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4 けじめの日

 人生の区切りの一つに、卒業式は間違いなく入るだろう。

 それは見送る側にとっても変わらない。

 人との出会い、そして別れこそが区切りとして相応しいのだから。


 今年の卒業式はいつもと少しだけ違っていた。

 もちろん内容は今までと変わらない。

 変わるのは今後のわたし達の関係だ。

 あと一年学院生を続けるわたしと、今日卒業するレイの関係。



 つつがなく卒業式が終わると、残るのは写真撮影だ。

 今まで過ごした母校の姿を、そして別れる在校生との証。

 レイに群がる女生徒の数は見るまでもない。


「センパイ! 今度はわたし達と撮ってください!」


 またひとつの集団が、レイとの写真を求めている。

 レイがこの学院で過ごした期間は一年間にも満たないけれど、思った以上に慕われていた。

 面白いのは、レイに群れる女生徒の中に、わたしと関係を持った女生徒はほとんどいないということだろう。

 わたしとレイの好みは決定的に違っていた。

 ……訳ではなく、ただ早い者勝ちで、出遅れたら手は出さないと話を合わせていただけだ。


「先輩っ! ずっと好きでした!」


 群れる女生徒の中で、レイは調子に乗ったのだろう。

 気付けば取り巻きの一人がレイと唇を重ねていた。

 そこからはもう大変だ。

 次々とレイは唇を求められ、それを一枚ずつ収めていく。

 写真を撮っている人が可哀想だった。


 ……さすがに見ているだけにはいかない。


「レイ。大事な話があるのだけれど」


 いくらわたしであっても、この集団の中に声をかけるのは勇気がいった。

 皆の視線がわたしに集まるのだ。

 もちろん嫉妬しか込められていない。

 居心地は悪いが、なんとなく優越感。


「ああ、アリナ……。みんなごめんね。アリナに呼ばれたからもう行くよ」


「待ってください! レイさんはやっぱり、アリナさんとお付き合いしているのですか?」


「……うん、ごめんね。わたしはアリナを選んだんだ」


 酷い作り話だ。

 いくら囲まれている中から抜け出すためとはいえ、そんな嘘をつくだなんて。

 おかげで周りの空気が凍っている。

 いや、ショックを受けているのか。

 学院でも一位を突っ走る浮気症のわたしとレイが付き合ったのだから。


 ……明日からの相手を探すのが大変そうだった。



 レイと二人、校舎の裏へと移動していく。

 卒業式の本日はみんな玄関付近に集まっており、少し離れると人気(ひとけ)は全くなかった。


 これからレイには大事な話をする。

 それはこの区切りの日にこそが相応しい。

 もちろんわたしにとってもレイにとっても何かが変わった訳ではないが、恐らくこれからすることはレイを変えることになるのだろう。


「……アリナ、もしかしてさっきの冗談のこと、怒ってたりする?」


 わたしが黙っていることで、レイが不安そうな表情を見せる。

 付き合っていると公言されたことは特に気にしていない。

 少なからず今までもわたしの恋人を名乗る者はいたのだ。

 それでもわたしは態度を変えなかった。

 レイにとってはわたしは本命でも、わたしからはどうだろうか。

 周りもそういう考えに落ち着いてくれると思う。

 つまり、期間を開けさえすればわたしの学院生活は変わらないということだ。


「違うわよ。これからあなたにとって大切な話をするのだけれど、どう切り出そうかと悩んでいるの」


「ええ……なんだか怖いなぁ」


 恐れる話、なのかもしれない。

 そう、最悪を考えたらレイという存在はいなくなってしまうかもしれない。

 でもそれはわたしも望まない。

 少なくとも今わたしの目の前にいるのはレイなのだから。


「そうね……。とりあえず、よく見ているといいわ」


 わたしはレイに見せつけるように、左右の手の指を噛み切った。

 右手の指からも左手の指からも血が溢れ出す。

 しかしその血が地面に落ちるようなことはなく、わたしの手のひらで形となって固まっていく。


 右手の血の結晶は大きく、左手の血の結晶は小さい。

 どちらも鮮やかな朱色の結晶だ。


「それは……?」


「まず小さいほうだけれど、これはわたしの血よ。これをレイが飲み込むことで、わたしとの繋がりを強くするの。……そうね、その時はあなたはミエルクレアの姓を名乗ることになるわ」


 名実ともにわたしの庇護下に入るということだ。

 わたしの眷属となり、わたしの元で活動する存在に。


「……飲めば?」


「そう、飲まなくてもいいのよ。こっちは保険だもの。本題は右手の大きいほうね。こっちはわたしがお世話になったある人の血よ。記憶の塊と言ってもいいわ」


 昔を思い出す。

 わたしは『彼女』の言葉に従ってこの国へとやってきた。

 その時に『彼女』は言っていた。

 眷属の一人がこの国にいるはずだと。

 そして、もともとこの国にレイのような存在はありえないはずだった。


「……わたしの考えが正しければ、これはあなたの先祖の記憶よ。永い永い時を生きて、わたしの前で命を散らしたあなたの先祖のね」


 その子供こそがレイだとわたしは思っている。

 確信していると言ってもいい。

 もちろんその眷属がまだ存命の可能性もあるのだが、こうして知り合ったのがレイである以上、わたしはレイにこそこの記憶を預けたかった。


「わたしはレイにこの記憶を受け取ってほしいの。でもまだまだレイは幼いから、もしかしたら記憶に飲み込まれてしまうかもしれないわ」


「分かったよ。わたしはアリナの眷属になるよ」


「……いいの?」


 わたしが全てを伝える前に、レイは答えを出してきた。

 わたしの眷属になれば、わたしと深い繋がりがあればわたしはレイを守ってあげられる。

 レイは自我を保っていられる。

 だからこその提案だったが、レイは全てを言われる前に答えを出した。


「だって、今もアリナの眷属みたいなものだしね。それにこの一年は楽しかったし。そもそもアリナじゃなかったらわたしは死んでたかもしれないし」


 去年のことだ。

 わたしの縄張りで好き勝手していたレイを懲らしめたのは。

 でもわたしはレイを強くは罰しなかった。

 なんだかんだで趣味が似ていたからなのだろう。


「いいのね? わたしの眷属になったら、あなたは自由に仲間を増やすこともできないのよ」


「うん……。もともとわたしは一人だったし、アリナとこうして過ごすのも嫌いじゃないし。ていうかアリナのことも結構タイプだし……」


 ……それは初めて聞いた。

 でもそうか。

 レイが構わないのならば受け入れよう。

 だってわたしも、レイのことは難からず想っているのだから。


「そう。それじゃあまずこっちを飲みなさい」


 左手の小さな結晶を渡すと、レイはためらいなく飲み込んだ。


「……何も変わらないね」


「当然よ。別にレイの身体を作り変えるわけではないのだから」


 ちょっと繋がりを深くするだけだ。

 レイがただの人だったら大きな変化があるだろうが、レイは人ではないのだ。

 ただ連なるだけで、存在が変わるはずもない。


「これであなたはこれからレイ=ミエルクレアよ」


「なんか不思議だね……。あっ、これからはお姉さまって呼んだほうがいいのかな」


「……好きにしなさい」


 仮にもわたしよりも一学年上なのに、わたしのことをお姉さまと呼ぶのはどうだろうか。

 でももう卒業するのだし、問題はないか。

 見知らぬ学院生とすれ違ったところで、聞かれたところで。

 そういうプレイだと思われるだけだ。


 気を取り直して本題だ。


「それでは今度はこちらね」


 大きな結晶。

 わたしが今までこの身体に留めていた『彼女』の血の結晶だ。


「凄いね……。どれぐらい生きてたんだろう……」


 わたしは悩んでいない。

 この結晶をレイに譲ることを、わたしは決して悩んでいない。

 これは『彼女』が生きた証だが、このままわたしが持っているわけにはいかないものだ。


 『彼女』が亡くなった時、わたしはそのまま見送ることはできなかった。

 『彼女』はその生に満足していたのに……。


 こうしてレイと出会えたことは幸運だったのだろう。

 譲る相手が現れたのだ。


 そして千代のことも。

 わたしは千代を見送ることができた。

 そのまま見送ることができたのだ。


 この結晶をレイに譲ることはわたしのためでもあるのだ。

 今ならば、過去を全て振り切ることができると信じて。


「さあ……」


 レイがわたしから結晶を受け取る。

 先ほどのものとは大きさが違う。

 飲み込めるのかと不安になるが、そもそも実際に飲み込むわけではない。

 その身体に取り込むのだから、触れるだけでよかった。


 結晶はゆっくりとレイの手のひらに沈んでいく。


「アリナお姉さま……」


「大丈夫。あなたは大丈夫よ」


 今、レイは押し寄せる記憶の奔流に必死に抗っているのだろう。

 決して流されないように、決して飲み込まれないように。

 レイとの深い繋がりを感じる今ならば分かる。

 レイが消えないようにわたしはその身体を抱きしめた。



「ああ、凄いね」


 結晶は全てレイに取り込まれた。

 肩の荷が下りたように感じたのは、決して気のせいではないのだろう。


「凄いけど……それ以上に、アリナお姉さまのことがもっと好きになっちゃった」


 ……それも、受け継いだ記憶のせいなのだろうか。

 レイの容姿に変化はない。

 内面も変わってはいない。

 けれど何かは変わったのだ。


「今ならなんでもできる……勘違いをしちゃいそう」


「そうね。でもレイはまだまだ生まれたてなのだから、勘違いしてはダメよ」


「うん、分かってるよ。その時はアリナお姉さまが守ってね」


「当然よ。なにせあなたはわたしの初めての、唯一の眷属なのだから」


 是非もないことだ。

 わたしは家長なのだから。


「ミドルネームはブラッドレイを名乗りなさい。けれど、わたし以外に伝える必要はないわ」


 こうして、わたしはまたひとつの区切りを迎えた。

 同じことはもうないと思うけれど、この歳になってまた一つ成長できたように感じたのだった。



 ちなみに。

 数カ月前にに弱っていたマリアを眷属にしたことを、恵子にお願いされて眷属にしたことを、わたしはすっかり忘れていた。


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