あちこちにマイホーム
湖畔で休憩をした後も同じように俺達は馬車で道中を進んだ。
エリノラ姉さんの言動のせいで馬車の中では魔法講義のようなものが始まったが、俺からすれば興味深いことばかりだったのでいい暇つぶしになった。そんな俺とは反面、座学が苦手なエリノラ姉さんは頭を痛そうにしており辛そうであった。
そんな魔法講義の時間が終わったのは、窓から見える外の太陽が傾いてくる頃合い。
ガタゴトと走っていた馬車がゆっくりと停まった。
そして、ノルド父さんが立ち上がって、御者席に座っているロウさんと一言二言会話をして戻って来た。
「さて、今日はここで泊まろうか」
「……やっと解放される」
ノルド父さん言葉を聞いて、エリノラ姉さんがホッとしたように言う。
ずるりと体勢を崩し、虚ろな表情で天井を見つめる。
その姿を見るだけでエリノラ姉さんが疲弊していることがわかる。それほど小難しい講義が辛かったのだろう。
「あら、そう? じゃあ、今日はここらで終わりにしておきましょうか」
「やった!」
エルナ母さんの口から終わりという言葉を聞いて、エリノラ姉さんは先程の疲れを嘘のように霧散させて立ち上がる。
エルナ母さんは「今日は」と言っていたので、恐らくこれからも魔法講義は続くのであろうな。目先の嬉しさで頭がいっぱいのエリノラ姉さんはそれに気付いていない。
俺とシルヴィオ兄さんはどこか憐れむような視線を送り、エルナ母さんやノルド父さんは表情を一変させたエリノラ姉さんを微笑ましい視線を向けた。
「さて、ここで泊まるための準備をしようか。周囲の警戒、寝具の用意、夕食の用意。やることはたくさんあるよ」
俺達が今いる場所は何てことのない平原。周囲に村などの家屋はない。外の場所だ。
従って、ここで泊まるということは馬車の中で眠るということになる。テントのような道具もこの世界にはあるが、これほど大きい馬車があるので今回は必要もない。
本来であれば王都に向かった時のように村や街を通り、そこの村長の家や宿屋などで泊めてもらうのだが、生憎スロウレット領からシルフォード領の一日目の予定距離向に村の類はない。
本当はあるのはあるが、小さな集落のようなもので関わりのほとんどない俺達が行くのは何だか忍びなかった。
一日目の予定距離さえ越えれば、点在するように村や街があるので問題はないだろう。一日だけ馬車の中で眠ればいいだけのことだ。
うちは生粋の貴族でもなく両親も冒険者だ。こういうことに我儘を言うような人物は誰もいなく、当然のように馬車での寝泊まりが決定したのである。
そんな訳で、まずは周囲の状況の確認とばかりに皆が馬車の外に出る。
馬車が停まった場所は適度な広さを持つ平原で、周りにはぐるりと囲むように山々がある。
昼食を食べた平原よりいささか狭く、広大とは言えないが地面も平坦で過ごしやすそうな場所だ。
「うん、山との距離は近いけど、草原には十分な広さもある。ここならそう簡単に魔物がやってくる心配もなさそうだね」
「夜になったら虫が増えないか心配ね」
どうやら元冒険者であるドラゴンスレイヤーも許可を出せるくらいの安全性はあるらしい。
それだったら安心だ。というか、このメンバーの時点で魔物に怯える心配なんてないけどね。
「馬車の中だけど、屋敷以外の外で泊まるのは新鮮だなぁ」
「私も野宿は初めてなのでドキドキします!」
草原を見渡したシルヴィオ兄さんとミーナが、どこか嬉しそうに言う。
二人はそうかもしれないけど、俺からすればカグラの道中で何回も経験したことだ。
一日程度で音を上げたりしないが、出来れば快適な屋敷がいいなと思ってしまう。
そんな事を考えていると、肩をチョンチョンと突かれたので振り返る。
「ねえ、アル。コリアット村にある変な家ってここにも作れないの?」
「変な家ってなに?」
エリノラ姉さんの言葉から意味を察することはできたけど、それを認めるのが癪だったためにわざと聞き返す。
すると、エリノラ姉さんは形のいい眉を下げて、じれったそうな声を上げる。
「ほら、森の中に変な家作ってるじゃないの。ルンバが住んでるやつ。あれと同じようにここにも家を作ることはできないの?」
「変な家とは失礼な。マイホームって呼んでよ」
あれでも結構な住み心地の良さなんだぞ? 一般的な家よりも広いし、部屋だっていくつもある。台所やトイレ、お風呂まで付いているし、ルンバが住んでいるマイホームには魔導具だってあるほどだ。
そこらの宿屋よりもかなり快適な住みやすさだ。
「村人から時折情報が上がってくるんだけど、覚えのない建物はアルが作ったものだよね? 平原近くの東の森、西の森、村の奥にある北の森と三か所の目撃情報があるんだけど……」
どうやら、マイホームについてはノルド父さんも知っていたらしい。
ふむ、まだ三か所しか見つかっていないのか。それならいざという時の避難場所と空間魔法の練習に使えるな。
「南の森と、東の山、それに北の山にもあるわよ」
「ええっ!? まだあるのかい?」
「何でバレたの!?」
エリノラ姉さんがシレッと追加情報を言ってくるので、ノルド父さんだけでなく思わず俺も驚いてしまう。
特に東の山にあるマイホームについては、エリノラ姉さんにバレないように入念に偽装を施した。通常の道を通っては見つからない場所に建てて、仮に遠目に観ても、生い茂る木々でほとんど見えないはずなのに。
「何でバレたのじゃないよ! 一体どれだけ建物を建てているんだい?」
「え、えーっと、その六つだよ?」
「……どれだけ家を作っているのよ」
俺がおずおずと答えると、話を聞いていたエルナ母さんが呆れた声を上げる。
「嘘ね。見つかってないだけで西と南の山にも絶対あるわ」
「そんなことはないよ」
エリノラ姉さんの言葉にビクリと肩が震えそうになるが、何とかそれを堪えて動揺を隠す。
それぞれの方角の森にあるのだから、山にもあるのだろう。
そんな当たり前の推測をしたに過ぎないだろうが、エリノラ姉さんに言われるとどうも見透かされているような気分になるんだよな。
「何のために家をいくつも建てているわけ?」
誰のせいだと思っているのか。エリノラ姉さんがやたらと感知してやってくるから必要だったんだよ。
空間魔法の練習とか、自由な時間を得るために……っ!
なんて突っ込みたくなる衝動を堪えて、俺は当り障りのない理由を述べる。
「土魔法の練習だよ」
「わざわざ山で?」
「そういう所に建てた方が秘密基地みたいで面白いからだよ」
質問を重ねるエリノラ姉さんに、いつものように事実を混ぜながら言う。
実際、そういう秘密基地みたいな楽しみがあるのが事実だからな。
自分しか知らない場所というのはワクワクするしな。それに遠くに家を持っていると別荘を持っているみたいでブルジョワな気分に浸れるし。
「「……ふーん」」
俺が説明すると、エリノラ姉さんとエルナ母さんがつまらなさそうに言う。
ふーんとは何だ。実際の理由とは少し違うが、マイホームを気に入っていることは本当だぞ?
「何だよ。二人共冷たい反応をして。シルヴィオ兄さんとノルド父さんなら、この気持ちもわかるよね?」
「いや、僕はちょっとわからないかな? シルヴィオはどうだい?」
「僕もちょっとわからないかな? 別に外に家を作らなくても屋敷があるし」
親子揃って似たような苦笑いを浮かべる二人。
まったく、男心をわかっていないなぁ。自分だけの家というのがいいのがわからないのかな?
こういう時トールやアスモなら共感してくれるというのに。
理解が貰えないことを残念に思っていると、ミーナが元気よく手を上げて言う。
「私はその気持ちがわかりますよ! 失敗して怒られた時や、後ろめたい事がある時は自分だけの空間に逃げ込みたくなりますから!」
「い、いや、そんな理由じゃないから!」
俺が慌てて否定するも時すでに遅し。エリノラ姉さんとエルナ母さんは、ミーナの言葉と俺の態度を見て納得がいったような顔をする。そして、じっとりとした視線を向けてきた。
すごく居心地が悪い。今すぐマイホームに逃げ込みたい気分だ。
「まあ、そこら辺はどうでもいいから建物を作れるなら作ってよ」
「はいはい、わかったよ」
エリノラ姉さんの部屋だけ狭くしてやろう。
そう決心して、俺はルンバが住むようなマイホームを鮮明にイメージしていく。
そして、手をかざして土魔法を発動すると、目の前にあった地面が勢いよく隆起した。
床、壁、屋根と住むのに必要最低限の骨組みを象り、歪がないように調整。
ルンバが住むマイホームよりも少し小さいくらいに整えたら、魔力を込めて圧縮していき硬度を上げる。
それから屋根の角度を滑らかなものにし、四方の壁をレンガ模様に掘っていく。
「ベースはこんなものかな」
さすがに窓はないが、野宿用のテントのようなものだ。どうせ朝になれば潰すのだし、これくらいでいいだろう。
「……アルがいれば一日で砦が作れそうね」
「エリノラ、言っておくけどアルを基準に考えたらダメなのよ? 普通の魔法使いは土魔法で家なんて作れないから」
「え? そうなの?」
エリノラ姉さんがぼやくと、エルナ母さんがそれを嗜めるように言う。
そうなのだろうか? ミスフィリト城くらいなら一日でできそうな気がするが、これは異常なのだろうか?
周囲にいる魔法使いがあまりにも少ないためによくわからないな。
ノルド父さんを方を見ると、呆然とした表情で家を見上げている。
「本当に家なんだね。土魔法だし、もっと無骨なものだと想像していたんだけど……」
いくら旅先とはいえ、牢屋のような部屋で眠るのは勘弁だからな。すぐに潰すとはいえ、必要最低限家に見えるようにしたいと俺は思う。
「あ、あれ? 外観からして私の実家よりも立派な気がするんですけど気のせいですか?」
「「「…………」」」
戸惑いの表情を浮かべながらそんな台詞を溢してしまうミーナ。
それには思わず家族達も口を閉ざさざるを得ない。同じ村人であるロウさんは遠い目をしながら家を見上げていた。
何かごめんよ。それでも俺は住み心地を求めたいんだ。
ミーナとロウさんに心の中で軽く謝った俺は、中の調整をするべく室内に入った。
一日目が終われば、後の四日間は省いていき、シルフォード領に到着となります。




