父親とのコミュニケーションの大切さ
「……退屈ね」
馬車でガタゴトと揺られる中、エリノラ姉さんがつまらなさそうに呟いた。
絶対にその台詞を道中で言うと思っていたよ。
こういう時に声をかければ、何か面白い話をしろ、面白い遊びを考えろなどという無茶を要求されるに決まっている。姉と弟の関係などそういうものだ。
長年の経験からそれを十分に理解している俺は、エリノラ姉さんに視線すら寄越さず、馬車の床にある木目を数え続けていた。
これで声をかけられる可能性は低いな。
「……アル、何か面白い話でもしなさいよ」
などと思っていると、エリノラ姉さんから直々のご指名。
おかしいな。俺はエリノラ姉さんに視線を向けてもいないし、声もかけていない。エリノラ姉さんの目に留まる要因など……ああ、正面にちょうどよくいることか。
「ごめん、今床の木目を数えるので忙しいから」
「そんなものどうでもいいわよ」
床をじーっと見ながら答えると、エリノラ姉さんが数えるのを邪魔するように俺が見つめている床の範囲を足で擦った。
まったく、本当に木目を数えていたらどうするんだ。
これ以上、無視し続けると何をされるかわからないため、仕方なく俺は顔を上げる。
そこにはエリノラ姉さんが腕を組んでこちらを見下ろしていた。
何となく暇を持て余していたエルナ母さん、ノルド父さん、ミーナも暇なのか、それとなく視線を向けてくる。シルヴィオ兄さんは本の世界に没頭だ。揺れる中、文字を追いかけても平気な体質らしい。
「面白い話って何?」
「退屈が紛れる話よ。または遊びでもいいわ」
「どうして俺なの?」
「こういう時に変な話や遊びを考え付くのがアルだからよ」
首を傾げる俺にエリノラ姉さんがきっぱりと答える。
周りで見ているエルナ母さん達も、エリノラ姉さんの言葉に納得できるらしく感心したように頷いてい
た。
いや、確かにそうだけど、俺は芸人でもないのでそんな突然面白い話をしろと言われても……。
俺は困ったように視線を巡らせる。すると、ノルド父さんと偶然目があった。
ノルド父さんの顔を見て思い出した俺は、一つの話を紡ごうと口を開く。
「――あるところに、若き冒険者ノルドという男がいま――」
「「それはやめよう(ましょう)」」
俺がプロローグとなる部分を喋りだすと、ノルド父さんとエルナ母さんが口を揃えて言った。
えー、何でー? 王都でも大人気の面白い話だよ?
「あっ! もしかしてドラゴンスレイヤーのお話!? いいわね! あたし、それが聞きたいわ!」
「私もです!」
「「ダメ」」
ドラゴンスレイヤーの話を詳しく知らないエリノラ姉さんやミーナがお喜びになるが、エルナ母さんとノルド父さんが間髪入れずに否定。
「何でよ!?」
「何でもよ」
「話をするならそれ以外にしよう。もしくは別の遊びにするんだ」
エリノラ姉さんが抗議するように言うが、エルナ母さんとノルド父さんは取り付く島もない。いつになく厳かな態度だ。
まあ、ノルド父さんやエルナ母さんからすれば、自分達の恥ずかしい過去を大袈裟に語られるようなもの。このような馬車の中では逃げ場もなく、延々と黒歴史のようなものを聞かされることになるだろう。
「えー、あたし聞きたい」
「ダメだ。それ以上、掘り返すなら合同稽古は無しにするよ?」
「合同稽古は無しになってもいいので、俺がドラゴンスレイヤーの話を語るよ!」
ノルド父さんやエルナ母さんを弄って――じゃなくて、英雄譚を語るだけで合同稽古がなくなるとは何と素晴らしいことか! これを見逃さない俺じゃない。
俺が嬉々として言うと、ノルド父さんは黒い笑みを浮かべながら、
「シルフォード家だけでなく、王都や他の貴族のパーティーにまでアルは出たいのかな? 友好を深める話はトリエラ商会や行商人、知人を含めて話を流しているけど、やっぱり他のパーティーで当人同士が仲良くしているところを見せるのが一番だからねぇ」
「エリノラ姉さん、この話はやめよう」
ノルド父さんのどこか据わったような目を見れば本気かどうかすぐにわかる。危ないラインを越えそうになった俺は、即座に撤退した。
ノルド父さんとエルナ母さんの様子から、エリノラ姉さんもドラゴンスレイヤーの話は無理だと思ったのだろう。つまらなさそうに背もたれに深くもたれる。
「じゃあ、もういいわよ。暇だし、リバーシがジェンガでもする?」
「ちょっと待って。リバーシはともかく、ジェンガって何だい?」
エリノラ姉さんの言った言葉に、待ったを入れるように口を挟むノルド父さん。
「あれ? ノルド父さんに言ってなかったっけ?」
「言ってないし、聞いてないよ」
「私も知らないわ」
ノルド父さんとエルナ母さんがフルフルと顔を横に振る。
どうやら本当にご存知ない様子。
知らないノルド父さんとエルナ母さんは二人揃って、説明しろという視線を向けてくる。
「ジェンガっていうのは、積み上げたブロックを抜いて、ドンドンと上に積み上げていく遊びだよ。ブロックを抜いたり、積み上げた時にタワーを崩した人の負け」
「簡単で結構面白いのよね。あたしはリバーシよりジェンガの方が好きだわ」
「いつ崩れるかわからないタワーにドキドキしますよね!」
俺が説明し、やったことのあるエリノラ姉さんとミーナがそれぞれの感想を言う。
エルナ母さんは少し興味深そうな表情をしていたが、ノルド父さんはげんなりとした表情をしていた。
「卓球をやり始めたばかりなのに、また新しい玩具の開発が……」
別に開発というほどのものではないんだけど。卓球よりもジェンガの方が早く完成していたし。というかは卓球が動き始めたことが驚きなのだが。
「まさかそのジェンガとやらも売るつもりなのかい?」
「トリーが商会で売りたいって言っていたよ。でも、当分は卓球とスライムクッションに時間がかかるからしばらくは手が出せないって」
「……それを聞いて本当に安心したよ。ただでさえ、最近は卓球の件で忙しいんだから」
俺の言葉を聞いて、ホッと安堵の息を吐くノルド父さん。
リバーシについては落ち着きをみせたが、今度は卓球が始まってしまった。
具体的な忙しさは良く知らないが、通常業務の領地経営もあるのだし仕事時間が増えているのは確実だろうな。大変そうだ。
「せっかく開発者がすぐ傍にいるんだ。いっそのことアルに手伝わせてみようかな……」
俺が他人事のように心の中で思っていると、ノルド父さんがとても物騒な事を呟き出した。
楽しい時間が過ごせればいい。そんな可愛らしい純粋な願いのはずなのに、スローライフ生活が危ういことになっている。これはいけない。
気の狂ってしまったノルド父さんを何とか平常運転に戻さなければ。
そう決意を固めた俺は、ノルド父さんの下に寄って優しく肩に手を置く。
「俺には領地経営のことなんてわからないしダメだよ。ただの開発者である子供に大事なことを任せるなんて絶対ダメ。ノルド父さんは疲れてるんだよ」
「その疲れる原因はアルなんだけどね」
優しく諭すように言った俺だが、ノルド父さんの言葉に反論できなかった。
これは俺も少々自分を見直さないといけないな。いくら楽しい時間を過ごすため、将来楽をするためと言って、好き勝手動いていてはいけない。
このまま勝手にこんな事をしていては本当にノルド父さんが言っていたような事になりかねない。のんびりとしたスローライフをおくりたいのにそれでは本末転倒だ。
「ごめん、ノルド父さん。今度からは何か作ったら見せるなり相談するなりするよ」
「本当にそうしてね?」
ノルド父さんとの絆がさらに深まった気がした。




