03 黒髪の女性
すでに日の暮れた街の中。
人通りは少なくなっているが、だからこそ活動的になるという人物がいるのもまた事実。
ただ夜が好きな者、ただ人混みが苦手な者、それと、闇に乗じることが本能の者……。
ただ、暗い中を帰宅の途についていた山下楓はいずれでもない。
単に遅くまで出掛けていただけだ。
コツコツとヒールを鳴らす足音だけが響いている。
まだまだ暑いこの季節、もちろん楓の姿も薄着だ。
楓が白峰碧山女学院の教師となって五年が経つ。
初々しさはやっと消え、少しずつ生徒からも頼られるようになってきていた。
そして、今はアリナと琴乃の担任でもあった。
その楓に迫る影、その姿に楓は気付かないでいた。
(そう……あの人からも匂うのね)
楓の後ろを付かず離れずで尾行する女性。
長い髪を無造作に縛っただけのその容姿は、恵子とすれ違った女性だった。
(大本がわからない以上、餌を断っておびき出すしかないわ……行けっ!)
女性が手を振ると、楓に向かって風が駆け抜けた。
なんだかより一層暗くなった気がする。
楓は少しだけ早足になった。
今は無風のはずなのに、なぜだか頬に風を感じる。
そうだ、これは風が吹き付けるのではなく、顔のすぐ近くを鳥が飛んでいったような……。
「きゃっ」
その時、楓は足がもつれたのか、いきなりその場に転ぶことになった。
直後に生まれる鈍い熱。
なんだろうと足首を見ると、何故か右足首には無数の穴が空いており、そこからは血がにじみ出ていた。
(なんでっ!?)
しかしその驚きは声にならない。
「……がほっ」
喉からあふれるのは、溜まった空気と大量の血液だけだ。
楓はその場に崩れ落ちる。
身体が重く、まったく動くことができなくなっていた。
指の一本すら持ち上がらない。
それでもなんとか自分の身体を確かめようと視線を動かし、そして見た。
自らの身体にのしかかる大きな獣。
足首に噛み付いている大きな獣。
喉元を引き裂いた大きな獣。
楓のすぐ近くに人が立っていた。
その人に向かって助けを求めるように腕を伸ばしたが、その手は何も掴まなかった。
「汚らわしい。こんなに匂いを漂わせて」
すでに動かなくなった、助けを求めていた楓の腕を女性は無造作に蹴りつけた。
それでおしまい。
それ以上、息絶えた楓に対してはなんの興味も示さない。
「まだまだ、たくさんご馳走はあるわ」
楓に群がる三匹の獣。
そして、楓に寄り添うようにする二匹の獣。
まだ、女性の時間は始まったばかりだった。




