収穫祭
ほとんどの村人が麦や作物の収穫を終えて、今日からは収穫祭だ。
村人の楽しみとも言える年に一度の収穫祭。収穫祭の期間はほとんどが皆仕事をする事なく、食べて飲んで踊り今年の豊作を祝う。凶作になると規模は小さくはなるのだが、滅多にそんなことにはならないそうで。凶作なら凶作で来年の豊作を願うんだそうで。
今年は大変豊作な上に、リバーシなどの収益のお陰で大変豪華な収穫祭になっている。ノルド父さんと付き合いのあるメルナ伯爵、ユリーナ子爵家といった外部からの客人が来るそうで。
そんな訳で、おもてなしする我がスロウレット家も料理を振る舞う為に大忙し。
本番は夜だと言うのだから、もっと忙しくなるだろう。
「おーい、野菜はまだかー?」
「はい、ありますあります」
「お皿が足りませんよー」
「よし、じゃあそのまま野菜を切ってくれ」
「わかりました!」
「ちょっとミーナ、それはお客様の分のお皿だから使っちゃ駄目よ」
厨房や配膳室では慌ただしい声が聞こえてくる。
大変そうだ。
リバーシ大会に呼ばれているために、いつもの開催場所であるセリアさんの食堂に向かう。
食堂に入ると、四十人くらいの男女が既に食堂に集まっている。流石に増築したセリアさんの食堂もこれだけの人数がいれば手狭に感じてしまう。
女性は場所をとらないのだが、ローランドのオッサンのような男がいれば二人分のスペースはとってしまう。
「まだ増えるの?」
「ん? おー、来たのかアルフリート様よ。まだ二十人くらいは増えるな」
「まだ増えるの? さすがに入らないでしょ」
「外も使えばなんとかなる」
何が楽しいのか、すでにお祭り気分なのかオッサンが笑いだす。
「ねえねえセリアさん、外にも椅子とかテーブル設置していい?」
「ああ、むさ苦しい男共が減るなら大助かりさね。頼むよ」
『ブーブー!』
仕込みをしているセリアさんに、椅子とテーブルの設置許可を取る。
ブーイングをする男共は、セリアさんが一睨みすることによりすぐに沈黙。
そんな中、俺は土魔法で食堂の外に椅子やテーブルを設置していく。
俺の完成イメージは、よくある喫茶店とかの外の席だ。
今は日差しも大してないし、土のパラソルは邪魔になりそうなのでつけていない。
完成したものを確認する。
ちょっと角ばっていて無骨かもしれないが、まあまあ出来映えではないだろうか。
華やかさな欠けるなら、色がついた布でも敷くなりしておけばいいだろう。それをすると、セリアさんの食堂とイメージが大分違うので違和感しか無さそうだが。
「魔法ってこんなに簡単に出来たっけか?」
オッサンが隣で腕を組む、少し理知的な顔をした茶髪の青年に声をかける。
「いや、そんなはずは……少なくともこんな規模の魔法は俺には出来ないな」
「俺は火属性があるんだが、一日三回薪に火をつけるのが精一杯だぞ?」
「ローランドとアルフリート様を比べるのがおかしいんだよ」
「そういうウェスタは水属性だったよな? どれくらいできんだよ?」
「聞いて驚け。なんとバケツ一杯分の水が出せるんだ!」
「んだよ、しょべーなー。そんなんじゃ火事が起きても消火もできやしねぇじゃねえか」
「何だとお前! お前なんかさらに燃え上がらせるだけで、使いものにならないじゃないか!」
ローランドとウェスタとかいう男が大声を出しながら胸元を掴み合う。
「あーあー。危ないってー」
土魔法で作った椅子とテーブルは結構硬いんだよ?
「いいぞー! やれやれ!」
「ローランドとウェスタがもつれて……もつれあってるわ!」
「ほら! やっぱりそうなのよ! ローランドが攻めでウェスタが受けなのよ!」
「何を言ってるの? ここからウェスタが逆転して、ローランドのヘタレ受けに決まってるじゃない!」
ちょっとそこのご腐人方、一体何を言ってるのでしょうか?
「うるさいよ! あんた達! 喧嘩するなら殴り合うんじゃなくてリバーシでしな! 今日はリバーシの大会なんだろ?」
さすが俺たちのオカン、良いこと言うな。
「お、おうそうだった。やるならリバーシで白黒つけてやる」
「それはこっちのセリフだ。精々俺と当たるまでに負けるんじゃないぞ」
ローランドとウェスタは立ち上がり不敵に笑い合う。
それを見て、ウンウンと頷くご腐人方。
何? 何なの? 貴方達の世界では何が成立したの? 俺にはさっぱりだよ。
そしてお互いに視線を切ると、お互い別方向に歩き出す。
ローランドもウェスタもカッコつけて歩き出したけど、会場はすぐ隣の食堂だよ?
ローランドはそのまま角を曲がり、正面入り口へ。ウェスタは反対側の厨房側へと回り裏口へ入る。
『ちょっと! こっちからは入ってこないでっていつも言ってるでしょ!』
『う、うわあ! すまない!すぐに出ていく! だからオタマを投げないでくれ』
うわぁー、ウェスタかっこ悪いな。賢そうな顔してるけど絶対間抜けだわ。
この後ローランドとウェスタは午後を待つこともなく、午前中の一回戦でお互いに敗退した。
二回戦からは昼食を食べてから午後である。
昼からは広場にある屋台を食べに行く。村人達の財布の紐が緩いこの時期を狙い、自慢の料理を売り出すのだ。利益自体は大したことはないが、毎年どこの家の屋台の飯が美味しいだのと競い合うようにして屋台を出している。
王都に行けば、主な道路にはズラリとミスフィリト城前まで店や屋台が並んでいるらしい。
それって一体いくつあるんだろうね。王都で暮らす気はさらさら無いのだが、一度は見てみたいものだ。
あちこちを冷やかしつつ、それぞれの屋台を回る。
「何を食べようかなー」
うーん、気分的には温かいスープが飲みたいんだけどなー。
「お! あった。あのでかい鍋はスープだな」
今まさにお椀にスープを入れて、お客に渡そうとしている屋台が目に入った。
さっそく二人のお客の後ろに並んで待つことにする。
「うちの野菜スープはいかが?」
絹のような金髪をした、優しそうな女性が俺に優しく微笑みかけてくれる。
「貰います。一つください」
そして貴方も頂きたい。
「はーい、お金はある? 賊貨三枚よ」
「大丈夫です。ここにあります」
「わかったわ」
女性は微笑ましいものを見るような目で笑うと、鍋をかき混ぜてスープをお椀に入れる。
熱々のスープが湯気を出し、いくつもの甘い野菜の香りが漂う。
すごく美味しそうだ。鍋を見ると、ごろごろとした野菜に少しのお肉が入っている。素材自体はありふれたものだ。ジャガイモに人参、キャベツにキノコだ。おそらく、他にも何か香草が入っているのだろう。
「はい、熱いから気を付けてね?」
「はい、ありがとうございます」
熱々の野菜スープを息を吐きながら冷まして、一口放り込む。
ごろごろとしたニンジンは硬すぎることもなく、スープの味がしっかりと染みこまされている。
素材の味を引き出した甘味が胃の中に優しく入る。塩などは大して使っていないのだろう。
「とっても美味しいです」
「フフ、ありがとう」
素材の味を最大限に生かした美味しい料理だった。落ち着いたらバルトロと研究しよう。
あっという間に食べ終わったお椀とスプーンを女性へと返す。この村の屋台ではお椀とスプーンは使い回しなので。
野菜スープに満足しながら、セリアさんの食堂へと戻る。
「今回もカルラさんは勝ち上がってくるのかなー?」
セリアさんの食堂へと戻ると、既に二回戦を始めているペアがチラホラと。それを眺める一回戦敗退者や、野次馬の者達。
「今のはここに置けば沢山ひっくり返せたんじゃねえのか?」
「馬鹿言え、そこに置くと次にここを押さえられたら取り返される。だから今はあそこで相手の石を押さえる方がいいに決まっている。だからお前は弱いのだ」
ローランドとウェスタがまた絡み合っている。お前達やっぱり仲がいいだろ。
「おめぇも、一回戦で負けたじゃねぇか」
「あ、あれは、相手が悪かっただけだ。他の奴なら楽勝だな」
「確か、あの目が細目の男だったか? ここらへんじゃ見ねえ顔だな? 移民者か?」
「わからん、外側は滅多に行かんしな。ただアイツは強い」
「なるほどな」
「そういえば、お前は誰に負けたんだ?」
「あそこで卵焼きばっかり食ってる男にだ」
「そんなに強かったのか?」
「いや、そんな感じはしなかったような」
「つまりお前が弱かっただけのことか」
「いーや! 違えし! 俺が今より本気出せば……」
周りに迷惑な程の言い合いをする二人は放っておく。
俺も村人全員を覚えている訳ではないが、確かにウェスタに勝ったという細目の男には見覚えがない。
何か違和感を覚える気もするんだが、気のせいだろうか。
まあいいか。俺は次の対戦の確認をまとめ役である、エルマンさんに聞く。
「アルフリート様の次のお相手は、あそこで卵焼きを食べている人ですよ。お互い準備が整ったのならば、始めてください」
エルマンさんが手を向けた方を見ると少し大柄くらいの男が、大きながに股で椅子に座り込み丼のような勢いで卵焼きをかきこんでいる。
「嬢ちゃんおかわり!」
「どれだけ食べるのよ! あんたお金はあるのよね?」
「おう、お金ならある」
巾着袋を逆さまにして、ジャラジャラと銀貨を取り出す。中には金貨も混じっていた。
ルンバと同じ冒険者なのか? 強そうだし村では金貨を持つ人なんてほとんどいないし。
「で、でも駄目よ。これ以上は皆の分が無くなっちゃうから」
「んー? それはいかんな。これぐらいにしておくか」
男はよっこらせっと立ち上がり、エルマンさんがいる俺たちの所へ歩いてくる。
「まとめ役さんよ。次の相手は聞こえてた通り、この子なのかい?」
「ええ、そうですよ。準備ができたらはじめて下さいね」
「おっしゃあ、やるか坊主。俺はメルナだ」
俺を見下ろしてニヒルな笑みを浮かべる男。
「アルフリートです。よろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げて、リバーシの用意をしているテーブルへと向かう。
「よっしゃあ、楽しむぜぃ」
パチパチと打ち進めていく内にわかったのだが、メルナは強くない。
「んおー? 端をとったと思ったら、手痛く反撃をくらったぞ」
ストーナートラップのことね。隅を一つあげるかわりにもう一つの隅を取るやつ。
「なるほど、本場では強さが違うな」
「コリアット村の外から来た人だよね?」
「おうそうだ! 最近やっと俺の住んでる所まで回ってくるようになったんだがな。やっぱり発祥の地であるコリアット村とじゃあ比べられねぇな。参った!」
ガハハと笑って席を立つメルナ。既に盤上の石は俺の白一色に殆んど占められている。
「嬢ちゃん卵焼き一つ!」
「あんたはもう駄目よ。スパゲッティにしなさい」
何とも清々しい男だ。普通ただの子供に負けたら悔しがると思うんだが。
「今の考え方は凄いですね、面白い上にとても参考になります。もし対戦するときはよろしくお願いしますね」
感心していると、糸目の男が俺の隣に立っていた。
『私の名前はユリーナです』と言い残すと、糸目の男ユリーナはメルナと同じくスパゲッティを注文した。
はて、メルナにユリーナ。どっかで聞いたことがある気がしたんだが。気のせいかな?




