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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第1部 空腹な姫君
7/56

4-2

 犬井早希(いぬい さき)──愛称は親しみを込めてわんこ先輩。

 同級生よりも、むしろ下級生からの人気を集めている生徒だ。


 早希は一年生から、いや、その下の学校からエスカレーターで進学してきた、いうならば生粋のお嬢様だ。

 性格は極めて温厚で、早希が怒ったところは見たことがないと誰もが口を揃えていう、そんな生徒だった。


「わんこ先輩? 今日はなんだか元気ないですね」


「ええと、そんなことはないですよ?」


 現在は手芸部の部室内。

 早希は否定したが、内心では悩みに悩んでいた。


 依頼された男探し。

 五人の中で、一番戸惑っているのが早希だった。


「ええ~。だって、さっきから全く手が動いてないですよ」


 手元を見ると、編もうと思っていたぬいぐるみはまったくできていない。

 これでは心配されるのも当然だ。


「……ねえ先輩。わたしは今まで、先輩にいろんなことを教えてもらいました。先輩が何に悩んでいるのかわかりませんが、わたしじゃ役に立ちませんか?」


「それは……その……」


 相談してもいいのだろうか。

 しかしこのままでは、早希は誰一人として調べることはできないだろう。

 ここは手芸部で、部員はたったの四人。

 その内毎日くるのは早希と、そして今一緒にいるこの後輩だけなのだ。

 いくらか気心が知れているといっても所詮は先輩後輩の仲。

 今のままではとても裸を見せろだなんてことは言えなかった。


「あなたの気持ちは嬉しいです。でも、誰にも言ってはいけないことなんですよ」


「──そういえば先輩。昨日、変なアンケートがありましたよね」


「え? ええ、そうですね。学院の全員が受けたようですね」


「あと、今日の午前中。先輩、授業を受けてませんでしたよね」


 突然切り替わった話題もそうだが自分の行動が知られていたことにも驚いてしまう。


「──どうして、そのことを?」


「ねえ先輩。先輩は気付いてないかもしれませんけど、わたしはずっと先輩のことを見ていたんです」


 彼女の雰囲気が、普段のものとは違って見える。


「先輩が授業を受けないで相談室に行ったことも知ってますか。ずっと見てました。……ねえ、先輩。相談室から出てきたスーツの女性って誰なんですか? この学院の先生じゃないですよね」


 立ち上がった後輩が早希に向かって近寄ってくる。

 思わず一歩下がるが早希の位置は窓側。

 すぐに身動きがとれなくなってしまった。


 ──まさか。


 今朝、相談室で犯人探しの依頼を受けた。

 そのすぐあとに豹変した、初めて見る後輩の態度。


 ──まさか、彼女が。


 早希のすぐ目の前に後輩の顔が迫っている。

 早希は目をそらせない。


 彼女の手が早希の顔を挟んでいる。


 そのまま彼女の顔が近づいて、そして──。


 ──そして、唇を塞がれた。



「つまりあなたは、ただ私のことが心配だったんですね?」


「そうですよ! だってあんな美人と二人っきりでいたんですもん! 何かあったかなんて簡単じゃないですか!」


 一から十まで誤解だ。

 相談室にいたのは早希だけではないし、そもそもそんな関係ではない。

 ただ後輩が勘違いして暴走しただけのことだった。


 別に、キスされたことはさほど問題ではない。

 友達同士でするような、チュッと唇同士を重ねるだけのものだったから。


 安堵すると同時に考える。

 確かに後輩に心配をかけるのはいいことではない。

 そうなると、とれる手段はおのずと決まってくる。


「はあ……わかりました。何があったのかお話しします。でも絶対に誰にも話してはなりませんよ」


「任せてくださいっ!」


 早希は話しはじめる。

 警察に依頼されたことを。

 連続昏睡事件の犯人を追っていることを。

 そして、その犯人と考えられる男がこの学院に紛れ込んでいることを。


「それって、ホントなんですか?」


「少なくとも私はおかしなところはないと思いました」


「そうですけどお……」


 どうやら後輩は男がこの学院に紛れていることに疑問を覚えているようだ。

 確かにそれは当然だが、事実は思ったよりも意外性を突いてくることが多いともいう。

 数分後には、彼女も早希の話を信じるようになっていた。


「ところで、何で先輩なんですか?」


「なんで、とは?」


「いえ、どうして先輩に協力してもらうのかなって。だって言ってはなんですけど、先輩ってお嬢様じゃないですか。それなのに、危ないことを頼むなんて……」


「それはね……」


 その理由を早希は知っている。

 ただし伝えていいものか、一瞬だけ悩んでしまう。

 気持ちのいい話ではないし、あまり言いたくもないからだ。


 しかし、彼女にはこれから協力してもらうのだ。

 秘密にすることはできなかった。


「それは、私がもう乙女ではないからでしょう」


「──え?」


「私の家のことは知っていますよね。それなりの家系ですから、早くから婚約者がいたのです。別に好きでもありませんでしたが、そういうものと受け入れてはいました。もちろん婚前交渉なんてもっての外でした。でも、その方にですね……その、押し倒されてしまいまして」


「そんな! だって……」


「ええ、ですからそのときのおかげで婚約は解消となりました。でも残念ながら、もう私を貰ってくれるような方は現れないでしょうね……」


 早希のせいではないとはいえ、乙女でなくなったのだ。

 家系を気にするような相手には、早希は眼中にない存在となっていた。


「すいません。嫌なことを聞いてしまって」


「いいのですよ。もう気にしていませんから」


 この出来事はこの学院に入学する前のこと。

 過去の出来事として消化済みなのだ。


「じゃあ、わたしの身体検査ですね!」


「──え?」


「やっはりまずはわたしが女だって証明しなきゃいけませんよね!」


 彼女は戸惑う早希をそのままに、自らの制服を脱いでいく。



 結果として、早希は助手を手にいれた。

 彼女の協力もあり、手芸部の全員でプールに行くというイベントも起こせた。

 自分も含めて、四人。

 それが、早希が調べることのできた全員の人数である。



------



「ん……」


 気持ちよく眠っていると、ごそごそという物音に目を覚ましてしまう。


「あら、ごめんなさい。アリナさんはもう少し寝ていて大丈夫ですからね」


「んん……起きるわ」


 ベッドに横になった状態から上半身だけを起こし、ぼんやりあたりを視界におさめる。

 すぐ先には、わたしよりも早く起きて着替えている琴乃のお母さん、恵子の姿があった。


 そうそう、昨夜は恵子と一緒に眠ったのだった。


「夜も思ったけど、恵子もまだまだいけるわね」


「ふふっ、ありがとう。アリナさんに言っていただけると素直に嬉しいですよ」


 わたしは毎夜、千代か恵子か琴乃と一緒に眠っている。

 一応わたしの個室もあるけど、一人で眠るのは滅多にない。


「ふあ……たまにはわたしも料理しなきゃね」


 自分でいうのもなんだけど、わたしは結構努力している。

 周りに溶け込むためならば、何度受けたかわからない退屈な授業だって受けるし、わたしには必要のない料理だって覚えてみせる。


 ……まあ、真面目に料理をしてたのは琴乃のおばあちゃんである、千代がまだ学院生だった頃だから、もう五十年以上も昔なんだけれど。

 そのせいか、わたしの料理は妙に古くさい。

 千代と恵子の受けはいいけど、琴乃からの評価は微妙だ。

 それでもきちんと食べてくれるのだから、愛を感じずにはいられない。


 恵子の着替えを見届けて、一緒にリビングへと降りていく。

 そこには当たり前のように千代の姿がある。


「おはよう、千代。もうすっかりおばあちゃんね」


「おはよう、アリナさん。こんな私でも好いてくれている方がいるからねえ」


 最近は更に千代の眠りが浅くなっている気がする。

 ちょっとだけ心配だけど、千代の笑顔に陰りはない。


「今朝はわたしが作るから、千代も恵子もゆっくりしてるといいわ」


「あらそう? アリナさんの料理は久しぶりだから嬉しいわ」


「お弁当も楽しみですね、お母さん」


 わたしの言葉に、千代も恵子も真っ直ぐに喜びを表してくれる。

 これは頑張らないと。



 朝食が完成し、お弁当を詰めているとやっと琴乃が起きてくる。

 もう千代も恵子も着替えているのに、琴乃だけはまだパジャマのままだ。


「アリナちゃん、おはよ~……って、朝御飯アリナちゃんが作ったの!?」


「おはよう、琴乃。残念だけど全部わたしが作ったわ」


「琴乃! アリナさんに失礼なこと言わないの」


 わたしの料理のなにが嫌なのか、琴乃に何度か聞いたことがある。

 返事は見た目、だった。

 素材の形がはっきりしているのが嫌みたい。


 お子さまだ。

 それならと三食全部ハンバーグにでもしてやろうかなんて考えてしまうけど、実際にやったことはない。

 なんだかんだで、わたしも恵子も千代も、琴乃には甘いのだ。



------



「皆さん、よくそんなにも調べられましたねえ……」


 月曜日の放課後。

 今日は週の頭ということで、わたしたちは空き教室へと集まった。

 もちろん部活ではなく、犯人探しの集会だ。


「一番すごいのは篠宮先輩ね。寮生全員を調べてあるんですから」


「いやあ、三日連続で長風呂だったからダイエットした気分だよ」


 そのわりには、篠宮先輩生やせたようには見えない。

 むしろ先週よりも元気があるようにも見える。


「わたし、役に立ってませんね……」


「だっ、大丈夫ですよ。私なんて三名しか調べてないのです。それに比べたら千村さんの十名はとっても立派ですよ」


「……でも、篠宮先輩が調べてます」


 落ち込んでる佳澄ちゃんに、慰めるわんこ先輩。

 役に立つ立たないよりも、佳澄ちゃんがどうやって性別を判断したのかが気になる。

 篠宮先輩と同じようにお風呂で調べたのならもっと人数は多いはずだ。


 ──部屋に連れ込んだのだろうか。

 ──わたしが教えた通りに。


 なんてお馬鹿な妄想をしている間にも会話は進んでいく。


「まあまあ、いいじゃないですか。結果として半分以上は調べたんですから」


「そうだよ。わたしなんかよりもアリナちゃんと琴乃ちゃんの方が凄いじゃないか。いったいどうやってこんなに調べたんだい」


「あ、あはは……」


 わんこ先輩と一緒に佳澄ちゃんを慰めようとした琴乃だけど、篠宮先輩のキラーパスで呆気なく撃沈。

 まったく、しょうがない。


「前に自己紹介したときにも言いましたけど、わたしは女の子が好きですから」


 その言葉だけでみんな察してくれる。

 身をもって体験した佳澄ちゃんは顔を伏せて。

 噂を知ってたらしいわんこ先輩は頬を染めて。

 篠宮先輩もきちんと理解してくれたのか、納得の表情を浮かべている。


「と、とにかくこれだけ調べたのですから、間宮さんには一度連絡を差し上げたほうがよろしいかもしれませんね」


「あ、それはわたしがするわ」


 すかさず主張。

 なんていったってこの為に協力しているのだから。


「そ、そうですか。では連絡はアリナさんにお任せいたしますね」


 これも察してくれたのか、やっぱり焦るわんこ先輩。

 うん、佳澄ちゃんだけじゃなく、いつかわんこ先輩にも手を伸ばしてみたいと思う。



 今日の集まりはそれでおわり。

 あとは残っている学院生をどうやって調べるかの相談だった。


 運動部に関しては、部活体験という名目で潜り込んで着替えの最中に調べることに。

 あとはわんこ先輩がとった手段、プールに誘うというのが手っ取り早いという話で落ち着いた。


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