辛い辛い
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皆様に感謝を。
もうすぐ麦の収穫ということもあり、どこか浮き立った空気を醸し出しているコリアット村。
麦が青色からじょじょに黄金色に変わっていく様子が、人々の期待を一層に高める。
今年も僕の夏がやってきた。
去年の十月に麦の種をまき、今年の収穫は八月から九月だ。
この世界にも四季はあり、気候は日本に近い。春には色鮮やかな花が咲き、夏には気温が高くなり、秋には紅葉もする。冬には僅かだが雪が降ることもある。
季節の移り変わりは、時間が過ぎたことを実感させてくれるものだ。
夏と冬で服装が変わらない村人もいるが、あれはどうなっているのだろうか。特にローランドのオッサンとか。
男性は、だぼっとした麻の布で作られた服と長ズボンを。
女性はワンピースのような服をしており、胸元もしくは腰を紐で縛っている。ゆったりとした作りのせいか、たまに目のやり場に困ることがあるが、あれはあれで素晴らしいと思います。
さて、しつこいようだが季節は夏。今日は裏切り者がやってくる日だ。
裏切り者とは、一時は俺とバルトロと志を同じくした者であった。過去形。過去形だよ。
裏切り者には死を。目にものを見せてやる。
お昼を過ぎた頃に、そいつはやってきた。サーラに呼ばれて、俺とバルトロはそいつを庭まで迎えにいく。
玄関から出ると庭には大きな馬車が三台並んで置いてある。
俺はその馬車の数に驚いた。去年そいつが来たときは、せいぜい馬車が一台にお手伝いが二人、傭兵が一人と、荷物も人手も足していたくらいだ。
コリアット村で商売をする分の馬車もあるのか、屋敷の外からも馬車を引く馬のいななき声が聞こえてくる。
「今年もやってきたっスよ!アルフリート様!」
そいつは両手を大きく広げて、馴れ馴れしくも再会を喜ぶ。
なるほど。メイドにチクったことをこいつは
忘れているようだ。
「やあトリー。今年もよく来てくれたね」
訳:『よく俺達の前に顔を出せたな』
「会えて嬉しいぜ! トリエラ!」
訳:『てめぇの面をボコボコにできる日を待ってたぜ!』
「そ、そうっスか? オイラも嬉しいっスよ」
俺達の黒いオーラを感じたのか、少し警戒をするトリエラ。
さすが商人。勘が鋭い。しかし、自分の過ちを理解していないとは浅はかなり。
「ここまで遠かっただろう? 屋敷に入りなよ」
俺がそう言うと、バルトロがドアを開けてトリエラを屋敷へと招く。
すごいよバルトロ。その流れるように、素早く主人の考えを読みとる動きは執事みたいだ。執事なんてうちにはいないから、実際には知らないけど。
多分ボディガードかな。
「へ? それじゃぁ、お邪魔するっス」
いつもより丁寧な分、警戒させてしまっただろうか。こういうのは、いつもメルとかサーラがやってくれるしな。
トリエラは俺達とドアに視線を向けて、少し躊躇いながらも屋敷へと入る。
裏切り者には死を。
ーーーーーー
トリエラという男はここ最近、俺が産まれた頃くらいから小さな村を相手に商売をしている男。
それまでは、トリエラの父親が商売をしていたようだ。歳をとり、腰を頻繁に痛めるようになり息子であるトリエラへと引き継がせた。
トリエラは父親とは違い、凄く軽い。語尾の辺りには必ず『ッス』っと付き、頼りない一兵卒のようだ。
歳は二十二歳。癖のない金髪をしていて、瞳の色は緑色。顔は平たいほうでカッコいいというよりも、どちらかと言うと可愛い顔をしている。
昔は地味っぽい村人のようなだぼっとした格好だったのだが、今は上等な白いシャツに緑色の上着。しっかりとした黒のベルトに、緑色の七分くらいのズボンを履いている。
恐らく俺の考えたリバーシや、スパゲッティをうまくつかって儲けたのであろう。
トリエラは見た目こそ頼りなく、三歩歩けば何か忘れていそうな奴だ。
それ故に、俺はトリエラの事をトリーと略して呼んでいる。
何か語尾のせいで『ッス!ッス!』と鳴く鳥っぽく思える。
しかし、トリーの勘は鋭い。セリアさんに出会うなりこの言葉である。
『この村の女性は何故か敵に回すと大変なことになりそうっス!』
一発で気付くとは……トリーの癖に。そうとう修羅場を潜り抜けているに違いない。王都には策謀に生きる貴族達がいるとの噂も聞いたことがある。王都……恐ろしい所。
さらに、トリーから口に出す発想はとても斬新で思いもよらないことも提案することもある。ここを見込んで俺は リバーシの権利も売った。
昔からの付き合いで、信用もできるので問題はない。
まあ、商人でチマチマと苦労して成り上がる気もないから、別にいいんだけどね。
転移魔法で食材をあちこちにお届けするだけで、お金は十分に手に入るよ。
「いやー、リバーシのお陰で俺が王都に商店を出すことが出来たッスよ」
トリーが応接間に着くなり、ドサッと座り伸びをする。
「トリーが効率よく売って広めているお陰で、こっちも儲かっているよ。村も豊かになるし」
ちなみにリバーシはスロウレット家の家計へと組み込まれており、どれくらい入っているか俺は知らない。
村や屋敷で砂糖や塩が沢山仕入れられるようになったので、相当潤ってきているのだろう。
牛や鶏も仕入れて村人に育てさせてもいるし。きっとトリーの方もすごく儲かっているだろうな。
「アルフリート様は昔からのお得意様ですし、リバーシの件もあるッスからね。これからも末長くお付き合いしたいッス!」
トリエラとスロウレット家はWinWinの関係だね。こっちもアイディアを出すだけで上手く売ってくれるから、これからもお願いしたいよ。
だけど、前回の俺とバルトロへの裏切りは頂けない。
トリーのせいで、俺とバルトロの甘い料理生活はへし折られ。 苦い一週間を過ごすことになった。
トリーには同じく苦い思いをしてもらおう。
絶対に許さないんだからね!
「さて、それでは商談といきたいッスけど、長旅のせいで水浴びをしてなくて……」
この世界にはホテルなぞある訳もなく、旅の途中で水源地がなければ、ずっと水浴びも出来ないこともあるだろう。
村を通れば野宿は避けられるがお風呂は無い。日本人の俺にとっては旅は無理そうだよ。
「確かに、急いでる訳じゃないしね。お風呂に入っておいで。準備はしてあるから」
「さすがッスよ~アルフリート様。ここのお風呂って、王都の高級宿よりもすごいんッスから最高ッスよ!」
トリーは元気に椅子から立ち上がり、顔をほころばせる。
風呂でいたずらでもしてやるか。
「あっ、そう言えばアルフリート様が言ってた、コメ? って言ってたものがーー」
「ちょっと!座って話聞かせろ! ほら早く!」
米? 米だと!
「う、うっス」
俺の剣幕に少し引いているけど気にしない。米のためなら変態って言われてもいい。
「で? 持ってきてるのか?」
「え、えー。少しだけしかありませんが」
「何百キロ? トン? それでも足りるかな……」
日本を代表する主食。我々のソウルフードとも呼ばれるお米。
ついつい、気が付けばご飯にあう食材を探してしまうほど。
しかし、そんな我々日本人が一年間にどのくらいお米を食べるのか、知っている人は少ない。
一年間に私達が食べる量は米一俵分。
お米一俵は六十キロ。
しかし、地球での生活上だからここでは当てはまらないと思うが、大体は六十キロと、個人差があっても八十キロ程だろう。
当たり前だが、お米は田んぼで作られている。
では、自分ひとりが食べるお米はどのくらいの広さの田んぼがあれば作れるのか。
お米を作る上で言われる単位が、一反歩。
一反歩とは、31.5m×31.5mの992.25㎡のことだ。
この一反歩から、豊作であれば八~九俵くらい取ることができる。
つまり、一反歩の田んぼから七~八人の一年分の胃袋を満たしているわけだ。
具体的な広さで言うとテニスコートの半分くらいで十分に収穫ができる。
六才児の俺が食べるにしろ、四十キロは欲しいところだ。
「えーとアルフリート様? 聞いてるッスか?」
「おっと、悪かった少し考え込んでいた」
「尋常じゃないくらい真剣な顔だったっスよ」
「で、量は? 一トンか?」
「いや流石に無理ッスよ。何とか貰ったのは百キロ程ッス」
「少ない! 二年も持たない!」
「いや、また手に入れて持って来るッスよ?」
「トリー……君に会えて良かったよ。ほら、お風呂に入っておいで。そのあとは、キンキンに冷えたエールとハンバーグをご馳走してあげるよ」
多分この瞬間の俺は、この世界に来て一番いい笑顔をしているに違いない。
もう裏切りとか、そんな小さいことどうでもいいかも。米さえあれば皆幸せ。戦争だって無くなるよ。
「う、うっス。ありがとうございますッス。ご期待にそえることができて何よりッスよ」
満面の笑顔で廊下を歩く俺の後ろには、苦笑いをするトリーが歩く。
「ほらほら、飴でも舐めなよ」
「ん? 何ッスか? これ?」
「舐めると甘くて美味しいよ。疲れがとれると思うなら舐めるといいよ」
俺は笑顔で紙に包んだ飴を一つ渡す。氷魔法で冷やしてあるから夏でも溶けないよ。
「ありがたく頂くッス」
パクリと飴を食べて目を丸くし喜ぶトリエラを見て、俺は笑った。
ーーーーー
我が同志へと返り咲いた、トリーを丁重にお風呂へと案内すると。
今回の計画の協力者の待つ厨房へと行く。
んー、米が来たから仕返しとかやめてあげて? とかでバルトロは納得するかな?
一番大変だったのはバルトロだし。
「アルフリート様」
「ん? 何?」
廊下を歩いているとミーナが後ろから俺を呼び止める。
「先程トリエラ様から、アルフリート様が甘味をお持ちになられていると耳にしたのですが」
あー、駄メイドじゃないモードに入ってるよ。
「もう無いでーー」
「そうですか。ではエリノラ様にご報告をーー」
「ジョークジョーク! 嘘!冗談!悪ふざけだよ!ミーナ! 飴ならここに三つ程残ってるよ!」
クルリと踵を返す、ミーナに飴を三つ差し出す。
ミーナはそれを見ると、顔を僅かにしかめる。『しけてんなぁ』とか思ってそうだ。
「アルフリート様」
「はい?」
「跳ねてみて下さい」
「ん? 」
ピョンピョン。カチャ、チャリ、ガサ。
「まだありますね」
「あ、はい、すいません。これで最後です」
ミーナは受け取るなり、一つ飴を口に含むと顔をどうしようもないくらに溶かして去っていった。
「カツアゲだよこれは!」
俺の被害現場を見た者は誰もいなかった。
再びトリエラへの怒りが込み上げてきた。余計なことを言うから、俺がカツアゲにあってしまったよ。ミーナってメイドだよね? 俺貴族だよ? どうしてこんなことに。いやメイドである前にミーナは女で、貴族である俺は男だったか……
「おー、坊主。丁度アカラの実をたっぷりと練り込んだハンバーグができたぞ!」
アカラの実とは、少し萎んだプチトマトの様な形をしたすごく辛い木の実。少し加えると、ピリッとしていい酒のつまみにもなるが量を間違えるととんでもなく辛い。
今回はトリーにそいつを食べさせてあげようと思っていた。
「アカラの身じゃ駄目だよ……」
「お? どうしたんだよ? 坊主が言い出したことだぜ?」
「アカラの実一つ混ぜこんだハンバーグじゃ足りないよ!トリーのせいで、新型の例の物がミーナにばれたんだ!」
「な、何だと!」
バルトロは愕然とした表情で俺を見つめる。
済まないバルトロ。アイツに少しでも気を許したのが間違いだったのかもしれない。
トリーめ!
「……それじゃあ、アイツにはこんなハンバーグじゃ生温いぜ。アカラの実をもっと混ぜこんでやる!それにキノコもとびっきり辛いやつにしてだ!」
バルトロは表情を怒りに変えて、きびきびとした動きでまたハンバーグを作り出す。
バルトロったらさらに上を目指すなんてすごい。食べ物がらみの恨みは恐ろしいしね。それにしても、このハンバーグどうしよっかー。
厨房台には試作品のハンバーグが皿に盛り付けられている。一発でアカラの実の特徴である、色の赤みを見せないためにニンジンで偽装して、なかなかの違和感の無さだ。
後でシルヴィオ兄さんにでもあげるか。
そう思い。台の端に一旦よけて俺は料理へと取りかかった。
新たに混ぜ合わせたハンバーグの種ができると、次々と焼き上げる。
「わあー、いい匂い! ハンバーグね!私これ好きなんだ~」
するとまたいい匂いに釣られたのかエリノラ姉さんが厨房へと入ってくる。
エリノラ姉さんは犬なのかな?
「ごめん、ちょっと今ハンバーグ焼いてるから」
もう少しで焼き上がりそうなんだ、目が離せない。これでも肉にはうるさいんだよ。
「ふーん、つまんないの。ちょっとお腹空いたから少し食べていい? 朝は剣の稽古だったし」
真剣な俺を見て、構ってもらえないとわかったのだろうか。エリノラ姉さんはつまらなさそうに台へと肘を付く。
「んー? それなら、そこにハンバーグあるから食べていいよ」
「アルが作ったやつ?」
「うん、そうだよ」
いいから早く食べてさっさと退場してもらいたい。
「じゃあこの端っこに置いてあるの貰うねー」
「はいはい。どうぞどうぞ。可愛い弟である、アルフリートが日頃の感謝を込めて作りましたよ」
「お、おい、坊主。端っこのって……」
「……ん? 端っこ? え? あ! ちょっーー」
エリノラ姉さんはこちらの返事を聞く前に、行儀悪く手で直接ハンバーグを掴み、口に入れる。
「辛ああああああぁぁぁぁぁ!ーわー!いーーー!」
エリノラ姉さんは大きな声を上げると、ヒステリックな声を出して何か喚く。最後の方なんて言ったの?
何を言ってるか判らないけど、大変怒ってらっしゃるのは、よーくわかる。
水や、他のものを口にして五分ほどするとエリノラ姉さんは落ち着いたのか、赤くなった目で俺を睨めつける。
まだ舌がヒリヒリするのか呼吸が辛そうだ。辛いものだけに。
「なるほど、アルの気持ちは、よーくわかったわ」
いい笑顔なのがとても怖いです。あれかな? エリノラ姉さんはエルナ母さん似なのかな?
「いや、その……あれは……俺にとってエリノラ姉さんは人生のスパイスと言うか、アカラの実と言うか……あ、そうだ!俺にとって辛辣な人なんだ!」
剃らしていた視線を元に戻してエリノラ姉さんを見る。
その瞬間、俺の口にハンバーグがねじ込まれた。そして俺の口をアカラの実が蹂躙した。
その後のことはよく覚えていない。
気が付くと時刻は夜で、ベッドの上で寝ていた。
あの時、余計なことを言わずにさっさと土下座をすれば良かったと思う。それでも許されるかはわからないけど。
少しずつ、修正を加えております。




