3 夜の住人
あの芳醇な香りには最初から気付いていた。
気付いていて、でも手は出さなかった。
いや、出せなかったと言っていい。
だってすぐ傍には常に悪魔がいて、その獲物は私のものだと主張していたから。
夜の街を、目的地に向かって真っ直ぐ突き進む。
大丈夫、だってわたしは夜の住人。
ほら、いまだって。
人とすれ違っても誰もわたしに気付かない。
目当ての家までたどり着く。
香りにしたがって窓を開ける。
カタンと、わたしだけに聞こえるぐらいの小さな音が鳴った。
中を覗くと、目当ての彼女はもうぐっすりと眠っているみたい。
わたしは自らの唇を噛みきった。
『流れる血はわたしの命
溢れる血はわたしの体
赤い霧は視線をそらす
黒い霧は音を掴む
わたしの身体が拡がっていく
わたしの身体が曖昧になる
いまのわたしは夜の住人
そしてここは夜の世界
──血の世界』
わたしが軽く息を吐くと、赤黒く染まった空気が部屋に充満していく。
これでもう、この部屋で何が起きても気付かれることはない。
物音は外に漏れず、人の気配すらしないだろう。
部屋の中へと忍び込む。
部屋の中にはベッドが一つ。
眠っているのはもちろんあの子。
すやすやと気持ちよさそうに眠っている。
幸せそうな寝顔が、わたしのなにかを掻き立てる。
彼女に舌を這わせると、くすぐったそうに身体を震わせた。
その様子に満足してから、わたしは意を決して彼女の首筋に口を添えた。




