フライパンと卵
総合評価もいつのまにか400ほどに。感謝です。
今日も賑わう村の広場を通り抜ける。
広場にはオバチャ……美しいご婦人方が他愛のない話に花を咲かせている。
「そうそう!それで私なんてスパゲッティを二回もお代わりしちゃって」
「私もよー」
「うちの旦那なんて、この間あたしの分まで食べちゃったのよー? ありえなくない?」
「わー、マウロさんよく食べるからねー」
「おかげで、固パンになったし!本当ありえないし!」
どこの世界でもご婦人方が言うのは、旦那のことや、食べ物のことらしい。
彼女らは特に甘いものには強い執着を見せるので注意が必要だ。甘いものが不足しているこの世界で、そんなことをすればどうなってしまうか。
転移による、砂糖の転売を視野に入れている俺には不安でたまらない。いつバルトロのようになってしまうか……
未来を想像して、ちらほらいるご婦人方にビクビクしながら広場を抜けてローガンさんの家を目指す。
村長の家から北の方へと適当に歩くと、ポツリと森を切り開いたような所に小屋があった。裏には倉庫なのかもう一つ小さな小屋がある。
足を進めるにつれて小屋からは、金属を打つような硬質な音がリズムよく聞こえてくる。
さてローガンさんとはどんな人なのか。セリアさんに言わせれば、あれくらい可愛い範疇で素直じゃないらしいけど。
セリアさんの年齢は知らないけど、ローガンさんの方が歳上じゃないのかな?
コリアット村の男女の上下関係がわからない。今はきっと、オッサンといい極端な例を見ているだけなんだ。きっとそうだ。
「すみませーん。ローガンさんいますかー?」
作業音が聞こえる、空いている小屋から中を覗く。
中を見ると、薪か木炭を多く使っているのか壁が全体的にすすっぽく黒くなっている。
作業をするためか、広めのつくりとなっていて村にあった家よりは広そうだ。
奥には、大工さんのように頭に布を巻いている、無精髭を生やした男がいる。
多分ローガンさんだろう。
重いハンマーを何回も振るためか、体にはしっかりと筋肉がついている。歳は五十歳もいっているだろうか? 汗とすすの汚れ、無精髭のおかげで見た目が老けて見える。
ローガンさんは気付いてるかもしれないが、俺に視線を向けることも無く集中して何かを打ち続けている。
それを俺は中には入らずに、黙って立って見ていた。
しばらくすると、作業の区切りがいいところになったのかローガンさんの動きが止まった。
「子供の来る所じゃねぇ……帰んな」
ローガンさんは布で汗を拭きながら、ぼそりと言う。
わーお、いきなり帰れって言われたよ。いや、でも冷静に考えたら四才の子供が鍛冶屋に来たら、遊びに来たとか、ただ覗いてるだけかと思うよな。
「作って欲しい物があるんです」
「 ふざけてるのか? 遊びなら他所でやりな」
なるほど、やっぱりこうなるよね。ならこちらは、切り札を使ってしまおう。
「そうですか……セリアさんがローガンさんなら引き受ける。いや、引き受けないならただじゃおかないと言ってたんですが……わかりました。帰りますね」
「……ちょっと待て」
クルリと踵を返すと、ローガンさんがポツリと呟く。さすが切り札!
「はい? 」
俺は純粋無垢な顔で振り返る。
「……何を作って欲しいと頼まれた」
「俺が嘘ついてセリアさんの名前を使っているかもしれないですよ?」
「この村でそんなことをすれば、どうなるかわかるだろ? あいつらは強くて逞しい。俺達じゃ勝てないんだ……」
最初はキリッしていて、渋かったのに。スイッチが入ってネガティブになるローガンさん。
俺も将来こうならないように自由気ままに生きよう。と誓う瞬間だった。
「で?」
立ち直ったのか、渋い男に戻るローガンさん。結構切り替え早い。この受け入れの良さは、過去のローガンさんの出来事から培われた事なのかもしれない。
「ローガンさんは何を作ることができますか?」
「鍋や、農具、包丁から剣まで作ることができる。どちらかと言うと包丁辺りが得意だ」
「結構幅広くできるんですね」
「村の鍛冶屋なら、大体はそうなる」
「なるほど。今日はフライパンとナイフを作って貰いたいんです」
「ナイフは分かるが、フライパンはどういうものだ? 普通の丸いものでいいのか?」
「いえ、こう四角くて、こう持ち手が斜めについていて」
羊皮紙でもと思ったのだが、置いてないそうだ。ちなみにこの世界、質の悪い紙なら安価で仕入れることができる。定期的に屋敷に来る商人がいつも持ってきている。
王都ではもっと質のいい紙が出回ってるそうだ。今ではこうやって質の悪い紙をメモ帳なんかにして売り回っているらしい。
セリアさんも確かメモ帳みたいなの持ってたな。レシピなんかで必要なんだそうで。今では娘を鍛えているとか何とか。数年以内に新たな最強の生き物が完成してしまうのか。
仕方ないので、ひっそりとポケットの中から空間魔法で紙を取り出し、卵焼き用のフライパンを絵に描いていく。
上、横、下、斜めの描いた絵を見せる。
「四角? 何に使うんだ? 」
「美味しい卵焼きを作るためです」
「丸じゃだめなのか?」
「四角じゃないと皆があの美しさを出すことは出来ません!」
「そ、そうか」
その後、深さ、長さはどれくらいかと話を詰めていった。
ナイフは今すぐ使わないなら、欲しい時が近くなったら来いと言われた。そりゃそうか。体に合わせる必要があるしね。
ーーーーー
注文から一週間後。
約束した通りにローガンさんの家に行こうと思う。
しかし、今日は転移魔法でひとっとび。ローガンさんの小屋をイメージしてゴー!
自分の屋敷の前の景色が一瞬消えたかと思うと、瞬時にローガンさんの小屋の前の景色に移り変わった。
最初は景色が急に変わるのに慣れなくて、気持ちわるかったりしたけど、慣れてしまえば気にならないものだ。
毎日練習したおかげで、この距離くらいなら楽勝になってきた。成功させるために念のために隅々まで観察してイメージを焼き付けたよ。
ローガンさんには『ここらへんに何か珍しい物があるのか? どこにでもある小屋と森だけだぞ?』とか言われてしまった。
ちゃうねん! 頭にイメージを焼き付けてるねん! 思わず大阪弁になってしまった。変な子供、変態認定は勘弁してほしい。
今日も前回と同じ時間くらいだろう。すぐに金属音が聞こえてくる。打ち終わっただろうか、包丁の刀身を眺めている。
俺が視界に入ったのか、ローガンさんは包丁から視線を外す。
「おどかすな。いつのまに来たんだ全く……」
今日は転移で来ましたから。気配も感じないでしょう? この魔法
暗殺者とかが習得したらとんでも無いことになりそう。
「あはは。完成しましたか?」
「ああ、ここにある」
ローガンさんはスタスタと壁に掛けてある二つの四角いフライパンを手に取る。
一つはセリアさん、もう一つは屋敷で使う用だ。
それをじっくり眺めて、問題ないことを確認する。大体が注文どおりで問題ない。多少、細かな気遣いによる改良がローガンさんの優しさだろう。
「ありがとうございます!」
「実際はどんな風に使うんだ?」
「調理場と材料さえ貸してもらえれば、今すぐにでも作れますよ?」
「そんな大層な場所じゃないが、卵と少しの塩と砂糖くらいならある」
「じゃあ今から作りますね」
ローガンさんに付いていくと、もう一つの小さい小屋に来た。
こっちが家かい。そりゃそうか。作業場じゃ寝れないか。
こっちの小屋の方がボロそうだ。所々、木に穴が空いている。
ローガンさんは小屋に入ると、整理しながら薪に火を着けて準備している。
その間に少し補強しとくか。
俺は脆くなった場所を次々と土魔法で補強した。
火の調整ができたのか、ローガンさんがこちらを驚いた顔で見ている。
「お前、その歳で魔法が使えるのか」
「まあ、これくらいならできますよ。穴とか塞いでおきましたよ」
「それだけで、生きていけそうだな」
「魔法は暮らしを豊かにするために使うので、それは当たり前ですよ」
「戦うためじゃ無くてか?」
「当たり前です。自衛には使いますけどね」
話ながら、フライパンに油をひいて、温まったのでよくといた卵少しずつ投入する。
醤油とか欲しいところだけど、無くても卵の味だけで十分美味しいしので、少量の砂糖を入れただけだ。ローガンさん甘いの好きじゃ無さそうだから、少な目にした。
「ほー、クルクルも器用なものだな。お前料理人にでもなるのか?」
「料理は好きですけど、料理人にはなりませんよ」
次々と卵が層になっていき、分厚くなっていく。
美しい、この形。卵焼きならいくつでも食べられるよ。昔もよく食べたなー。
「ほおー、このための四角か」
完成した卵焼きを見て、感慨深げにローガンさんが呟く。
「じゃあ食べてみてください」
切り分けた、熱々の卵焼きを口に頬張るローガンさん。
「……美味い。目玉焼きや、ごちゃ混ぜにしたものならよく食べるが、層にするだけでこんな食感と味になるとは」
「でしょでしょ?調味料によって味も変わるんですよ? これが広まったらフライパンの注文が殺到すると思いますよ」
「間違いなく注文が増える。今日から準備しておこう」
どうやらローガンさんも気に入ってくれたようだ。逆に美味しくない、こんなつまらない物を作らせたのか?とか言われたらへこんじゃうよ。
その日は、しつこく『セリアの食堂に行けば、これが食えるんだな?』と聞いてくるローガンさんに「食べれます食べれます」と何回も答えて逃げるように帰った。
これは中毒者かもしれん。
帰り道には、セリアさんの食堂に行き、作り方を実演してみせた。
『卵を仕入れないと!』
と大層ご機嫌な様子だった。店の仕事を放り出し、これから俺の卵焼きのようにするために練習するようだ。
なお、食堂はリバーシが盛り上がりすぎて男達がわらわらといた。対応は娘に任せるのだとか。
念のため、ローガンさんがうるさく言ってくるかもしれないと注意しておいたが
『ローガンの奴は、昔からそんな奴だよ。どんと来い』
とのことだった。何とも男らしい。




