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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第2部 孤独な姫君
23/56

4-2

 ある一軒の民家に、数名の少女達が集まっていた。

 その家は昼間にも関わらずカーテンを締め切っており、屋内は薄暗い空間となっている。


「みなさん、用意はいいですね」


 集まった少女たちの中の一人が小さな声でささやいた。

 その手の中には一本の、まだ火のついてないろうそくがある。


「はい」


「ちゃんと持ってきました」


「これ……」


 各々が持ち寄ってきたろうそくを目の前に掲げてくる。

 その様子に満足して、彼女はろうそくを目の前の床へと丁寧に立てた。


「さあ、祈りましょう。わたしたちの新たな門出を願いましょう」


 皆が自らの目の前の床にろうそくを立てていく。

 そしてろうそくの前で膝立ちになる。

 両手を組んで胸の前に。

 ろうそくの前で、祈りを捧げるような格好になった。


 少女たちは一言もしゃべらない。

 この最中は、一言も発してはいけない決まりだからだ。

 ただ目をつむり、手を組んで祈り続けるの必要があるのだ。


 そうしてしばらくの後に目を開くと、眼前のろうそくには火が灯っていた。


 声にならないざわめきが場を支配していく。

 なにもせずともろうそくに火がついたのだ。

 聞いていた占いの通りだった。


 あとは消えるのを待つだけだ。

 この火が消えたら、その時は……。



------


 日差しの強い街中を里霧千代(さときり ちよ)は一人でさまよい続けていた。


 最近、同級生の間で変なおまじないが流行ってる。

 女の子数人で集まって、暗い部屋でロウを灯すのだ。

 なんでも、そのロウを燃え尽きるまでじっと見つめ続けていると、楽園までの道のりが理解できるとか。

 そして、その楽園では新たな自分へと生まれ変われるのだという。


 その怪しげな行いには女学生だった千代も誘われたが、しかし参加することはなかった。

 千代の家は周囲に比べると裕福で、別段生まれ変わりたいなどということは思っていなかったからだ。


『千代ちゃん。おまじないに興味ある?』

『新しい自分に生まれ変われるの』

『わたしは今の自分を変えたいの』


 千代を誘ったときの彼女の言葉だ。


 彼女──西舘文子(にしだて ふみこ)は千代と親しい仲だったが、あまり利発的な子ではなかった。

 いつでもおどおどしていて声も小さく、同級生の間では嫌っている子の方が多かったのではないだろうか。


 このおまじないは静かに流行っている。


 今の世の発展には勢いがある。

 目の前の道路は急速に整備され、建物も見たことがないほどに高いものが続々と現れてきている。

 あと数年もしたら車も各家庭が持つようになるのだろう。


 例えばいじめられている子。

 例えば今の時代の流れについていけない子。

 そういう子達の間で、この占いは静かに流行っているのだった。


「あなたはどこにいったの……?」


 千代は街中をあてもなくさまよっていく。


 千代が占いを断ってから、文子は急速に千代から離れていった。

 気付けば文子は別の組の、今まで接点はなかったであろう女生徒と付き合うようになっていた。


 それを寂しくも思ったが、内気だった文子に新たな友達ができたのだ。

 千代にそれを邪魔する理由はなかった。


 文子の母親から連絡をもらったのは、文子と話さないまま夏休みに入ってからのことだった。


『娘が戻ってこなくて……ええ、千代さんとは仲がよかったでしょう……そうなの……』


 聞けば文子は一昨日から自宅に戻っていないという。

 もちろん千代は初耳だ。

 休みに入ってからというもの、文子とは一度も会っていない。


 文子の母親から連絡をもらってすぐに、千代は文子を探し始めた。

 文子は母親と仲がよく、黙って家出をするようには思えなかった。


 とはいえ何をどう調べたらいいのか。

 千代には文子がどこにいったのか見当がつかない。

 確かに子供が家に戻らない理由といえば、一番は家出なのだろう。

 しかしそれはない、そうは思うが他に見当もつかない。

 とりあえずは街を歩き回るぐらいしか千代には思い付かなかった。



 一日中街を歩いて分かったこと。

 それはもちろん、こうして探したところでまず見つからないだろうということだった。


 いろんなところを探したつもりだか、そもそも同級生と会うのさえまれだった。

 最近できたという洋服屋で数人の同級生と会った。

 夕飯の買い物を手伝っている同級生とも会った。

 おやつ時に食事をしていた仲のいい友人と、その友人が経営している宿に泊まっているという美しい外国人とも知り合った。

 しかしそれだけだ。

 丸一日中街を散策して、出会えた同級生は十名にも満たないものだった。


「……わたしはバカですね」


 そうして一日を無駄に過ごしてから、やっと文子の行き先を知っているかもしれない人を思い出した。

 最近文子と仲良くしていた女生徒だ。

 彼女ならば、もしかしたら文子がどうしたのかを知っているかもしれない。


 すぐに彼女と連絡を取る。

 名前だけは知っていたので、名簿を見ると連絡先はすぐにわかる。


「すみません、わたくしは里霧千代(さときり ちよ)と申しますが、そちらに……」


 返ってきたのは驚愕の内容だった。


「娘は、娘も家出してて……それで、今朝、遺体で……」


 ……。

 …………。


 いきなり言われたときは理解できなかった。

 電話先で泣いていたからやっと気付けた。

 千代はお悔やみの言葉だけを述べて電話を切った。


「そんな……」


 千代にとってまったくの予想外だった。

 文子を探していたのに、気付けばその友人が亡くなったと聞かされた。

 さらに、聞けば彼女もまた家出をしていたという。


 これが交通事故等ならそこまで驚くこともなかった。

 自動車の数は少ないとはいえ、だからこそ運転は荒いものが多かった。

 悲しむことは当たり前だが、そこまで驚くことではなかった。


 しかし、彼女は交通事故ではないそうだ。

 家出してからの集団自殺だと、そう警察から聞かされたという。

 文子と親しかった女生徒が自殺──。

 集団というに千代は否応もない不安を覚えた。


 自殺というのがどのようにして行われたのかは分からない。

 首を吊る、というのが一般的だと思う。

 死体は物語のようにきれいなものではないとも聞いたことがある。


 もしかしたら、その集団の中に文子がいるのかもしれない。


 そう思わずにはいられなかった。



------



 ──そういえば、昨日は警察車両を頻繁に見かけてたかしら。


 翌日になって、千代は昨日の街の雰囲気がなんだかおかしかったのではと分かるようになってきた。

 そうだ、確かに警察車両、それに救急車も多く見かけた気がする。


 千代は現在、自殺したという民家へと向かっていた。

 そこには恐らく警察がいるはずで、文子のことも分かると思ったからだ。


 ──そういえば、昨日誰かが警官と一緒にいなかったかしら。


 その時は気にもしなかったが、昨日出会った誰かのすぐ傍に警官がいたような気がする。

 あれは誰だっただろうか。

 その警官が印象に残らない顔だったからか、それともなにか他のことに気を引かれていたからか。

 残念ながら千代が思い出すことはなかった。



 その現場はすぐに見つけることができた。

 現場は黄色いテープで区切られ、近くには制服を着た警官が立っていた。

 それは当たり前の光景なのだか、昨日見かけた警察車両の数から考えると少ないようにも感じた。


 とにかく話を聞くことが先決だ。

 千代はその場で立っていた警官へと声をかける。


「すみません。こちらが、集団自殺があったという場所ですか?」


「……君は?」


 警官はいきなり尋ねてきた千代を訝しむような態度だった。

 現場を保全するのがここにいる警官の役目なのだ。

 さらには、まだ公には公開していない情報をなぜ目の前の少女が知っているのか。

 しかしその疑問に満ちた眼差しは、次の一言で氷解する。


「ええと、友人に連絡を取りましたら、彼女の母親が集団自殺だったと……ここには警官も多くいますし、それで……」


「ああ……なるほど。それはお悔やみ申し上げます」


「いえ……ところで、誰が亡くなったのかはわかりますか? 実は他にも行方不明になっている友人がいるのです」


「えーっと、それはさすがに私では……。あ、警部!」


 千代がどうして事件のことを知っているのは分かったが、だからといっておいそれと詳細までを伝えるわけにはいかない。

 対外的には自殺であると伝えているが、まだハッキリとしたことは分かっていないのだ。

 その時、ちょうどよく近寄ってきた車があった。

 その警官は車から降りてきた警部へと声をかける。


「おう、どうかしたか。……そちらの方は?」


「どうやら被害者の知り合いのようでして。他にも行方不明のご学友がいるようでして、被害者の名前を教えていいものかと……」


「ふむ、そうか。……それで、そのお友だちの名前は?」


西舘文子(にしだて ふみこ)というのですけれど……」


「ふむ」


 強面の警部が手に持った資料をパラパラとめくっていく。

 それはもちろんこれまでを纏めた捜査資料だ。

 萩原警部は改めてこの場の検分へと赴いたところだった。


「ない、な。安心していいのかは分からないが、少なくとも亡くなった少女たちの中にその名前はない」


「そうですか」


 千代はそっとため息をついた。

 ひとまずは遺体で見つからなかったことに一安心だ。

 しかし、だからといってそれがすなわち無事であるということにはならないのも、また事実だった。


「そうでしたか、ありがとうございます。もう少しこの辺りを探してみることにしてみますね」


「いや……いや、それなら気を付けてな」


 千代のあてどないさまよいはまだ続いていく。



------



 どことなくもの悲しさを漂わせる千代の背中を見送るにとどまった萩原警部は、そのまま家の中へと入っていく。

 中にあった遺体はすでに運びだされており、張り巡らされた黄色いテープだけがその場に遺体があったことを示していた。


「警部、あの子危なくないですか」


「ほっとけ。どうせなにもできんよ」


 黄色いテープは遺体の形の他に、小さな円を描くものもあった。

 そこにはろうそくの燃えかすもあったのだ。

 暗く閉めきられていた民家だから、ただの明かりだったのだろうと考えられている。

 既に電気は通っていたのだがブレーカーは上がっていない。

 その点については、ただブレーカーのことを知らなかったと結論づけている。


 この民家で見つかった遺体と、教会で見つかった行方不明の少女たち。

 それらには関連性がある、という前提で捜査が進んでいる。

 どちらにも行方不明の少女の集団、それに祈るような姿勢。

 関連付けるのが当然だった。


 もしも千代に詳細を伝えるとすると、もしかしたら犯人にまで伝わるかもしれない。

 そのほうが彼女が危険かもしれない。

 だから千代には何も伝えなかった。

 そういう判断を萩原警部は下したのだった。


「それに詳細を伝えるわけにもいかん」


 それに、千代の行動は恐らく無駄に終わるだろう。

 恐らく行方不明の彼女たちはどこかの部屋に閉じ込められている。

 街中を探し回る限り、特に危ないこともないだろう。


「ところで、取り調べのほうはどうでしたか?」


「ありゃハズレだな。これで捜査はまた振り出しだ」


 午前中、萩原警部はこの民家に荷物を運んだ業者を尋問していた。

 この民家の家主が越してくる前に荷物を運びいれた業者だ。


 その人物は現状では唯一の容疑者といってもよかった。

 しかし、本日の尋問でそれも外れてしまった。


「荷物を運びいれたのは家主が越してくる二日前だそうだ。それは周辺の聞き込みからでも間違いなさそうだ」


「二日前……それだと確かに難しいですね」


 現在は夏、この地は北に位置するが、それでも日中は汗が出るほどに暑くなる。

 遺体だからこそ、丸一日屋内で蒸されたら異臭が漂うことだろう。

 そしてこの場にはまったく異臭はしないのだ。


「やっぱ自殺なんですかねえ……」


「おいっ!」


「じ、冗談ですよ……。でも不思議じゃないですか。この家に運び込んだ人物も不明、死因は餓死のようでそれほど痩せ細ってはいない、なによりも祈るような遺体の格好。訳の分からないことばかりですよ」


 遺体は間違いなく前日の夜に運び込まれたはずだ。

 そうでなければ彼女たちは自殺ということになってしまう。

 このような整った姿勢での自殺があり得るものか。


 死因は現状では餓死となっている。

 特に外傷がないからだ。

 ここの遺体では分からなかったが、教会の少女たちは病院に運ばれ、そこで検査を受けている。

 少なくとも数日は食事をとっていないことはハッキリとわかった。


 しかし、死ぬほどではないということもハッキリと分かってしまった。

 実際の死因は不明のままだった。


「そういえば、娘さんは大丈夫なんですか?」


「……」


 その警官からの質問に、萩原警部はとたんに顔を歪めた。


 娘の体調はよくない。

 行方不明だった萩原の娘は前日に教会で見つかった。

 その日の夕方には目も覚ました。

 その時の萩原は本当に安心したものだ。


 しかし、だ。

 娘の意識はハッキリと戻っていない。

 目は開けたが会話はできず、口を開いたと思えば教会に行きたいと呟くばかり。


 これではとても大丈夫だとは言えなかった。


 目覚めた娘は全部で三人。

 その三人ともが同じような状態だった。


 現在、容疑者はいない。

 唯一の容疑者だった引っ越し業者はハズレだった。

 この民家の周辺で聞き込みをしても、業者のアリバイを補強するだけのものしか集まらない。

 残るは教会周辺での聞き込みの結果を待つだけだった。


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