番外編:バレンタイン
戦乱の二人と現代の二人の物理的に甘い番外編です。短いです。
「――国久」
聞き慣れた声に名前を呼ばれる。
振り返ると、お仕えしている千代姫様が縁側に座って手招きをしていた。
「千代姫様。いかがされましたか?」
お側へ駆け寄れば、姫は何かを取り出して見せてくれた。
「父上がくださったのだ」
姫が取り出したのは、見慣れない菓子だった。
おそらく、海の向こうからもたらされた菓子だろう。
甘くて美味だと聞くが、非常に高価なものだとも聞き及んでいる。
「国久と一緒に食べようと思って、持って来たのだ」
姫はその菓子を半分に分けると、片方をこちらへ渡してきた。
「このような高価なもの、この国久には勿体のうございます」
恐れ多くて辞退する。
しかしその途端、いつも静かに笑みを浮かべている姫の表情が、まるで幼子のように不満げとなった。
「わらわの言うことが聞けぬと言うのか?」
「そ、そういうことでは……っ」
慌てて弁明しようとすれば、先ほどまで不満そうにしていた姫が、おかしそうに吹き出した。
「では一緒に食べてくれるな?」
「千代姫様……」
世間では美しく聡明だと名高い姫だが、二人だけのときはまるで子どものいたずらのような表情をされる。
こうすれば私が断れないと分かっていて、姫は言うのだ。
そして姫が分かっていてそうするのだと知った上で、結局断りきれないくらいに私は姫に弱い。
「ほら。こちらに座られよ」
姫が隣を軽く叩いて勧める。
お仕えする姫と家臣として、隣に座って高価な菓子を一緒に食べるなど、もちろん許されない。
しかし姫はもう一度ご自身の隣を示した。
「千代姫様……。何度も申し上げていますが、殿に見られたら叱られてしまいます」
「その時は、わらわが無理やり誘ったと言って庇ってやる」
「姫様のことを溺愛されている殿にそんなことを言ったら、余計に叱られてしまいます……」
そう告げたら姫はおかしそうに笑った。
他の者たちの前では口元に手を当てて静かに微笑む姫が、私の前だけではこうしてお心のままに振る舞ってくださることが嬉しくて、結局断り切れない。
何だかんだ言って、私は姫に甘いのだ。
並んで座りながら食べた菓子も、とても甘かった。
***
「あれ、晴国くん?」
「千花さん!」
公園に遊びに行った帰りに、聞き慣れた声で今世での名前を呼ばれた。
振り返れば千代姫様――いや、千花様のお姿があった。
さすがに今世では千花様とお呼びするのは一般的ではないので、恐れ多くも千花さんと呼ばせて頂いている。
もちろん心の中では姫とお呼びしているが。
二度目の転生で人間に生まれ変わり、高校生となられた姫と再会して以来、こうして道でお会いするたび気さくに声をかけてくださる。
身分に関係なく気さくに接してくださったあの頃と変わらずお優しい姫に、この国久改め晴国は大変嬉しゅうございます。
今日は土曜日で学校が休みの日なのに、偶然お会いできるなど何という幸福な巡り合わせだろうか。
学校が休みなので姫は制服姿ではなく、白いコートをお召しになられていた。
どんな装束も着こなしていて、さすがは姫と心の中で大絶賛していたとき。
「そうだ。晴国くん、甘いもの好き?」
「? はい」
問いかけに頷くと、姫は鞄の中から何かを取り出して渡してくださった。
受け取った瞬間、衝撃が走り抜ける。
「こ、これはもしや、手作りのバレンタインチョコですか……?」
本日は、バレンタインデー。
姫がくださったのは、ラッピング袋に入ったチョコだった。
膝を少し曲げて目線を合わせてくださりながら、姫が頷く。
「友達と一緒に作ったんだけど、良かったらどうぞ」
リボンで結ばれた透明のラッピング袋の中に入ったチョコ。
バレンタインには今世での母が毎年くださるので、今朝も父と一緒にありがたく頂き味わった。
甘くて美味しいので毎年楽しみにしていたが、姫がくださったものには思わず持つ手が震えた。
「恐悦至極に存じます!」
「む、難しい言葉知ってるね……」
姫が自ら手作りされたものを頂けるなど、何という僥倖であろうか。
お優しさに涙が出そうになった。
「このチョコは我が家の家宝と致します」
「食べて!? 手作りだから日持ちしないし、早めに食べてね!?」
もったいなくて食べるなど恐れ多かったけれど、姫に何度も念押しされて、大切に頂くことを約束した。
その夜。
心を落ち着かせてから大切に食べようとしていたのに、少し目を離した隙に父がつまみ食いしようとしていて、初めて親子喧嘩した。
チョコは無事に取り返し、息子の妙な初恋を知っている母によって父は叱られました。
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