4-1 学院生たち
朝起きてリビングへ向かうと、そこには不機嫌な様子を隠そうともしない琴乃の姿があった。
「アリナちゃん。昨日はお楽しみだったみたいだね」
「ええ、とっても」
「……もうっ。今夜はわたしの番だからねっ!」
満面の笑みで返すと、琴乃からも毒気が抜けていく。
このやり取りはいつものことだ。
わたしには食事が必要だ。
それは琴乃も十分に分かってくれている。
別に事のだけでもいいのだけれど、同じ食事ばかりでは飽きてしまう。
それもきちんと理解してくれていた。
だから、一言怒るとそれでスッキリするのが琴乃。
それもまた可愛いところだ。
「琴乃、それにアリナさんも。バカなことしてないでさっさとご飯を食べてちょうだい」
「お母さんごめんなさい」
「あら、恵子は嫉妬してくれないの?」
「もう……私はもう子供ではないですからね」
ふふっ。
恵子の態度につい微笑んでしまう。
今でこそ出来るお母さんだが、琴乃が生まれる前まではいつもわたしにベッタリだったのだ。
ほら、千代も微笑んでいる。
それがわかっているのか、恵子も必要以上に怒ったりはしない。
きっと今日のお弁当もおいしいことだろう。
「アリナちゃん、これからどうやって調べていくつもりなの?」
朝食をとったあとの団らんの時間。
里霧家の朝は早い。
全ての行動は千代が基準になっているから。
朝は早く起きて、夜は早く寝る。
朝食のあとでも話しあう時間は十分に残っていた。
「とりあえず確実に女の子ってわかってるのはチェックして、わからない子は放置かな」
「……それでいいの?」
「ええ。だって男なんていないもの」
これだけは断言できる。
犯人が学院生の中にいるというのは当たっていると思うけれど。
「……じゃあ、どうするの?」
「とりあえずば、間宮さんと仲良くなってからかなあ」
「もうっ」
だって頑張ってすぐに解決してしまうと、間宮さんと仲良くなれる機会を潰してしまう。
せっかく美人の警官と仲良くなれるチャンスなのだ。
それを自分で潰してしまうのはもったいない。
「早く解決するといいんだけどねえ」
千代は自分が治めている学院のことだけあって、できたら早く解決してほしいみたい。
でも、正直なところ現状では難しいと思う。
「大丈夫よ。死人はいないんだし、一度襲われたらもう安全なんだから。なにもしなくても全員襲われたらそれで解決よ」
「ずいぶんと気の長い話ねえ」
まあ、わたしは長く生きているからね。
もっとも身近な人まで、ここにいる人たちまで襲われたら別だけど。
結局、アリナは調べるということを全くしなかった。
それは琴乃も同様だ。
犯人リストからは、既にアリナと関係を持ったことのある女生徒だけが除外されることになる。
……もっとも、それだけでも十分に多いのだが。
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「はあ……」
学院までの、短い距離をゆっくりと歩いている。
未だに身体に力が入らず、昨日のことを思い出すだけで頬は熱く、そして身体は震えてしまう。
昨日、千村佳澄はアリナからコツを聞いた。
それは女の子と仲良くなる秘訣。
身体の隅々まで調べる方法だ。
(でも、あんなの……)
ただし実践で。
対象はもちろん佳澄自身。
昨日は昼間から何枚もの扉を開いた。
飛出の先は未知の世界だった。
とても怖くて、でも一色に染まった世界。
「佳澄ちゃんっ」
「ひゃっ」
ぼーっと歩いていたら、背後から衝撃を受ける。
振り向くとそこにはクラスメートの女の子がいる。
「お、おはよう」
「おはよっ、佳澄ちゃんは今日もクールだねっ」
(ただ、喋るのが苦手なだけ)
その言葉は口からはでない。
自分のことを伝えられるのなら、佳澄はクールだなんて呼ばれていない。
もちろんそんなことはクラスメートは知らないので、佳澄に構わずに話を続ける。
「そういえば、昨日は佳澄ちゃんどうしたの? まさかのサボり?」
「違う。……アリナ先輩に呼ばれてた」
「え……嘘っ!? アリナ先輩って、あのアリナ先輩!?」
警察に依頼されたことは伝えられないので、思わず嘘をついてしまう。
嘘と言っても、出会ったことは本当だ。
ただ呼び出したのが佳澄というだけ。
アリナのことは、アリナ自身が思っている以上に、特に一年生の間では噂になっている。
よく誰かの部屋にお邪魔してるとか、理事長にコネがあるとか、上級生は全員がアリナと関係を持っているとかいないとか。
全てが事実というわけではないのだが、昨日のことがあった佳澄にはホントのことのように思えてくる。
「それで、あの噂ってホントだったの?」
一年生と言えばいろんなことに興味津々だ。
だたかその質問も当然のことだった。
「今話すようなことじゃないから……」
「じゃあ放課後! 佳澄ちゃんの部屋にいくから教えてよ!」
「……わかった」
拒否しようとして、やめた。
佳澄は同室の先輩の敵を討ちたいのだ。
この連続昏睡事件の犯人を捕まえたい佳澄にとって、これは大きなチャンスだった。
コミュニケーションが苦手だなんていってられない。
アリナから教わったことを試す絶好の機会でもあったのだ。
そして放課後。
食事をとって、部屋で待っているとノックの音が鳴り響く。
「やっほ、佳澄ちゃん」
約束通りにクラスメートが遊びにやってきた。
出迎える佳澄の姿はすでに寝巻き。
下手に着込むと緊張で喋れなくなってしまいそうだった。
これからすることを考えると、リラックスできる格好が必要だった。
何よりも薄着で、勢いに乗ることも出来るだろうから。
そして、相手が興味を持っているなら畳み掛ける。
昨日アリナが教えてくれたことを、佳澄はこれから実践していく。
「それで、昨日はどうだったの?」
「喋るの苦手だから、アリナ先輩とおんなじようにするね」
立ち上がる佳澄。
友達はベッドに腰かけたままだ。
その彼女に覆い被さって押し倒す。
「佳澄……ちゃん?」
「大丈夫、先輩とおんなじことするだけ」
最後になってやっと気付いた。
そういえば、彼女とは何度もお風呂で出会っていたなと。
もう何度も彼女の裸は見ていたのだった。
こうして佳澄は同級生を、時には一人、時には数人を同時に相手にしながら調べていった。
調べた人数は少ないけれど、それらは確実に犯人ではないと確信できるものだった。
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三年生の篠宮怜衣には親がいない。
書類上の親はいるのだが、それはこの学院の転入と同時に決まったもので、特に仲がいいというわけではない。
だから怜衣は寮に入った。
怜衣の同室は同じ三年生だ。
普通は別学年の生徒と一緒なのだが、恐らくは転入生ということが配慮されている。
「怜衣さん。そろそろお風呂に入りませんか」
同室の彼女は別のクラスだが、既に怜衣とは仲良しだ。
それは彼女がこの学院に恥じない性格をしているのもあるが、なによりも怜衣の明け透けな態度が影響していたのだろう。
「ん~……、よし、いこうか」
女性の中では比較的筋肉質で、背も高い怜衣。
なによりもその性格。
怜衣はすでに、三年生の中で憧れの的となっていた。
「たまにはスキンシップも大事だと思うんだよ」
そう、それも過剰なものが。
寮には大きな共同浴槽がひとつだけ。
つまり、寮生は全員がこのお風呂へとやってくる。
こういう場所なので、そして女性しかいないので意外とみんな恥ずかしがって身体を隠すようなことはしない。
けれども例外はいるものだ。
「あの……先輩?」
「ふふん。お風呂で身体を隠すなんて野暮じゃないか」
みんなから肢体を隠すようにして身体を洗っていた一年生。
その一人に目をつける。
「もっと一年生とも仲良くなろうと思ってね。ほら、身体を洗ってあげるよ」
多少強引に、彼女の身体を剥いていく。
──この子も女だね。
そもそも怜衣は寮生の中に男が混じっているとは考えていない。
だってお風呂がここしかないのだ。
しかも入れる時間は20時から23時までと限られている。
それ以外の時間はそもそもお湯が出ない。
その中で、誰にも見られずにお風呂に入れるのか?
まず間違いなく無理だと判断できる。
「あの、先輩……。恥ずかしいです……」
「うん、知ってる。わたしも恥ずかしいんだよ?」
「だったら──」
「でもみんなともっと仲良くなりたいからね」
そうなると、寮生で疑うべきはお風呂に入らない女生徒。
お風呂に入れる時間は三時間。
それをこの日──金曜日からの三日間で見極める予定だった。
──まあ、間違いなくいないだろうけどね。
調べるためには怜衣が長風呂をする必要があるのだが所詮は三時間。
こうして女生徒の身体を洗ってあげていたらすぐに経過することだろう。
「きみ、一年生だよね。それにしては発育がいいじゃない」
「先輩……手つきがいやらしいですよう……」
「うん、わざと」
唯一の懸念といえば、怜衣について変な噂がたつことだろうか。
でもそれは怜衣にとって問題ではない。
なぜなら怜衣もまた、同性にしか興味がないからだ。
「そうそう、友達にお風呂嫌いの子とかはいないかな」
「ええっと、どうしてですか?」
「こうして身体を洗ってあげたら、好きになるかもしれないじゃん?」
「ん……もう、何ですかそれ」
こうして怜衣は確実に寮生を調べていく。
女子校、それも寮暮らしとなると異性と出会う機会は極端に減ってくる。
中には、怜衣や今身体を洗われている女生徒のようにこじらせてしまう者がでできてしまう。
「お風呂が嫌いな友達なんていません。……もしいたとしたら、その子は友達じゃありませんから」
例え女だけの世界でも、いやだからこそなのか、お互いの動向には敏感だ。
もしもお風呂に入らない子がいたら、それだけでいじめの対象になってしまうだろう。
そういう意味でも、寮生に犯人はいないと判断できる。
「そっか、それならそれでいいや。それよりも、きみは可愛いね。どう、よかったら今日はわたしの部屋に泊まらない?」
「だ、ダメですよ。きちんと自分の部屋で寝なさいって言われてるんですから。それに先輩のところは一人部屋じゃないじゃないですか」
「そんなの気にしなくていいのに。まあいいや、気が向いたらわたしの部屋においで」
甘い夜を過ごせないのは残念だが、彼女の身体は十分に堪能した。
今は多くの女生徒を調べるのが優先だった。
そうして怜衣はこの三日、存分に寮生を調べ尽くした。
結論は思っていた通り、この中に男はいない、だ。
これから怜衣は、どのように外から通学している女生徒のもとへ泊まりにいくのかの手段を考え始めていく。




