今世
――そう、確かに言った。
来世でもお側でお守りすると。
そして私は生まれ変わった。
誓い通り、再び姫の元へ。
「わー! くまさんだー!」
しかし、何もぬいぐるみに生まれ変わることはなかろう!!
小さき手で抱き上げられ、力いっぱい抱きしめられた。
ひ、姫っ、そのようなはしたない真似はお止めくださいませ……!
潰れてしまいます、中の綿が……綿がっ……!!
「千花ちゃん、七歳おめでとう。パパが買って来てくれたぬぐいぐるみ大事にするのよ」
「うん! くーちゃんだいすき」
「ははは、くまのぬいぐるみだからくーちゃんか」
違います、この国久のくーでございますぞ!
千代姫様……いや、今は千花様でいらっしゃる我が姫様。
しかしぬいぐるみの身では、そうお呼びすることもできなかった。
何とも頼りない身に生まれ変わってしまったものだ……。
「くーちゃん、あそぼ!」
それでも、ぬいぐるみの身となってしまった私を呼びかけてくださる姫の笑顔は、前世と変わることなかった。
高貴な身として生まれながらも身分に関係なく差し伸べてくださった温かな手に、野に咲く花を愛でていた心優しき笑顔。
懐かしきお姿が、今世の小さきお姿と重なり、ぬいぐるみでなければ号泣していたところだろう。
この国久、たとえぬいぐるみの身となっても、姫をお守りすることを誓いますぞ!
それからというもの、姫はどこへ出かけるにも私を供にしてくださった。
「くーちゃん、おでかけするよ。どのリボンが良いかなぁ」
お母上と買い物へ行く際には、姫手ずから綺麗な紐を巻いてくださる至福。
「くーちゃん、あーん」
御食の際にも私をお側に置いて……姫っ、今世の私は物を食べることができませぬゆえご勘弁をっ……汚れて丸洗いの刑は二度と嫌でございます……!
「千花ちゃん! ぬいぐるみに食べさせないで、自分で人参もちゃんと食べなさい」
「はーい……」
お母上、お助けくださり感謝いたします……!
さあ、姫、ちゃんと人参もお召し上がりください。
頬を膨らませてもだめでございます!
「ただいまー! くーちゃん、公園に遊びに行こう!」
姫が小学校に行っている間は家で留守を預かっているが、お帰りになるといつも供にして遊びに行かれる。
この国久が、悪しきものから必ず姫をお守りいたしますので、ご安心召され!
そう思っていた矢先――。
「ぬいぐるみなんか持ってダサいんだぜー!」
公園へ向かう途中で、姫より少し年上の男子がそんなことを言いながら姫を指さしてきた。
むむ、こやつは近所でも有名な悪がきだな。
特に、己より小さなおなごを苛めるという、男の風上にもおけぬやつだ。
姫、近づいてはなりませぬぞ、この国久がお守り……うぎゃっ、無理やり引っ張るなど腕が取れるではないか!!
「くーちゃん……!」
「くーちゃんだって! 取り返せるもんなら取ってみろよ」
悪がきに奪い取られたわが身は、片腕をつかまれたまま振り回されてしまった。
くっ……動かせぬこの短い手足が憎い……!
来世では必ずお守りすると誓ったのに、姫……申し訳ありませぬ……!
ここは私が阻む故、どうか姫はお逃げくださいませ……。
そう涙していた、そのとき――。
「私のくーちゃんをかえして!!」
姫が大声を上げて言い返し、ひるんだ悪がきの手から私を取り返してくださった。
「な、何だよおまえ……っ」
「人のものをかってに取ったらどろぼうなんだよ! そんなことも知らないの!?」
「うっ……」
姫の威勢のいい声に押されて、悪がきは分の悪そうな表情で後ずさった。
何か言いたそうにしていたものの、私をわきに抱えたまま間合いを詰める姫を前に小さくなるだけだった。
「そ、そんな不細工なぬいぐるみ、いらねーよ!!」
不細工とは聞き捨てならぬ!
私は姫のお父上が買って来てくださった英国生まれのくまのぬいぐるみで、汚れるたびにお母上に丸洗いされる苦行にも耐え抜いているのだぞ!
そう心の中で叫んだが、尻尾を巻いて逃げていった悪がきの耳に届くことはなかった。
かわりに、私を奪還してくださった姫の腕の中に抱きしめられる。
「くーちゃんは世界一かわいいもん」
姫の柔らかな頬が押し当てられる。
温かい。
前世では最期に私が手をかけ、冷たくなった御身とは違う。
生きるか負けるかの戦乱の世とは異なり、今世では守られずとも姫は生きていけるのですね。
お美しく優しく、そして強き姫になられて嬉しゅうございます。
「くーちゃん。ずっと一緒だよ」
はい。
この国久、姫の行くところはどこまでもご一緒致します。




