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「王妃様、こんな爺の元へわざわざお越しいただいて、かたじけない」
好々爺然とした笑みを浮かべるヘリオポリスに、私も笑みを張り付けて返す。
「いえ。お忙しい猊下の手を煩わせてしまい、こちらこそ申し訳ありません」
「ははは、ここ数か月、ほんに事件が多くてかないませんなあ。まあ、私は既に教皇を退く身ですから、あまり現場には口を出さず、若い衆に任せておるのですよ。さあ、どうぞおかけください」
私は現在、教皇の仕事部屋にいる。
広い部屋の中の壁には分厚い本が整然と並べられている。歴代の教皇の物なのか、ヘリオポリスの所有物なのかは判別できないが、圧迫感の半端ない部屋である。
ちなみに部屋の中には、ヘリオポリスと私だけしかない。
事情聴取という体裁をとることもあり、教会の僧兵も、私の付き添いに来てくれたオーギュストも同席を希望したが、ヘリオポリスがそれを却下した。
一対一での事情聴取になった訳なんだけど、相手は教会のトップで、私は味方皆無な敵対陣営から嫁いだ王妃…勝敗は火を見るよりも明らかである。
現在の味方といえば、部屋を出るときにオーギュストが小さく両手で握り拳を作るという、キャラ的には納得だけど、見た目的には気味の悪いエールくらい。
思わずそんなことするくらいなら、もう少し同席願いを粘れと、こっそり罵倒してしまった。…まあ、そんな愚痴は後にしなければ、視線をあげればそこにはヘリオポリスが座っているのだ。
「さて、では、さっそく先日の誕生祭の一件の話をお聞かせいただきましょうか。貴方はあの時、あの場で何をされたのでしょう?」
対する笑みと笑み。
だけど、私の張りぼての王妃スマイルと相手は年季が違う。
皺が深く刻まれた目元は微笑んでいるが、その奥の瞳には鋭い眼光が光る。さすが、教皇を二十年近く勤め上げた人物だ。
年老いたとしても、いや、その積み重なった年月が、私が繕おうとする嘘など、恐らく簡単に見通す。
私はごくりと一つ唾を飲み込むと、それでもヘリオポリスの威圧感に負けるだけではいられないと、私は予めオーギュストと打ち合わせした通りの筋書きを話し出した。
「―――ふむ、なるほど。では、貴方は元々ケルヴィン様の命で、闇の階を止めるために王妃になった…というわけですな」
話し始めて十数分ほどたって話し終えた私に、ヘリオポリスは魔法使いのような白く、長い口髭を撫でながら私に確かめる。
私はそれに頷きながら、無意識なのか、彼が『ケルヴィン様』と言ったことが引っ掛かった。
ケルヴィン・ヘインズは確かに前世界王だがオルロック・ファシズに亡命した。いわば裏切りの王だ。侮蔑こそすれ、『様』と呼称するのはどうも違和感を感じる。
だけど、この話の流れでそれを問いただすのは、私にとってマイナスの可能性が高い。私は違和感を無視して話を進める。
「はい。先日の一件、ヘインズ議長の命令を受けたこともあり、私は<神を天に戴く者>が起こそうとした<闇の階>を止めるために動きました。ただ、それがオルロック・ファシズの総意かと言われれば、私は答える術を持ちません。議長は任務の理由を私にはお話しになりませんでしたので」
対ヘリオポリス対策として、オーギュストに授けられた策は、とりあえず本当のことを言っておくというシンプルかつ、明確なものだった。なので、先日の誕生祭の一件は、私とフィリーの個人的な話はともかく、基本的に事実だけを話した。
私が元軍人であることや、本当はケルヴィンの実子でないことなどは、調べればすぐに知れることだし、そんな私が王妃になったその裏に理由がないのはありえない。ならば、正直に本当のことを話したほうが、下手な嘘をつくよりましだろうということになった。
<闇の階>を止めたいのは、レディール・ファシズとしても同じ考えなのだ。それに関して否は言うまい。
「なるほど、ですが、それは聊か無責任ですな。さらに言えば、今のお話にはそれを真実たらしめる証拠の一つもない」
「それは逆も言えるでしょう。私が嘘を言っている証拠もありません。それとも、拷問でもして、私に自白をさせますか?」
気が付けば、互いに笑みは浮かべておらず。私は一つ切り込んで見せた。
誕生祭から連なる事件。教会は恐らくオルロック・ファシズをひいては、そこから来た王妃を疑っている。もしくは、その責を押し付けたいと思っている。
だからこその、教会にとって何の益もないアイン枢機卿の救済措置を餌にしてでも、私を引きずり出したかった。
だけど、それもアルスデン伯爵夫人やファイリーンが攫われたことで、状況は多少変わっているはずだ。
教会は第三の箱庭が事件に関わっていることを知っているのだろうか?
それとも、ともかく、この件を収拾させるために王妃を悪者に仕立てて責任を取らせるつもりなのか?
その辺りを見極めるためにも、ヘリオポリスの事情聴取への態度というか、取り組み方は私にとって重要だった。
これで私を無理やり捕えるような事態になった場合、オーギュストが割って入る手筈にはなっているけど同席してないし…とりあえず、悲鳴でも上げればいいかな?
フィリーたちは教会がというより、ヘリオポリスはそこまでの強硬策にはでないだろうと考えているみたいだったけど、レディール・ファシズにおける教会の独裁体制はそこまでの強硬策を許してしまう匂いがあった。
さて…切り込んだ結果はいかに?
「ほう、王妃様自らそう言っていただけるならば―――と、他の枢機卿たちならば、貴方様がその言葉を出す前に、捕まえて拷問部屋に連れて行っていたでしょうな。彼らはともかく、誰かを悪者にして自分以外の誰かに責任を取らせたいばかり。オルロック・ファシズの人間はそれにはうってつけの相手ですからな」
「では、貴方はそうではないと?」
教会の考えは私の推測通りだったようだ。
「そういうことです。そういった輩から貴方様を守るために、今回の事情聴取。私が行うこととしました。本来、教皇自らが事情聴取などする訳がありませんからな…本当なら、事情聴取自体もするつもりはなかったのですがね、貴方様に興味がありましてな、こうでもしないとお話しできないと思ったのでね。爺の道楽のために、いらぬ心労をおかけして申し訳ない」
ヘリオポリスは言いながら笑う。
確かにその表情は先までの笑みの中にも厳しい眼光が光っていた時よりも、柔和な雰囲気が漂う。だけど―――
「仰っている意味がよく分かりません。教会の頂点に立つ貴方が、どうして王妃を守ると?」
一瞬、フィリーが手を回しているのかとも思ったけど、だったら、聴取前に私に言わない訳がない。ならばと、色々考えてみるけど、そもそもヘリオポリスに対する前情報が私には少なすぎて見当もつかない。
「答えは簡単ですよ。すでに私はヒントもお出ししています」
「ヒント?」
「おやおや、元軍情報部に所属されていたとお聞きしたのですが、この程度の腹の探り合いもおできにならない?見込み違いでしたかな?」
ヘリオポリスは楽し気に、ひどく黒く笑いだす。どうにもおちょくられているようで、腹の中がムカムカとしてくる気がして…いけない。とりあえず、深呼吸だ。
息を吸って、私はもう一度冷静になる。
「お恥ずかしい話ですが、私は情報戦に長けていたから情報部にいたわけではないので、ご期待には沿えないかと思います。ヒントといっても、今の会話で―――あ」
と、そこで一つ先ほど覚えた違和感がひっかかった。
「まさか、貴方がケルヴィンと繋がって?」
ヘリオポリスは答えない。だが、その皺が深い笑みは、一層に凄みを増したように見えた。




