ」
「今日は屋敷でだらだらして過ごしたいから!」
俺の六才児とは思えないセリフに、サーラが苦笑いをする。
「じゃあ俺の家に来いよ!」
俺の言葉を聞いていたのであろうか? 部屋から出たくないと言っているのに。
「部屋から出たくない」
するとトールは少し考える素振りをする。
「今日は姉ちゃんが家にいるぜ」
「一分で用意する! 待ってろ!」
俺は瞬時にクッキーや紅茶セットを収納していく。
最後の火球を消しとばし、勢いよく扉を開ける。
ガンッ!
「…………」
扉が何かに強く当たった感触。
そして廊下に倒れているのは人。
赤いカーペットの上には、糸の切れた人形のように人が倒れこんでいる。
白い長袖のカッターシャツに、茶色のロングスカート。その下には黒いストッキングのようなものをはいている。
絹のような赤茶色のポニーテールがばらけ、表情は窺えない。
体から血の気がなくなり、寒さを感じる。恐らくこれは冬の冷たい空気のせいではない。
こんな寒さとは比べ物にならない、冷気が、寒気が俺を襲う。
俺は瞬きや、呼吸をすることすら忘れたように廊下に突っ立って、倒れたそれを眺める。
そして俺はそれに吸い寄せられるように、顔へと手を伸ばす。
目元を覆う、美しい髪を払いのけると――
――目を閉ざした、エリノラ姉さんの顔があった。
錬金王Twitterを始めました。
錬金王と検索すれば出てくると思います。よければフォローなりしてやってください。
新作『俺、動物や魔物と話せるんです』を投稿しております。
動物や魔物と話せる主人公のお話しです。ユニークな動物や魔物がいるので面白いことになっております。
よろしければ是非一読してみて下さい。




