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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
46/56

08-3

 真夜中にもかかわらず、間宮はその足で直接大学病院へと向かうこととなった。

 実際に解剖されるされないにかかわらず、犯罪性のある遺体については一旦病院に預けられる決まりになっているからだ。

 事実、山下の遺体は死因が明らかということから解剖はされていなかった。


 病院についたら当直の医師の案内で安置所へと向かう。

 医師はいきなり訪れたにも関わらず、間宮に対して丁寧な対応だった。


「また遺体が出たとうかがいましたが、解剖の必要はありそうでしょか?」


「どうでしょうか。死因は前回と同じように見ただけで明らかですから、数は多いですがせいぜい一人を解剖するだけだと思いますよ」


 どうやら昨夜見つけた遺体についての連絡はすでに入っているようで、間宮の訪問も捜査の一環と思われたようだ。


「それでは、帰るときにはご一報ください」


 安置所に間宮を残して医師は去っていく。

 これから受け入れる七体の遺体の用意があるのだろう。


 間宮はあらためて山下の遺体を眺める。

 ちぎれる寸前だった遺体も、今では簡単に縫合されている。

 恐らくは葬儀のためなのだろう。

 この後は葬儀社に連絡が入り、化粧をされてから遺族と顔合わせだ。


「──レイさん、いらっしゃいますか」


 この場に間宮は一人だけだ。

 しかし次の瞬間には、間宮の隣に人影が現れていた。


「うう……鼻が曲がりそうだよ……」


 レイは青い顔をして現れた。

 間宮にとっては少し匂うかなという程度だが、レイにとってはとてもキツいものらしい。


「それで、この遺体でいいのかな」


「ええ、こちらが亡くなられた山下さんで間違いありません」


「ふうん。めちゃくちゃにされたらしいけど、今は綺麗なもんだね。……血が残ってるといいんだけど」


 確かにそれは問題だ。

 山下はその血の多くを地面にぶちまけていた。

 もしかしたら、遺体にはもう一滴も血が残っていないかもしれない。


「その時は、現場までご案内します」


「彩香も酷いね。わたしに地面を舐めろって言うんだ。……この遺体に血が残っていることを祈るよ」


 実際、この遺体から血が採取できなければ間宮はレイに地面を舐めさせることだろう。

 なにせこれはアリナからの依頼だ。

 間宮もレイも、その依頼を達成するためならば少々の無理は押し通さなければならないのだ。


「はあ……憂鬱だなあ」


 レイがその口を大きく開けて山下の遺体に噛みつく。

 喉を鳴らして血液を吸っていく。

 アリナに噛み付いた時よりも時間が長いのは、血液が少ないからなのか、それとも……。


 その様子を間宮はじっと眺めていた。

 なんと不思議な光景なのだろう。

 血液を取り込むことでその記憶を読み取るレイも、そのレイを使役するアリナのことも。

 間宮には理解の及ばない世界での出来事だ。

 今まで幾度となくアリナには助けてもらっているが、その関係は決して深いものではなかった。


 しばらくすると、レイは遺体からその口を離した。


「うええ……不味かったあ……」


「レイさん。首尾はどうでしたか」


「とりあえず、地面を舐める必要はなさそうかな」


 レイは無事に記憶の抽出に成功した。

 それも、しっかりと犯人の顔までも。


「口頭だと伝えにくいし……面倒だから直接教えるよ」


 レイが間宮に迫ってくる。

 これも仕事だと思い間宮は覚悟を決めるが、どうやら口付けではないようだった。


 レイの額が間宮の額と重なり合う。

 その瞬間、間宮の脳裏には確かに犯人の顔が浮かんだのだった。


 長い黒髪を無造作なままにしている。

 顔はちょっとキツめで、年の頃は間宮と同じぐらいだろうか。

 それは、アリナから聞いた恵子に話しかけたという女性に間違いなかった。


「この方が殺人を……」


「うん、それは間違いなくね。それにしても、思ったよりも物騒な人みたいだね」


 確かにそうだろう。

 脳裏に浮かぶは山下が倒れてからの視界だろうか。

 山下を見下ろしながら、匂いがどうとか言っている。


 首を裂かれても即死はしない程度。

 その状態で腕を、足を、体中を噛みつかれて絶命している。

 物騒というよりも、異常といったほうがいいだろう。


「わたしは口直しのためにすぐに帰るよ彩香は一人で大丈夫だよね」


「ええ。私も今日はもう休みます」


 大学病院の前でレイとは別れることになる。

 レイはそのまま闇夜に溶け込むように消えていった。


 今日で犯人の顔がハッキリとした。

 それは小さな一歩だが、確実な一歩でもあった。



------



 目覚める直前。

 いつもの自分の部屋が、ほんの少しだけ変わった気がした。

 漂ってくる部屋の香りが、普段の自分の部屋とは違う気がしたのだ。


 それでも今はまだ眠気が勝っている。

 寝返りをうってもうひと眠り。

 そう思ったところで、自分の身体が何かに掴まれていると感じた。

 見動きが取れないのだ。

 流石におかしいと感じ、閉じていたまぶたをぱっちり開く。

 そして目に映る光景に──。



「ぎゃああああっ!?」


 色気の無い悲鳴に叩き起こされた。

 全く一体何が──。

 そう思うまもなく、わたしの腕の内側でもぞもぞと動く気配がする。


「な……何ですかこの格好は!!」


 ……どうやら七海が目覚めたようだった。

 こらではわたしも眠り続けるわけにはいかないだろう。


「んん……。どうしたの七海。朝から騒々しいわね」


「う……ん……。七海、はしたないよ」


 わたし以外にも七海を咎める声がした。

 誰だろうと確かめることもない。

 昨夜遅くに戻ってきたレイが、同じベッドに横になっていただけだ。


「あっ? 玲衣さんもっ!? そうではなくて、この状態は一体何なんですかって!」


 七海の悲鳴はある意味当然なのだろう。

 それは決して昨夜の記憶が無いからではなく、目が覚めたら同じベッドてわたしとレイに挟まれていたのだから。

 ……それも、全員が服を全く身に着けずにだけ。



 朝、まずはお茶を飲むことから始める。

 それはたとえ客人がいたとしてもだ。


「それで、これは一体どういうことなんですの」


 熱いお茶を一口飲んで、未だ理解ができていないのか七海が強く尋ねてくる。


「どうもこうも、約束していたことじゃない」


「そうそう。わたしは聞いてなかったけど、わたしとデートしたあとはアリナともデートする約束をしたんでしょ?」


 リビングへと降りる前にまずは服を着たのだが、その時もまた面倒だった。

 わたしもレイも恥ずかしさなんて全く感じていないのに、七海だけは恥ずかしいのか布団を被って出てこないのだ。

 それに問題もあった。

 七海が着ていた制服は血塗れだったので処分したのだが、そうすると七海の着る服がない。

 七海はわたし達の中で一番スタイルもいいものだから、ちょうどいい服も用意できない。

 わたしとレイが待つリビングにを下りてきた七海の姿は、それはもうわたしの貸した服が破れるのではと思うほどだった。


「デート、デートですって? わたしは昨日はまっすぐ家に帰りました。玲衣さんとデートなんてしていません!」


「酷いなあ。昨日の夜は特別なデートだったのに。七海は覚えてないの? デートの最中、七海はずっとわたしにしがみついていたじゃない」


「まったく、いくら浮かれていたからって忘れてしまうのは勿体無いわよ」


 確かに特別だったのだろう。

 なにせ二人っきりで空の旅だ。

 まあ七海は気絶していたし、レイが七海が落ちないようにと抱きとめていただけだけど。


「そんなあ……。っ、それに、どうしてわたしがアリナさんと一緒に寝ていたのですか! デートなら朝まで玲衣さんと二人っきりなのが当然でしょう!」


 当然ではない。

 人のことは言えないが、七海も大概に歪んでいる。


「それも七海が言ったんだよ。この後はアリナとデートの約束があるって。だから三人で寝たんじゃない」


 打ち合わせもしていないのに、レイはしっかりとわたしに合わせてくる。

 このあたりはさすがと言えた。

 その分だけ七海にとっては悲惨とも言える。


「そ、そんなあ……」


 七海はその場に崩れ落ちてしまった。

 まあ、記憶が全くないのにデートしたと言われても納得できないのは当然だ。

 しかも肌まで許してしまっている。

 もちろん、わたしもレイもこの話はこれでおしまいだなんて酷いことはしない。


「まあ、七海が覚えてないならしょうがないね。また今度一緒にデートしようか」


「本当ですかっ!」


「もちろんだよ。そのかわり、アリナともちゃんとデートするんだよ」


「それは……まあ、当然のことですから……」


 今朝起きてからの記憶は残っているだろうに、七海はレイに言い含められたことでまたわたしとデートをすることになった。


 七海は起きてきた恵子に自宅まで送られた。

 さすがにあの格好では外を出歩くのは辛いだろうと、恵子が気を利かせたのだ。

 制服は汚れたから処分したと、それだけで七海は納得していた。



「レイ、昨夜はどうだったの?」


 七海の去った静かなリビングで、わたしはレイへと問いかける。

 琴乃はまだぐっすりで、ここにはわたしとレイだけだ。


「うん。知りたいことはバッチリと分かったよ。お姉さまにも教えてあげるね」


 どうやら間宮さんにはもう教えてあるようだ。

 レイと額を重ねると、わたしの脳裏にも山下先生が最後に見た光景が浮かんできた。


 突如バランスを失って崩れ落ちる。

 何が起こったのか理解する前に、身体は痛みに支配されて血の海に沈む。

 今にも閉じようとしている瞼。

 だけど、相手の顔だけはハッキリと見える。


『汚らわしい。こんなに匂いを漂わせて』


 それが、山下先生が最後に聞いた言葉だった。


 ……。

 …………。


 もしも苦しまずに逝けていたら、なんて考えていたが甘かったようだ。

 こうして山下先生の視線から見るとよく分かる。

 犯人は、黒髪は山下先生を苦しめるために一息に殺さなかったのだ。

 ただの一噛みで息の根を止められるくせに。


 殺してやりたい。

 そう思うのはきっと自然なことだろう。

 でもそれ以上に、気がかりなこともあった。


「山下先生に対しても、匂いがどうこう言っているのね……」


 それは恵子が言われたことと、きっと同じ意味なのだろう。

 恵子と山下先生に共通することといえば、やはり学院の教師であるということだ。

 でも教師ならではの匂いなんてものは感じないし、つけていた香水もお互いに違うもののはずだ。


「……レイは、山下先生のことを知っていたかしら」


 匂いというならば、レイは獣の匂いを嗅ぎ分けることができている。

 それは逆に言うならば、向こうもレイの匂いだけは分かるということではないだろうか。


「そりゃあ知ってはいますけど、わたしは手は出してませんよ。だって先にお姉さまが手を出していましたから……」


 それもそうか。

 それに、恵子についても同様だ。

 だけど……。


「……お姉さまのことなのかもしれないね」


 レイも同様の意見のようだった。

 今分かっている事実から考えると、もうこれしか残らない。

 わたしは二人と関係を持っている。

 わたしには分からないけれど、きっとわたしの匂いというのは彼女たちの奥深くにこびりついているのだろう。


 そうなると、つまりこの黒髪は。

 わたしの相手を襲っているということではないのだろうか。


「どうやら、恵子と琴乃の安全を考えなくてはならないわね」


 恵子と琴乃に危機が迫っている、かもしれない。

 その認識だったならば、きっとレイにお願いした分だけでなんとかなったことだろう。

 でも実際に狙われている場合、レイ一人に頼るのは危険ではないだろうか。

 なにせ相手は複数の獣だ。

 その気になれば、恵子と琴乃を同時に襲うことだって可能だろう。


「マリアを呼んでおこうか?」


「そうね。幸いなことにマリアは恵子を気にかけているから、きっと恵子を守ってくれるでしょう」


 琴乃にはレイに張り付いてもらう。

 常にそばにいるならば、不測の事態にも対応できよう。


 残るはわたし。

 わたしはこの身を囮にするべきだ。

 この考えが当たっているならば、黒髪は最後には私を狙ってくるはずだ。

 わたしの餌を絶って、わたしを弱らせて。

 時間をかけてわたしを狩るつもりなのだと思う。


 それならば話は簡単だ。

 わたしはただ人のフリをして夜の街を徘徊しよう。

 そうして襲ってきたところを返り討ちにしてやるのだ。


 でもそれを行動に移すのは遅かったようだ。

 七海を送ったその帰り。

 まだ早朝という人気のない時間に、恵子が襲われたのだった。


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