兄妹喧嘩らしい
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』4巻が本日発売です! 店頭にて見かけた際は、ぜひお手にとってみてください。
次の日、春と修一と予想以上に仲良くなった俺とルンバは今日も水神様の神社へと向かっていた。
待ち合わせの時間は朝と指定されただけで、具体的な時間は言われていない。
だから俺は常識的な範囲の時間だと判断し、朝食を食べて一休みしてから旅館を出た。
ちなみにトリー達は今日も商談だ。カグラに到着して昨日から本格的に仕事を始めたせいか、商会メンバーの誰も彼もが忙しそうだ。
護衛としての役割を持つ、銀の風のメンバーもそれに付いていかなければならないので忙しそうだ。
朝食後、優雅に緑茶をすすっている俺を羨ましそう視線で出て行った。
今日もカグラの街は朝から賑わっている。
街の中心部へと向かって歩く人の波から外れて、俺とルンバは閑静な住宅街の方へと歩いていく。
外を走り回る子供達を避けて、お洗濯をしながら談笑するご婦人と挨拶をしながら道を歩く。
そうやって小次郎と出会った橋を渡り、田園地帯を抜けて森を歩くと今日も立ちはだかる階段が見えた。
「……ルンバ、今日もお願い」
「おい、またか? 今日はアルも用事があるだろ」
「こんなに長い階段を上っていたら体力も減るし、時間もかかるよ。ほら、俺が上るペースなんてこんなものだよ?」
試しに俺が数段上ってみるが、俺の身体は小さくて体力もないのでルンバのようにスイスイとは上れない。
こんなゆっくりとしたペースに合わせるのはルンバもキツいだろう。
「しょうがねえな。ほれ、今日も担いでやるよ」
「頼むよ」
軽くため息を吐く、ルンバに担がれて今日も俺は階段を上っていく。
巨体であるルンバにかかると、このような急な階段も容易いものでスイスイと進んでいく。
朝の清々しい空気を吸いながらカグラの美しい街並みを見るのは悪くないな。
「ほれ、アル。着いたぞ」
「あっ、うん」
何も反応を示さなかった俺は、ルンバにお尻を叩かれることでハッと我に返った。
カグラの街並みをボーっと眺めていたら、いつの間にか頂上である神社にたどり着いていたらしい。
「アル、ルンバ遅いぞ!」
俺とルンバが現れる姿が見えたのか、地面に落書きをしていたらしい春が枝を持ちながら叫んだ。その傍らには春の落書きに付き合っていたのか、同じく枝を持っている修一がいた。
待ち合わせ時間は大雑把にも朝という指定だけで、待たせたら怒られると思って朝食を食べてからすぐに来たのだが春からすれば遅かったらしい。
「これでも早めに来た方だよ?」
「あたしの方が早いじゃないか。女を待たせる男はダメなんだぞ?」
ルンバに担がれながら言うと、春がどこか偉ぶった様子で言う。
こんな小さな少女であるというのに、女という性別を利用した言葉を覚えているとは、春のお母さんは中々に強かな人物であると見た。
「というかアルはどうしてルンバに担がれているんだ?」
俺がそんな事を思っていると、枝を修一がこちらを見上げながら言う。
「それは俺がとても偉い貴族だから――」
「アルが階段を上るのが面倒くさいとかごねたからだ」
俺がどうして担がれているのか説明してやろうとすると、途中でルンバが遮った。
すると、春と修一が揃ってジットリとした視線を向けてくる。
「……アル、女であるあたしでも一人で上れるぞ? それに昨日はボチボチでそんなに偉くないって言っていたじゃないか?」
「男がこれくらいの階段を面倒くさがるとはどういう事だ?」
階段を上るのが面倒臭いと思う事の何が悪いのか。そりゃ俺だって数十段くらいなら、自分でも上るよ。
だが、ここの階段は軽く数百段はあるんだ。さすがに朝からえっちらおっちら上るのはキツイぞ。でも、現に春は上り切っているようだしな。そうは言ってもまともに聞いてもらえなさそうな気がする。
「春と修一に一刻も早く会いたかったからね。そのために自分の足で上るよりも、ルンバに手伝ってもらった方が早いと思っ――」
「いやいや、昨日も俺が担いだし、今日だって食後の休憩を入れていたじゃねえか」
再び突き刺さる春と修一の視線。
「余計な事を話す口はこれかな?」
余りに空気の読めない発言をするルンバの口を俺は思わず抓る。
「本当の事じゃねえか。あんまり怠けていると帰った時にエリノラとノルドにしごかれるぞ?」
「うっ!」
ルンバの言葉を聞いて俺は思わず顔をしかめる。
それは本当に勘弁してほしい。王都から帰ってきた時も二人に酷く稽古でしごかれたんだよ。
またカグラに行って稽古をしてないからといって、しごかれるのは嫌だな。
なんか、こう稽古を避けるような妙案はないものか?
「ほう、アルの周りにはどうやらきちんとした人物がいるようだな」
「明日はきちんと自分で上ってくるんだぞ? あたし達が上から見ておいてやるからな!」
「そうだな。ここの階段はいいぞ。上っているだけで足腰が鍛えられる。毎日ここに通い詰めれば、アルの足腰も強化されるだろうしな!」
俺の意見を無視しながら勝手に話し合う春と修一。
本当に俺に階段を上らせるつもりなのだろうか?
ちょっと洒落にならないしんどさになると思うのだが……。
まあいいや。ルンバの手を借りずとも俺には魔法がある。
用はルンバの手を借りずに一人で上ればいい訳だ。それくらい何とかなるな。
そう思いながら、俺はルンバの肩からするりと抜け出して地面に降りる。
「あれ? そういえば今日は楓さんは?」
これ以上俺を鍛えるとか言い出させないために、俺は話題を自然に変える。
地味に気になっていたのだが、今日は楓さんの姿が見えない。
昨日は楽しく皆で遊んでいたので、今日は護衛である楓さんも最初からいるものだと思っていたのだが……。
「楓は今日は忙しくて来れないみたいだ」
「そうなの? ひょっとして昨日言っていた楓さんの兄さんが、仕事を辞めるとか言い出したから?」
「そうだ。それで兄妹喧嘩になったらしくて今日は兄上と決闘をするらしい」
面白半分で言った俺の言葉に春がきっぱりと答えた。
えっ? 本当にそうなの? しかも兄妹喧嘩で決闘って何だかマジな感じになっているな。
でも、楓さんは刀士で厳格そうだから、実にあり得る話だな。
「へー、そうなのか? 何だか楓の家は大変なんだな」
春の言葉を聞いて、ルンバが神妙な顔つきで頷く。
その声音は絶対に大変そうに思っていないな。
「こら、春。そういう他人の個人的な事を喋るもんじゃないぞ」
「いいじゃないか。アルは楓から聞いていたみたいだし――」
喋り過ぎた春に軽く説教をする修一。
まあ、知人とはいえ気軽に教える内容ではないな。
軽い笑い話ならまだしも、どうやらガチの兄妹バトルみたいだしここは踏み込むべき場所ではないだろう。
でも、楓さんには悪いけど俺は顔も名前も知らない、仕事を辞めたがっているお兄さんを応援するかな。
仕事があぶれるような国でもなさそうだが、仕事を辞めるということはそれなりに覚悟がいることだ。何せ安定的に入る金銭がなくなり、これから身一つで違う道を探さなければいけないからな。
何かやりたい事が見つかったのか、嫌気がさしたのか知らないが、並大抵の覚悟がないとできないはずだ。
前世の俺ができなかったことをやろうとしているそのお兄さんに敬意を表すよ。
「あー、もう! わかったから説教は終わりだ!」
修一の説教に嫌気がさしたのか、春が参った様子で叫ぶ。
修一もある程度言ってやって満足しているのか、これ以上は何も言う気がないようだ。
叱られたやんちゃな妹と、説教をした真面目な兄。微笑ましい光景だな。
「よし、アル! 今日こそ、あたしと魔法の撃ち合いをするぞ!」
「やだ!」
「何でだ!」
俺がきっぱりと断ると春が大きな声で叫ぶ。
いや、そんな事をしてもし春に怪我でもさせたら明日には俺が楓さんと決闘をするハメになるではないか。
「よし、じゃあ俺達も稽古をすっか!」
「ああ、昨日は帰ってから戦い方について色々考えたからな。今日は簡単にはいかないぞ」
俺と春の様子を見たからか、ルンバと修一が稽古を始めようと移動する。
マズい、このままでは春も向こうに感化されてしまう。
昨日のように、春の気を逸らせる面白い遊びや、話をしないと……。
お? 面白い話?
そういえば、ここって和風な国だけど創作物語についてはどのような状態になっているのだろうか?
同じ和風な前世の話が、カグラ人にも通用するのか気になるな。
「なあ、春」
「何だ? ジェンガなら今日はしないぞ?」
また俺がジェンガでもしようと言い出すと思っているのか、どこか警戒した視線を向けてくる春。
それに対して俺は、
「桃次郎と水戸黄金って知ってる?」
「……何だそれ?」
小首を傾げた春を見て、今日も何とかなるのではないかと俺は思った。
コミックのスローライフもよろしくです!




