4-3
朝、ばっちりと目が覚めた。
今日は土曜日。
待ちに待った、間宮さんに報告をしにいく日だ。
月曜日に報告をし合った以降、次の集まりはしていない。
平日に調べられる人数なんて、たかが知れているからだ。
まずはしっかりとご飯を食べよう。
わたしにとって意味はないのだけれど、気持ちだけはしっかりと引き締められる。
「琴乃、今朝は遅いわねえ……」
朝食はもうとっくに食べ終えた。
でも琴乃が起きてこない。
いつも朝には弱いのだけれど、それでも朝食の間には起きてくるのに。
「わたしか起こしてきますね」
「そお? アリナさん、お願いね」
恵子が起こしにいこうとしたけどわたしが代わる。
琴乃だって今日の予定はちゃんと把握しているはずだ。
それなのに寝坊だなんて、お説教のひとつでもしてやりたい。
でも少しだけ思う。
わたしだけ空回りしてるのかもしれない。
わたしは間宮さんに会いたいけど、琴乃はそうじゃないのかも。
わたしの獲物になんて、むしろ会いたくないぐらいかも。
「琴乃、起きてる?」
ノックをしたけど返事はない。
どうやらまだ寝ているみたいだ。
琴乃の部屋に入ると、ちょっとした鼻につく匂いが漂ってきた。
わたしでかろうじて感じるこれは、血の匂い?
「琴乃、大丈夫?」
「んん……アリナちゃん? もしかして、もう朝?」
「そうよ。もうみんなご飯も食べちゃったわよ」
「そっかあ……。おはよう、アリナちゃん」
琴乃が朝に弱いのはいつものことだけど、今朝はいつにもまして眠そうだ。
さっきの血の匂いから、自ずと答えは見えてくる。
「琴乃、もしかして生理だった?」
「うん……。なんか、いつもより重いかも……」
なんとも珍しい気がする。
琴乃の生理は軽い方で、体調を崩すなんてほとんどなかったのに。
「どうする? わたしだけで出掛けた方がいい? 琴乃は今日は休んでる?」
「ううん、行く……。アリナちゃんの代わりに、間宮さんを見定めなきゃ……」
そう、琴乃はこういう子だ。
なんだかんだで、わたしが手を出す子のことはほとんど把握している気がする。
もちろんわたしは問題ない。
「じゃあ手伝ってあげるから、さっさと着替えちゃいましょう」
クローゼットから琴乃の服を取り出して着せてあげた。
琴乃も少しはましになったのか、少しずつ自分で動き出すようになっていった。
「それじゃあお昼は要らないのね?」
「ええ。間宮さんが奢ってくれると思うし、ダメでも外で食べてくるわ」
「そう……。アリナさん。琴乃のこと、お願いね」
「心配しなくても、ちゃんと面倒はみるわ」
「お母さん、いってきます」
琴乃の体調は戻ったようにも見えるけど、きっと無理をしている。
琴乃が倒れないように、しっかりと手を繋いでわたしたちは外に出た。
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一歩外へ出ると風はなく、眩しい日差しがわたしたちに降り注いでくる。
本格的な夏はまだだけど、どうやら薄着で正解だったようた。
「アリナちゃん。その……大丈夫?」
「……なにが?」
「太陽が眩しいけど……」
「──バカね。わたしに日差しは関係ないって知ってるでしょう?」
琴乃は未だにわたしのことを勘違いしている節がある。
太陽に弱いなんてことはないし、流れる水が苦手だったり、十字架で気分が悪くなることもない。
こんな勘違いをされるのは、わたしの出身地のせいだろう。
ただ、生まれた地名をいただいただけのものなのに。
「今日はなんの話をするの? まだ男が誰かなんてわかってないよね? ……ううん、アリナちゃんの言う通り、男はいないんだろうけどさ」
道すがら、琴乃が疑問を投げ掛けてくる。
「そうね……ねえ琴乃。そもそもおかしいと思わない?」
「えっと、なにが?」
「いくら犯人が学院に潜んでいる可能性があるとはいっても、わたしたちみたいなただの学院生に協力を要請すること。捜査方法をわたしたちに丸投げしてること。なによりも、間宮さん以外の警察がいないこと」
「それは、そうかも。だったらどうしてなの?」
琴乃にわたしの考えを教えていく。
そもそも病気なら、こんな犯人探しなんて無意味なのだ。
学院全体に、それどころか街全体で大々的に身体検査をしたらいい。
犯人が男というのもおかしな話だ。
確かに被害者は女性だけというのは考慮すべきことだし、生娘しか襲われていない、処女じゃ無くなっているのも考慮すべきた。
けれど、それだけじゃ犯人が男たなんて断定できない。
そこにはあるものが決定的に欠けている。
そう、体液だ。
被害者から検出されたのか?
恐らくされていない。
もしも証拠があるのなら、わたしたちに秘密にする理由がない。
過去の、ルーマニアの事件の犯人が男だったからという、それだけにすぎない。
そもそも、ただの学院生に協力させるだなんて常識はずれだ。
もしも本当に犯人がいたとして、もしもわたしたちが見つけてしまったら?
そしてわたしたちが襲われてしまったら?
そしたら大スキャンダルだ。
あらゆるマスコミから大パッシングの嵐だろう。
そんな危険なこともわからないほどに、果たして警察は無能なのだろうか。
そう。
そんなことはあり得ない。
「ええっと、じゃあアリナちゃんはどう思ってるの?」
「つまり、無能なのは警察ではなく、間宮さん個人という話よ」
いや、無能と言ってはさすがに失礼だろう。
マスコットにされているという表現のほうが正しい気がする。
そう、これはただ捜査をしているというアピールなのだ。
これはただの病気で、犯人なんていない。
でも今のところ既存の病気はなく、未知のウイルスも見つからない。
でもなんの発表もできないと、それだけで警察にはパッシングが起こる。
だからこその間宮さんで、だからこそのわたしたち。
わたしにはそう思えてならない。
「今ごろは、警察と医療関係者で日夜原因究明の真っ最中ってところじゃないかしらね」
「ふうん……。でもアリナちゃんは間宮さんと会うんだ?」
「ふふっ、だって可愛いじゃない? ひとりだけ踊らされて、空回りしている大人の女性って」
うわぁ……と、琴乃が引きつった表情を浮かべる。
たしかにわたしの趣味が悪いと思う。
まあ、間宮さんが無能といったけど、実際にそこまで思っているわけでもない。
警察に所属しているというだけで立派なことだ。
ただ手がかりが無さすぎて、間宮さんはちょっと焦りすぎているだけ。
まともな事件なら、きっともっと輝いていることだろう。
「アリナちゃん……さ。間宮さんのこと、ただタイプたってだけじゃ、ないよね」
わたしの話が一通り終わったあと、琴乃がポツリと呟いた。
……驚きだ。
付き合いの長い千代ならわかるけど、まさか琴乃に気付かれるなんて。
「あら、わかる?」
「わかるよ。だってアリナちゃん、いつもより積極的だし。普段なら、たまたま二人っきりになれたらラッキーって感じじゃん」
よくわたしのことを見ている。
琴乃はどれ程わたしのことを好きなのだろう。
それを考えると、また琴乃のことが好きになる。
「千代のおかげでわたしは学院生になれたわ。恵子のおかげで住民票も手にいれた。でもね、それでもまだ完璧じゃないの」
千代はその理事長という立場でできる限りのことをしてくれる。
恵子も、市職員という立場からわたしに身分をくれた。
でも結局は偽装したものだ。
わたし自身に問題がなくとも、たまたま、そう運悪く調べられたらばれてしまう可能性を秘めているのだ。
「わたしはね、もっと安全な立場になりたいの。千代にも、恵子にも、琴乃にも迷惑はかけたくないの。そのためには、警察にツテができるととても便利なのよ」
そのための間宮さんだ。
彼女から、警察内部にまで手を伸ばす。
別に何かするわけではない。
何らかの事件に巻き込まれてしまったときに、警察にツテを持ってたら安全だろうと。
やたしたちの捜査だけをなあなあで済ませてもらえないかと、ただそれだけのことだ。
「う~ん……。わかったけど、それって必要なの? なんか無駄になりそうな気がする」
「そうね、たぶん無駄になるでしょうね。だから結局は、ただ間宮さんがわたしのタイプってだけなのよ」
「もう」
結局話は元通り。
ふくれる琴乃はやっぱり可愛かった。
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しばらく道を歩いて、やっと待ち合わせの場所近くまでやって来た。
琴乃はやっぱり体調が悪いのか、普段よりもゆっくり歩くことになった。
おかげで約束の時間には遅れ、間宮さんがあたりをきょろきょろ見渡しているのが伺えた。
「とりあえず喫茶店の中で休みましょう」
「うん……ごめんね」
「いいのよ。たくさん甘えてちょうだい」
普段は甘えてくるくせに、こんなときは弱気なのだ。
わたしはいつだってスキンシップは過剰なぐらいが好きなのに。
ちょうどよく、間宮さんもこちらに気付いて近寄ってきてくれた。
「お待ちしてました。ミエルクレアさん、里霧さん」
相変わらずの美人。
スーツも似合っているし、やっぱり彼女は無能じゃないように感じる。
「ごみんなさい、遅れてしまって。ご無沙汰してます、間宮さん」
「ええ、お久しぶりです。里霧さんは体調が悪いようですが、大丈夫ですか」
「どうやら生理とぶつかったようでして。休んだら大丈夫だと思います」
「そうですか、では──」
間宮さんにも琴乃の体調がわかるんだな、なんて思った瞬間。
わたしと琴乃の繋いでいた手が離れて、琴乃の身体が崩れ落ちた。
「──琴乃!?」
地面に倒れる琴乃。
それも、手をついたりなんてことはまったくせずに。
いきなり気を失ったかのように地面に身体をぶつけた。
「里霧さんっ!? 大丈夫ですか!?」
わたしも間宮さんもいきなりのことに驚いて琴乃の身体を揺する。
「……琴乃? 琴乃!」
身体を揺するけど、琴乃は目を開かない。
不安になって口に手を当てるけど、どうやら呼吸は大丈夫。
「っ救急車! アリナさんは動かさないで!」
呆然としているわたしの隣で、間宮さんがどこかに連絡をしている。
琴乃が、倒れた?
多少体調が悪かったとはいえ、ここまで歩いてきたのに?
さっきまでは普通に話していたのに?
不意に、嫌なことが頭をよぎる。
──連続昏睡事件。
──琴乃が、襲われた?
襲われた?
いや、わたしの考えではこれらは病気のはずで……。
そもそもどうして琴乃が。
昨日の琴乃は普通だった。
少なくとも夜、眠る時までは。
わたしは千代と眠るからって、そのときに琴乃は自室に戻って。
そして今朝、起きれないほどに調子を崩していた。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。
わたしは呆然としたままだ。
救急隊員によって、琴乃がベッドに載せられた。
間宮さんがその隊員になにかを告げている。
救急車が勢い良く遠ざかっていく。
「ミエルクレアさん。お話を伺いたいので、私と一緒に来てもらえますか」
「……話って、なんの」
「琴乃さんのことを。私たちの考えでは、琴乃さんは襲われないはずでした」
「でも、襲われた?」
間宮さんの顔を見る。
琴乃を心配しているようで、でもそこには猜疑心も含まれていた。
ああ、そうだ。
恵子と千代に、連絡しないと。
「親御さんには、私から連絡をいれます。ミエルクレアさんは、私と一緒に」
なんということだろうか。
わたしは重要参考人として、間宮さんと一緒に警察署へと向かうことになった。




