ハンバーグとミーナ
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ありがとうございます。
トントンと屋敷の厨房に軽快な音が響きわたる。
バルトロが慣れた手つきで仕入れたばかりの玉ねぎをみじん切りにしていく。
そして、みじん切りにしたものをフライパンで飴色になるまで炒める。
俺は、牛肉七、豚肉を3の割合にした肉を、両手の包丁でリズムよく叩いていく。
「そんなに肉を叩いて、本当に大丈夫なのか?」
玉ねぎを炒め終わったのか、バルトロが挽き肉を覗きこむ。
「大丈夫だよ」
「そうか」
俺が今、作ろうとしているのはハンバーグだ。この料理は、下ごしらえに少々の手間がかかるものの、柔らかいために非常に食べやすい。子供から大人まで大人気なうえに、咀嚼力の低い老人にも食べられる優しい料理だ。
ハンバーグ万能。本当にすごい。
挽き肉が出来上がると、炒めた玉ねぎが冷めるのを待ってから、卵と共に手で混ぜる。
その前のポイントとして、炒めた玉ねぎが冷めるまでに、ボウルに氷魔法で作った氷を適当に放り込むことと。
混ぜるときは手を少し水で冷やしておくこと。
これは手の温度で、肉の脂が溶けだして、パサパサにならないようにするためだ。
粘りが出るまでこねると、ハンバーグを作る皆のイメージとも言われている伝説の技をする。
こねた種を左右の手十回ほど投げ合う。まさにオカンの技。これをすることによって、ハンバーグ内の空気が抜けて、焼いたときに割れにくく綺麗に仕上がるのだ。
結婚してお嫁さんができたら、キッチンでエプロンを着けて是非ともやってもらいたい。
そしてそれを眺めたい。
「おい坊主。顔がだらしねぇぞ」
「はっ!」
おっと、いかんいかん。今は料理中だった。俺は慌てて顔を元に戻す。
実際に高校生の時に、家庭科でこの技をやったら手でキャッチし損ねて、隣にいた友達に当たってしまった。
あの時の、エプロンにこびりついた種が、今でも鮮明に思い浮かぶよ。そうまるでゲ……いや、何でもない。忘れてください。とにかく油断するなってこと。
油をひいた熱したフライパンで片面を焼いていく。焼く前に、種の真ん中を軽くへこませる。ハンバーグは焼くと全体的に脹れ上がる。真ん中は特に火が通りにくいので、へこませることで均一に火が通るようになるのだ。ちなみにハンバーグ焼くときの火加減は中火だ。弱火だと火が通らなく、強火だと表面が焦げてしまうのだ。
片面が焼き上がると、裏返して蓋をして蒸し焼きにする。中まで火が通ったら完成だ。
「できた!」
「おー! すげぇいい匂いだな。厨房の外まで匂いが漏れていそうだな」
「多分漏れてる」
厨房の開いたドアからは、ひっそりと顔だけを出したミーナの姿が見える。
「汚ねぇな。よだれが垂れてやがる」
「なんかハーハー言ってるよ」
恐らく必死にハンバーグの匂いを嗅ごうとしているのだろう、大きく息を吸い込んだり吐いたりする音が聞こえる。
「きっとハイエナだよ……残りものを狙ってるんだよ」
「ハイエナが何かは知らないが、後のことは分かる。あれは狼の目だ」
「あれは放っておこう」
「そうだな。砂糖じゃないなら大丈夫だろう」
ミーナからの舐めるような視線を無視して、俺とバルトロはハンバーグを食べる準備をする。
「はうぅ」
食器を用意する音だけが響くなか、弱った犬のような声が聞こえた気がした。
何も聞こえない。 これは幻聴なんだよ。
「さあ食べよう!バルトロ」
「お、おう」
バルトロはミーナの視線が気になるのか、居心地が悪そうにしている。
「うん、美味しい。ハンバーグだよ」
固すぎることも無く柔らかすぎることもない。切り口は肉の中まで火がしっかりと通っており、断面は赤色から茶色になっている。そこからは濃厚な肉汁がトロリとしみだす。
「すっげぇー、柔らけぇ肉だ。それにこの肉汁……」
バルトロはモグモグと口を動かして咀嚼する。
「はわわわ」
ミーナはいつまで見てるんだ? 仕事はどうした。
「問題ないね。このまま作って練習しようか」
「おう、さっそく作ってみようぜ。チーズとか入れると美味しくなりそうだな!」
「わお! バルトロ冴えてるね。チーズとか入れるのもオススメなんだ。後は玉ねぎの代わりに、ニンジンやキノコなんかもいけるよ」
うんうんとお互いに頷く。
「でー、この一個余ったハンバーグはどうするんだ?」
「………!」
バルトロはフライパンに残ったハンバーグに指を指す。
確かに。これからさらにバルトロの練習のために味見をする以上あまり食べる訳にはいかない。
これ以上食べると六才児の俺には夕食にも響く。
バルトロならもう一個食べることも余裕だろう。しかし、バルトロはドアをしきりに気にしている。
「じー……」
「坊主、ミーナにあげていいか?」
「 俺はこれ以上食べると夕食に響くからいいよ。ミーナに分けてあげて」
「ふわぁ!」
ミーナに、 の辺りでドアの方から歓喜の声が上がる。
「アルフリート様、これ食べていいんですか?」
「いいよ」
「ありがとうございますー!」
ミーナはパアッと花開くような笑顔になる。
そのままミーナはドアから手を離し、ハンバーグを皿に盛り付けるバルトロを待つ。
その手にはすでに行儀よく、ナイフとフォークが握られている。
「ハンバーグ♪ハンバーグ♪」
ハイエナさん、長い間ドアで粘ったかいがありましたね。
「ほらよ」
綺麗に野菜とハンバーグが一緒に盛られた、皿をバルトロから受け取るミーナ。
今回ソースはかけていない。
ミーナはハンバーグを潤んだ瞳で見つめて、じっくりと匂いを嗅ぐ。
「はあー……匂いだけで幸せですよ」
「それなら、もういらない?」
「そんなことはありません! ……失礼しました」
「う、うん。ごめん」
ミーナはシャッ!と、ナイフとフォークを構えてハンバーグを食べようとする。
ナイフがゆっくりとハンバーグの肉へとせまる。
「何かいい匂いがするわねー? アルが何か作ったの? あたしにもちょーだーい?」
しまった! モンスターがハンバーグに釣られてやってきてしまった。
「ふぇっ? 私のハンバーグが無いですよ!」
「エリノラお姉様。今日のメインメニューはハンバーグにございます」
「えー! そんなー!」
俺はミーナのハンバーグをかっさらい、最も優先されるべきお方に献上する。ナイフとフォークも献上するのを忘れてはいけない。
すまないミーナ。世の中とはこういうものなんだ。下の者は、ただただ上の者に搾取されてしまうのだ。なんて残酷な世界。
「わあー! また美味しそうね!エルナ母さんと一緒に食べてくるわね」
「後に感想を頂けると嬉しゅうございます」
「んー。いつもありがとね」
「もったいなきお言葉」
下がれ。という手振りで俺を下がらせ、厨房から退出していくエリノラ姉さん。
「ごめーんミーナ。エリノラ姉さんに取られちゃった」
「……うううぅぅぅ」
ミーナは悲しそうに目を伏せる。まるで餌を取り上げられた犬みたいで、ちょっと可愛い。
「おめぇ、身の振る舞いの切り替えが激しいのな」
「貴族だからね。でも貴族である前に弟だから……弟だから」
大事な事だから二回言った。
「今からまたハンバーグを作るから待ってな」
バルトロは俯くミーナの肩に手を置き笑う。俺にはバルトロの歯がキラーンと輝いていたように見えた。
「はい、 待ってます! 」
何かいい感じの雰囲気だね。もういっそのこと二人ともくっついちゃいなよ。二人とも結構な歳でお互いに独身でしょ?
「おいミーナ? いつまでサボってるんだ?」
ミーナを探しに来たのか、厨房にメルが入ってくる。
「あ! メルさん!」
「あ! メルさん!じゃないわよ。いつまでサボってるのよ。廊下の掃除が終わってないでしょうに」
「え? いや、でもこれから……」
「いや、でもじゃない! ほら行くよ」
「え? ちょっと! あっ! ハンバーグーーーー!」
メルに襟を捕まれてずりずりと引きずられていくミーナ。
「あーあ。できたらまた後で呼んであげるから」
「本当ですね? 絶対ですよー!」
その言葉を最後に厨房から退場する二人。
その日ミーナは、結局ハンバーグを食べることが出来なかった。
エリノラ姉さんとエルナ母さんがやってきたがために。ハンバーグがお気に召した様子で、ミーナの分など残るはずも無かった。




