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未来




 一緒にいたいと、そう思っていた。


 前世で、城が燃え落ちる中、何よりも大切な姫をこの手にかけたときのことを、忘れた日はない。

 ぬいぐるみとなった身に心の臓などあるはずもないのに、胸の奥が音を立てて鳴り止まず、手の震えが止まらない気がした。

 そのたびに、今世の姫……千花様を探して、泰平の世で屈託なく笑うお姿を見て安堵した。


 もう、二度と大切な姫を手にかけ、冷たくなっていく身を抱きしめるようなことはしたくない。

 前世で、本当は生きて幸せになって欲しかった。

 今世のように泰平の世ならば、逃げて生かすことも叶ったかもしれない。

 けれど、あの戦乱の世では到底叶わない願いだった。

 敵の手に落ちれば女こどもといえども処刑されることもあり、死より耐え難い苦しみを受けることもあるあの時代で、他の誰かの手で苦しむくらいならば、この手で最期までご一緒したかった。


 冷たくなった身を抱きしめながら、薄れゆく意識の中で浮かんできたのは、お側に仕え見守ってきた懐かしき日々のことばかりだった。

 周辺国にも知れ渡るほどの美しさと聡明さを持ち、殿にも家臣たちにも大切に慈しまれてお育ちになられた姫。

 けれど、幼き頃よりお側でお守りしてきた私の前だけでは、木に登ってみせるようなお転婆な面もあった。

 もう木に登るほど子どもでもなかったのに、草履を脱ぎすてて登っていたあの日。

 足を滑らせて落ちてきたのを慌てて受け止めて叱れば、木の一番上の柿が美味しそうだったから取ろうとしたと言うほど、怖いもの知らずな姫。

 そして、落ちてきた身を受け止めた拍子に擦りむいてしまった我が腕を見て、顔を青くして美しい手巾を巻いてくださったお優しい姫。

 ひとつの柿を分けて食べながら、暮れゆく夕陽を眺めたあの日々が懐かしく、愛おしい。

 戦乱の世で、ほんのわずかあった平穏なひととき。

 妹のように思っていた大切な姫だから、いずれは殿が決める名のある武将の元に嫁ぐその日までお守りしよう。

 そう思っていた。


 けれど、最期のあの瞬間。

 こちらを見上げて微笑む表情を見て、妹ではなかったと気づいた。

 成長するにつれ、木に登るようなお転婆な面は鳴りを潜め、凛とした佇まいでお父上である殿を支えるほど聡明になられた姫が、最期のその時だけは穏やかな笑みを浮かべていた。

 ただの、おなごのように。

 その表情を見た途端、名のある武将に嫁ぐ幸せではなく、本当は自由な人生を歩んで欲しかったという思いがあふれた。

 穏やかに微笑み、自分で木の上の柿を取りに行くような、そんな人生を。

 その表情を、側で見守りたかった。

 一人の男として。


 その願いは、叶わなかった。


 この手にかけた姫を抱きしめながら炎に包まれる中で、来世でもお側でお守りすることを誓った。

 来世こそ、姫が幸せになれるようお側にいると。


 その誓い通り、再び姫の元へ生まれ変わることができた。

 ただ、ぬいぐるみに生まれ変わったことは、予想外だった……。

 それでも、千花様として生まれ変わったお小さい主のお側に常にいることができ、どこへ行くにもご一緒できた。

 泰平の世に生まれ変わった姫は、ご両親から慈しまれて育ち、明るく伸び伸びとお過ごしになられ、奪われたものをご自分の手で取り戻すこともできた。

 守られるだけでなく、木に登ったときのようにご自身の手足で進んでいける。

 この時代ならばきっと、誰かに定められることもなく、好きなように生きることができるはず。


 この国久が心配することは、もうないようですな。


 あぁ、少し眠くなって、きました……。


 姫、姫……国久は、いつまで……も……――。




*




 ――八年後。


 目の前に、ひらりと一枚のハンカチが落ちるのが見えた。

 ハンカチの隅には、小さなくまの絵が入っている。

 前を歩いている、市内にある高校の制服を着た女生徒が落としたが、気づいていないらしい。

 背中を覆うほどに長い艶やかな黒髪を見た瞬間、懐かしい記憶が蘇った。


「ハンカチ落とされましたぞ!」


 声をかけると、長い黒髪が揺れてこちらを振り返った。

 その顔立ちは、最期に見た年の頃とよく似ていた。

 何百年も前、お仕えしていた千代姫様。


「あ、ごめんね。ありがとう」


 いや――千花様。

 こちらを見てお優しく笑い、礼を言ってくださる。

 くまのぬいぐるみを腕一杯に抱きしめていたほどお小さかったのに、立派にご成長なされた姿を見た瞬間、様々な感情がこみ上げてきた。

 拾ったハンカチを渡しながら、思わず姫の手を握りしめてしまった。


「またお会いすることができ、この晴国(はるくに)、大変嬉しゅうございます!」

「しょ、小学生なのに渋い喋り方するね……」


 我が背のランドセルを見ながら、姫が目を丸くする。

 二度目の転生では、再び人間として生まれ変わることができた。

 しかし、姫は高校生、己は小学生という身。

 また何とも微妙な歳の差に生まれ変わったものだと思ったが、姫と同じ時代に同じ人間同士で出会えることができたので、この巡り合わせに感謝したく思う。




武将のような喋り方をする息子に、両親は古風な名前をつけたからだろうかと心配しますが、前々世が武将だっただけ。

このあと年下の押せ押せが始まるかもしれません。

お読みいただきありがとうございました!

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