ドラゴンスレイヤー
水魔法で水を入れて、火魔法で加熱して作ったお湯に、汗と泥まみれのルンバをぶちこむ。
『王都の高級宿よりも、快適な風呂だぜ!』とかルンバが叫んでいる。
『石鹸まであるぞおい!全然臭くない! むしろいい香りがするぞ!』
当たり前だ、おもてなしの心を持った日本人を舐めるな。風呂には妥協を許さなかったからな。広さと豪華さでは負けてしまうかもしれないが、機能美は保証できる。
ルンバのはしゃぐ声と、訳のわからない鼻歌をシャットアウトして簡単に料理の準備をする。
ルンバは絶対よく食べるね、念のために色々空間魔法で出しておこう。
三十分程でルンバはお風呂場から出てきた。
服もついでに風呂場で洗わせたので、現在は布を股間に巻いているだけである。
「筋肉すごいなー」
「だろー? アルもしっかり筋肉つけろよ?」
「六才に筋肉は早いよ。身長が伸びなくなるよ」
「ん? お前六才だったのか? てっきり大人びてるから、十才くらいかと思ったぞ?」
「十才ならもっと身長がでかいよ」
「そうだったか? がっはっはっは!」
まあ、ルンバの巨体からしたら、十才も六才も大して変わらないだろうけどね。
「はい、エール」
「お? わかってるじゃねえか。お前本当にガキか?」
「六才だよ」
疑わしい表情をしながら、土魔法でつくったジョッキに口をつけるルンバ。
「何だこれ!キンキンに冷えてやがる!ここには氷の魔導具でもあるのか?」
「ないない、氷魔法で冷やしただけだよ」
「その年で氷魔法が使えるって、ますます子供らしくねえ奴だな。確かこの国の王女様も氷魔法が使えたはずだったな」
「ルンバは王都から来たのか?」
「まあまあ、それはテーブルの上に置いてある、飯でも食べながら話そうや」
「置いてるんじゃなくて、俺が作ったやつな」
ほとんど空間魔法で取り出したけどね。
「これが噂のスパゲッティとやらか!」
「ん? どこかで聞いたの? 」
「モグモグ……あー、知り合いの商人でな……モグモグ……トリエラって奴から聞いたんだ」
俺が食べ方を教えると、ルンバは豪快にフォークで麺を団子のように丸めて食べる。筋肉質な体と麺でリスみたいに膨らんだ顔がミスマッチしていてちょっと面白い。
「あー、トリーさんか」
トリーさんと言うのは、いつもコリアット村に来てくれる商人の事だ。
あの野郎、去年は俺とバルトロを裏切りやがって、何が『コリアット村の女性陣を敵に回したら商売ができなくなるっスから!』だよ。それで俺達一週間オヤツ抜きだったんだからな。今年は絶対はりたおしてやる。
「おい? 何かはり倒すとか聞こえてるぞ? 何かあったのか?」
「いや、こっちの話だよ」
「そうか? それじゃあ、おかわり!」
「俺はお前の母ちゃんか!」
「それよりルンバは何しにコリアット村に来たんだ?」
俺は、新しいスパゲッティを茹でながら、ルンバに質問をする。
「そうだな、答えよう。俺はこのミスフィリト王国所属の冒険者だ。ランクはBランク上から五番目のランクだな。元々俺は旅が好きだからな。どんな小さな村でも行くんだ。次はどこへ行こうかってときにトリエラの奴に面白い事を聞いてよ、それで来たってわけさ」
「なるほど、それで来たんだね。俺が産まれてから冒険者が来たのは初めてかな?王都からコリアット村までは、すごく遠いし」
ちなみにミスフィリト王国はコリアット村が所属する国だ。王都付近の人口は十万人くらいだとか。そして、コリアット村には現在約四百人が住んでいる。 結構人数は多く思えるが、散らばって住んでいるために外見は少なく見えるかもしれない。
最近は活気づいてきたお陰で移民者が増えてきているそうだ。村の端っこには見慣れない小屋が建っていたし。
「全くだ、俺もここまで遠いとは思わなくてな。ヘロヘロになりながらも、何とかここにたどり着いたって訳よ」
しっかりと、計画たてて来いよ。
「んで、これからどうするの?」
「この村は居心地がいいそうだしな、長い間ゆっくりと滞在しようと思う!」
「宿は?」
「ここじゃ駄目か?」
絶対にそれを言うと思ったよ。
「んー、まあいいけど、お風呂も料理も自分で入れなよ?」
「何でだ! アルはここに住んでるんだろう?」
それは予想外の俺の返答に、ガバッと立ち上がるルンバ。
近い近い、圧迫感が凄い。
「いや、ここは第二の拠点で俺の暮らしてる所は屋敷だし」
「屋敷? アルは貴族か何かか?」
「一応、スロウレット家の次男だよ」
「全然そうは見えないな……スロウレット? どっかで聞いたことあるぞ? 領主の名前は?」
ルンバは腕を組みながら考え込む。
「ノルド……ノルド=スロウレットがここの領主だよ」
「ドラゴンスレイヤーか!」
カッと目を見開くルンバが叫ぶ。
ドラゴンスレイヤー? 何その中二病な二つ名。面白いんだけど。
「ドラゴンスレイヤーって?」
「十数年前だったかな? 王都の近くでドラゴンが発見されてよ、そん時大活躍してドラゴンの首を落としたのがノルドなんだぜ?」
「へー、知らなかったよ」
昔は凄腕の冒険者だったのは知ってるけど、そこらへんの詳しい話はしてくれなかったからね。二つ名が恥ずかしかったのかな? 帰ったら聞いてみよ。
「そんとき、たまたま俺もノルドと同じパーティを組んでてよ、その時だけだったが……俺は覚えてるぜ」
懐かしむようにルンバが目をつぶる、絶対ノルド父さんも覚えてるよ。こんなの一回見たら忘れられないって。
その後も何だかんだと話し込み、屋敷に泊まりたいとか言い出したので、しょうがなく屋敷へと連れていく。
何かこう放っておいたら、可哀想というかなんというか。放って置けないというか。こういうところがルンバの本当の強みなのかもしれない。人は一人では生きていけないから。よく考えたらルンバの場合は寄生とかの部類なのかもしれない。屋敷ではエリノラ姉さんの剣の相手でもして働いて貰おう。
それがいい。
ーーーーー
屋敷に着くとサーラがルンバを応接室へと案内して、ノルド父さんを呼びに行った。
「あらー? アルが連れてきたお客さんは誰かしらー?」
エルナ母さんが、いつも通りニコニコとした表情で応接間に入ってきた。
「あ! あんときのノルドにベタ惚れだった魔法使い!」
「え? あ、ちょっとルンバ!? も、もう止めてよ!」
一瞬、ドキリとするとカアッと頬を赤く染めて、あたふたとするエルナ母さん。
エルナ母さんのこんな表情初めて見たかもしれない。三十代に見えない可愛さだ。
「ガハハハハ! 俺の事を覚えていたか」
「当たり前よ! ルンバの事を忘れる人なんてそういないわよ」
なるほどなるほど、こっちがエルナ母さんの本当の口調なのかな?
「おい、アルが見てるぞ?」
エルナ母さんも俺の視線に気付いたのか、咳払いをして俺の方に向き直る。
「アル、案内ありがとう。リビングにオヤツがあるから食べてらっしゃい」
どうやら子供の前では威厳を保ちたいらしい。このまま子供扱いされて、オヤツを食べに行ってもいいのだが、もうちょっと慌てた姿をみたい。
「エルナ母さん」
「ん? なあに?」
「照れちゃって可愛いー」
「んなぁ!?」
またしても顔を赤くするエルナ母さん。あはは可愛いー。
「ブッ!あはははははははは!あっははははははは!」
ルンバはツボに入ったのか、めちゃくちゃ大爆笑している。
こらこら机叩くなって。
えっ!? 机へこんでる。マジかよ。
俺はエルナ母さんに捕まる前に、応接室を脱出してオヤツを食べにリビングへと向かった。
途中でノルド父さんと出会ったので、指を指しながら
「あっ! ドラゴンスレイヤーだ!」
って叫ぶとか、ノルド父さんがずっこけた。
「こら!それをどこで聞いたんだ! 待ちなさい!」
後ろから呼び止める声が聞こえたけど待たない。待てと言われて待つのは犬くらいなのだよ。




