脱出王
「アルフリート! 余興いきます!」
『お! アルフリート様がいったぞ!』
『また何か面白いことをやってくれるのか!?』
『いいぞー! やれやれー!』
俺の言葉に沸き立つ村人達。皆顔をほんのりと赤くしており、すでに出来上がっているようだ。無駄に声を上げてテンションを上げていく男達を不審に思ったのか、セリアさんとカルラさんが厨房から出てくる。
騒がしくていいではないか。今日は収穫祭。誰にも俺達を止めることはできない。日頃の溜め込んだ鬱憤をここで発散しようじゃないか!
村人達に少し場所をあけてもらう。
「ちょっと土を取ってきますね」
『土? なんだ? なにするんだ』
『わからねぇ。あの人のことだからな』
ガヤガヤと騒ぐ村人達。
俺はすぐに、外の土を土魔法でサイコロの展開図になるようなブロックを六つ作る。
箱を作るのでとりあえず、俺を囲むことさえできれば問題ない。見映えと迫力を出すために二メートルくらいの箱ご出来るだろう。
俺は土ブロックを操作して、そのまま食堂へと入る。
「お待たせしましたー」
『なんだありゃ?』
『土の壁か?』
『土魔法でつくったのか?』
『ありえねぇ。俺なんてあれ二つ作るだけで精一杯だぜ』
村人達が俺の土魔法で作ったブロックを見て疑問を口にする。疑問や期待を持たせるためにブロックを自在に操作して村人達に見せ付ける。
「注目!」
俺の言葉に村人達が声を静める。
いいね。切り替えの早い人は嫌いじゃないよ。コリアット村の男達はよく馬鹿なことをするが、切り替え早い。キチンと大事な所を押さえているのがとても好感を持てる。遊ぶときは遊んで、働くときは働く。
いいね。俺は遊ぶと、休むしかいらないけどね。
「今から俺はマジックをします。今から俺はこの土魔法で作った壁で箱をつくります。そして俺は十秒以内に箱を壊さず箱から脱出してみせましょう!」
『マジック? 魔法じゃなくて?』
『とにかく、あの箱を壊さずに脱出してみせるってことだろ?』
『そんなことができるのか?』
皆が胡散臭そうに話し合う中、俺はブロックをサイコロが出来上がるかのよう連結させて大きな箱をつくる。
『『おおおお』』
『箱が出来たぜ!』
「では皆さん、俺が箱の中に入ります。箱に入り終わったら十秒からカウントをしてください」
村人達に手を振りながら箱に入り、入り口の為に空けておいた一面を塞ぐ。
ピッシリと連結された箱の中では、光が入ることはなく、真っ暗な狭い空間の中で村人達の微かなカウントの声が聞こえるのみである。
閉所恐怖症の人とかは結構怖がるのではないだろうか。
『七……六……五』
村人達の息を合わせたカウントが聞こえてくる。
数が小さくなるごとに声が大きくなっていき、村人達の期待を表しているように思える。
『三……二……』
期待に答えてあげようとも、種も仕掛けもない本当のマジックを!
一と叫ぶ声と同時に俺は空間魔法で誰もいない奥の厨房へと転移する。
そして村人達の0という言葉に合わせて土魔法の箱を解除してバラバラに崩す。
『崩れたぞ!』
『アルフリート様は大丈夫なのか?』
『うちの食堂に土を散らかすんじゃないよ!』
突然崩れて土となった箱を見て村人達は
どよめき、土へと近づく。
ローランドとウェスタが土を触りながら言う。
「いないぞ」
「どこにいったんだ?」
皆の視線が土へと集まるなか俺は悠々と厨房から出て、パフォーマンス性をだすために一瞬だけ火魔法を目の前で発動させる。
炎が唸りをあげて虚空へと消えていく。
『うお! 後ろにいんぞ!』
『後ろ?』
『ん?』
『本当だ! どうやって箱から脱出したんだ?』
村人達が気付き、一人また一人と驚きの声をあげていく。そして誰かが拍手をしだして、それが伝播するように驚きから称賛へと変わる。
「どうもありがとうございました」
嬉しさによる照れを誤魔化すように、俺は丁寧に一礼をする。
その後はもう一回やってくれ、だのどうやって抜け出したんだ?、と言う声をはぐらかしながらメルナとユリーナのいるテーブルに戻る。
安易な種明かしはタブーなのだよ。
一度種を明かしてしまったマジックは、もう二度とお客さんに感動や驚きを与えることはできない。
種を明かしてしまうと『へー、そうだったんだー』
マジックというのは、お客さんを最後まで完全に騙し通すことで初めて『すごい!』『どうして!?』という感動が生まれるものだから。
俺のやったことはマジックとは言えないと思うことなのだが、楽しんでくれたならいいだろう。
『またやってくれ!』という声に頷きながら手を振る。
なんだかこれだけでも十分お小遣いを稼げそうな気がする。奇跡の脱出王アルフリート。何てね。
他のテーブルでは村人達が、どうやって俺が脱出をしたのかと議論をして盛り上がっている。
「一体どうやったんだ?」
「私もどうやって箱から抜け出したのか検討もつきません」
メルナとユリーナが腕を組みながら唸る。
「はい、果実水。奢りだよ」
セリアさんが果実水の入ったコップをドンとテーブルに置く。
「ありがとうセリアさん」
「礼ならさっきの箱抜けをどうやったか教えてくれた方が嬉しいねえ」
「ハハハ、それは教えませんよ」
「あら残念」
思ったよりもあっさりと引き下がったセリアさん。果実水を一口飲むと、やはり冷たさが今いちだ。氷の魔導具でもない限り、どこの場所も食べ物も飲み物も常温だ。
冷たい飲み物を一気に飲みたかったので氷魔法でカップにちいさな氷をいくつか入れる。
「これはまた驚きましたね。氷魔法まで使えるんですか?」
「王都の氷の王女と呼ばれる人と一緒だな」
「氷の王女って?」
誰だろう? ルンバにも同じことを言われた気がする。氷の王女と言われるくらいなので、氷魔法を使う冷酷な人なのだろうか?
氷の城に住む、派手なドレスを着た女性。ロングスカートからも見えるすらりと伸びた足。形のよい豊かな胸に艶やかな黒髪。いいかもしれない。氷の王女。一度お会いしたい。
「んー、まあそれは表向きに言われていることなんだがな」
メルナが言いにくそうに発した言葉により、俺の頭の中の美しい想像が瓦解する。もしかしてあまり美しくないとか?
「表では?」
「氷の王女と呼ばれるお方はミスフィリト王国の第三王女の方ですから、我々下々の民は良い呼び名で讃えるしかありませんからね」
「じゃあ裏では何て呼ばれているの?」
「『氷の人形』と呼ばれています」
ユリーナの言葉にメルナが顔をしかめる。
「人形っていうほどじゃないだろうに……」
「それは一体どうして?」
「『氷の人形』と呼ばれる第三王女レイラ様は生まれつきながら足が不自由でした。家族はレイラ様の様子をみて落胆しました。第三王女が歩くことすらできないなんてと、しかし、成長するにつれて氷魔法が使えるとわかると、冷たくしていた家族や周りの人達はこぞってレイラ様に暖かく接するようになりました。そのあまりにも露骨に手のひらを返すような態度にレイラ様は家族すら信用することができなくなり、人間という生き物に呆れたそうです」
何ともまあ、人間の本性を丸出しにした話だこと。
「それにしてもユリーナさん詳しすぎない? この話って平民が詳しく知るほど有名なの?」
「あー、私は平民じゃありませんので」
「俺もだ」
「はぁ? それが本当ならどうしてこんな所にいらっしゃるので?」
「急に態度を変える必要はありませんよ。そのままでいいですよ」
俺の様子を見て、面白そうにユリーナさんは笑う。
「俺がメルナ伯爵でユリーナは子爵だ。ノルドとは仲良くさせてもらっている。今日はありのままのコリアット村を見るためにこうしてここにいるんだ。ノルドから聞いていなかったか? 外から客が来ると」
メルナ伯爵の最後のの言葉を聞き、俺は思い出した。そういえば、何か言っていた気がする。絶対関係ないと思い込んでいたから、適当に流していた。
「そう言えば何か言っていたような気がします」
ということは、この人達がくるお陰でバルトロとメイド達は朝から忙しくててんてこ舞いの様子でかけ回っていたと。
なるほど。アルフリート納得。
「面白いマジックをしている間に聞きましたよ、貴方はノルドの息子さんだそうじゃないですか」
「うん……いや、はい……一応次男のアルフリート=スロウレットです」
「さすがはノルドとエルナさんの息子だ。礼儀正しいな。俺は馬鹿やってるお前の方が好きだがな?」
メルナ伯爵は大きな声で笑うと食堂を出ていく。
「さて、そろそろ行きますか」
「どこへ?」
「貴方のお屋敷にですよ。私の妻は既に着いていますし、余り待たせていると拗ねてしまいますから」
何とも可愛い奥さんだこと。
ユリーナさんは多めに代金として銀貨を四枚テーブルに置くと立ち上がった。




