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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
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05 少女の思惑

 今夜はどこまでも近付ける気がした。


 夜、活動するのはなにも人以外に限った話ではない。

 二十四時間止められない仕事というのも増えているのだから。

 ただし、この少女は違った。


 真夜中の街を少女は歩いていく。

 毎日登校する学院の前を通り過ぎ、今朝の殺人現場も通り抜ける。

 目指すはある民家だ。

 昨日までは簡単には近付けなかった、今日に限っては嫌な雰囲気のしない民家。


 これは初めてのことだった。

 その家には今まで何度も近付こうとしたのだが、夜になるとなぜか近付く気が起きなかった。

 家の中の様子を伺うなんてもってのほかで、ただ外観を視界に収めることですら苦痛の伴う行為だった。


 目当ての家のすぐ目の前までやってきた。

 ここでチャイムを鳴らすなんてことはしない。

 少女はその存在を知られるわけにはいかないからだ。


 まずは裏手に回る。

 幾つかの家が連なっているが、この家の裏にも細い道が通っていることは昼間に調べて分かっていた。


 そして細い道に、街灯のない道を一歩踏み出した時だった。


「おいたはそこまでです」


 少女はドスンと背中に衝撃を受け、そのままアスファルトに縫い付けられてしまった。

 いきなりのことに受け身なんか取れるはずもなく、少女はその顔を大きく擦りむいてしまう。


 ──いったいなにが。


 頬の多くが擦りむけ、皮膚の奥から血が滲んでいる。

 不意の衝撃は、顔の痛みよりも動揺を少女にもたらした。

 しかし動けない。

 背中に何かが乗っかっているようで、少女は縫い付けられた地面から一歩も動くことができなかった。


「そういうのはいけない事なんです」


 倒れた少女のすぐそばから、それ以上に幼い声が聞こえてきた。

 顔を動かせないのですぐ近くとしか分からない。

 ただ、背中に乗っかっているものとは別の位置のようだった。


「今あの家の方たちに何かをしてもらうのは非常に困ります。どうでしょう、しばらくの間はおとなしくしてくれませんか」


 少女は動かない身体を必死に動かそうとする。

 冗談ではない。

 せっかくすぐ近くまで来たのに、何もせずに帰れるはずがない。


「……まあ、いいです。あなたの目的は知っていますし、あの家にとって害をなす存在のほうが都合はいいですから」


 彼女の声色が変わった。


「みつぎ、なえ、はかり、あき。彼女を痛めつけてください。……殺してはダメですよ」


 瞬間、少女の全身に痛みが走った。

 押さえつけられていた背中に何本もの太い針が刺さる。

 両手も伸ばされ、痛みと同時に持ち上げられる。

 背中側に無理に持ち上げられた腕からは血が流れ、地面に縫い付けられている少女の顔近くまで流れてきた。

 しかし少女はそれどころではない。

 痛みよりも、すぐそばで感じる吐息に恐怖を覚えた。


 視界は地面しか映さない。

 しかし少女は感じていたのだ。

 頭を包むかのような暖かな空気。

 ときおり滴る生暖かな液体。

 そして、ハッハッと聞こえる断続的な呼吸。


「今のあなたの状態が分かりますか? 背中にはみつぎの太い爪が刺さっています。両の腕はなえとはかりに噛みつかれています。そして頭は、あきが丸飲みする直前です。わたしが合図をするだけで、あなたの頭と腕はその身体から離れてしまうでしょう」


 想像してしまった。

 想像できてしまった。

 少女の今の状態は確かに聞かされた通りなのだ。


「想像できましたか? 安心してください。それほど痛くないとは思います。それにこの子たちはお腹も空いているので、きっとあなたの身体ぐらいなら跡形もなく飲み込んでくれます。そこで提案です。わたしの言うとおりに何もせずにこのまま帰るのと、この子たちに飲み込まれるの。どちらを望みますか?」


 少女の頭は決して冷静ではない。

 しかし例え落ち着いていたとしても、きっと選択は変わらない。


「さあ、どちらを選びますか?」


 何も喋ることができない。

 少女はただ必死に目を閉じることしかできなかった。



------



 しばらくしてから、少女──平津乃衣(ひらつ のえ)が目を開くと周りはただの暗い小さな路地で、他には何もなかった。

 刺された背中も、噛まれた腕も無傷だった。


 ──あれは、夢?


 もちろんそんなことはありえない。

 組み伏せられた力を、噛みつかれた恐怖は乃衣の奥深くに刻みこまれている。

 擦り傷だらけの顔の痛みと言いようの無い恐怖から、乃衣はその場を駆け足で逃げ出した。



「ふう、いいことをしました。これで琴乃さんの信頼を得られることでしょう」


 離れていく乃衣の後ろ姿を、狐塚柚結(こづか ゆずゆ)は満足げに見送った。

 乃衣は琴乃のことが好きだった。

 しかし話しかけることはせずに、ただ遠くから眺めるだけだ。

 これからも眺めているだけなら問題はなかった。

 でも乃衣はあろうことか、皆が寝静まったこの時間に侵入しようとしていたのだ。

 

 だから警告をした。

 もう二度と琴乃に近づく事もないだろう。

 これで本来の目的も果たせるはず──とはならない。


「……いけません。琴乃さんが彼女の存在を知らなければ、わたしのお手柄とはなりそうにないです」


 乃衣は琴乃と同学年のはずだ。

 だから顔ぐらいは琴乃も知っているだろうが、その内面までは知りようもないことだ。


 琴乃にとっては、今夜の出来事は何も起こっていないに等しいものだった。


「はあ……もっと事件が起こればいいのに……」


 ため息一つ、柚結はしいなにまたがったままその場を移動し始める。

 琴乃の信頼を得られる決定的な事件を求め、少女と五匹の獣は今日も夜の街を徘徊する。


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