懲りない奴等
アクセス十三万以上!
日間ランキング13位!感謝!
ルンバが屋敷に泊まった次の日の朝、早速剣の稽古が始まってしまった。
エリノラ姉さんの相手をルンバにして貰っておこうとしたら、ノルド父さんに捕まってしまった。
「アルも父さんと稽古しよう。父さん昔の話を聞いたら剣を振りたくなっちゃったよ」
いつもの爽やかな笑顔ではなく、どこか黒い笑みだった気がする。わかってるよね? 稽古は木刀でやるんだよね?
そんなこんなで現在、打ち合い中。もちろん俺が不利だ。ノルド父さんの体には掠りもしない。
防ぎ、受け流し、時に足をかけて俺を地面へと引き倒す。
「ちょっとノルド父さん!足かけるとか今日厳しくない!?」
「……そんなことないよ。ほらかかってきなさい」
ぐぬぬぬ。さては昨日のことだな?昨日のことで怒っているんだな?
俺は心の中で今日の稽古の厳しさの訳を、昨日の事だと推定する。
ノルド父さんとの打ち合いだけで、何度地面に熱いキスをするはめになったことか!
大人げない、大人げないよノルド父さん。
「貴方~頑張って~。ほらアルも立ちなさい!」
屋敷の腰掛けから、声をかけるエルナ母さん。おかしくない? それかける言葉逆でしょ?
それからも何度も何度も立ち向かい、その度に念入りに頭をコツンと木刀で叩かれた。
今日だけで貴重な俺の脳細胞がいくつお亡くなりになったことか。
「さあ、これで最後だ。頑張るんだ」
「はい!」
よっしゃ!これでやっと解放される。エリノラ姉さんはルンバに激しく打ち込むのに夢中だ。今日はのんびりとできる!
「俺に当ててみろ。じゃないとまた頭に打ち込まれるぞ?」
ノルド父さんが笑いながら、俺に発破をかけるように挑発してくる。
なるほどそれなら、俺ものってみよう。
「ノルド父さん、いくらしつこく俺の頭に打ち込んでもドラゴンスレイヤーのことは忘れないよ?」
「……」
あれ? おっかしいなー。挑発合戦じゃなかったの? 何も返ってこないやー。
ジーっとノルド父さんを観察していると、フッとノルド父さんが霞んだように見えた。気がつくと何故か、俺の視界はぐらつき一面の青い空が見えた。
痛みは無かった。
「……あいつ馬鹿だろ……」
ルンバが何か言ってるがよく聞こえない。おかしいな?
あー、今日も空は青い。
澄みわたる青い空を視界におさめながら俺の意識は闇へと沈んでいった
ーーーーーー
「あ、アルが起きた!」
目を覚ますと、俺の部屋に心配そうな表情をしたエリノラ姉さんがいた。
あれ? ここはどこ? 私はだあれ?
私の名前はアルフリート。元の名前は伊中雄二……ばっちり覚えてるな。
「こら嬢ちゃん、いきなり揺らしてやるな今日はゆっくりさせてやれ」
「わかった」
「まあ明日連れ回す権利は、勝った俺のものだがよ」
「キィー! ムカつく!何で一本もとれないのよ!」
ルンバは、ガハハと豪快に笑い部屋を出ていく。
「アル、ご飯と水ここに置いとくね。食べられないなら、あたしが食べさせてあげるけど」
「自分で食べれるよ」
「チッ」
「え?」
え? 今、舌打ちした?女の子にあるまじき行為だよね?
「んーん、何でもない! 一人で食べられなくなったり、何かあったら呼んでね!」
エリノラ姉さんはパアッと花のような笑顔で一人で食べられなく!と、やたらと強調して言ってくる。
あーんは、しなくていいです。だって一回許したら、エリノラ姉さん毎回やってこようとするんだもん。
「うん、そこまで重症じゃないから。ただの脳震盪だって」
「そう? 何言ったか知らないけど、ノルド父さんを怒らすからよー」
ちなみに今の、『何でもない!』を女の和訳辞典で直すとこうだ。
『何でもない!』=「いや、本当は文句があるけど、今はいいや」
である。女和訳辞典には他にこう書いてある。
『うん、多分』=「駄目に決まってるだろ?」
『この服とこっちの服、どっちがいいと思う?』=「答えはわかってるよな? もちろん? この服だよな? お?」
『それでいいわよ』=「私は納得してないけどね」
『私のこと好き?』=「ちょっと買って欲しいものがあるんだけど?」
『ちょっと待っててね?』=「言っとくけど乙女には時間がかかるんだ。まだまだ時間かかるからな?」
皆はこの和訳辞典を、しっかりと予習した上で女性と接する、または付き合いをすることをオススメする。
俺の経験上、最も危険だったのは『大丈夫です!』だ。その後、『そう? わかった』
って返事したら、次の日えらい俺についての不満を言いふらされた。
謙虚は日本人の美徳って言うけど、これはちょっと。いや、これは後になって怒りを爆発させただけだな。謙虚じゃない。
「じゃあ、私はそろそろ行くね」
「うん、ありがとうエリノラ姉さん」
エリノラ姉さんは、寝込んでる俺にぱたぱたと手を振り部屋を出ていく。
「弱ってるアルも可愛いー! あーん、させたかったなー」
……エリノラ姉さん丸聞こえだよ。
その日はゆっくりとゴロゴロと過ごした。
ーーーーーー
次の日になると朝から、ルンバがやって来て『もう大丈夫だろ! さあ出かけるぞ!』
と言って俺を強引に村へと連れ出した。
村の様子を見たいから、俺に案内してほしいとのこと。まあ、それならいい。コリアット村の良さを、教えてあげようじゃないか!
屋敷からいつも通りの道を通って歩く。
「ここら辺は本当に麦が多いな。秋頃にはこの青々とした麦が、黄金色の麦になって綺麗だろうよぉ」
「そうそう、この麦達がこの村に入る人を毎回歓迎してくれて、帰るときには見送ってくれる」
「……まるで母ちゃんみたいだな」
「かもね」
そう思うと、麦達が一層大きく、優しそうに見えた。この村には母ちゃんが多いぜ。
ちなみに今日も麦畑には、オッサン(ローランド)はいなかった。
兄さんと、お爺ちゃん、お婆さん何かはポツポツと居て作業をしているようだ。
「じゃあ、広場へと行こうか。色んな人がいるから」
「おー、そうだな。トリエラがここの広場は物々交換とかが盛んだって言ってたしな」
広場に向かうにつれて、どんどんと小屋が密集している。この村では、新参者は端って訳ではないが、少し中心から離れて小屋や家を建てるのがルールらしい。何らかの店や、仕事上の都合では離れたり、いきなり中心部に建つことある。
だから、ここら辺の中心部の家はほとんどが最古参の人達か、セリアさんのような食堂を持っていたり(決してセリアさんを最古参だとか言ってはいない)、エルマンさんみたいに何か職を持っている人達が多い。
「へー、なかなかに集まっているな。これで王都に近ければもっと人が集まっていたかもしれねぇな」
エルマンさんの家具や、ここでしか取れない、野菜や山菜を見ては度々何か尋ねている。
ルンバは豪快で荒っぽく思えるけど結構、よく細かい所に目がいくし、新しいものはキチンと調べる。そういう所を見ると冒険者だなぁ と思ってしまう。
旅の途中でヘロヘロになった理由は、飢えた子供に食料を分けていたからだとか。
この村に来るまでの場所ではそんなに貧しい場所があるのか。
「アル! 腹が減った! 飯にしようぜ!」
「じゃあ、セリアさんの食堂へ行こうか。お金はあるの?」
「任せろ! 今日は金貨一枚持ってきたぜ!」
ルンバはキラキラと金色に輝く金貨を、二本の指で挟んで自慢げに見せびらかす。
「金貨なんて、ここじゃ滅多に使わないよ。使われても困るだけかもよ? そんなに食べるの?」
「何い!」
「いや、まあセリアさんの食堂なら大丈夫だと思うよ。最近儲かってるらしいし」
「……何で村の食堂が儲かってるんだよ」
「それは入ればわかるよ」
次第に『セリア食堂』と書かれた食堂が見えてくる。
「結構広そうだな」
「他の村の食堂は、小さくてこぢんまりとしてたんだが」
「とある理由で大きくなったんだよ」
そう言って俺は苦笑いしながらドアを開ける。
「あ!ああああああああああぁぁぁぁ! また負けたー! 俺の卵焼きー!」
大きな悲鳴をあげたのは例のオッサン。ここに居たのかよ。
どうせリバーシか将棋でおかずを賭けて勝負をしたんだろう。本当に懲りない奴だ。
見たことないけど、ナタリーさんの苦労が目に浮かぶ。
それにしても、このオッサン弱いのに好きなんだよな。ローガンもそうだけど。そういう手合いこそ何度も勝負を仕掛けてくるんだ。手に負えない。
「……何だこれ?」
「リバーシか将棋でもやっているんだと思うよ。これのお陰で、夜なんかは毎回大騒ぎしてるよ。そのせいで手狭になって皆で広くしたんだ」
「リバーシ? 将棋? トリエラがこの前持ってた奴か」
トリエラには去年からリバーシの販売する権利をあげている。そのうちの売上げの何パーセントかが、うちのスロウレット家へと常に入っている。
意外にもこの世界に特許はあるそうだ。何でもそうしないと魔導具職人が報われないんだとか。職人の世界も大変そうだ。
「お? 見ねぇ顔だな? いっちょリバーシでもやってみるか?」
「これはどうやるんだ?」
オッサンがルンバに気付いたのか、立ち上がってルンバを席に連れていく。
「なるほど、これなら俺でも出来そうだ!」
オッサンの解説を聞いてルンバはやる気になった。
「賭けは卵焼き一つでどうだ?」
うわー、オッサン、初心者からムシリ取る気かよ。
「卵焼きってなんだ? 鶏の卵をそのまま焼くのか?」
「これだよこれ」
ルンバの疑問、にオッサンがテーブルに置いてある卵焼きを一つ見せる。
「食ってみな」
「あー! それ俺んだぞ!」
オッサンの卵焼きじゃないのか、男の一人が文句を言う。
「いいじゃねぇか、一きれくらい」
「じゃあ頂こう」
「「あー!」」
「あ、全部食べた」
そう言えばルンバは、スパゲッティも豪快に大きな口をあけて食べていたな。
「一きれって言ったじゃねぇか!」
多分一きれを、これ全部と勘違いしたんだろう。口大きいし。
「うまい!」
「当たり前だ!お前には特製ローランドスペシャルの卵焼きを食わせてやるからな!」
あー、この前俺も食べさせられた。何かキノコとか山菜とか色々混ざっている卵焼きだな。結構美味しいけど見た目が悪い。
「おかわりをしたい!」
「駄目だ後にしな。リバーシが先だ!食いたかったら俺を倒してからじゃねえと認められねぇ!」
「アル、こいつ殴っていいか?」
「リバーシで倒しなさい」
ルンバの言葉に少しビビったオッサンだが、俺の言葉を聞いて安心すると石を並べだした。
最初は卵焼きが食べられなくてイライラしていたルンバだが、徐々に面白さがわかったのか、どんどんとのめり込み前屈みになる。
「うお! どこにも置けねぇ!」
「フッ……ならパスだな」
何がフッだよオッサン。
「相変わらず、ローランドは毎日きてるよ」
俺の横に来たのはここの食堂の主。セリアさん。
「昼でこれだけ、にぎわうと夜はもっと凄そうですね」
「本当だよ。夜は酒も入るからもっとスゴいよ。喧嘩だってしょっちゅうさ。喧嘩になると、か弱いあたいなんかには手に負えないよ」
「は?」
「は?って何だい」
え? この人何言うてんの? 自警団の隊長である旦那より強い癖に。
「いえ、喧嘩も起きるんだなっと思って。あは、あはは」
俺の言葉に安心すると。俺個人だけに向けられた威圧がとける。どこの海賊王の威圧だよ。
「そうさね、そんなときはあたしの旦那がガツンとやってくれるのさ!」
シャドーボクシングをするようにガツンとの部分で右ストレートを放つ。
すっげぇキレッキレじゃん。ヘビー級プロボクサーも真っ青だよ。
「そしてそんな旦那を、セリアさんがガツンと! ですね?」
俺も同じように真似をして右ストレートを放つ。駄目だ、俺の右腕じゃ世界を狙えない。
「そうさそうさね。ちょっとでも女に色目を使ったり、お手伝いをサボったらガツンと! ってアルフリート様? ちょっとこっち来な?」
笑顔で二回頷くと、セリアさんは俺の手を取って台所へズルズルと連れていく。
え? まずった?
男達が、哀れな目で俺を見てくる。やめろ!そんな目で見るんじゃねぇ。
そのあとは、お玉で頭をポコン!と叩かれて、皿洗いをさせられた。
皿洗いをしていると、隣で料理をしているセリアさんの娘、カルラの哀れむ視線がすごく頬に刺さった。
『あんたも懲りないねぇ』だと。
ーーーーーー
「なあ、ローランド。毎回思うんだが、アイツは馬鹿なのか? 昨日も屋敷で同じことをやらかして、父親にしばかれていたぞ」
『あー、それは皆が思うことだ。この卵焼きも、焼くための専用のフライパンも、リバーシも将棋も、全部アイツが考えたんだが……』
「まあ、馬鹿と天才は紙一重って言うしな」
『まあ、この村の七不思議のうちの一つだしな』
「アイツがか! へへへ、面白れぇな。他にはどんな不思議があるんだよ?」
『村人の知らず知らずのうちに建てられてる、豪華な石の家とかあるぜ? 村の皆は精霊様が建てられたとか言ってっけどよ』
「はぁ? あれはアルの野郎が建てたって言ってたぜ?」
『なら、その七不思議もアイツか!』
「他には何があるんだ?」
『まあまあ、ルンバ。まずは酒でも飲もうじゃねぇか』
「そうだな」
「『おーい、お酒おかわりー!』」
後の七不思議はまた今度に。




