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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
52/56

12-2

 リビングに明かりをつけて、黒髪を床に放り投げて、ついでにお茶の用意をして。

 話を聞く準備が整った。


「まずはお話をさせていただける機会を設けていただきありがとうございます。わたしは狐塚柚結(こづか ゆずゆ)。倒れているそちらの女性を止めるために追いかけていました」


 少女は代々狐憑きの家系なのだそうだ。

 狐を支配し、そして操る家系。

 もちろんその上には狐憑き以外の、さらに多くの憑き物を束ねる組織があるのだろう。

 その程度は少女か説明しなくとも想像は容易い。


「そちらの女性……彼女もまたわたし達と同じ狐憑きです。しかし彼女は私と違い、霊峰で修行を修めたわけではありませんでした。その為に彼女は落ちた狐に魅入られ、いろんな街で名主ばかりを狙っていたのです」


 少女の組織は基本的に穏便なのだろう。

 わたし達のような存在を認めるわけではないが、かといって表立って敵対するわけでもない。

 人に害する存在でない限りは黙認するのが現状だ。

 ある意味ではわたしと間宮さんの関係に近いのだろう。


「狐が堕ちるというのは、ある意味では成長した姿なのです。ただし、そこには理性がありません。間を狩り続け、その血を浴びて、本来の姿からは遠のいた存在なのです」


「なんとなく分かるかな。黒く染まるのは堕ちた何よりの証拠だからね。それでどう変わるのかは分からないけど、普通だったらお姉さまを狙うわけがないもんね」


 レイには納得できる話のようだが、わたしは理解が及ばない。

 恐らくだけど、わたしという存在は初めから堕ちているのが当然だからなのだろう。


「彼女は数年前まではただの人間でした。狐憑きとしての才はありましたが、修行を積まなければただの人間、普段ならばその才が芽吹くことはありません。しかし、そこには裏道があったのです」


 それこそが黒い狐だった。

 堕ちたといっても、人に使われてこそという枠内からはみ出ることはない。

 霊的な存在である以上は、いくら人以外を狩りたくとも何もできないはずだった。


 そこからは悲惨な話だ。

 堕ちた狐はまずは宿主を探すこととなる。

 しかし狐憑きは大体が霊峰に留まっており、また取り憑いたところで逆に調伏されておしまいだ。

 つまり修業を修めていない、才はあっても自らに気付いていない在野の狐憑きを探す必要があるのだ。


 そしてその相手こそが今寝ている女性だった。


 彼女は堕ちた狐に取り憑かれた。

 修業を積んでいない以上、彼女に堕ちた狐を調伏する術はない。

 それどころか、憑かれた彼女はその意識から身体から、全てを堕ちた狐に乗っ取られてしまったのだった。


 堕ちた狐は魔を狩る狐。

 目につくもの全てを狩る狐だ。

 そうして彼女は魔を狩り始める。

 自分の街にいた名主を殺し、それが済んだら次の街へ。

 そうしてわたしのいる街までやってきたのだそうだった。


 ……。

 …………。


 言いたいことは分かった。

 この黒髪は無礼だったが、彼女が無礼であろうとしたわけではない。

 悪いのはこの黒い堕ちた狐であって、あくまでも黒髪は被害者なのだ。


 だけど、だ。

 わたしは思うのだ。

 この場合、彼女は一方的な被害者なのだろうかと。


 確かに同情する余地はあるだろう。

 少女の言うとおりに可哀想な女性なのだろう。

 でも彼女がいくつかの街の名主を滅ぼして、わたしにまで手を出したことは事実。

 いくら憑かれていたところで、すべてを水に流すことはあり得ない。


「彼女はこれから霊峰で修行をすることになる予定です。この子たちもちょうど小さくなったみたいですから、恐らくは一緒になれるのではないでしょうか」


「……このまま帰すなんて、一言も了承してないわよ」


 説明を果たしたことで、少女の中では彼女と一緒に帰してもらえることになっているようだ。

 しかしそれは無理な話だ。

 だって何人も殺されている。

 憑かれたこととはいえ、外から見るとやはり彼女たちが獣を駆ったことなのだ。

 その彼女たちをタダで帰すだなんて出来るはずがないのだ。


「当然だよね。こんだけちょっかい出したくせに、ちょっと謝って手打ちにしようだなんて調子が良すぎだよ」


「そんな……」


 わたしとレイの返事が予想外だったのだろうか、少女は大いに驚いている。

 わたしからしたらその反応こそが想定外だ。

 簡単に帰すわけが無いではないか。


「そうだよね。だってお母さんを傷つけたんだもん。その分ぐらいは償わせなきゃダメだよね」


 ふふっ。

 琴乃の言い分についつい微笑んでしまう。

 琴乃も十分にわたしのことを分かっている。

 染まっているといっていい。


 未だ目覚めない黒髪は恵子を償わせるとして、少女の方はどうするべきか。

 少女自身はそこまで悪いわけではない。

 わたしに挨拶をしなかったぐらいだし、少女だけならば少々の手打ちで許さないこともないのだ。


 少々──つまりはわたしが少々満足する程度でいいのだ。


「アリナちゃん。笑顔が歪んでるよ」


 ああ、いけないいけない。

 琴乃の目の前で違う女性のことを考えてはいけないだろう。


 そういえば一つ気になることがある。

 目の前の少女はどうしてわたしに断りを入れなかったのか。

 話を聞く限りでは、名主への挨拶を怠るような子ではないと思うのだけれど。


「……あの日の晩、どうして琴乃に声をかけたのかしら?」


 あの日、わざわざ面倒なことをせずとも直接家まで訪れていたら、ここまでこじれることもなかった。

 そういう意味では少女の手落ちだ。

 ああ、そうだ。

 そういう意味では少女が黒髪の分まで償う格好でもいいのではないだろうか。


「あのう、実はわたしは感知が苦手で……。アリナさん、本当にごめんなさい」


 わたしに声を掛けたくとも誰がわたしなのかが分からなくて、とりあえず琴乃に話しかけたというだけだった。


「でもそっちの堕ちた狐はアリナお姉さまのことを狙ってたんでしょ? それなのに、白い狐はお姉さまのことを感じなかったの?」


「……そういえばそうよね。それにわたしのことは分からなくても、レイのことぐらいは分かったんじゃないの?」


 レイは狐の匂いを認識することができていた。

 ならば逆もまたできて当然と思うのだが、どうやらそうでもないらしい。


「それは無理です。それこそが堕ちた狐の証だともいえるのです。わたしがハッキリと確信を持てるのは、相手も同族の時だけです。だから通常は名主と挨拶をしようと思ったら、時間をかけて探し出すしかありません」


 時間を掛けて……つまりはわたしが食事をする機会を伺って、ということだろうか。

 少女からすると、この街に名主が、つまりわたしがいるのは確信できるが、それが誰かまでは判断できない。

 だから街に潜み、名主が誰かをゆっくりと判断するつもりだったそうだ。

 それだと一つ疑問が残る。


「それではどうして琴乃に声をかけたのかしら? わたしの気配を感じられない以上、琴乃もあなたから見るとただの人なのではないの?」


「ええと……確かにわたしはアリナさんのことが知覚できません。こうして目の前にいても、アリナさんがそこにいると確信できません。でも、相手が人の場合は違います。ほんの僅かですけれど、琴乃さんからは人以外の、よく分からないものを感じるので」


 少女に言われて琴乃を見るが、どこをどう見ても人だろう。

 よく分からない。

 まあ、特に大事な話でもなさそうだ。

 実際はどうであれ、重要なのは琴乃が今後もこうして巻き込まれる可能性があるということだろう。


「それよりも分かりません。レイさんはどうしてこの狐たちの気配を感じることができたのでしょう。レイさんは狐ではありませんよね?」


「……柚結ちゃんだったっけ。まだわたしの正体が分かってないのかな?」


「……はい」


 驚いた。

 まさかあんな目にあってもレイの正体に気付いていないなんて。

 でもわたしも知らなかったことだし、当たり前なのかもしれない。


「……お姉さま」


「……そうね。わたしのこともレイのこともあなた達は知らないと思うわ。だって海の向こうから移り住んできたんですものね」


 受け入れる文化、受け入れない文化。

 この国に住み始めた頃は戸惑うことも多かった。

 建築物なんかはすぐに取り込んで、それどころか発展までしている。

 便利なものはすぐに取り入れる柔軟性がこの国にはあった。

 しかし思想的なものは往々にして取り入れられない。

 クリスマスなんかは代表的なもので、正直名称だけのものだった。


 わたしとレイもその分類に当てはめるなら、思想的な存在となるのだろう。


 思うに少女のような集団はどこまでも排他的なものだから、いまだ気付かないのも無理はないことかもしれなかった。


「そういうこと。わたしは同族じゃなくて従える存在なんだよ。狐なんかよりももっともっと上の存在なの。だから一方的に知覚できるんだよね。ついでにいうと、もちろんわたしは狐と同族じゃないよ。ただわたしに扱われることが当然の存在ってだけなんだよね」


 ここぞとばかりに調子に乗って説明するレイ。

 レイだってつい昨日までは一方的に知覚できるとは知らなかったはずだ。

 少女の説明で知り得た事実をさも当然のように説明するのはいかがなものか。


 でもちょっと待ってほしい。

 少女や狐はわたしのことを知覚できないだって?

 すっかりと忘れていたが、それでも忘れてはならないことがあった。

 あの日の晩、わたしに話しかけてきたのもまた狐ではなかったろうな。


「ふうん……。レイのことも知らなかった、ねえ」


 あの晩の話はよく覚えている。

 暴走と調停。

 乗り移られていた黒髪が暴走で、それを止めようとしていた少女が調停。

 なるほど確かにその通りだろう。


 さてここで疑問。

 わたしが出会ったのは長く明るい髪を持った女性だった。

 レイがいうには見た目はともかく中身は狐で間違いない。

 明るい色、わざわざ忠告をしてきたこと。

 それはもしかしなくても、白い狐なのではないのか。


「……わたしに気付かなかったって、嘘なのではなくて?」


 この少女も大した演技力だ。

 レイはすっかり騙されている。

 わたしに忠告をしておいて、わたしに気付かなかったって?

 見たところ白い狐はしっかりと躾もされているようだ。

 勝手にわたしに忠告をしたなんて考えられない。


「琴乃と話して、その後こっそりとつけてたんでしょう? その時にわたしにも気付いたんでしょう。わざわざ人に化けてまで忠告をして、嘘をついてまで無力なフリをして。あなたの本当の狙いは一体何?」


 しかし、全てはわたしの早とちり。

 前提からして間違っていたのだった。

 わたしが怒っているのを察したのか、少女はよく分からないながらも必至になってわたしを説得する。


「そんな……! 本当です、信じてください。わたしは琴乃さんのことは分かりましたが、アリナさんのことはやっぱり分からないんです。それに人に化けるなんてわたしの狐にはとても無理です。狩人になった堕ちた狐でもまだ無理です。人に化ける狐だなんて、とても人の手では扱えるものではありません」


 その言葉を聞いた時。

 わたしは一目散に病院へと駆け出した。

 まだ潜んでいるものがいるはずだった。


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