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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
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08-1 快楽の牙

「何があったの」


 レイが血塗れの七海を連れて戻ってきた。

 だというのにレイはあまり焦っていない。

 取り敢えず介抱をと思って七海をレイから奪い取ったところで気付いた。

 七海の身体こそは血塗れだったがどこにも傷はついておらず、これらは全て返り血だった。


「何があったかは話す、ちゃんと話すからさ。今は七海を綺麗にしてあげてよ。正直、そろそろ我慢の限界なの」


 レイの言うことももっともだ。

 このような血塗れの状態の七海をこのままにはしておけないし、レイは最近血に飢えていたから。

 わたしの血を飲んだといっても、量だけは物足りないままなのだ。

 まだリビングに残っていた恵子と琴乃に七海を預け、わたしとレイが代わりにリビングへと落ち着いた。



『見てお母さん。すっごい巨乳』


『琴乃。気絶している方にそんなことをしてはいけません。……でも、確かにすごいわね……』


 浴室から響く声を聞きながら、わたしはレイに問い始める。


「それで、何があったのかしら」


「ああ、うん……。はじめに言っておくけど、ああなったのはわたしのせいじゃないからね?」


「わかってるわ。レイを疑うようなことはしないわよ」


 七海とレイをデートさせるという話をしたその日のうちにこんなことが起こったのが多少気になるが、それでレイが辛抱たまらず……なんてことはありえないだろう。

 これ以上は口を挟まず、静かにレイの報告へと耳を傾ける。


「……わたしは空を飛びながら街を見渡していたんだ。今潜んでいる奴がどこに現れるか分からなかったからね。そしたらちょうど、強烈な獣の匂いが漂ってきたの。これは間違いなくどっちかが現れたと思って匂いの元まで向かっていったんだけど、わたしに気付いたのか途中で匂いが消えたんだよね。それでも取りあえずはその場所に向かったの。そしたら血塗れの七海と、あたりに散らばっているバラバラの死体を見つけたんだよ」


 ……匂いが途中で消えた、ねえ。

 レイは途中で気付かれたからだと思っているようだが、そう簡単にレイの存在を感知できるものなのだろうか。

 でもレイが獣の匂いを感じ取れるように、獣もまたレイだけは強く感じれるかもしれないのだが。


 それと、気になることもある。


「死体って言ったけれど、一つじゃないわよね。一人分だけじゃ、ああも血塗れにはならないわ」


「ああ、うん。正直なところ自分を抑えるので精一杯だったんだけど、少なくとも五人ぐらいはいたんじゃないかな」


 五人、ね。

 これで犠牲者の数は一気に増えることとなる。

 事件そのもののことよりも、事件を追っている間宮さんの体調のほうが気になってしまう。


「七海からなにか話は聞けたのかしら」


「ううん。わたしがついた時にはもう気絶してたから」


 そうなると後で話を聞く必要がある。

 しかし思い出させるのも酷だし、そのへんはレイに任せたほうがよさそうだ。


「それじゃああとは……場所はどこだったかしら」


 レイが言うには人通りの全くないところらしい。

 そういえば七海は制服のままだったが、こんな時間まで何をしていたのか。

 七海のことだから制服のままで遊んでいたということはないだろうし。

 そのあたりは全てレイに任せるべきか。


「その様子じゃ明るくなるまで死体は見つからないだろうし、一度わたしが様子を見てくるわ」


「そう? それじゃ……」


「レイはここにいて。七海の面倒を見てあげてほしいの。それと、七海から詳しい話を聞いておいて。ただ取り乱すようなら、その時はレイの好きにしていいわ」


「……いいのかな?」


「いいのよ。どちらにしろ怖い思いをしたのだし、最後には全て忘れてもらうわ。だからレイは遠慮しなくていいのよ。デートの約束を果たしているのだと思いなさい」


 本来ならば七海を間宮さんに引き渡すのが正しいのだろうけれど、これは明らかに普通の事件ではない。

 今の段階ならいくらでもごまかしは聞くだろうし、七海の将来のためにも何も起こっていないことにするのが正しいのだった。


「それじゃあ後はよろしくね」


「任されたよ。七海は今日はこの家に泊まった。そういうことにしてあげたらいいんだね」


 七海のことはレイに任せて現場へと向かう。

 別れ際に妖しげに微笑むレイの口から覗く牙が印象的だった。



------



 こうして空を飛ぶのは久しぶりだった。


 家を出てすぐ、周りに人目が無いことを知るとわたしは背中に翼を生やす。

 レイやマリアとは違う、羽毛の一切無い翼だ。

 同時に服装も普段のわたしは着ないであろう、妖艶なものへと変わっていく。

 別にこういう服が嫌いなわけではなく、ただこの国では目立つから着ないだけだ。

 むしろわたしの美しさを際立たせる素晴らしい服装だと思うのだけれど。


 目的地までは一直線、音もなく空をかけていく。

 そういえば空を飛ぶのも久しぶりだ。

 最後に空を飛んだのはいつだっただろうか。


 ──ああ、最後にこの街を眺めたいと、そう千代(ちよ)が言った時だったか。


 誰の目にも捕らわれないまま、わたしは現場に到着した。


 遺体は確かに言われたとおりの場所にあった。

 話のとおりに見事にバラバラで、あたり一面が血の海という有様だ。

 切断面は綺麗なもの……とはとても言えず、噛みちぎられたり、強引に引き裂かれたようなものばかりだ。

 

 レイは獣の犯行だと言っていた。

 それにはわたしも同意見。

 むしろそれ以外はありえないだろう。


 数は……頭の数は七人だ。

 それも全員が男だった。

 男だとわかるだけで、七海がどのような目にあったのかが想像できるのだから面白い。


彩香(あやか)、今すぐに出てきてちょうだい。……ええ、また死体が出たわよ。それも一度に七つもね」


 すぐに間宮さんを呼びつける。

 捜査の邪魔になるだろうから遺体に触れたりはしない。

 それでなくとも触りたくないものなのだから。



 待つこと数分。

 間宮さんはすぐにやって来てくれた。

 警察車両ではなくプライベートの車に見える。

 もちろん間宮さん以外の姿は見えない。


「……アリナさん、ですか?」


 いつもと少しだけ雰囲気の違うわたしの姿に間宮さんは戸惑いを見せる。

 そういえば、まだ間宮さんとは夜空の散歩をしたことはなかった。

 出しっぱなしの翼をしまうと服装もいつものものに戻る。


「あら。遺体よりも先にわたしに目がいくなんて、間宮さんもなかなかね」


 少しからかうと間宮さんはわたしを無視して遺体を検分しはじめる。

 といっても触れたりはせず、ここではただ眺めるだけだ。

 ……遺体よりもわたしに視線が向かったのは警察官としてはダメなのかもしれないが、わたしとしては間宮さんの変化は望むべきものだった。


「これは……酷い有様ですね」


「そうね。一度に七人だなんて、一体どうなっているのかしらね」


 遺体を見たことで、間宮さんにも何が起こっているのかはすぐに理解できたことだろう。

 これから間宮さんにも嘘をついてもらうことをほんの少しだけ申し訳なく思う。


「……それで、アリナさんはどうしてここに?」


「わたしは夜の散歩が好きなのよ。今夜も一人で散歩してたらたまたま見つけたの」


「……アリナさん」


「あら、嘘じゃ無いわよ。少なくとも対外的にはね。……間宮さんには後できちんと教えるから、今はまだ聞かないでおいてちょうだい」


 その言葉で、少なくとも何かがあるとは察してくれたのだろう。

 わたしを咎める視線は一瞬だけのものだった。

 もちろん、間宮さんにはあとでしっかりと伝えるつもりだ。


「はあ……分かりました。それではこれから応援を呼びますが、アリナさんもこの場に留まってもらってよろしいでしょうか」


「当然よ。なにせわたしが第一発見者なのだからね」


 聴取を受けるのも一年ぶりだ。

 去年と同じように担当は間宮さんとはいかなくても、せめて同姓であることを願おう。



 周囲一帯はすぐに赤色の点滅灯に覆われることとなった。

 やってきた警察車両の一台に乗りこんだわたしだが、圧巻といえる外の光景にしばし視線を奪われる。

 警察としてもこの件には力を入れざるを得ないのだろう。

 なにせ事件は再び起こった。

 しかも犠牲者の数も格段に増えた。

 この街の歴史上類を見ない悲惨な事件に、警察は総力を持って取り組むようだった。


 ただ、残念なことが一つだけ。

 わたしからの事情聴取は、この事件の総指揮が直接するようで、その人は男だった。


「……なるほど。あなたはただ散歩をしていただけで、特に物音等は聞いていないと」


「ええ、そうよ。わたしはただ死体を見つけただけ。他には何も知らないわ」


 取り調べは現場のすぐそば、警察車両の中で行われている。

 予想外にわたしが落ち着きを見せているのが原因だろう。

 または一刻も早く情報がほしい目の前の男の意向か。


「……こんな時間に散歩とは、大変に珍しいですな」


「あら、そうでもないわ。だってこの美貌でしょう? 昼間に外を出歩くと人目を惹きすぎて困ってしまうのよ」


 そう言いつつの流し目だ。

 わたしは目の前の男に向かって、実際はわたしの両隣を固めている女性警察官に対して魅力を振りまく。

 案の定男は無関心だが、女性たちの頬は見事に染まってくれた。


「んんっ。どうやらその美貌は同姓に対してのみ有効なようですな」


「うふ。残念ながらそうみたい」


 それにしても、わたしの隣を固めている片方は間宮さんなのに、彼女まで頬を染めるなんて。

 演技なのかそれとも初心なのか。

 どちらにせよ嬉しい反応だ。

 残念なことといえば、今のわたしの態度は男の警戒心を煽るものでもあったというだろうか。


「女性を惹きつけるその笑顔。亡くなった犠牲者達からするとさぞ重宝するものでしょうなあ」


「うふふ。そうかもしれないわ。わたしは犠牲者のことなんてこれっぽっちも知れないけれど、こんな時間にたむろしているなんて、理由は簡単に想像できるものね」


 男と二人、お互いに微笑み合う。

 男は警察官として、わたしは意味もなく主張をぶつけ合う。

 その緊迫状態を打ち破ったのは車の外からノックする音だった。


「警部。血の中から第一の現場と同じ獣の毛と思われるものが見つかりました」


「そうか。……アリナさん、あなたは本当に何も見ていないのですね?」


「ええ、なにも。音も姿も、わたしは何も聞いていないし何も見ていないわ」


「分かりました……。間宮、お嬢さんを自宅まで送ってやれ」


「はっ、はい。分かりました!」


 男はすぐに車から降りていった。

 わたし達も遅れて降りる。


「やはり山から下りてきた獣のセンが怪しいか……」


「はい。それでは山狩りを……?」


「それしかないだろうな……」


 間宮さんの車に移動する途中、そんな会話を聞いた。



------



 間宮さんの運転する車に二人で乗って移動している最中、初め間宮さんは心なしムスッとしていた。

 チラチラとわたしの様子を伺うたびに微笑み返していると、やがてため息を一つついてから口を開いた。


「アリナさん。あのような無駄に疑われることは避けたほうがよろしいかと思います」


 どうやら間宮さんはわたしと上司との会話に気が気ではなかった様子だ。


「あら、あのくらいなら大丈夫よ。なにせ犯人は決まりきっているのだからね」


 犯人は山から下りてきた獣。

 警察官にとってそこはもう変わりようのないことなのだ。

 例えわたしが変な言動をしたところで、わたしが獣をけしかけたなんていう奇天烈な答えは出さないだろう。


「それとも、あなたの上司はわたしを犯人に仕立てるほどに愚かなのかしら?」


「いえ……、そんなことはありませんけれど……」


 自分の上司だし、さっきのやり取りの限りではそれなりに有能そうだし、仲良くしてほしいという気持ちもわかるんだけどね。


「それよりも、これからあの上司はどう動くのかしら。こうして大量の死体が出た以上、何も分かっていませんは通じないわよ」


「はい。おそらくですけれど、まずは獣の犯行と断定するでしょう。それに、明日にでも山狩りが行われると思います」


「……あら、思ったよりも早いのね」


「警部は有能ですから。それに、すぐにでも動かないと世間も納得しないでしょう」


「確かにそうよねえ……」


 でも山狩りをしたところで犯人は捕まらないだろう。

 今夜の犯行は先日よりもよほど山に近く、獣の犯行の可能性がいくら高まったとしてもだ。

 万が一犯人が山に潜んでいたとしても、向こうは獣を自由に出し入れできる。

 見つかったところで遭難者を装えばいいだけだ。


 メディアに向けての会見。

 どうやら翌日の謝罪会見もセットになりそうだった。


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