涼しげな夏
緩やかな斜面から、急な斜面になりつつある山を登る。
誰かが定期的に山菜でも捕りにくるのか、ある程度踏みならされている歩きやすい道を通る。夏特有の青々とした森の中。不思議と影も多く、暑さにも困らない。今日は風も丁度吹くので、夏にしては涼しい。日本の気候とは大違いだ。氷魔法も必要ない。というかピクニックに氷魔法は何か使いたくない。
現在の並びは、エリノラ姉さん、エマお姉さま、俺、シーラの順番だ。
エマお姉さまが俺のことを気にかけてくれるのが嬉しい。『ここ急だけど大丈夫ですか?』と言って声をかけてくれて、手をつないでくれるほどだ。
しかし、エリノラ姉さんが『アルも剣の稽古してるから、これくらい余裕よ』と言ってくれたおかげで、エマお姉さまの手は離れてしまった。
うう、何て余計なことを言うんや。エマお姉さまの手は木刀を握るタコがあったが、女の子らしい柔らかい手だった。
エマお姉さまとシーラは二年前から自警団の訓練に参加するようになったらしい。エリノラ姉さんが自警団の人達と混ざって剣を打ち合っているのをみて、女性でも強くありたいと思ったらしい。
既に、この村で最強に位置するのは女性なんだけど……
「アルフリート様は、今年の春から剣の稽古をしているんですか?」
「うん。毎日じゃないけど、ちょくちょくやらされているんだ。ノルド父さんも、エリノラ姉さんも厳しいんだ」
「あれくらい、普通よ。普通」
「エリノラ様と領主様はお強いですからね。私もいつも簡単に負けてしまいます」
あはは、苦笑いをするエマお姉さま。
「もう、ここらへんで食べましょうよー」
後ろからシーラがお弁当を抱き締めながら呻くように声をあげる。本日この山を登って何回目の言葉だろうか。
「もう少しだから我慢しなさい」
エリノラ姉さんの言葉にシュンとして、お弁当を抱え直す。
胸元が大変なことになっている! お弁当が……消えた?
俺はあまりの光景に戦慄を覚えた。
あそこは一体どうなっているんだ。まさか空間魔法?
「こんなにいい匂いしてるのに。まだ食べられないなんて、生殺しですー」
「シーラ、もう少しだから頑張ろ? ね?」
「うん」
エマお姉さまによる応援により、再び歩き出すシーラ。
名残惜しくも、俺は前だけを見て山を登る。
「着いたー!」
これといった危険もハプニングも起こることがなく、コリアット村を一望できる高さまでたどり着くことができた。
俺としてはシーラが転けるだけで、もうハプニング扱いなんだけど。
前から手を着かずに転けたのに、顔を打たないってどういうことよ。あれかな? 車が事故を起こしたとき自動的に膨らむエアーバックかな?
「お弁当ー! お弁当を早く食べましょう!」
シーラが俺の言葉を聞くなり、即座に草地に座り込む。
「ここならコリアット村が全部見えるわね」
「エリノラ様の屋敷が一番大きいのでよく見えますね」
「早く! 食べましょうー!」
「全くシーラは食べ物のことになると落ち着きが無くなるんだから」
「普段とは違って、またそこが可愛らしいですね」
うわー、エリノラ姉さんがウフフとか言って、エマお姉さまとにこやかに笑ってるよ。何か気持ち悪いね。
「何よ?」
「何でもございません。ここで頂きましょう」
柔らかい草の生えた場所に腰を下ろす。風通しのいいおかげで、火照った体を冷ましてくれるように風が吹き、草木が揺れる。
「風が気持ちいいですね」
「じゃあ、食べましょうか」
「はい!」
「うん」
皆がお弁当を開けると同時に声を漏らす。
「ふわぁー!」
「美味しそうですね!」
「さすがバルトロね」
「……」
黄色一色。かと思った。バルトロも時間が無いとか、材料がねえ、とな仕込みが無いとか文句を言ってたしな。俺のお弁当の中身だけやたら卵焼きが多い。お昼もとっくに過ぎてたし、いらないって言ってたから仕方がないか。
黄色ばっかりも恥ずかしいので、卵焼きをいくつか収納して、肉のソース焼き、キノコとニンジンをバターで焼いた残り物などと入れ替えておく。
シーラは早速、フォークで卵焼きをぶっ刺して一口で口に放り込む。
「ふわぁー! とろけそうなくらい、甘くて濃厚な卵焼きです~」
「うふふ、じゃあ私は……この白いのは何ですか? エリノラ様? 」
エマお姉さまが、白いものを指で指してエリノラ姉さんに尋ねる。
エリノラ姉さんも気になっていたのか、自分のお弁当の中にある白いものを訝しげに眺める。
「何かしら。私も見たことが無いものね。アルは何か知らないの? 作るの手伝ってたでしょ?」
「それはおにぎりだよ。手でそのまま食べられる。塩味がついているけど、お肉と食べると美味しいよ」
「へー。初めて見ました」
「私もよ」
「ふぉひひにぃってひゅうんえふね」
「シーラ。口の中にたくさん入れた状態で喋ったらはしたないですよー」
「はーい」
ゴクリと飲み込んで、柔らかな笑顔で返事を返すシーラ。何か天然というか子供っぽいと言うか、可愛いらしいですね。
「おにぎりってなかなか美味しいわね」
「本当ですか? ……本当ですね!少し モチモチしていて、噛めば噛むほど甘い味がします!」
「そうねその通りね」
絶対嘘だ。エリノラ姉さんの頭に噛めば噛むほどとか、感想が出るはずがない。多分何か甘い。何か柔いわね。とかそんなところ。
スパゲッティも『なんか面白くて美味しい』とか言ってたくらいだし。
何かエリノラ姉さんが俺を見てる。
多分『どうして早く食べさせてくれなかったの』とかそんな感じの視線。俺は『屋敷でホカホカのおにぎりをご馳走さまさせます』とアイコンタクトを送り。逃げるようにおにぎりの話をする。
「温かいともっと美味しいよ」
「そうなんですねー! バルトロさんが開発した新しい料理でしょうか?」
「うんうん、そーだよ」
もう、それでも何でもいーよ。あんまり広めすぎて、変な人とか来たら困るから。この間ノルド父さんが変な商人を追い払っていたし。リバーシの権利はトリーに売ってちゃったから、来ても無駄なのに。
「お魚にも合うよ~」
シーラも幸せそうに体を揺らしながらおにぎりを食べる。
我思う。コリアット村の至宝がここに在りと。
和やかな食事が終わり、景色を眺めながら影で横になって体を休める。
『ふにぃ!ふにぃ!』
何てアホっぽい鳥がいるんだ。
気になったので、隣で横になっているエリノラ姉さんに聞いてみた。
「エリノラ姉さん。今の何ていう鳥? すごく変な声をしてるんだけど」
「あら、聞いたことなかったの? ここらへんの山の高さに住んでる少し大きめの鳥よ。名前はフニィ鳥」
「そのままかい」
「そりゃ、あれだけユニークな声をしていたらねー」
「他に何か特徴は無いの? 」
「鳥なのに地面を走るわ。よく転けるけど」
「……変な鳥だね。ところで、いつまで偉そうな声だしてんのさ?外ではそんな感じな訳?」
「後半の言葉は聞かなかったことにしてあげるわ。女性には色々あるのよ」
距離を詰めてくるエリノラ姉さんが怖い。
「本当にエリノラ様は、アルフリート様の事が好きですね。登るときもずっとペースを緩めて、頻繁に視線をおくっていましたし」
腰掛けるのに丁度いいくらいの石に座る、エマお姉さまがにっこりとわらう。
ちゃうで、これ恐喝やで。って言うかそんなに見てたの? エリノラ姉さんはいつも俺をよく睨むから、わからないや。
気になりエリノラ姉さんの顔に視線を向けるが、既に背中を向けており表情は判らない。
「そんなことないわ。アルが登るのが遅かっただけよ」
素っ気なく聞こえるエリノラ姉さんの声は、いつもよりも柔らかいように聞こえた。
今日も平和です。
次回からは秋や、冬です。




