22.空梅雨のあと、夏空の下で
こんにちは、葵枝燕です。
連載『空梅雨に咲く』、第二十二話です!
そして、この第二十二話をもって、『空梅雨』は完結となります。最終話なので、後書きにて裏話などを披露したいなと思っています。
それでは、最終話、どうぞご覧ください!
時は流れ、七月も半ばに差しかかった。結局、ほとんど雨が降ることもないまま、笠元市にも梅雨明けが発表されたらしい。昼休みに、ネットニュースでそれを知った俺は、今年の梅雨は全然梅雨っぽくなかったなと、思いを馳せる。
季節は、いよいよ本格的な夏になる。日に日に暑さは増す一方だ。正直、暑いのが嫌いな俺は、夏なんか永遠に来なければいいのにと感じている。着込めばどうにかなると思っている冬と違って、暑い夏はどうにも我慢ができないのだ。
「フミちゃん、今日はもうあがっていいわよ」
昼休みを、いつものように一階ロビーにある休憩スペースで過ごして戻ってきた俺に、伯母が突然そんな言葉を投げてきた。
「陽子さん、何言ってんの? まだ、退勤時間まで四時間もあるじゃん」
あの元気な伯母でも、夏の暑さには勝てないのか――と思った。が、そんな俺に伯母が向けてきたのは、不機嫌な眼差しと、あきれた表情だった。その目は、“ナメとんか、ワレ”と言っている。どうやら、夏の暑さにやられてしまったわけではないらしい。
「フミちゃん、下で休憩してたくせに気付かなかったわけ?」
「ん?」
伯母が盛大にため息をこぼす。大袈裟すぎるくらいに、俺に対してあきれているようだ。
「玄関でお待ちかねよ」
「ん? ……あ!」
そう言われて、やっと気が付いた。自分が大事なことを忘れているということに。
「まったく、一週間前からソワソワしてたくせに、当日になったらコロッと忘れちゃってるんだから」
「ちょっと待って。俺、今日のこと、陽子さんに何も言ってないよな? てことは、そんなにわかりやすかった? ていうか、知ってたんなら教えてくれてもいいだろ」
俺は慌てて、名札を外し、エプロンを脱いだ。エプロンをたたむのも惜しかったので、それをクルクルと丸めて事務机に放る。そして、床に置いた紺色のファスナー付トートバッグを引っ摑んだ。
「えっと、じゃああの――お先に失礼します、陽子さん」
「うむ、行ってこい若者よ」
よくわからないが、多分伯母なりに励ましているのだろう。そんな言葉に押されるように、俺は図書室を出たのだった。
「紫村さん!」
公民館の出入り口に、見知った人を見つける。俺の声に、彼女は俯き加減だった顔を上げた。
「すみません。お待たせしてしまって」
「いえ、大丈夫です。私の方こそ、今日は無理を言ってごめんなさい」
そう言って俺を見つめる紫村さんに、俺は思わず戸惑ってしまう。いつもと違って、見慣れたセーラー服姿ではなかったからだろうか。ワイシャツに、黒のマキシ丈スカートという出で立ちは、シンプルでありながら実に彼女に似合っていて、俺は目を逸らせなくなる。
「あの……雨沢さん? どうかされましたか?」
「へ?」
「ずっと私を見ているので……何か、私、変ですか?」
いやいやいや……似合いすぎてて、非の打ち所がないというか、もう――と、一息に口走りそうになり、慌てて止める。さすがに自重しろよ俺、と思う。でも、ここで何も言わないというのもおかしいよな――そう思った俺は、
「似合ってますよ、とても」
と、口にした。瞬間、紫村さんの頬が真っ赤に染まる。
「そ、そうですか……? よかった……。ありがとう、ございます」
そんな小さな声が、彼女の口からこぼれる。
「それで、どこ行きます? 紫村さん、買い物に行きたいんでしたよね?」
「あ……はい」
一週間前、俺は紫村さんから「もうすぐ誕生日の男性に、プレゼントを贈りたいのですが、男性って何を贈れば喜ぶのでしょうか?」と相談を受けた。そうしたらなぜか、「何だったら、フミちゃんと一緒に行って考えたらどうかしら?」なんて、伯母が横から口を挟んできたのだ。あのときの伯母の、妙に嬉々とした顔が今も頭から離れない。ものすごく、何かを企んでいるような気がする。それに、あのときの紫村さんが、妙に頬を赤らめていたのが気にかかる。ともあれ、紫村さんの通う花ヶ衣学園が、その日珍しく休校だということも重なり、こうして出かけることになったのだ。
「じゃ、とりあえずバスに乗って――そうだな……隣町のショッピングモールとか、どうです? 色々お店もあるし」
「私、そういうのあまり詳しくなくて……だから、雨沢さんにお任せします」
「任されました。じゃ、行きましょうか」
先に立って歩き出しかけて、足を止めて振り向いた。紫村さんに向けて、手を差し伸ばす。
「手、繋ぎませんか?」
紫村さんが、驚いたように目を見開く。そこで俺は、我に返った。
何で。何で、俺は「手、繋ぎませんか?」とか言ってんの!? さっき“自重しろよ俺”って思ったばかりなのに! どうしよう、引かれたか。引かれたよな。そんな思いがグルグル回る。
「いいん、ですか?」
「え」
今、何て聞こえた? 思考が一気に凍結する。
「手を繋いでも、いいんですか?」
「え。……え?」
機能停止している脳を、無理矢理に動かす。何度考えても、たどり着く答えはひとつだけだった。
「ほんとに、いいんですか?」
そんな俺の、どこか間抜けな問いに、紫村さんがうなずく。それはつまり、俺の考えてたどり着いた答えが正しかったことを意味した。
「えっと、失礼します」
ぎこちなく、俺と紫村さんの手が絡まる。しばらくその手を見つめてから、顔を見合わせた俺達は、どちらからともなく笑った。そしてそのまま、バス停に向けて歩き出す。
季節は暑い夏へと移ろっていく。本格的な、太陽が空を支配する季節だ。夏は嫌いだけれど、何だか今年の夏は好きになれそうな――俺は、そんな気がしたのだった。
第二十二話のご高覧ありがとうございました!
さっそく、登場人物達の設定を中心に、裏話を書いていきたいと思います。
まずは、主人公なのに第十一話までフルネームの出なかったフミちゃん――雨沢文人くんから。十九歳の男性で、髪は赤く染めていますが、俗にいうプリン状態になっています。伯母の陽子さんの紹介で、彼女の職場である公民館図書室でアルバイトを始めますが、それまでは家でダラダラと一日を過ごしていました。元々本は好きな方です。ちなみにフミちゃんの名字、最初は漢字は同じでも“アマザワ”と読ませるつもりだったようです。
次に、紫村晶ちゃん。十七歳の女の子です。地元で有名な中高一貫の進学校に通う二年生で、髪は黒のロングストレートで、大人っぽい見た目をしています。設定としては、「声にコンプレックスがあり、しゃべらない。見た目に反し、かわいらしい声をしている」といったところでしょうか。晶ちゃんに関しては、名字について三つほど案を出し、現在の“紫村”という名字に落ち着きました。ちなみに他の候補としては、“紫垣”と“紫藤”がありました。
最後に、フミちゃんの伯母様――水戸陽子さん。フミちゃんのお父さんのお姉さんで、五十手前にして独身、フミちゃんをこき使うのが好き――という女性です。フミちゃんが「伯母さん」と呼ぶのを嫌がり、「陽子さん」と呼ばせています。
今回主な舞台となった、笠元市立中央図書室ですが、実はモデルとなった公民館図書室があります。私は一度しか行ったことがないので、そのときのことを思い出しながら、また、この話を書く上で少しだけ設定を変えつつ、この話を書きました。
大学で図書館学をかじっている手前、また、大学の図書館でアルバイトをしている手前、その経験を活かせればとも思って書き始めた作品でもありました。あまり、活かしきれてないような気もしますが……。
一年前に構想を考え、二〇一七年五月半ばから執筆と投稿を始めて五ヶ月――私なりに、このひとつのお話を終わらせることができたかなと思っています。何度も完結予定日を延期してしまったことは、やはり反省点としてありますが、それでも、こうしてひとつのかたちができたことに、私はよかったと感じています。
ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございました!
行間についての意見には応えられませんが、評価や感想などいただけると嬉しいです! 気になる点は、メンタル弱いので何とぞお手柔らかにお願いいたします。
葵枝燕でした。




