腐女子協奏曲
気がつけば500万アクセス越え。皆様のおかげです。
ありがとうございました。
「おかしい……シルヴィオ兄さんがいない」
俺は屋台が立ち並ぶ、にぎやかな道に一人立っていた。片手に豆を塩で味付けしたものをつまみながら、周りを再度見渡す。
昼を過ぎても村人たちの賑わいは衰えることは無く、一層の賑やかさを出していた。飛び交う屋台のからの声に、楽しそうに話す親子の会話。夜に近づくにつれて賑賑しくなるほどであった。
「……シルヴィオ兄さんは迷子か」
人の行きかうこの中から、背の小さな俺がシルヴィオ兄さんを見つけるのは難しい。探すのも面倒くさいので、俺はそう結論づけた。
もしかしたら、ご腐人方に攫われたのでは? と疑問が頭をよぎったのだが、流石にそれは無いと思った。シルヴィオ兄さんはあの容姿なので目立つのだ。コリアット村の治安の良さから考えるとあり得ないだろう。
『さっき凄いイケメンの金髪ショタがいたのよ!』
『きゃあー! 本当!?』
『ええ! それに黒髪の小さな男の子と手を繋いでいたのよ!』
『何その鼻血もの! 私も拝みたかったー!』
『きっとまだ近くにいるはずよ! 急いで探しましょう!』
『うんうん!』
『そういえば、あなた旦那はいいの?』
『知るかあんなもの! 今はその金髪ショタを探すのよぉ!』
『そうね!』
『『ぐへへ』』
「……やっぱり攫われたのかな」
横道から走りだしたご腐人達の背中を見ながらつぶやいた。今の会話を聞いて大分事件性が出てきた気がする。俺が警察ならシルヴィオ兄さんを特異行方不明者に認定してしまいそうだ。
しかし、ご腐人達は拝むと言っていたので、問題は無いだろう。
俺はこれでも忙しいので事件性が無ければ動かないのだ。それにご腐人ネットワークに任せた方が早く見つかりそうだし。
俺は迷子となったシルヴィオ兄さんをご腐人方に任せてぶらつくことにした。
次は何を食べようか。
美味しそうな匂いに、身を任せて食べ歩くことしばらく。
シルヴィオ兄さんと合流できることもなかった。
『ねえ、見つけた?』
『こっちにもいないわ!』
『……一体どこにいるのかしら』
『ノーラが西の方で見たって言ってたわよー!』
『『本当!?』』
『行きましょう!』
『ええ!』
何故か、慌ただしく走り回る女性たち以外に怪しいことはないだろう。
俺は西の方へと向かっていた体を東へと反転させて歩き出した。
何となくだよ? 東の方からいい匂いがするし、あっちに行けばいいことがある気がしたんだ。
気さくに声をかけてくれる村人達と挨拶を交わしながら進む。
広場の方では、腕相撲大会が行われているのか大いに盛り上がっている。
あのあたりだけは熱気がとても強い。
俺が近付くと、服を豪快にを脱ぎ脱ぎ捨て上半身をあらわにさせる男が見えた。腕や肩をぶんぶんと振り回し、己の筋肉や力強さを誇示する男。ってローランドのおっさんかよ。
おっさんは雄叫びを上げて、自慢の肉体を観客へと見せびらかす。
それを聞いて、観客たちがエールや食べ物を片手に沸き上がる。
そして対戦相手であるウェスタは腕を組みながら瞑目している。するとカッと目を大きく見開き服をバサッと脱ぎ捨てた。
『うおお! アイツ着痩せするタイプだったのか!』
『まじかよ! 着痩せするにも程があるだろーが!?』
『……あの筋肉……一体どこから湧いてきたんだ』
『やべえよ、俺ローランドに賭けちまったよ』
『いや、ローランドの腕見てみろよ!』
『うおー! 丸太かよ! ゴブリンの頭なら一発で吹っ飛ばせそうだな!』
『……あれならオークだって』
『……あの筋肉に抱きしめられたい』
『『えっ?』』
『ん?』
ローランドの肉体に負けず、ウェスタもいい筋肉を持っている。普段はだぼだぼな服を着ているから気付け無かったのか。細マッチョどころではないほどに、膨れ上がった筋肉だ。本当にあの胸筋が、今までどこに仕舞われていたのか気になるところだ。
ウェスタは首の骨を鳴らし、指の関節を鳴らすと不敵な笑みをおっさんへと向ける。
おっさんもまた丸太のような腕や、ばきばきに割れた腹筋を誇示して挑発に応える。
『ローランドに賊貨五枚!』
『俺はウェスタに賊貨七枚!』
『わしは銅貨一枚かけるぞい!』
『『『おおおおおっ!』』』
2人が睨み合う中、村人達はどんどんとお金を賭けていく。
全く、この村の男達は賭け事が好きだな。まあこれも娯楽の少ない田舎での大きな楽しみなのだろう。
ますます熱気が強まる中、二人は大きな木製の樽の上に肘を置き、お互いの右腕を絡ませる。
『きゃあああああああ!』
『いいわよ!』
『絡み合う男のたくましい腕!』
『盛り上がる筋肉を伝う汗と』
『『お互いの吐息がかかる程の距離で見つめ合う瞳!!』』
何故か、ここで盛り上がるご腐人達。男性陣を遥かに超える黄色い声が、さらなる賑わいを起こす。
『……腕相撲は毎年女にも人気があるよな』
『……ああ、そうだな』
『あそこにいるのお前の嫁だろ? 何か聞いてないのか?』
『一回だけ聞いたことがあるが教えてはくれなかったな。何でも代々伝わる掟がどうとか』
『まあ、やましいことじゃねえし気にすることないか』
『そうだな』
近くの若い男性達が素朴な疑問を語り合う。世の中何も知らない方が幸せなことがたくさんあるよね。
苦い顔をしながら俺は人だかりから離れた。どんどんと人が増えて身長の小さな俺からはおっさん達の様子が見えなくなってしまったからだ。
『始め!』
『うおおおおおおおっ!』
『ふんぬぬううううううっ!』
スタートの声を合図に、村人の怒号やご腐人達の黄色い声が広場を包みこんだ。
× × ×
「あの美しく滑らかな青い髪は!」
俺の視界を掠めたのは、敬愛するあのお姉様の髪。澄んだ川を連想させるあの髪は、あの人に違いない。
曲がり角を曲がり視界から既に消えてしまった、御方を俺は急いで追いかける。
走る途中で、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえたが知らない。今はそれどころでは無いのだ。
そして曲がり角を曲がると、エマお姉様の後ろ姿が。
青い髪に隠れて僅かに見える白いうなじ。今日は自警団の訓練もないおかげか、いつもの木刀をぶら下げた訓練服ではない。白い袖に、ウエストがきゅっと絞められた茶色のロングスカートという村娘のような恰好。いつもとは違う服装に新鮮さを感じながら、俺は声をかけようと近づいていく。
するとエマお姉様の隣に歩いている、俺と同じくらいの背丈をしたくすんだプリン頭を持つ野郎が見えた。
「エマさん、そいつ誰ですか!」
「え?」
「はあ? 誰だよコイツ?」
エマお姉様が振り返ると同時に、そばかすをつけた少年が無礼な言葉を投げかける。
いきなり会うなり、人をコイツ呼ばわりとはなんて野郎だ。
「いや、お前が最初にそいつ呼ばわりしたんじゃねえか」
俺の心の中の声が漏れていたのか、野郎は半目で俺を睨む。
「こら、トール! そんな言い方してはダメですよ! この方は領主様の次男、アルフリート様なんだから」
「ええー? コイツが?」
「コイツなんて失礼な呼びかたしないの! すいませんアルフリート様、出来の悪い弟でして」
エマお姉様は苦笑いをして、トールと呼ばれる少年の頭を下げさせる。
「……出来の悪いって……姉ちゃんだって家の中では――」
「何をぶつぶつ言ってるのよ」
ふてくされながらブツブツと呟く、トールの頬を引っ張るエマお姉様。
大丈夫なのかな? トールとかいう少年がすごい涙目になっている。頬を引っ張られすぎて歯茎とか喉ちんことか見えちゃってるんだけど。
トールが「痛い痛い! わかったから!」と叫ぶと、手が頬から離れてゴムのように元に戻る。
「えっと、さっきはすいません。エマの弟のトールと言います。年は八才」
頬をさすりながら、涙目に挨拶をするトール。実はエマお姉様って力が強いのかな。
「一応ここの領主の次男のアルフリートです。よろしく、年は六才で一応兄と姉がいます」
「ん? 姉? 領主? まさか!」
「ん?」
俺の自己紹介を聞くと、トールは何か考えこんだあとに、大きな声を上げた。
「ちょっとアルフリート様いいですか?」
「うん? 何だい?」
急にトールが身を低くしてきた。何だろう。俺が領主の次男だとわかってもトールは態度を変えなかった。それなのに強気なトールの態度を、こうも変えてしまう事を俺は言ったであろうか。
こうして考えている間にも、トールはエマお姉様に一声をかけると俺を道の端へと連れて行く。
一体何なのだろうか。トールの考えが読めない。
「で? 話って何?」
「えっと、その……あれだよ。あれ」
俺が聞くと、トールは急にもじもじし始めて歯切れ悪く話す。もじもじして動くお尻の動きが何か面白い。
「俺はお前の母ちゃんじゃないから、それだけじゃわからん」
「あの、だからよぉ。――様って婚約者とかいるのか?」
「はい? 婚約者が何だって?」
何だかわからないが、声が小さい上に顔を逸らしながらボソボソと言うので聞き取りづらい。
「だーかーらー! エリノラ様の婚約者はいるのか聞いてんだよ!」
「…………え? はあああああああぁ!?」
あれ? 収穫祭終わっていない。




