桁違い
少し多めです。
ガタゴトと揺られてどれほどの時間が経ったであろうか。
キッカの街はとうに見えなくなり、今ではだだっ広い平原と木、遠くにある山々が見えるだけである。
太陽は中天の位置を過ぎており、温かい日差しが俺達を照り付ける。
俺なんかはその日差しを屋根で浴びてうつらうつらとしている。寝不足のアーバインやモルトもそうなのではないかと思ったが、眠りこける事なく周囲を警戒している。
「二人とも眠くないの?」
「眠いけれど俺達は旅の護衛が仕事だからな。寝るわけにはいかねえよ」
「一睡もせずに行動しなければいけないクエストなんてのも、たまにあるしな」
普段は割とちゃらんぽらんに見える二人だが、きちんと仕事はこなすらしい。
まあ、そこは仕事を引き受けた冒険者としての責任や、名声にも関わるからな。しっかりとこなさなければいけないのだろう。
護衛任務を引き受けるには実力は勿論のこと、信頼や人間性も必要だとトリ―も言っていたし。
眠気を我慢しながらキョロキョロと辺りを見回す二人を見ていると、安心感が沸く。
今いる場所は遮蔽物がほとんどなく見晴らしがいいために、魔物が襲撃してきてもすぐに感知できるであろう。
護衛対象の俺はせっせと働く二人の横で、のんびりとさせてもらおう。
働いている人の横でのんびりとしていると、まるで自分だけがサボっているみたいでドキドキする。こう、同僚が会社で働いているのに自分は家でゲームをしている的な。
そう思うとちょっとした背徳感が沸いてくると同時に、こうしてだらりできる時間の有難みを感じることができる。
こうして振り返って何かに感謝できるとは素敵な事ではなかろうか。
前世のお婆ちゃんも毎日何かに感謝して生きなさいって言っていたし問題ないな。
そういうことで、俺は眠気を我慢して働く二人の横で遠慮なく自由を謳歌しよう。
屋根の上で転がると黄色い羽をした蝶々が近寄ってきた。
「わあー、蝶々だー」
俺の前をひらひらと飛ぶ蝶々を手で追いかける。
「……アルフリート様の声を聞いていると眠くなってくるぞ」
それは俺の声が心地良いと解釈していいんだよな?
「くっ、俺も寝転がりたい」
モルトが俺へとチラリと視線をよこして嘆く。
はは、頑張れ冒険者さん。働け働け。
俺が寝そべりながら心でエールを送っていると、隣からドサリという音が聞こえた。
「おい、アーバイン羨ま……なに寝てんだよ。お前も警戒しろよ」
モルトが寝そべりだしたアーバインを注意する。その怒りに羨望が混じっていたのは言うまでもない。
「俺はサボってないぞ。モルトよ」
「はあ?」
モルトが疑問符を浮かべる中、アーバインは何もやましいことなどしていないとばかりに告げる。
「俺は空を警戒しているんだ」
なるほど。そうきたか。
「ズルいぞ。おい!」
「バカ言え。スラッシュホークの恐ろしさを忘れたわけじゃないだろ? 鋭い刃を脚から生やしたアイツらは、空から急降下して俺達に刃を突き立てるんだ」
「何その魔物。めっちゃ怖いんだけれど」
日向ぼっこをしていたら、スラッシュホークとやらが急降下してざっくりと脳天を割られる。そんなのはゴメンだ。考えただけでゾッとする。
「だから俺がこうして空を警戒しているんだ」
「なるほど。アーバイン、しっかり頼むよ」
「任せとけ」
アーバインが瘦せこけたような顔でにっこりと親指を立てる。社畜のような笑顔だ。
「おい!?」
「ほら、モルトは周囲を警戒しろ。ここらへんではソードボアが出現しやすいんだ。馬車ひっくり返されるぞ」
文句の声を上げるモルトを追い払うようにシッシと手を払うアーバイン。
ぎゃあぎゃあと騒ぐモルトよりも、俺はその物騒な名前の魔物が気になる。
「ソードボアって、どんな魔物なの?」
「猪型の大型の魔物でな、牙が剣のように鋭いんだ。突進されたらザックリと刺されるし、刀身のような牙は触れるだけでスパッと斬れちまう」
何その魔物怖い! 先程言っていたスラッシュホークといい、アルドニアの魔物は凶暴すぎやしませんか? コリアット村近くの魔物なんて、歩くキノコとか、ゴブリンとか、ブルーベアーっていうクマの魔物とかまだ大人しい部類ですよ?
いや、転生する時に俺の領地にいる魔物は弱い魔物ばかりだって神様が言っていたな。
転生先をコリアット村に選んだ俺の判断はやはり間違っていなかったな。
「……モルト、しっかり警戒してね」
「ほら、お偉いさんからの命令だぞ」
「ちくしょ! 後で覚えてろよ!」
モルトの捨て台詞を聞いて、ハハハと愉快そうな笑い声を上げるアーバイン。
アーバインには空から迫りくるかもしれない、スラッシュホークとかいう物騒な魔物から守ってもらわね……あれ? 空からってことは前衛であるアーバインより魔法使いの二人が警戒するべきなんじゃ? だって、こいつらが見つけても空を飛ぶスラッシュホークを攻撃できないし。
むくりと身を起こして後方を見やると、空をしきりに警戒するアリューシャさんの姿が。
その近くではどこか退屈そうに座るルンバや、平原を警戒するイリヤさんが。
別にアーバインが空を警戒しなくてもいいじゃん。
「こら、アーバイン起きろ。空から襲ってくるスラッシュホークとか魔法使いが警戒するべきだろう。サボるんじゃない」
人が知らない事をいいことに、恐怖で煽ってサボろうとするなど最低だぞ。
俺がアーバインのお腹をペシぺシと叩くと、奴はむくりと起き上がった。
「……チッ、気付いたか。短い休憩だったぜ」
「というか、モルトは気付かなか――」
「やめろ。それ以上言うと特定の誰かを傷付けることになるぞ」
「ああ、そうだったね。これ以上言うとバカが炙り出されてしまうからね」
「お前ら、回りくどい言葉の暴力はやめてくれる!?」
そんな風に会話をしながら進むこと、しばらく。
後方から金属音のようなものが聞こえた。
その音が気になり振り返ると、後方の屋根にいるルンバが大剣を手にして立ち上がったではないか。
立ち上がるルンバの視線の先には、だだっ広い平原があるのみだ。
しかし、よく見ると遠くに四つ程の黒い影が見えるではないか。
魔力を目に集中させて見てみると、そこには剣のような牙を生やしたイノシシの姿が。
茶色い毛皮に覆われた大きなイノシシ。頭には大きなコブのような凹凸があり、硬そうな頭蓋をしている。
そして何より、口元から生えている白刃の剣を彷彿とさせる二本の牙。それらは微妙に反り返っており、降り注ぐ陽光を受けて鈍く輝いている。
あれが先程アーバインが言っていたソードボアとやらか。
四匹のソードボアは平原にある土や草を巻き上げる勢いで、こちらへと迫っている。
「……まったく、相変わらずあの人の感知力はおかしいな」
「あれかな? 一番野性感があるから何となく気付くんじゃねえのか?」
いつのまにか近くを座っていたアーバインとモルトまでもが立ち上がっていた。
ルンバに少し遅れてだが、二人も魔物の気配に気付いたらしい。
そういえば、ルンバはあの巨体ながらも意外と気配を隠したり、察知したりするのが得意だったりする。一緒に森に行った時に俺も痛感した。
見るからに察知とか、気配を隠すのが苦手そうだったりするのにな。
モルトの言う通り勘なのだと思う。
ちなみに俺とエリノラ姉さんも争う度にお互いの察知能力や隠密能力が上がっている。
エリノラ姉さんは察知で、俺は隠密能力がグングン伸びている気がする。
あれかな? 経験を積むことで上達する感じかな?
「魔物がやってきた! 馬車を停めてくれ!」
モルトが大声を上げて御者へと伝達する。
すると伝達が伝わっていったのか、馬車がゆっくりと止まっていく。
先程までずっと動いていたので急に停まられると妙な感覚になるな。今でも馬車が動いているような気がする。
「魔物っすか!?」
「ソードボアが四匹です!」
慌てて馬車から飛び出してきたトリ―にモルトが答える。
「それなら問題ないっすね。頼むっすよ!」
トリ―も旅を繰り返す中で慣れているのか、なんてことがないように言う。
そして銀の風のメンバーも口々に了解の返事をする。
ソードボアが四匹いてもBランクパーティーからすれば大した事がないのだろう。
それでも一瞬の油断やミスで大怪我を負うのが魔物との戦いだ。相手は人間とは違い、生まれながらにして強靭な身体能力、さらには角や牙といったものまで持っているのだ。
どんな相手であろうと気は抜けない。
その事を十分に理解している銀の風のメンバーには、当然弛緩したような雰囲気などなかった。
皆が真剣な表情をして、迫りくるソードボアを相手に構えている。
魔法使いである、イリヤとアリューシャは馬車の屋根に二人して陣取って杖を構えている。
より広い視界の確保、他に出没するかもしれない魔物の警戒をしているのだろう。
ここら辺ではスラッシュホークがいると言っていたし。
あとは高い所にいれば発射した魔法の威力が増大するという利点もある。
冒険者になる気はさらさらないが、勉強になるな。
俺が二人の様子を見て感心していると、剣を持ったモルトとアーバインがソードボアへと向かって駆け出した。
全長二メートルはありそうなソードボアに突っ込むのであろうか? 相手はかなりの重量があるだろうし、かなりの勢いで走っている。
まともにぶつかっては剣のような牙の餌食になるであろう。一体どうするのか。
ソードボアへと突っ込んでいくアーバインとモルトを眺めていると、後方から美しい音の調べが聞こえてきた。
『我は求める 清らかなる水よ 集いて球となれ』
流れるように紡がれる詠唱。
水魔法で水球を作る魔法――ウォーターボールだ。
アリューシャの突き出した杖の先から水が凝縮されるように集まり、あっという間に水球が形成される。無駄な魔力を消費していない様は、揺らぎのない水球を見ればわかる。
それにしても、魔物を相手にした魔法にしては随分と戦闘向きではないな。一体どう使うのだろう。
ソードボアは大き目の個体が二匹突出しており、その後ろを小さめの個体がぴったりと付いている。水球だけでどうにかできるのか?
俺が疑問に思っている、アリューシャの発動した水球が二つに別れて飛んでいった。
水球が目の前に現れたソードボア二匹は狼狽えることなく、鼻息を荒くして突進した。
しかし、水球はソードボアの突進をするりと避けるように側面へと回り込み、ぶち当たった。
重々しい水の弾ける音がし、何とソードボアがバランスを失ったかのように転がったではないか。
あの水球にそんな力があるのだろうか? いや、だからこそバランスの崩れやすい空中にいるタイミングで水球を当てたのだろう。そこを横から押してやることでソードボアの体勢を崩したのか。
決して派手ではないが、少ない力で十分な効果を発揮する。さすがは戦い慣れている冒険者。魔法の扱いが上手いな。
「動かねえ敵ほど楽なものはねえな」
「今だやっちまえ!」
アーバインとモルトはそうなる事がわかっていたのか、転げて身動きの取れない二匹に剣を差し込んでいく。
……高笑いをしながらとどめを刺す様は、冒険者というよりも悪党の方がしっくりくる。
あっちの方は置いておくとして、残りは二匹。突然前を走る個体が転げた為に、避けるように左右に分かれた個体だ。
そっちはどう対処するのだろうか。
次なる一手をワクワクしながら見守る俺。完璧に守られる側で蚊帳の外なので観戦気分だ。
『我は求める 大地よ 隆起し堅牢なる壁と成せ』
イリヤの鈴を転がすような声が響き渡る。
すると、右側を走っているソードボアから盛り上がるようにして土の壁が現れた。
スピードに乗っていたソードボアは、止まる事も躱す事もできすに土の壁へとぶつかる。
頭を強く打ち付けて自滅したのかとい思いきや、壁の前ではソードボアが必死に後ろ脚で地面をかいていた。
「ん? 自滅したんじゃ……?」
首を傾げながらよく見ると、そこには鋭利な牙が土の壁に突き刺さり動けなくなっているソードボアがいた。
必死に牙を引き抜こうとしたり、牙を差し込んで壁を壊そうともがく様は滑稽である。
恐らくイリヤが程よく土を柔らかくして、刺さりやすくしていたのだろう。それでいて衝撃によって壊れることのない絶妙な調整。やっぱり巧いな。
「「へへへ! 子豚ちゃん! 後ろがガラ空きだぜー?」」
そこをすかさず狙う前衛の二人。
「……あの二人、楽してんなー。おっと、まだもう一匹のソードボアが――」
「よっ!」
俺が振り返ると同時に、反対側の方からルンバが跳躍。
勢いに乗って突進してくるソードボアなどお構いなしに、上段で構えた大剣を叩きつけた。
ルンバの全体重が乗った一撃は、ソードボアの硬い頭蓋を容易く叩き割り、首を落とした。
そのまま大剣は勢いを殺がれることなく地面を叩き割る。
ズンッと腹に響くような音が大気へと伝わり、地面に蜘蛛の巣状の亀裂が入る。
小細工や駆け引きなど存在しない、ただの力任せの技。ただの上段からの振り下ろしだ。
大剣に魔力の付与すらもされていないし、身体強化さえも使っていない。
それなのに小さなクレーターが出来ているぞ。
「なんて馬鹿力だよ……。こんなのチートじゃん」
エリノラ姉さんがルンバとの稽古で手こずるわけだよ。
「身体強化しても普通あんな威力でねえぞ」
「意味が分からん」
いつの間にか近くへと来ていたアーバインとモルトが呆れたように呟く。
「……Bランク冒険者って凄いんだね」
「おいおい、俺達をルンバさんみたいな規格外と一緒くたにするなよ?」
ルンバを見てしげしげと呟いたところでアーバインが口を挟む。
「え? だって同じBランク冒険者でしょ?」
タイプは違えど、同じBランク冒険者なんだ。アーバイン達もかなり強いんじゃ……。
「バカ言え。俺達は四人で合わせてBランクの評価だけど、あの人は単体でBランクなんだよ」
「はっ?」
銀の風四人が力合わせてやっとBランクなのに、ルンバは単体でBランクなわけ?
めちゃくちゃ強いじゃん!
いや、一人旅をするくらいだし、稽古でエリノラ姉さんの相手をするくらいだから強いほうだとはわかっていたけどね?
「個人としてなら、俺達なら良くてもCくらいか?」
「イリヤとアリューシャはともかく、俺達はDかもしれんな……」
その遥か上に位置するノルド父さんって本当に凄いんだね。Aランクのドラゴンスレイヤーは伊達じゃない。
久しぶりの魔物戦闘のようなものでした。
次回、馬車での遊び。その次に、閑話第三王女レイラ。次にエスポート到着にしようかと思います!




