5 もしも生まれ変わるとして
「アリナさん」
「なに?」
「私は、アリナさんのことを愛していますよ」
「ええ。分かってるわ」
どうやら思い出話もここまでのようだった。
千代の呼吸は先程よりも浅くなっている。
眠くて眠くてたまらないのだろう。
「琴乃ちゃんは分かってくれるかしら……」
「どうせ怒られるのはわたしなのだから、千代は気にしなくていいわ」
「ごめんなさいね。あの子も子供を産めば分かるのでしょうね」
そういえば千代も似たようなものだった。
恵子も同じようなものだった。
今もわたしの愛に応えてくれるのだけれど、どこか一歩身を引いた感じなのだった。
千代の判断を尊重する。
それは千代とわたしが話し合って決めたことだ。
琴乃は納得しないかもしれないけれど、それは私が説得するだけのことだ。
「あの人にも謝らなければいけませんね……」
その事だけはなにも言えない。
その一件に関してだけは、わたしと千代は究極的に加害者て、彼は被害者でしかあり得ないのだから。
「ああ、こうしてみると、色々とやり残したことがあるのねえ……」
ベッドに横たわる千代の瞳は、もうすぐにでも閉じてしまいそう。
「もう寝ましょう。今日はわたしもずっと隣にいるからね」
「あらあら、娘たちに嫉妬されそうですね」
「いいのよ、今日ぐらい。ほら、もう休みましょう」
まだ口を開こうとする千代の唇を強制的に塞いであげた。
千代の唇はずいぶんとカサカサしていて、先程の思い出の中とはまったく違う感触だった。
それでも、わたしにとっては愛おしいものだった。
──わたしは、アリナさんのことだけを愛していますよ。
そう囁かれた気がした。
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「え……、松代さん、結婚してたんですか!?」
その驚愕の事実に、間宮は思わず立ち上がってしまった。
周りの視線を集めたことに気付き、すぐに席に腰を下ろすと再び目の前の松代に問いかける。
「それってホントのことなんですか」
「ったく、俺が結婚してたのがそんなに意外かね」
「だって……仕事一筋って感じでしたし、離婚した家族ともお会いになってないですよね? 離婚したっていっても、元奥さんもこの街に住んでるんですよね?」
事件の顛末を聞いているうちに、なぜか松代が結婚していたという話になった。
それがどう事件と関係するのかは分からなかったが、それよりも結婚していたという事実に間宮は関心を惹かれた
なにせ松代といえば、女遊びもまったくしない、仕事の鬼という言葉が一番似合う人だったのだ。
「……正直なところ、なんで結婚したのかわからん。すぐに離婚したしな。確かに美人だったがな……」
「なんですかそれ。なんか松代さんのイメージが……」
旗色が悪いことをした察した松代はすぐ話を元に戻す。
「その話はもういいだろう。とにかく、あの教会には近付かないほうがいい。当時からおかしかったが、未だに誘拐されるなんて話も聞くからな」
松代から聞いた事件の顛末。
書類には絶対に残せない彼女たちの行動。
それは確かに、この夏の始めまで間宮が担当していた事件に似かよったものだった。
「松代さん。それって昔の噂話ですよ。今はですね……」
教会には天使が住んでいて、願い事を聞いてくれるかもしれない。
怖いことは何もない、優しい天使が住んでいるだけという噂。
それは、間宮がアリナと交わした約束でもあった。




