宿屋でのベッド争い
ついに100話ですね! 何となくテンションが上がります!
キッカの街を存分に観光した俺達は、その日トリーが手配してくれた高級宿に泊まることになった。
「久しぶりのベッドだ……っ!」
部屋を案内してくれる従業員が退出した後、俺はフカフカのベッドへとダイブした。
俺の体重を受け止めたベッドがギシッとした音を立てて、身体を反発させる。
そんなベッド特有の弾力と柔らかい布団の感覚を満喫するように、俺はベッドの上でピョンピョンと跳ねる。
さすがは貴族や商人御用達の高級宿。部屋が広くて落ち着く雰囲気があるのは勿論のこと、ベッドが大きい。
大人が二人一緒に寝ても問題ない広さがあるのだ。そんなベッドが二つも。
連結すればより広いベッドになるな。
そんな素敵な事を思いついた俺は、余っているベッドを無魔法のサイキックで引き寄せる。
そして、連結。これでただでさえ広かったベッドがより広いものになった。
広さを確かめるようにゴロゴロと転がる俺。
布団が俺の体を包み込むように沈んでいく感触が心地よい。
うつ伏せになれば心地よいフローラルな香りがし、ほのかにお日様の香りもする。
この香りを嗅いでいるだけで旅の疲れが癒されそうだ。
コリアット村を出てからは簡易テントや毛布にくるまって寝ていたからな。十分に体を休めていたとはいえなかったな。
どこでも寝る事ができる俺なのだが、やはり一番は柔らかい布団に包まれたベッドだな。室内だから安心できるし、虫もいないし。
まあ、例え不自由な場所でも全力で睡眠を楽しむのが俺なのだが、いかんせん身体が子供なせいか途中で体が痛くなった時もあった。
だが、このベッドなら今夜は快眠できるだろう。目を覚ましたら背中が痛い、腰が痛いと呻く必要もないのだ。
うつ伏せの体勢からゴロリと体を動かし、横向きになる。
大きな窓の外へと視線を向けると、既に太陽は傾いており、空は闇色に包まれつつある。
立ち並ぶ建物からは徐々に魔導具による光がポツポツと灯っていく様子が見てとれた。
一つ、また一つと光が灯っていく様子を見るのが何だか楽しい。
そんな風に寝転がりながらボーっと夜景を眺めていると、廊下の方から騒がしい声がした。
「おーっし! 俺は奥のベッドだかんな!」
「はっ? ふざけんなよアーバイン。お前は寝相悪いし、すぐにトイレに行くから入口のヤツにしとけって」
「いいじゃねえかよ! そう言ってこの間も俺を入口近くにさせたじゃねえか。今回は奥がいいんだよ!」
どうやらアーバインとモルトがどのベッドを使うかで揉めているようだ。
ベッドの場所やらで揉めたりするのは異世界でも同じらしい。なんか修学旅行みたいで楽しそうだな。
でも、あんなむさ苦しい奴等とは一緒に寝たくないけど。
「じゃあ俺は真ん中のベッドだな」
「「待って! ルンバさんは奥でお願いします!」」
「お、おう?」
ルンバの一声により、アーバインとモルトの意見が固まった。
ルンバはイビキが凄いからな。少しでも遠ざけておきたいのだろう。
となると、残りの二人はルンバのイビキから少しでも逃れるように、入口を取り合うことになるであろうな。
「じゃあ俺が入口のベッドにするわ。寝相も悪いし、トイレも近いしな」
「いやいや、前回はアーバインが入口だっただろ? なら今回はアーバインが真ん中にいけ。奥のベッドを使いたがっていただろう?」
「おい、さっきと言ってることが違うじゃねえか……っ!」
「お前こそ、奥に行きたがっていた癖に……っ!」
……はあ、醜い言い争いだ。
俺はこれから激化するであろう争いを予想して、ため息を吐く。
ちなみに女性陣は上の階のため、今頃パジャマにでも着替えて華やかな会話をしているであろう。
醜い罵声が聞こえてくる中、上階にある花園を想像していると不意に廊下の方が静かになった。
おや、もう終わったのだろうか? 俺の予想だと決着をつけるのに酒の飲み比べだとか、枕投げという風に発展すると思っていたのだが?
廊下の方からは声が全くしない。何かしら交渉があったとしてもあいつらの事だから何だかんだ騒いだりするはずなのに。
……おかしい。嵐の前の静けさといったところか。しかし、そんな疑問を吹き飛ばすように、エリノラ姉さんとの戦いで培われた俺の第六感が警鐘を鳴らしている。
第六感に従い、俺は即座にベッドから飛び起きて部屋にあるドアに張り付き耳を傾ける。
「……アルフリート様の部屋は大きいサイズのベッドが二つあったはずだ。連結して並べれば、俺達二人が入っても余裕で寝られる」
「なるほど。子供のアルフリート様なら小さいし、俺達が入っても十分なスペースがあるな……。でも、貴族様と同室だなんていけるのか?」
「アルフリート様はそこらにいるいけ好かない貴族とは違って寛大な方だ。多分行けるはずだ」
「なるほど。部屋に押し入ってさえしまえば、後はなあなあでそのまま寝させてくれそうだな」
などという囁き声と共に、衣擦れの音が聞こえてくる。
あの野郎、俺の神聖な領域へと侵入してくる気だな。
しかも、俺の優しさを利用する形でどさくさに紛れてベッドを使おうとしている。
ここは一つ穏便に回避をしよう。奴等を俺の部屋に入れては駄目だ。
そう即座に判断した俺は、ドアから耳を離して即座に鍵を閉めた。
ガチャッという施錠をする音が廊下へと響き渡る。
「「ああっ!?」」
そして魔導具による照明を即座に切り、アーバインとモルトの驚愕の声を僅かに聞きながらベッドへと潜った。
それから廊下をドタドタと走る音がして。
「ちょっと! アルフリート様起きてるんだろ? なあ!」
「面白い遊びがあるんだがやってみないか? アルフリート様もはまると思うぜ!」
「「だから、このドアを開けてくれよ!」」
ドアをドタドタと叩きながら声を上げる二人。心地よい睡眠を確保するために必死である。
もちろん、二人の本心は見え透いているためにそれに付き合う必要はない。このまま狸寝入りを決めてしまおう。俺だって心地よい睡眠を確保したいのだ。
「おい! まだ起きていることは知ってるんだぞ! 勘のいい奴め!」
「鍵を閉めて、照明を切って十秒も経ってないぞ! 寝つき良すぎだろう!」
俺は子供。眠るのが早いのです。もともと寝つきはいい方だしね。
そんな風にベッドで目をつぶっていることしばらく。
「お客様。他のお客様の御迷惑となるのでお静かにしてください」
「「す、すいません」」
廊下で騒がしい声を上げていた二人は当然の如く、ホテルの従業員に注意された。
◆
翌日の朝。
ホテルで朝食を済ませた俺達は、キッカの街を出発して、アルドニア王国にある港町エスポートを目指していた。
心地よいベッドとはお別れで、また毛布にくるまったり簡易テントで寝る日々が四日ほど続く。さらにはそこから海の旅で一週間か……。和食のためとはいえ、中々大きな壁が立ちはだかっているな。
転移で屋敷に帰りたくなるな。
そんな事を考えながら気晴らしに馬車の上へと登ると、先客がいた。
アーバインとモルトである。
「二人共顔色が悪いねえ? 昨日ちゃんと寝たの?」
「……この野郎。昨日は起きていた癖によく言うぜ」
何気なく声をかけると、アーバインが顔色の悪そうな顔をこちらに向けた。
もともとが老け顔なせいか、一層老けて見えるな。
モルトも同じような顔つきをしており、眠そうにまぶたを擦っている。
二人が寝不足なのは一目瞭然だった。
「あれから部屋に戻ったら、ルンバさんがベッドを連結させて真ん中に陣取っていたんだ」
恐らく、一人取り残されたルンバが、このベッド連結したら大きなベッドになるんじゃね!? 的なことを考えついたのだろう。
「あの人のイビキはうるさいわ、ゴロゴロと転がって絡みついてくるわ。一睡もできなかった……」
どこか遠い目をして呟くモルト。
ルンバの巨体がベッド上を転がり、腕や足を絡みつかせてくる様が容易に想像できた。
あの巨体がのしかかってきたが最後。引きはがす事は難しいだろうな。
「となるとお前達は野郎三人で川の字になって寝たのか……」
「「……お、おう」」
どこか生気のない声で答える二人。
屋根の上で風が吹き、アーバインの目元からほろりと雫が流れた。
これで四十万文字ほどでしょうか?
結構書いたものです。第三王女レイラの短編とか挟もうと思いますが、どこにしましょうか。
とにかく、これからもよろしくお願いします!




