表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
36/56

02-2

 目覚めがいいとは言えなかった。

 なにせ昨夜の出来事の後だ。

 わたしをもってしても非日常と言い切れる出来事に、その日の安眠は奪われていたのだった。


 昨夜の出来事ははっきりと思い出せる。

 長く明るい髪の女性から受けた警告。

 ……いや、あれは警告だったのだろうか。

 彼女はわたしを王と仰ぎ、そして守ると言っていた。


 ……王?

 わたしは自らを王と名乗ったことなどないし、そう呼ばれたこともない。

 ではなぜ彼女はわたしのことを王と呼んだのだろうか。

 それに、彼女の主人とは。

 まだ分からないことばかりだった。


 けれどこれで確信を持つ。

 恵子が出会った不審者、それに琴乃に話しかけてきた少女。

 わたしと話した女性も含め、何かが繋がっているのだろう。

 それも人の世からは離れた、明らかに警戒しなければいけない何かが。



------



 天気のいい日曜日。

 日曜日といえばそう、休日という以外にも、決まったお客さんが訪れる日でもあった。


「やっ、アリナ」


「アリナお姉さま、おはようございます」


 訪ねてきたのは二人のお嬢さん。

 少なくとも、見た目だけはどこにでもいる美人だった。


「マリア、レイ。いらっしゃい」


 マリアとレイ。

 二人は街外れの、山の中腹の小さな教会に住んでいる白い天使と黒い天使だ。

 カップルで訪れると祝福を授けてくれるともっぱらの噂の、姿の見えない天使。

 その彼女たちは毎週、この家を訪れることになっている。

 うっかりわたしが彼女たちの存在を忘れてしまわないように。


「マリアさん、レイさん。よく来てくださいました」


 恵子が二人にお茶を出していく。

 今この家にはわたし、恵子、琴乃、それにマリアとレイの五人が集まっていた。


「さっそくだけれどね。今日はいつもの雑談じゃなく、ちょっと確認したいことがあるの」


「ちょっと待って。その前に、一言だけ言わせてちょうだい」


 昨夜の出来事を聞いてもらう前に、レイから茶々が入る。

 しかも、結構な地雷だった。



「──この家、臭くない?」



 レイは昨年度に学院を卒業した、つまりはわたし達の先輩でもあった。

 その時の名は篠宮怜衣(しのみや れい)

 わたしと同じ趣味を持った先輩だった。


 でもそれだけじゃない。

 昨年度に起こった昏睡事件、その犯人でもあったのだった。

 その事件が解決したあとから、レイはわたしの下僕となっている。


「レイちゃん! それは酷いよっ!」


 テーブルを叩いて琴乃が立ち上がる。

 わたしは無言でレイの脳天めがけて拳を振るう。

 恵子は小さく顔を伏せた。


「レイ。あなた、言って良いことと悪いことの区別もつかないの?」


 この発言はいくらわたしでも見逃すことはできない。

 なんの話か分からないマリアは首を傾げつつも、落ち込んでいる様子の恵子の隣に移動した。


「えっ!? 何かまずいこと言ったかな?」


 レイはなんの事だか分かっていない様子だ。

 ……それもそうか。

 冷静に考えて、レイが恵子の出来事を知っているはずはないのだ。


「まったく、人騒がせね……。まあ、話したかったことでもあるのだけれどね」


 確かにわたしが話したいことでもあった。

 でもまずはレイが感じるという匂いについての確認だ。

 恵子と琴乃はもちろん何も感じていないし、それは当然わたしもなのだから。


「私は何も感じないかな。レイの勘違いなんじゃないの」


 マリアは分からないというけれど、それは恵子のことを(おもんばか)ってのことにも見える。


 恵子とマリアは仲が良い。

 恵子は小さい頃から、マリアと話しに教会へと頻繁に通っていた。

 その頃の恵子はマリアの正体を知らなかったはずだけど、それを知った後で何か変化が起こるでもない。

 もしかしたら恵子は昔からマリアに気付いていたのかもしれない。


 そのマリアの発言だが、どうやらレイはお気に召さなかったようだった。


「えー……マリアが気付かないなんておかしいよ。アリナお姉さまはもちろん気付いてるよね?」


「生憎だけど、なんのことか分からないわ」


 小さく鼻を鳴らしてみても、やはりというか変な匂いはしてこない。

 昨夜の強烈な獣の匂いも一瞬だけで、今は何も感じない。

 もちろんそれぞれに体臭はあるのだし無臭ということはないのだが、それは毎週この家を訪れているレイにも十分に分かっていることだろう。

 それでも食い下がるということは、レイにしか分からない特別なものなのだろうか。


「んん~? 分からないはずはないんだけどなあ……」


「アリナちゃん。レイちゃんが嘘を言うとは思えないんだけど……」


 琴乃はレイの言葉を支持するようだ。

 これは二人の仲が良いから……というよりも、マリアのことが苦手だから違う意見を持っているレイに乗っかった形だろう。


 琴乃はマリアのことが苦手だ。

 苦手というよりも、マリア自身のことを懐疑的に思っているフシがある。

 それは間違いなくわたしのせいだ。

 わたしは去年までマリアの存在をすっかり忘れていて、それなのに古くからの知り合いであるかのように琴乃に紹介した。

 訝しむのも当然だろう。

 反面、レイと琴乃は一時期先輩後輩の仲だったこともあって反目するようなことはない。


 面倒くさい人間関係だこと。


「まあそれはとりあえずいいかな。アリナお姉さま、それでお話ってなんですか?」


 そうだった。

 レイの発言のせいで話がそれてしまったが、本題は昨夜までにわたし達の身に起こったことだ。

 恵子、琴乃、わたしに起こった出来事を、マリアとレイに話しはじめる。

 恵子が出会った変質者な女性に、琴乃と話した中学生くらいの少女。

 そしてわたしが見た綺麗な女性についてのことを。



 わたし達が話し終えた後の二人の反応は対照的だった。


「とりあえず、恵子のことを悪く言った奴のことは許せないよね」


 マリアの反応は予想していたとおりだった。

 恵子はマリアを慕っているし、それ以上にマリアも恵子を溺愛しているから、この反応も当然だ。


「あと、恵子の出会った不審者と、昨夜に庭まで忍び込んできた人って同一人物なんじゃないの?」


「ああ……言ってなかったわね。確かに年齢は同じぐらいのようだけれど、恵子が会った女性は黒髪で、わたしが会った女性は明るい色だったわよ」


「ふうん、そうなんだ」


 それでマリアは納得してくれたが、一考に値する指摘でもあった。

 髪の色なんてその気になれば変えられるのだ。

 両方と直接合わないと断言はできないけれど。


「マリア。間違っても直接手を出したらダメよ」


「分かってるって。ただちょっと苛つきが抑えられないだけだから」


 マリアの態度は普段と変わらないけれど、だからこそ心配になる。

 杞憂だといいのだけれど。


「ねえ琴乃。その少女は何かにまたがって離れて行ったって言うけれど、その具体的な大きさはどれぐらいだった?」


「えっと……そんなに大きくなかったかな。少なくとも高さは立っていた時とほとんど変わらないと思う」


「その時に何か匂いはしなかった? そうね、何か動物のような匂いなんだけど」


「わかんないかなあ……」


 レイは琴乃の話に一番興味があるようだ。

 その乗り物に興味があるのだろうか。


「アリナお姉さま。そいつはアリナお姉さまのことを王と呼んだんですよね?」


「ええ。でも私の聞き間違いかもしれないわよ」


「それで、お姉さま以外にも主がいると」


「そんな感じだったわね。……レイはなにか知ってるの?」


 レイは念を押すかのようにわたしに確認する。

 まるで答えを知っているかのように。


「わたし、分かっちゃったかも。少なくともアリナお姉さまに話しかけてきた女性と琴乃をナンパした少女の正体は分かっちゃった」


「それ、ほんと?」


 ──嘘くさい。


 レイの言葉を聞いてはじめに思い浮かんだことだ。


「ふふん。アリナお姉さまも知ってるはずよ。ヒントは、わたしの種族と常にセットの動物よ」


 ……動物。

 レイと同じ種族というと、遠い昔にお世話になったある城主を思い出す。

 そうだ、そういえば彼には──。


「──馬、なの? それにしては小さい気がするけれど」


 彼には愛馬と呼べる馬がいた。

 当時戦で重用していた馬の子孫だとかで、とても可愛がっていた記憶がある。

 そういえばあの馬はどうなったのだろうか。

 信頼のおける人物に託したとか言っていたけれど。


「んもう、お姉さまってばそこでボケなくてもいいですからね」


 どうやら違うようだった。

 それもそうか、馬はあくまでも馬で、姿が見えなくなったりはしない。


「じゃあヒントね。この家からはある獣の匂いがします。正確には、お姉さまから一番匂いが強くて、琴乃と恵子さんは同じぐらいかな」


 それはヒントなのだろうか。

 動物というくくりから絞ることはできない気がする。

 ……それにしても、昨夜一瞬だけ感じた獣の匂いはしっかりとわたしにこびりついていたようだ。


「……もしかして、狼?」


「琴乃、正解!」


 でも琴乃には分かったようだ。


「よく分かったわね」


「レイちゃんのヒントでは分かんなかったけど、映画だとたまに見るかなって思って」


 狼、ねえ。

 間違いなくレイの勘違いだと思う。

 レイに伝えるべきなのだろうか。

 この国の狼は既に絶滅しているって。


「お姉さま、いくらわたしでも狼がいないことぐらいは知ってます。だから正確にはイヌ科の動物です」


「……じゃあ、主っていうのは誰だと思ってるの?」


「わたしはすぐに分かりましたよ。主というのはもちろんわたしのことです。きっと、主であるわたしを求めてこの街までやって来たんですよ!」


 レイ以外の皆で顔を合わせることになった。

 誰もレイの言い分を信じていないようだ。


 だって、ねえ。

 琴乃が会った少女がまたがったものは動物という判断はまだ分かる。

 けれど、その主がレイ?

 普通に考えて、その少女こそが主なのではないだろうか。


 わたしが出会った彼女もまた、主は少女である。

 少女は琴乃ではなく、実はわたしとコンタクトを取りたかった。

 だから彼女を遣わせた。

 恵子と出会った女性のことは相変わらず分からないけれど、まだ私の考えのほうが幾分かしっくりとくる。


 でもレイは自らの考えが正しいと確信しているようだった。


「アリナお姉さま。この件、わたしに任せてください。きっと解決してみせます。これでわたしにも使い魔が出来るんですね!」


 まあ、レイの言い分もありえない訳ではないのだろう。

 説得は難しそうなので、とりあえすはレイのやりたいようにさせることにした。


 その日はこれで解散だ。

 これ以上は話し合ったところで有益な話が出てくることもない。

 手がかりが少なすぎるのだ。

 とりあえずはレイの報告を待つことになった。



------



 翌朝。

 琴乃の枕元に一通の手紙が置いてあった。

 夜のうちにこの家に侵入したことは明らかだったが、わたしは気付かなかった。


『あなたとお話をしたかったのですが、今のわたしではあなたからの信用を得られないでしょう。なのでまずは行動を。あなたの身を守り、あなたにとってわたしが敵ではないと証明してみせます。その後にはぜひ、わたしと会ってくれることを望みます』


 その手紙が意味するものはなんなのか。

 今何が起きようとしているのか。

 わたし達にはまだ何もわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ