チキンでも小心者でもない証明
コリアットにある平原や森を探索した俺達だったが、そこでもスライムはいなかった。
「どうなってるんだ!? ここにもスライムがいねえぞ!?」
「スライムってこんなに稀少な魔物だっけ?」
これには案内役であるトールやアスモも驚きの声を上げている。
スライムとはこんなに見つからない魔物であっただろうか。毎日のように見かけるとまではいかないが、意図して探せばすぐに見つかる魔物だった気がする。
川、平原、村、森といくつもの箇所を巡れば、軽く見つかるはずだ。
それが一体どうしてこのような状況になっているというのか。
辺りを見渡して確認してみるが、視界には青々とした木々と広がっているのみ。
特に魔物や動物がいることもなく、至って平和な森の光景だ。
強いて言えば、いつもよりも静かすぎる気がするが気のせいだろうか?
「隠れてるってわけでもねえよな。木々の裏も大体見たし、茂みの裏だって確認して回った」
「うん、かなり念入りに探したからね。もうここら辺にいることはなさそうだよ」
俺が考え込んでいると、トールとアスモが腕を組みながら言う。
そうだな。ちょっとスライムを探すのに気合を入れ過ぎなんじゃないかってくらいに探したよな。
トールとか猿みたいに木に登って探していたくらいだし、これでも見つからないのなら、ここにもスライムはいないということなのだろう。
「……どうする? もっと森の奥に行ってみるか?」
どこに行けばスライムがいるのか。そう考えたところで、トールがぼそりと言い出す。
「いや、奥に行くと魔物がいる可能性もあるからいいよ。ミュラさんにも森の深くに行くなって言われていたでしょ?」
それは頭の中で一瞬よぎった考えであるが、危険極まりない。
これ以上奥になると魔物が多く生息するらしいからな。自警団やノルド父さんが頻繁に巡回してくれるとはいえ、全ての範囲をカバーできるわけではないのだ。
もし、魔物に襲われでもしたら危ないじゃないか。いくらスライムが欲しいとはいえ、そこまでの危険を犯してまで欲しいものでもない。だって、転移による緊急離脱だって使えないし。
「お、おお。まあ、そうだな……」
「というかアルなら魔法があるから、多少の魔物が襲ってきても平気なんじゃないの?」
「あっ、そうだな! なら、ちょっとくらい奥に入っても大丈夫――」
「俺は自分の身を守れても、トールやアスモの身まで守り切れる保証はないからね?」
「「じゃあダメだな」」
俺が念を押すように言うと、トールとアスモはきっぱりと言った。
見事なまでの手の平の返しようだな。
だけど、こいつらの保身に対する理解の良さは嫌いではない。
「トールって、冒険者になりたがっているのに森の奥に興味を示さないんだね。こういう状況だから、もっと奥に行って冒険したいとか駄々を捏ねると思ったよ」
俺がそう言うと、トールはやれやれとばかりに首を横に振る。
トールがやると何故か腹立たしく感じてしまい、俺とアスモはイラっとしてしまう。
俺達のそんな気持ちをスルーしたまま、トールは余裕の笑みを浮かべ、
「バーカ、俺だって冒険と無謀の差くらいは知ってるぜ。第一、武器もない状態で行っても、面白くねえだろ」
「無謀の意味を知っていたら、エリノラ姉さんに恋をしたり、冒険者になりたいと言ったりはしないと思うけど……」
「確かに」
「お前らぶっ飛ばすぞ!」
俺とアスモが現実を突いてやると、トールが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「あはは、まあ何だかんだとトールは冷静だからね。きちんとした判断ができると思ったよ」
「だろう? ルンバやゲイツから冒険話は聞いているからな! 俺は失敗をしたりしないんだ!」
俺がここぞとばかりに持ち上げると、嬉しくなったのかトールが得意げに語る。
この村には冒険者だったり、元冒険者という村人が何人かいるからな。トールは暇を見つけては将来のために話を聞いていたのだろう。
トールの熱心さはともかく、俺とアスモとしては変に奥に行きたいとか言われなくてホッとする思いだ。
俺とアスモは思わず笑みを交わして、
「トールが勝てる勝負しかしないチキン野郎で助かったね」
「あはは、そうだね。冒険者は小心者の方が向いているってゲイツも言ってたし、トールにピッタリだね」
「……よし、お前ら森の奥に行くぞ。俺がチキンでも小心者でもないって事を証明してやるからよ」
◆
妙に森の奥に行くと言い張るトールを説得した俺は、トールとアスモを伴って帰路へと着いていた。
「結局見つからなかったな。スライム」
「だねー」
頭の後ろで手を組んで、どこかつまらなさそうにぼやくトールとアスモ。
自信満々に案内をしたはいいが結局は見つからなかった。そんな二人の心境は考えれば、暗くなってしまうのも当然だろう。
「相手は魔物だしそういう日もあるよ」
「そうだけど、ヒンヤリとしたスライム枕っていうのを抱いてみたかったぜ」
「俺もー」
二人の事を気遣って優しい言葉をかけたが見当違いだった。
ヒンヤリしたスライム枕が抱けないのが残念だったらしい。こいつらに気を遣った俺が間違いだった。
「まあ、今日以外にも探せる日はあるし、また見つけたら報告するよ」
「ああ、スライムがいないのも気になるし頼むわ」
「ヒンヤリ枕も抱きたいしね」
別に絶対に今日でなければいけない訳でもないのだ。スライムはまた時間のある時に探そう。
探し物というのは探していない時にふと出てくるものだからな。気楽に過ごしていれば、簡単に手に入るさ。
俺がそんな風に考えながら、森の中を歩いていると後方の方から突然叫び声が聞こえてきた。
「おい、新種だ! 新種の魔物が三体いるぞ!?」
「うわああっ! 魔物か!? どこにいるんだアル、アスモ!? とにかく逃げるぞ!」
魔物がいるという言葉を耳にして、トールが慌てて前方に走り出す。
俺も魔物がいるという言葉に一瞬焦ったが、すぐ横に慌てふためく奴がいると返って冷静になれるな。アスモも同じような気持ちなのか、どこかのチキン野郎とは違ってその場で辺りを見渡している。
前方を走るトールが心配だが、ここで俺も動き出すとさらに混乱しそうだな。
よくわからないが、走るトールを守れるように魔法の準備だけはしておく。
すると、前方にある木々の狭間から見覚えのある人間が出てきた。
「おいおいマジかよ!? 今日はスライム狩りしかしてねえから、ロクな装備を持ってきてねえぞ!?」
「新種の魔物ってどこよ!? 援護するわ!」
出てきたのは銀の風のメンバーである、モルトとアリューシャだ。
「うわああああああああっ!?」
ただでさえ、混乱に陥っていたトールは逃げた先である前方から飛び出してきたモルトとアリューシャに驚いて、ついには尻餅を突いてしまう。
「何だこの珍妙な生き物は!?」
「喋ったわ! 高位の魔物かもしれないわ!」
そんなトールを魔物だと勘違いして驚くモルトとアリューシャ。
恐らく、水球を纏って珍妙な姿をしているが故に魔物だと勘違いされてしまったのだろう。
「おい、そっちに新種の魔物が行ったぞ! 気をつけ――あれ? アルフリート様?」
そして、後方にいたアーバインが近付いてきて、ようやく正体に気付いたようだ。
「え? アルフリート様?」
アーバインの声を聞いて、前方にいるモルトとアリューシャも気が付いたようだ。
「そうだよ。そこにいるのも魔物じゃないから攻撃しないでね」
「え? あっ! よく見たらちゃんと人間じゃねえか!」
俺が尻餅を突いているトールを指さすと、モルトが驚きの声を上げる。
よく見なくても人間だと思うのだが、アーバインの真剣みのある声を聞いたら仕方がないか。
「もー、アーバインってば、早とちりしないでよねー」
「いや、だって! こんな変なシルエットの生き物が森にいたら新種の魔物かと思うだろ!?」
「うっ! ま、まあ、それもそうね」
アーバインの弁明に理解できたからかアリューシャは曖昧な表情で頷いた。
俺もその通りだと思ってしまったので、何も言う事はできないな。
こんなマスコットキャラもどきが、森にうろついていたら魔物だと誤解しちゃうよね。
「遅れました! 新種! 新種の魔物はどこですか!?」
弛緩した空気が漂う中、後方ではまだ緊迫感のある人物がいた。
「あ、あれ? この状況はどうなっているのです? 新種の魔物は……?」
イリヤの戸惑うその様子に、俺達は表情を和ませた。




