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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第3部 孤高の姫たち
34/56

01 黒髪と少女

 すっかりと暗くなった夜道の中、里霧恵子(さときり けいこ)は一人で帰宅の途についていた。

 今年から理事長となり、また今まで学院の運営にはまったく携わっていなかったため、慣れない仕事にどうしても時間がかかってしまう。

 それもあと長くて数年だろう。

 恵子は決して愚かではない。

 きっと母であり理事長であった千代(ちよ)のような、立派な理事長になることだろう。


 街灯と民家から漏れる光に照らされた薄暗い道を歩く。

 恵子は決して夜道が怖いわけではない。

 なにせ闇夜の住人であるアリナと一緒に暮らしているのだ。

 今さら暗闇ごときを恐れはしない。


 自宅まであと数分、という距離まで近づいた時だった。

 恵子の正面から向かってくる人影がある。

 この時間に女性が一人というのはやはり珍しいものだ。

 いくらこの街の治安が良くとも、普通は夜道のひとり歩きは避けるものなのに。


 しかし恵子は特に気にしない。

 そのままその女性は恵子の横を通り過ぎるかと思ったら、なぜかすれ違う直前に歩みを止めた。


「……?」


 その女性のことを訝しげに思いながらも、恵子はさして気にも止めずに通り過ぎようとした時だった。

 声をかけられた。


「──ああ、とっても匂うわあ」


 ──なんて失礼なことを。

 しかし振り返ったその先には、女性の姿はどこにもないのだった。



------



 さして珍しくもないのだが、その日の里霧琴乃(さときり ことの)は一人で帰ることとなった。

 友人は相変わらず少ない。

 なにせ新しい理事長は琴乃の母親なのだ。

 決して嫌われてはおらずとも、琴乃は積極的に仲良くしたい人物ではないのだ。


 普段──週に三度はアリナと一緒に帰宅する。

 しかしこの日は一人だ。


『琴乃、ごめんなさいね。今日は気になっていた一年生の子と図書室でデートなの』


 そう言ったアリナの笑顔もまた素敵で、琴乃は強く言うことができなかった。

 本当ならいつでも一緒にいたいのに……。


 一人になってもやることはなく、しかしまっすぐ帰宅する気も起きず。

 琴乃も図書室でこっそりとアリナの逢瀬の様子を伺っていた。

 相手の顔はよく覚えていない。

 ただアリナは終始笑顔だった。

 しばらくすると、アリナはその一年生と一緒に図書室を去っていった。

 おそらくは、その一年生の部屋に行ったのだろう。


『はあ……何してるんだろう……』


 その様子を見届けてから、やっと琴乃も帰路についたのだった。


 外はすっかり暗くなっていた。

 思っていた以上に図書室で時間を潰してしまったらしい。

 気持ち早足で、琴乃は自宅までの道を歩いていた。


「あなた……不思議な匂いがしますね」


 声をかけられたのはそんな時だった。


「……なに?」


「ごめんなさい。どうかそんなに怒らないで」


 琴乃に話しかけてきた相手はまだ少女と言っていい体型だった。

 背は琴乃よりも小さく、身体付きも考えるとまだ中等生にも見える。

 しかし言葉は驚くほどに落ち着いたもので、今の気分も相まって琴乃は露骨に警戒した表情を浮かべた。


「あなたを警戒させるつもりはなかったのです。ただ少しお話をしたかっただけ……。でも今は無理そうなので、また日を改めて伺いますね」


 琴乃は小さな息遣いを聞いた気がした。

 目の前の少女のものではなく、もっと獣じみた、ハッハッという浅い息遣い。


 目の前の少女の身体がわずかに浮かび上がる。

 何かにまたがっているような格好だが、もちろん少女の下には何もない。


 琴乃に背を向けて少女は去っていく。

 それは、人が走るよりもよほど速いものだった。


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