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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
51/56

12-1 食後の時間に

「ねえ、アリナちゃん、レイちゃん。これって何が起こってるの?」


『わたしにもさっぱりよ』


『ほんとにね。わたし達は蚊帳の外みたいだよ』


 目の前で突如始まった獣同士の争いに、わたし達は呆然と見ていることしかできなかった。


 琴乃が現場まで辿り着いてすぐ、目当ての黒髪は現れた。

 狙い通りに現れたことでわたしはほくそ笑んだ。

 獣を呼び出したことで笑いが止まらなかった。

 わたしが恐れるのはわたしの力が及ばない、理解ができない相手の時だけだ。

 獣が実体を持って現れた以上、わたし一人でも相手は容易い。

 そして黒髪の女を視界に収めた以上、もう逃がすこともないはずだった。


 黒い獣は一直線に、気付かないフリをしていた琴乃に襲いかかってきた。

 その獣たちをわたしとレイで捕らえてお終い。

 そのはずだった。


 しかし黒い獣が琴乃に近付く直前で邪魔が入った。

 黒髪と同じように、しかし体毛の色だけが違う五匹の獣を操る少女が乱入したのだった。


「……あの子、わたしが会った子かも」


 乱入してきた少女に、琴乃は見覚えがあるようだった。

 見る限りでは少女は黒髪と対立しているようだ。

 そして先程の会話。

 もしかしたら目当てが黒髪だったのかもしれない。


「ねえアリナちゃん。わたしはどうしたらいいのかな」


 これからどうするべきなのか、さすがのわたしも一瞬悩んでしまう。

 この場、この時において、まさかのけ者になるとは考えていなかった。

 黒髪も少女もわたし達をそっちのけで争っている。

 また、決着もつきそうにない。

 黒い獣も白い獣も体格は同じぐらいで、おそらくは力も拮抗しているのだろう。

 その証拠に、力で組み伏せるようなことはせずに、それぞれが付かず離れずを繰り返している。


 獣たちは目の前で争い合っている。

 四脚の動物らしい動きでもって、地面を這うように走っている。

 爪を振るたびに舗装されたアスファルトは薄く剥げ、咆哮は確かに空気を震わせる。

 それは確かに野生の動物などとは比べ物にならない存在感だ。


『なんだか気が抜けたわね』


 その争いは確かに脅威なのだろう。

 獣たちの動きは車の速度を簡単に凌駕する。

 あれならば停まっている車だろうと交通事故に合わせられるだろう。

 ただ、わたしから見るとまだまだ子供の争いだ。

 琴乃の身の安全をどうしようかと悩んでいたことに憤りを感じてしまう。


 そう、最初に気付くべきだったのだ。

 恵子の運転する車を襲ったとして、どうして運転している恵子を直接襲わなかったのか。

 交通事故に見立てるよりもよほど簡単だろう。

 つまるところ、この獣たちは車のフレームに爪痕を残すをだとか、体当たりでもって曲げる程度しかできないということだった。


『琴乃の好きにしていいわよ。あの程度ならなんの不安もないわ』


「……そうなの? わたしがあの……狐に襲われても大丈夫」


『大丈夫よ。あの程度なら百匹いようとわたしの相手じゃないわ』


 ……あの獣は狐なのか。

 その方がわたしにとっては驚きだ。

 確かに狐はイヌ科だし、狼ではないのだけれど。

 もっと狼に近いイヌの犯行だと思っていた。


 それと、周辺に近付く影はない。

 獣同士で争い始めた瞬間に、わたしが一帯を隔離したからだ。

 どんなに物音を立て、どれだけ道路を破壊したとしても気付く者はいないだろう。

 ただ、その爪痕はもちろん残る。

 気付いたら道路がめちゃくちゃになっていた。

 間違いなく新たな怪談になるだろう。


「やっぱりアリナちゃんは凄いね」


 わたしというよりも、この狐達が低次元すぎるのだ。

 この調子では狐を駆る黒髪と少女もたかが知れている。

 なにせ、どちらもわたしとレイには未だ気付いていないのだから。

 この空間のことにすら気付いていないのだから。


 わたしの言葉に安心したのか、琴乃はゆっくりと争いの只中へと歩み始めた。

 どうやら介入するつもりのようだ。

 もちろん琴乃の決めたことに、わたしが口を挟むことはない。


「琴乃さん!? 何をしているんですか!」


 琴乃の歩みに気付いたのか、少女が琴乃に向かって叫んだ。

 叫んだことで黒髪も気付いたのだろう、獰猛な笑みを浮かべて琴乃に黒い狐をけしかける。

 対抗するように白い狐も琴乃に駆け寄る。

 黒い狐は琴乃を狩るために、白い狐は琴乃を守るために。

 お互いの狐が琴乃に接近した瞬間だった。


 琴乃のお腹から私の腕が生える。

 わたしの腕は近付いていた黒い狐の喉元をしっかりと掴んで離さない。

 琴乃の背中からはレイの腕が生える。

 白い狐はその動きを絡め取られる。


 思ったとおり、今ならば触れられる。

 そして一度掴んだこの手は絶対に離さない。

 それでも万が一があるといけないからすぐに手を握りしめた。

 それでお終いだ。

 ゴキリと音が響いて、黒い狐の肢体が弛緩した。


「お姉さま、こっちはどうする?」


「そっちも殺しなさい。あの黒髪を止めるためだったようだけれど、わたしの縄張りで勝手に暴れたことには変わりないわ。それにまだ四匹もいるんだもの。一匹は見せしめのためにも殺さなきゃダメでしょう」


 お互いに顔までを琴乃の身体から生やした状態で会話した。

 なんともシュールな状態だが、未だ少女も黒髪も現状の認識が追いついていないようだ。

 ここまで驚くなんて、やはりわたしは彼女たちを過大評価しすぎていたようだった。


「分かったよ。それじゃ、いただきます」


 レイはわたしと違ってこれで意外と博愛主義だ。

 だからわたしのように狐の首の骨をへし折るようなことはしない。

 しかしある意味ではもっと悲惨だろう。

 レイの手から逃れようと暴れる白い狐、その首筋にレイは遠慮なく噛み付いたのだ。


 レイの本気の噛みだ。

 当然狐程度では逃れようがない。

 噛まれたことで白い狐は動きを止めて小さく吠えるが、もちろんそれだけでは終わらない。


 噛まれた白い狐はその体躯を小さくしていく。

 レイに吸われているのだ。

 血だけではなく、その存在すべてがレイに吸われているのだった。

 気付けば白い狐の体は消えていた。


「ふう、ごちそうさま。……あんまりいい食事じゃなかったね」


「レイ、これも食べていいわよ」


「お姉さま、それってもう死体じゃん……」


「死体でも少しは足しになるでしょう」


「そうだけどさあ……あんまりおいしくないんだよ」


 そう言いつつも、黒い狐を受け取ったレイは迷わず噛み付いたのだ。

 まあ、今思うとレイに食べさせることもなかったかもしれない。

 この死体を間宮さんに見せたら、警察の追っている事件も解決するのだ。

 まあその時には死体の出処で面倒なことになるだろうから、やはり消滅させるのが正解だろう。

 間宮さんには安全な山狩りを堪能してもらおう。


 そして消えていく黒い狐。

 これで残りは黒い狐が四匹に、白い狐が四匹だけだ。


「サイ……。っ、ハク、ギン、コウ、ゴク、あいつを倒して!!」


 いち早く我に返った黒髪が、残りの黒い狐四匹をけしかけてくる。

 なんて愚かな手を打つのだろう。

 これではただレイに食事を提供しているのと変わらない。


「レイ、ご飯の追加よ」


「うん。これなら久しぶりに満腹になれるかも」


 ……そこまで節制させていたつもりはないのだけれど。

 でもそうか、本来ならばすべてを吸い尽くすのが自然なのに、今までは血しか吸わなかったからだ。

 レイにとっては普段から節制の日々だったのだろう。

 たとえレイが好みの女性しか襲わず、そもそも生かすつもりしかなかったのだとしても。


 琴乃の身体から完全に這い出たレイの姿が一瞬消える。

 かと思ったらすぐに現れた。

 もちろん両腕には二匹づつ黒い狐を抱えている。


 そう、これが力の差だ。

 琴乃にとっては目にも止まらない狐たちの動きも、わたしやレイにとっては止まっているに等しいものだった。

 今更暴れてももう遅い。

 レイからは絶対に逃げられないだろう。


「なんだか弱い物いじめをしてる気分。……ところで、ほんとに食べちゃっていいんだよね?」


 当然よ。

 しかしそう答える前に、遅れて正気を取り戻した少女が邪魔に入ったのだった。


「名主様、おやめください。挨拶が遅れて申し訳ございません。事情をお話いたします。どうかその堕ちた狐を殺めるのはおやめ願います」


 少女はレイに向かってそう告げた。

 同時に、離れて立っていた黒髪が糸が切れたように崩れ落ちるのだった。



------



 名主とはつまり、この場においては街の支配者ということだろう。

 この街をナワバリとしているわたしのことに違いない。

 そしてわたしをそう呼ぶということは、つまり少女はわたしのことを正確に認識しているのだろう。

 更に言うならばそのことを教えた者が少女の背後にいるということだ。

 わたし個人のことが知られているとは思えないから、恐らくはそういう存在に普段から関わっている人物が。


「レイちゃん、こんなに凄かったんだね」


「わたしなんてまだまだだよ。アリナお姉さまの前ではわたしもこの狐たちと変わらないんだからね」


 わたし達は今、少女と黒髪を連れて家へと戻っている。

 どうにも面倒な話になりそうだ。

 しかし少女の背後がどういうものかを知るまでは、単純に二人を廃しておしまいとはならないのだ。

 共存できているうちはいいが、目をつけられるととても面倒なことになる。


「……アリナちゃん、まだ怒ってるのかな」


「……そりゃそうだよ。今晩で解決するつもりだったのに長引きそうなんだもん。なによりもわたしとアリナお姉さまを勘違いしたんだし」


 少女の背景は簡単に予想がつく。

 基本的にわたし達に詳しい集団というのは二つだけだ。

 つまりはわたし達の敵か味方か。

 人の世界を保とうとする集団か、それともわたし達に魅入られた集団か。

 後者ならば構わず殺すのだが、少女からわたしに取り入る気配を感じない以上は前者なのだろう。


 少女は残った四匹の白い狐をしまって、大人しくついてくる。

 実力の違いはとうに理解できているのだろう。

 基本的にああいう存在は本体を害するのが当然の対処で、そしてこの距離ならばわたしを出し抜けない。


 黒い狐は四匹ともレイに抱えられたままだ。

 少女が言うからすべてを食べはしなかったが、それでも動けなくなる程度には食事を許可した。

 おかげでレイは気分がよく、黒い狐たちはその体躯を子供程度に縮められている。


「あのう、もう少しだけ丁寧に……」


「……」


 黒髪はわたしが自ら運ぶことになった。

 琴乃に任せられるわけがないし、レイは狐を抱えているし、少女も見た目は小さいからだ。

 もちろん丁寧になんて運ばない。

 足首を掴んでアスファルトの上を引きずって運んでいる。

 多少の怪我は当然だろう。

 今殺されないだけでも感謝すべきなのだから。


 少女は黒髪が気になるようだが、わたしが黙殺するとそれ以上は何も言ってこなかった。


 気になるといえば、少女の言葉が一つだけ気にかかる。

 少女はレイが運んでいる黒い狐のことを堕ちた狐と言っていた。

 堕ちた……。

 その意味は一つしかないだろう。

 面倒な話だ。

 実はこの黒髪も被害者だったなんて、本当に面倒な話だった。


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