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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第2部 孤独な姫君
20/56

2-3

 教会までの道中、わたしは街並みを楽しんでいく。

 わたしにとってはまだまだ新鮮な風景でも、京子と松代さんにとっては見慣れた街並みだ。

 最初は街の紹介をしてくれていた京子も、会話は次第とわたし個人のことになっていった。


「アリナの髪って綺麗だよね。光が当たるとキラキラしてる」


「わたしの国では普通だったのよ。わたしからすると京子の黒い髪のほうが素敵に見えるわ」


 もちろん黒い髪も黒い瞳もそこまで珍しいものではないのだけれど、どこか違って見えるのだ。

 それは骨格のせいかもしれないし、肌の色の違いかもしれないし、あるいは周りみんなが黒髪黒目だからそう感じるだけかもしれない。


 ただ、そういうのもいいなと思った。


「小生はあまりこの街から離れたことはないのですが、やはり外国の街並みは違っているんでしょうなあ」


「そうね……家はレンガで作られてるのがほとんどかしら。でも一番の違いは、街の区切りがあるかないかかしらね」


「区切り?」


「ええ、そうよ。どこからどこまでが街で、その外は道だけっていうのが普通だったから。街の周りには壁があって、町の入口は1ヵ所とか数ヵ所だけっていうのが普通だったから。そういうところで歴史の違いを感じるわ」


 この街までは徒歩でゆっくりと移動してきたけれど、街壁はついぞ見ることがなかった。

 今まで争いがなかったとは言わないけれど、少なくとも近代では大きな戦争がなかったのは間違いないと思う。


「こうして一日様子を見ただけだけど、この街はまだまだ大きくなるのかなって感じるの」


 わたしの知っている街といえば、家々が密集してこそだった。

 それこそ壁と壁が触れるぐらいに近くて、庭なんて持たない家も多い。

 そして街から少し離れると、民家なんて一軒もない、ただ道だけが延びているのだ。

 もちろん田舎はそうではないのだけれど。

 今見ている光景とは全く違う。


「ふうん……なんかよくわかんないね」


「そういうものだと思うわ」


 もしかしたら歴史をちゃんと調べたら、街のつくりひとつについての違いなんかもわかるのだろうけれど、そこまでは調べない。

 今のわたしにとっては関係がないから。


 それと、もっと大きな違いもある。

 この街にはお城がないのだ。

 街といえば権力者がいるはずで、権力者がいるならば大きな建物もあるはずだ。

 それなのにこの街には目立つ建物は見当たらない。

 それなりに大きな民家はいくつかあるのだが、わたしの感覚では権力者が持つにはまだまだ小さい。

 それ以上に大きな建物は全てが公共の施設だったりする。

 こういうのが民族性というのだろうか。



 街外れまで歩いてくると、建物の様相が変わってきた。

 この辺りの家は平屋が多く、なんとなく壁も薄く感じる。

 恐らくは古い街並みなのだろう。


 気付けばもう目と鼻の先が山になっている。

 ここからは見えないけれど、この山を登ったどこかに教会があるはずだ。


「それては小生が少し話を聞いてきます」


 松代さんが道を伺うために一軒の民家へと近付いていった。

 わたしと京子もその後ろをついていく。


「すいません。山にある教会までの道を訪ねてもよろしいでしょうか」


「……教会?」


「ええ。……山の中腹辺りにあるのですが、ご存じありませんか?」


「すみません、ちょっと……」


 現れたのは中年の女性だった。

 主婦だろうか。

 その主婦からの視線を感じる。

 あまり気持ちのいいものではないが、異邦人に対するものとしては普通だし、わたしもその視線には慣れている。


 いまいち会話に集中できていない主婦を相手に松代さんは話していくが、残念ながら教会までの道のりは知らないようだった。


 それからが大変だった。


「教会までの道のりを……」


「山に教会があるのを……」


「山道へはどこから……」


 いろんな人に聞いた。

 すれ違う人全員に声をかけたし、何軒かの民家も尋ねた。

 でも誰も、山に教会が建っているだなんて知らなかった。

 いろんな人に聞いた。

 山へ続く道すら誰も知らなかった。


「ねえアリナ。これっておかしくない?」


「おかしいわね」


 教会のことが知られていないのは、まだわかる。

 京子も松代さんも知らなかったことだし、そもそもこの国にはお寺と神社がある。

 教会なんて誰も興味がないだろう。


 しかし、山道も知らないというのはどういうことだろうか。

 すぐそばが山なのだ。

 たとえ用事はなくても、どこから山に登れるのかぐらいは知っているのが普通ではないのか。


 一番おかしいのは住人の反応だった。

 教会のことを尋ねたときはまだいい。

 そのあと、山道について話を聞いたときだ。

 誰も彼もがそれ以上は話したくないように、すぐに話を打ち切ろうとするのだ。

 明らかに不自然だった。


「なんだか気味が悪いよ」


「そうね……さすがにおかしい気がするわ」


 また一人、どうやら逃げられたようで松代さんが頭をかきながら近付いてくる。


「一体どういうことなんでしょうねえ」


 松代さんもなにやらおかしいということには気付いている。

 けれど理由がわからない。

 忌避するなにかがあるのだろうか。


 教会自体は間違いなく存在する。

 宿から山を眺めると、小さいながらも山の中腹に建物があるのはハッキリと確認できたから。

 もちろん京子と松代さんもそれは見ている。


「こうなると、意地でも調べたくなるわね」


「ええー……。なんか怖いよ」


 京子はあまり乗り気ではないようだ。

 住人全てが口をつぐんでいるのだ、それも当然の反応だろう。


「しかし、小生も確かに気になります。もう少し調べた方がいい気がします」


 松代さんはわたしに同意のようだ。


「ただ、このまま話を聞いても答えてくれるかどうか……」


「そうね……」


 確かにその通りだ。

 誰もが口をつぐんでいるなか、聞き込みを続けることに意味はないだろう。


「とりあえず、教会を目指してみようかしら」


 予め道を調べたかったけれど、どうやらそれは難しそうだ。

 でもわたしは教会がどうしても気になっている。

 そうなると、とれる手段はもうひとつだけだ。


「それって山を登るってこと? 危なくないの?」


「教会があるんだし、どこかしら道はあるはずよ。もしも危ないようなら、また別の手段を考えましょう」


 本来ならば諦めるべきなのだと思う。

 わたしはこの街に観光に来ていて、ちょっと教会が気になっただけなのだから。


 でも一連のことから、どうしても教会まで行きたくなっていた。



------



 山へ入る道はすぐに見つかった。

 探すまでもなく、今までの道がそのまま山まで繋がっていたのだ。


「何で秘密にするのかしらね」


 それは全員が思ったことだろう。

 だって道が繋がっているのだ、知らないということはまずないだろう。

 つまりは、わたしたちには教えたくなかったということだ。


「さて、どうしてでしょうなあ」


「うう……やっぱりなんかあるんだって」


 山に差し掛かると道はただ踏みしめられただけのものへと変わっていく。

 木は生えているが幹は細く、まばらに生えているのでそれほど暗くもない。

 幅もそこまで狭くはない。

 自動車の一台ぐらいなら問題なく走れそうだった。


「意外と整ってるのね」


「麓の住人の通り道なのでは?」


「普段から使ってるのに秘密にするの? だったら入り口を隠したりしそうだけどね」


 山道への入り口を民家で隠したりするなら、それが住民だけの秘密の道という話もわかる。

 しかし道路からまっすぐ繋がっていたのだ。

 忌避されている、近付きたくない道というほうが正解なのではないだろうか。


 険しくはない道を登っていくと、京子がなにかを見つけたようだ。


「アリナ、これ……」


「……足跡ね」


 道の一部がぬかるんでいる。

 何日か前に雨が降ったのだろうか。

 ちょうど日の当たらない場所なので、なかなか乾かないのだろう。


「ふむ……小さいですね」


 松代さんが自分の足跡と比べている。

 確かに小さい。

 この大きさは子供か、または……。


「……京子の足跡と同じぐらいね」


 それが複数ついている。

 さて、これはどういうことだろうか。

 忘れ去られた教会だと思っていたけれど、熱心な信徒でもいるのだろうか。

 足跡から考えるに、一人ではない。

 少なくとも三人。

 もしかしたらそれ以上。


「例の失踪した女の子の……てことは無いわよね」


 彼女たちは誘拐のはずだ。

 しかし誘拐された瞬間を見られているわけではない。

 失踪した彼女たちは実は自発的に教会にやって来て、そこで……。

 何て、あるわけないか。


 でも足跡を見るに女の子の分しか付いていない。

 教会の見学でもしたのだろうか。


「でもおかしいですね。足跡の向きはすべて登った方向だけですよ」


「確かにそうね。でも下るときは反対側を歩いていたら、足跡はつかないんじゃないの」


 木陰になっているのは一部だけだったから、足跡が残るのもその一部だけだ。

 むしろ登るときにどうしてそのぬかるんだ場所を避けなかったのか、そっちのほうが気になってくる。


 この足跡はいつ付けられたものだろうか。

 ぬかるみ具合から考えても数日以内だとは思う。

 それ以上はわからない。


 わたしたちにわかることは、わたしたち以外にも教会へと向かった人物がいるというだけだ。


「とりあえず、行かなきゃ何も分からないわね」


 わたしたちは再び山を登りだす。



 道中、先程のことについて考えてみた。

 麓の住人たちは、どうしてこの山道のことを教えてくれなかったのか。

 とりあえずひとつの推測はたった。

 それは、教会には忌避すべき誰か住んでいる、または何かがあったということだ。


 聞けばこの麓はもともと小さな村だったという。

 この街の中心ではないが、集落の始まりではあったとも。


 当時、たとえば怪しい人物が住んでいたとか。

 たとえは不可解な事件があったとか。


 それは過去の話かもしれないし、今現在も続いていることなのかもしれない。

 教会があることを考えると、ここの住人にとって変な人、つまりはわたしのような外国人が住んでいたのではと思う。


 その人物は敬虔な人で、いつも教会でお祈りをしている。

 麓には滅多に降りてこない。

 この周辺に住んでいた人は、そういう人物のことをどう思うだろう。

 自分達は理解できないのだ、それだけで避ける理由には十分ではないだろうか。


 正解とはかぎらない。

 でも心のモヤモヤが少し晴れるだけで、今のわたしには十分だった。



------



「小さいし、ボロボロだね……」


 教会を前にした京子の言葉は、この教会のことを正確に表していると思う。

 思ったよりも小さく、礼拝堂には十人も入らないのではないだろうか。

 さらにはレンガも一部が朽ち果て、古くから存在していただろうと思わせる。


「誰も住んでいないように見えるんだけどね」


 しかし足下に目をやると、しっかりと足跡が残っているのだ。

 山道で見たのと同じように、まだ新しい足跡だ。


「ここの足跡も、入ったきりのようですね」


 そして足跡は教会から出ていない。

 裏口からでたとか?

 まさか、そんなことはあり得ないだろう。


 わたしも京子も松代さんも、思い浮かべるのはひとつの嫌な予想だった。


「……京子はここに残ってる?」


「──嫌。教会に入るのは嫌だけど、ここに一人で残るのはもっと嫌」


 その気持ちはよく分かった。

 取り残されたら心細くなる。

 だったらわたしたちと一緒の方がまだましだというものだ。


 怯える京子の手をしっかりと握って、閉じている教会の扉を開いた。


 中には倒れている女の子たちがいた。



 凄惨な様子はなかった。

 誰もが仰向けに、胸の前で手を組んで倒れていた。

 腐臭はまったくせず、こんな場所でなければ穏やかに眠っているようだった。


「通報を──」


 松代さん自身が警官だというのに、松代さんは通報しようとしている。

 あなたがするのは通報ではなく、応援を呼ぶことだろう。


「──待って」


 不意に違和感を覚えた。


「まだ息があるわ」


 小さく胸が動いている。

 呼吸をしているのだ。


 彼女たちは倒れているのではなかった。

 ただ穏やかに眠っているのだ。

 ただしとても弱々しい。

 まさに死ぬ直前といったところだろうか。


「松代さんは応援と救急車を。──急いで!」


 わたしの強い言葉に松代さんは駆け出した。

 山を降りて電話を借りるのだろう。


 わたしと京子は一旦教会を出る。

 現状、できることは何もない。

 怯える京子と一緒では、自然を眺めて落ち着くことしかできない。


 目の前の教会はボロボロだ。

 中も割れたステンドグラスが散乱していたりと、長らく誰もここを訪れていない様子だ。

 そんな中、唯一光の当たる場所に位置していた天使を模した石像だけが綺麗だったのが、妙に印象的だった。


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