お揃いの甚平
作者からのバレンタイン
「そっちはもう準備できたかしら?」
男性陣がカグラ服を着てダイニングルームで寛ぐこと小一時間。
ようやくエルナ母さんが扉をノックして尋ねてきた。
エルナ母さんの声を聞いた男性陣は「……ようやくか」という表情を浮かべながらも各自居住まいを正す。
俺とかバルトロとか暇すぎてソファーで寝転がっていたから、服のシワを整えないと。
ただ一人、かっちりとしたカグラ服を着たノルド父さんは最後におかしなところがないか確認すると、咳払いし。
「ああ、こっちも終わっているよ。入っておいで」
と、疲労を感じさせない爽やかな声で入室を促した。
凄いな。シワが付くのを恐れてガチガチに椅子に座っていた姿なんて微塵も感じられないな。
「それじゃあ、入るわね」
エルナ母さんのご機嫌そうな声が響き、メイドであるミーナとサーラが扉をゆっくりと押し開ける。
すると、艶やかな色を纏った美女達がダイニングルームへと入ってきた。
部屋の中で青や灰色と暗い色しか見ていなかった俺の目が、鮮やかな色の奔流に飲まれてあまりの眩しさに一瞬目を細める。
一番前を歩くのは淡い黄緑色のカグラ服を纏ったエルナ母さんだ。柔らかな黄緑色からのグラデーション。いくつもの花が折り重なり、色の変化や淡い色の重なり合いで大人の女性を魅せてくれる。
その後ろに続くのは、仏頂面をしたエリノラ姉さん。
黒と赤を基調とした袴のようなカグラ服を纏っており、普段よりも赤茶色の髪を綺麗に結い上げている。やはりエリノラ姉さんは綺麗な髪色をしているせいか、赤系統の服と合わせると凄く似合う。
今回は黒色もさし込まれているので、全体的に引き締まり、凛としたエリノラ姉さんの美しさを引き出していた。
カグラ服が動きづらいのはわかるけど、せっかく着飾っているのだからもう少しマシな表情をしたらいいのに。それだけが残念でならない。
その次に並んで入ってくるのはスロウレット家のメイド三人。
サーラはその黒の髪色に似合う、落ち着きのある町娘のような緑を基調としたカグラ服だ。
ぶっちゃけ、そのままの格好でカグラを歩いていてもまったく違和感はないと思う。
次にミーナはその太陽のような元気さを表す、黄色とオレンジ色を基調としたカグラ服だ。服には花弁の多い大きな花が描かれており、ミーナの陽気さを表しているかのよう。
そして着ている本人も嬉しいのか、花のような笑顔を浮かべていた。
最後に現れたのは多分メイド長のメルだ。多分というのはいつもよりも綺麗な格好をしているので一瞬気付かなかったからだ。
多分あの茶色の髪色からしてメルなのだろう。長い髪をきちんと梳かして、大人っぽい薄紫色のカグラ服を見事に着こなしている。
元から基本スペックが高い女性だと思っていたが、ここまでスペックが高いとは思わなかった。
思わず「誰?」という言葉が喉から出そうになるほどだ。
「エルナ、とても似合っているよ」
「うふふ、ありがとう。ノルドのカグラ服もすごくカッコいいわよ。貴族の礼服とは違う落ち着きや威厳を感じるわ」
お互いを見るなり、早速と褒めちぎり合う両親。
あのお熱い雰囲気に入るつもりはサラサラないので、俺は放置しておくことにする。
「シルヴィオ様はちょっと可愛らしい感じがしますね」
「いつもよりも服装が涼しそうで新鮮ですね」
どこか微笑ましそうにシルヴィオ兄さんを見るミーナとサーラ。
「ねえ、俺は?」
「アルフリート様はいつもより二倍くらい貫禄がありますね!」
「似合っていてとても良いかと」
俺が尋ねると、真顔でそんなコメントをするミーナとサーラ。なんかシルヴィオ兄さんの時のコメントと大きく違う気がするのだが……。
「ちょっと! なんかそっちの服だけ凄く動きやすそうなんだけどどういう事?」
エリノラ姉さんが俺とシルヴィオ兄さんを見るなり、如何にも不満そうな声音で尋ねてきた。
「女性に比べて、男性は着付けが楽だからねー」
「父さんと比べて明らかに違うじゃない! ……これ、もしかして半ズボンを穿いて、上着を紐で括っただけなんじゃないの!?」
「ちょっと! せっかく着たのに脱がさないでよ!?」
ボーっとコメントしていると、エリノラ姉さんは突然俺の上着の紐を解いて脱がせてきた。
さすがの弟も姉に服を剥かれるとなると驚くぞ。
俺はエリノラ姉さんから即座に離れて、念入りに紐を結び直す。
「アルとシルヴィオだけ楽ちんな服着てズルいわよ!」
「これはアルが買ってきたものだし、僕を攻められても……」
エリノラ姉さんに攻めるように言われたシルヴィオ兄さんが、困ったような声音を上げて俺のせいにする。
シルヴィオ兄さんが俺を売りやがった。
「アル、どういうことよ?」
「こ、これは役割分担だよ。ああいうカッチリしたのは一番似合うノルド父さんが着ればいいんだよ。俺やシルヴィオ兄さんは、これくらいでいいの」
「あたしもそういう枠でいいと思うんだけど?」
「そんなことしたら俺がエルナ母さんに怒られるよ」
俺が言い訳をするように言うと、エリノラ姉さんは見るからに不満そうな表情を浮かべる。
エルナ母さんは常々からエリノラ姉さんの女子力の低さに嘆いておいでだ。そんな状況であるというのに、さらに女子力を下げる甚平というアイテムをエリノラ姉さんに与えていいのだろうか。
だけど、ここで言っておかないとエリノラ姉さんが不機嫌になって面倒になりそうだ。
「エリノラ姉さんの分の甚平もあるから勘弁してよ」
「……甚平って、この薄くて涼しそうな奴よね? 女性用にもあるの?」
「あるよ」
どうせ服について疎いエリノラ姉さんがわかるはずもないだろう。そんな考えで、俺は堂々とエリノラ姉さんに言い張った。
すると、エリノラ姉さんは神妙な顔つきで、俺とシルヴィオ兄さんの甚平を確認しだす。
「……これ凄く生地が薄いわね」
「普段着みたいなものだからね」
俺の袖を指でつまむエリノラ姉さん。
「半ズボンを穿いて、上着を羽織るだけ?」
「半ズボンを穿いて、上着を羽織り、紐で二か所を止めるだけだよ」
俺が簡単に解説するとエリノラ姉さんは「簡単ねー」と羨むように声を漏らした。これは催促されているのだろうか。
「……エリノラ姉さんの分もあるから、今度着たらいいよ」
「本当!? ちょっとそれどこよ! 今すぐに着替えるわ!」
俺の言葉を聞くなり、表情を輝かせて腕を引っ張ってくるエリノラ姉さん。
こういうラフな服も用意しているから機嫌を直して。という意味で言ったのだが、今すぐ着替えると言い出すとは。
「ええっ!? 今? せっかく時間かけて着たのにいいの?」
「いいの! こんな動きにくい服なんてずっと着られないわよ。今すぐ着替えるわ!」
いや、エルナ母さんに怒られないか心配しての言葉なのだが……。
そう思っている間に、エリノラ姉さんは俺をこっそりと外へと連れ出した。
エルナ母さんやノルド父さんは、お互いの服を観察したり、会話したりしているので全く気付いていない。
ああ、おたくの娘の綺麗な姿が終わろうとしていますよ。
「ほら、どこにあるのよ。私の甚平」
「近くの小部屋に置いてあるよ」
もうこうなれば仕方がないな。エリノラ姉さんが着飾って綺麗な姿をしているのは新鮮なので、もう少し見ておきたかったんだけどね。
俺は素直に部屋に案内して、積み上がった木箱から俺と同じ色の甚平を取り出す。
「はい、これだよ」
「……アルと同じ色じゃないの」
「俺は他にもいくつか色を持ってるから」
「……そう、着替えるから外に出てて」
黒に近い灰色の甚平を渡すと、エリノラ姉さんはしっしと手を払う。
女子力は低いのだが、一応女としての最低限の羞恥心はあるらしい。
俺が大人しく部屋を出て、待つこと一分くらい。
「はぁー、この甚平ってやつ凄く楽ね! 半ズボンだから動きやすいし、風が通りやすくて涼しいわ!」
綺麗に着飾ったエリノラ姉さんの姿はなく、簡素な甚平に身を包んだエリノラ姉さんが部屋から出てき
た。
エリノラ姉さんは縛っていた髪を解いて、手でぐしゃぐしゃっと潰すと、豪快に後頭部へと持ち上げてヘアゴムでとめた。
短い袖に薄い生地。動きやすそうな半ズボンからはカモシカのような細く引き締まった足が見えていた。
先程の姿の方が綺麗であったはずだが、今の姿の方がエリノラ姉さんらしいと思えるのは何故だろうな。
「……何よ? 着方が変?」
何て思いながらじーっと凝視していたせいか、エリノラ姉さんが自分の格好を気にしだす。
「いや、何かこっちの方がエリノラ姉さんらしいって思えるのは何でだろうなーって思って」
「何よそれ」
「まあ、似合ってるってことだよ」
「アルほどふてぶてしくはないと思うけどね!」
俺が褒めると、エリノラ姉さんはそっぽを向きながらそう言う。
そこは素直にありがとうでいいと思うんだけどね。まあ、何か今はご機嫌そうだしこれでいいか。
俺とエリノラ姉さんは仲良くお揃いの甚平を着て、ダイニングルームへと戻った。
そして、嬉しそうに甚平姿ではしゃぐエリノラ姉さんを見て、エルナ母さんが嘆いた。




