ご老公一行
春と俺は護衛であるスケさん、カクさんという大変頼りになる護衛を引き連れてカグラの街にやってきた。
「よし、じゃあ早速悪事を働いている者を見つけるぞ!」
春が元気いっぱいの声で言いながら前を歩く。
カグラの大通りは今日も様々な人々が行き交い、あちこちから賑やかな声が聞こえてくる。
人々の顔色は皆が明るく、とても活気がある街だ。
とても身近で悪事が働かれているようには思えないな……。
街を眺めながらそんな事を思っていると、隣を歩いていたスケさんが囁いてくる。
「これもお前のせいだぞ。お前が春様に意味の分からない事を吹き込むから。春様が危険な事に首を突っ込むような性格になったらどうする!」
いや、まさか水戸黄金の話をしたら本当にドはまりするとは思わないじゃん? それに本当に部下まで揃えちゃうとも予想できるわけないよ。
連れてこられた二人には申し訳ない事をしてしまったが、まあこれも自分の仕事の一つだと思って諦めてくれ。
「でもスケ先輩。このまま春様に付き合ってスケさんとして振る舞っていると、このままスケさんという呼び名が定着し、人々からスケさんと呼ばれるかもしれませんよ?」
「――っ!?」
カクさんの言葉を聞いたスケさんは、そのムッツリとした表情を驚愕のものに変える。
「そうだね。スケさんとして人々を助け、尊敬されるような人物になれば、誰もスケベだなんてからかわないよね。まさに人を助けるという意味合いのスケさんだよ」
「そうですね!」
「…………」
俺とカクさんがお堅いスケさんのコンプレックスの改善を手引きしてやると、スケさんは神妙な顔つきで考え込み……、
「春様、私の事はぜひスケさんと呼んでくださいね」
「ああ! 当然だ!」
ご機嫌そうに春の隣に付き添うスケさんを、俺とカクさんは微笑ましく眺めた。
より絆を深めて一丸となったご老公一行は、カグラの街を和やかに散策する。
そうやって一時間が経過すると、
「おい! どこにも悪事を働いている者がいないではないか!」
悪事を働いている者が見つけられなくて遂に春が痺れを切らした。
「平和なのはいいことじゃないか」
「それはそうだが、それじゃあご老公のようにカッコよく威光を示すことができないぞ! 助兵衛――じゃなかった、スケさん! 悪事を働いていそうな人がいる場所はないのか!?」
「そんな目星のついている場所があれば、すぐに巡回している刀士が駆けつけると思いますが……」
スケさんの言う事は最もであるが、それは春の求めている解答ではない。
「ご老公はそんな者達の目の届かぬ場所の悪を懲らしめるのだ! どこか偉い人達の目の届きにくい場所はないのか?」
「……ありませぬ」
春がそう尋ねると、スケさんが若干ではあるが間を空けて返事をした。
「本当か?」
「本当です」
「つまらん!」
スケさんがしっかりと頷くと、春が不機嫌さを露わにした声音で叫ぶ。
どうやら春はスケさんの微妙な様子に気付かなかったらしい。
スケさんが真面目ぶった性格だから疑わなかったというのもあるのだろう。
多分、あることはあるけれど、そこには本当に近付いて欲しくないんだろうな。
護衛というのは護衛対象を危険というものから遠ざけるのが一番なのだと聞いたし、きっとそのための嘘なのだろう。
「元々この街は将軍家のお膝元ですからね。多くの刀士が巡回しているこの街で悪事を働こうとする者は中々いませんよ」
「むむむむむ、確かにそれはあるな」
カクさんの言葉に、春が納得した様子で呟く。
「灯台下暗し。だからこそ悪者はお膝元で――」
堂々と悪事を働いていそうと言おうとしたら、カクさんによって口を塞がれてしまった。
思わず見上げると、カクさんがにっこりと笑いながら口元で人差し指を立てている。
……余計な事を言うなという事かな?
まあ、気楽に遊んでいたつもりが面倒な事に首を突っ込むハメになった。とかになったら洒落にならないしな。俺は楽しく観光をして遊んでいるだけなのだ。余計な事は言わないでおこう。
「だからこそ悪者は何だ? アル」
しかし、春は途中で遮られた俺の言葉を大まかに聞いていた様子。
俺はそれに対して動揺をおくびにも出さず、
「お膝元から遠くに逃げるよねー。ほら、ご老公も都から遠い村を旅して世直しをしていたし」
「確かにご老公は都から遠い各地を旅していたことが多かったな! 村と言えば、あたし的に一番お気に入りの話は、身分の違いのせいで結婚できなかった村娘のやつでな――」
すらりと真実と嘘を織り交ぜて話を逸らした。
すると春はそれをきっかけにしてご老公のお気に入りのエピソードを語り始めた。
まあ、屋敷ではもっと手強い母と姉を相手にしてきたからね。春くらいの純真無垢な相手から意識を逸らすなど造作もないな。
ちょっと騙しているようで申し訳ないが、これもご老公が安全に旅を続けるためである。
◆
そうやってカグラの街をのんびりと練り歩くことしばらく。
「裏で大きな悪事を働いている者が見当たらないのならば仕方ない! そこらへんにいる手頃な悪者を捕まえて名乗りをあげよう!」
ついに春が目的のための目標ラインを現実的なものに下げた。
現実的な悟りをすぐに閃いたところは女性らしいっちゃ女性らしいな。
「春様、それでは巡回する刀士とさして変わらない気がするのですが、よろしいのでしょうか?」
まさか春がこういう思考にたどり着くとは思っていなかったのか、スケさんが少し慌てた様子で尋ねた。
「悪事を働く大物がいないんだ! 仕方がないだろう! それに日常的な生活の中の悪事を懲らしめるのは大事だしな! なに、この印籠を見せれば悪事を働いた者も平伏し、改心するはずだろう。そして、そんな
姿を見た民はあたし達に感謝する!」
街でちょっとした悪い事をしてしまった人からすれば、とんでもないだろうな。
何せ王国で言えば、衛兵や騎士ではなく特権階級である貴族が悪事を取り締まると言って巡回するのだから。
そう思うとうちの領地がどうして平和なのかわかるというものだ。何せドラゴンをも倒す領主が直接見回りをするし、魔物だって狩ってくれる。
さらにはその妻であるエルナ母さんもいるし、エリノラ姉さんだっている。
うちの領地で悪や魔物が栄えることはまずないだろうな。
「民の生活を守る春様の心意気に感服いたしました。きっとそうなれば民も感謝するでしょう」
「ええ、ご立派な考えです」
「ふふん! だろう?」
ここぞとばかりに春をよいしょするカクさんとスケさん。
持ち上げられた春は鼻の穴を大きくして嬉しそうにする。
随分と威厳のないご老公になっている気がするが、いいのだろうか?
まあ、本人が楽しそうだし、見ている俺も楽しいのでいいか。
「おお! アル、見てみろ! 早速あそこにガラの悪そうなチンピラみたいな男達がいるぞ!」
俺がそんな事を思っていると、突然春がそう叫びながら前方を指さした。
「どれどれ?」
春が指さす方を見ると、何やら大きな屋敷の前に立つ二人組の男性がいた。
一人は短い金髪に緑色の瞳といったカグラ人ではない異国の者――って、モルトじゃないか。
もう一人の方に視線を送ってみると、黒髪に無精髭を生やした老け顔のアーバインであった。
今日は護衛を主にしているせいか服屋で買ったカグラ服ではなく、冒険者装備に身を包んでいた。
「見かけない顔立ちですね。恐らくカグラ人ではないかと」
「あのようにして道を塞いでいるせいか民達が委縮している様子だな」
多分、屋敷で商談をしているトリー達の護衛をしているのだと思うが、暇すぎてだらけ気味な様子。ただでさえ、チンピラみたいな見た目をしている上に、そのようにして道に並んでいるので歩く街人はどこか委縮している様子。
まあ、スケさんの言う通り、迷惑といっても過言ではないな。
「つまり、あのチンピラ達は迷惑な奴ってことだな! ちょっとあたしが退かせてやろう!」
春はアーバインとモルトを小さな悪事を働いている者と認識したらしく、早速接近していく。
「いや、ちょっと待って! そいつらは――」
「なあ、モルト。あそこにいる女性エロくないか? こう、お淑やかなカグラ服の中に包まれた豊満なる母性が扇情的というか……」
「そうだな。特にあのむっちりとした尻がいいな」
「あっ? 何言ってんだよ? 豊満な胸だろ!?」
「いーや! あの突っ張った尻だな! ちゃんとよく見てみろよ!」
俺が春を呼び止めようとすると、アーバインとモルトは白昼堂々とそのような下世話な話に興じだす。
「あいつらが何だアル?」
「まごうことなく悪者だね。懲らしめてやろう」
「ああ! そうだな!」
ごめん、いくら見た目による誤解であっても、あんな連中の知り合いだなんて思われたくないや。もう俺の庇える次元じゃない。
「あっ! モルトが指さすから逃げていったじゃねえか!」
「ああ! 尻が!」
俺がそんな事を思っている間にも、アーバインとモルトはさらに小さな悪事を重ねていく。
「……女性に対してあのような辱めをするとは許せんな」
「あの女性が魅力的なのには同意ですが、あのように晒し者にするようなのは許せません」
護衛であるスケさんとカクさんも義憤に駆られている様子。
もはやご老公一行の中で、アーバインとモルトは懲らしめるに値する悪者だとされてしまったようだ。
ご老公なる春は、早速民の安寧を脅かす小さな小さな悪者を懲らしめるべく躍り出た。
「そこのチンピラ二人組!」
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