ピクニックにいこうよ
いつも通りに剣の稽古をこなして井戸で顔を洗う。冷たい水が顔に張り付いた汗を流してくれて気持ちがいい。だけどこれが冬ともなると、地獄のような冷たさになり触れることさえためらってしまう。恐ろしい変化だ。
顔を洗い終わると、顔を拭く布を忘れたことに気付きく。首を回してみるが、あるはずもない。
「はい、お顔を拭く布です」
スッと布を差し出してくれたのは、メイドのサーラ。俺が赤ん坊の時から世話をしてくれているメイド。赤ん坊の時は、十六歳だったそうで、六年たった今では二十二歳。顔からも幼さも抜けて、楚々とした姿が堂に入っていて美しい。長い艶やかな黒髪は、道行く人を振り返らせるに違いない。
黒髪が基本の日本人であった、俺からすれば懐かしくてついつい見つめてしまうこともある。その姿がたびたび他の人に見られていたようで、エルナ母さんに『サーラのことが好きなのでは?』と容疑をかけられたこともある。まあ、小さい子供が身近な綺麗な年上の女性に惹かれることはよくあることだ。
まあ、確かにサーラは綺麗な女性だ。だけど精神年齢三十三歳の俺からしたら、恋愛なんて始まるのは十年は先だろうという気持ちだ。六才児の体のおかげか、おっさんの精神のどちらが冷静に判断しているのかはわからないが。
エルナ母さんにはこう答えた。
『黒髪が好きなだけだよ』
六才児が急に黒髪が好きと言って、変に思われたかもしれないが気にしない。目を丸くするエルナ母さんの後ろで、エリノラ姉さんが前髪をいじっていたのも気にしない。
やっぱ黒髪だよねー。うんうん。
男性は清楚なイメージの女性が好きな人が多い。黒髪には、日本人本来の美しさがあるから、本能的に惹かれるのかな?
中でも長いストレートが好きなのはツヤがわかりやすいからか。
男性は一点反射(ストレートヘアや車のツヤなど)が好きって聞いたことがあるし。逆に女性は乱反射,ラメやパーマヘアが好きみたい。
しかし茶髪も悪くない。明るい印象になりやすいし、服との相性もいいしね。女の子の友達も、黒髪は服と合わせるのが大変と言っていたくらいだ。
だけど、そのせいで茶髪だらけになってしまった日本は残念に思えたよ。
茶髪が悪いとか遊んで見えるってことじゃないよ? あれはきっと、不良とかヤンキーとかのイメージが抜けきらないだけだよきっと。
中学や高校で髪の毛の校則が厳しいのは、校則を破ってまで、髪の毛を染める学校や組織への反抗心が強い人を炙り出すためなのかもね。
「ありがとう。サーラ」
「いえ」
今日もサーラの黒髪は綺麗だ。
× × ×
バルトロに昼食はいらないと告げて、自分の部屋からマイホームへと転移する。今日は天気いいしピクニックにでも行こうと思う。そのために今お弁当を作っている。
ここでは最近、ローガンに作ってもらった羽釜のおかげでお米を炊くことができるようになった。
そのせいか、キッチンの一つが昔の土間のようになってしまった。これはこれで和風っぽくてありだけど。細かいところは土魔法で調整した。
スイッチ一つで炊き上がるのとは違いなかなか大変だった。
かまどに薪を入れて火で炊くのは大変で。何より火加減が難しい。火加減の練習するためにバルトロに教えてもらって何日も薪を燃やして練習したものだ。ガスコンロというものがいかに偉大かわかる。
火加減はできるようになったものの、肝心のお米を炊く時の火加減は俺にはわからなかったので、苦労した。
試行錯誤した上に何とか、いい仕上がりになる火加減を見つけることができた。
はじめは弱火、その次は強火でたき、そのあと少し火を弱める、そしてまた強火に戻し、最後は火を止めて蓋を取らずにむらしておく。
これでいい感じのお米が炊き上がる。これにたどり着くまでいくつのお米さんがベシャベシャになったり焦げたりしてしまったことか。
空腹を我慢してすでに慣れつつある作業でお米を炊き上げる。
「うん、お米が立ってる」
お米の炊き上がる湯気にあてられながら俺は頷く。
塩結びをいくつも作り上げ、葉っぱで包んでいく。そして空間魔法で収納する。
これでいつでもアツアツだ。
「俺の目指す豊かな生活の目標の一歩近づいたよ」
今日はローガンの家におにぎりを持って行って、ピクニックに行くつもりだ。
作ってくれたローガンにもお米の良さを教えてあげなきゃ。卵焼きを一発で気に入ったローガンならお米との相性もわかってくれるだろう。味噌汁が無いのが悔やまれる。探すか作るか…
これからの計画を考えながら、ローガンの家を目指す。
村から少し外れた、自警団の訓練に使う広場ではエリノラ姉さんが元気に木刀で自警団の隊長と打ち合っていた。
隊長を応援する声と、エリノラ姉さんを応援する黄色い声が離れた場所にまで響いている。俺はそれを横目に見ながら道を通り過ぎた。
「ローガーンさーんご飯よー!」
俺はローガンの小屋をドンドンと叩く。ここらへんには誰も住んでいないし近所迷惑にもならないので遠慮なく大声で。作業音も聞こえないし大丈夫だろう。
「やめないか!誰か聞いてたらどうする」
「えー? 誰も聞いてないって」
「この村は狭いんだ。いつ誰が聞いて誤解するか」
「いや、自意識過剰な女子高生かよ」
「何だって? じょしこ、うせい?」
聞いたことがない言葉を聞いて、バルトロが変なところで区切った。ちょっと発音が面白い。
「あー、ほらほらお米もってきたよ」
「おう、これか。このためにわざわざ来たのか?」
「いや、一応これからピクニックに行くんだ」
「そうか。これは後で食わせてもらうよ」
バカな! ホカホカのおにぎりを食べないだと!? 今食べないで後で食べるとはあり得ない。それは愚かな行いだ。 ローガンは実は大食漢だから、食べられない訳がない。それはつまり……
「それはつまり、ローガンも俺とピクニックに行くと!?」
「行かねえよ、どうやったらそういう考えになるんだよ。仕事があるだけだ」
「えー、つまんないな」
「じゃあな、ありがとよ。また今度感想を言う……」
ローガンはガチャンと音をたててドアを閉める。
俺はすかさずドアに耳を当てる。ほかほかのおにぎりを食べないなんてありえない。ローガンはツンデレだから『フン、一個くらい食べてやるかといか言って食べるに違いない』
「……腹も減ったし一個くらい食べるか」
本当に似たようなこと言っちゃったよ。
ローガンの予想通りの行動に苦笑いしつつ、ドアから離れる。
「ちょっと待て」
いつの間に出てきたのか、ローガンが後ろから俺を引き止める。
「ん? 何?」
「これはセリアの食堂にあるのか?」
「えー? 何? もうおにぎり食べちゃったの?」
ローガンは視線を逸らしながら小声で話す。
「あるのかと聞いている」
もー、『直に美味しかったです。セリアの店で食べられるんですか?』と聞けばいいのにー。
丁寧に頼むローガンを想像してみた。何やら胃に酸っぱいものがこみ上げてきた気がする。
「まだ屋敷に少ししかないから、出回ってないよ」
「そうか……卵焼きに合うはずなんだが……早くたくさん食べれるようにしてくれ」
さすがローガンわかってるね。
うまかったと一言残して、再びローガンは小屋へと戻った。
……男のツンデレは需要があるんですかね?
今回は続きがあります。




