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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第2部 孤独な姫君
19/56

2-2

 勢いよく降り下ろされた手は、それこそ何もかもを壊すぐらいの強さで思い切り机を叩いた。


「いったいどうなっているんだ!!」


 立派な体格と髭をもった警部がガツンと机を叩いたことで、机の上に置かれていた資料が少しだけ揺れる。

 その警部──萩原義雄(はぎわら よしお)が暴れていても、周りにいる警官はみな平ばかりなので諌めることはできない。

 それに、萩原の気持ちもわかるのだ。

 萩原が可愛がっていた長女が失踪してしまったのだ。

 はからずもその事が事件の詳細を調べるきっかけになったのだが、増えるのは行方不明者ばかりで失踪なのか誘拐なのかもはっきりとしない。

 ここで声を大きくしてもしょうがないのだが、それても大きくせずにはいられないのだ。


 今年から晴れて警官になった松代定久(まつしろ さだひさ)も、そんな上司を眺めることしかできない。


 昨日いきなりこの街に現れた外国人。

 その話はすぐに署内を駆け巡り、一時は話も聞かずに引っ捕らえようかという勢いだった。

 結局逮捕は撤回されたが、それでも依然その外国人が容疑者なことにはかわりない。

 今日もこれから松代はアリナの動向を監視する予定だった。


「けっ、警部っ! 見つかりました!!」


 そんなときだった。

 行方不明者が見つかったという連絡が入ったのは。



 その場のほぼ全員が現場へと急行した。


 発見場所はとある民家の中だった。

 新築の家で、一家は今朝越してきたばかりだ。

 家具はあらかじめ運ばれていて、いざ家のドアを開けたら、少女たちが倒れていた。


 そう、今回発見された五人の少女。

 その全員が遺体となって発見されたのだった。


「……これ、どういうことなんてしょうね」


 遺体はまだ運び出されておらず、そのまま居間に寝かせられている。

 五人とも胸の前で手を組んでおり、まるでなにかに祈っているかのようだ。

 そして全てが、ミイラのように乾燥しきっていた。


 異臭は漂ってこない。

 信じられないことだが、一切の腐敗をせずにミイラとなっていたのだ。

 この暑い夏の季節に。


(とりあえず、知った顔がないのは一安心なのか)


 この中に萩原の娘はいない。

 それだけが集まった警官たちが安心できることだった。


「越してきた一家が犯人……なんてことはないですよね」


「ないな。自分たちから通報して容疑者の筆頭になるなんて、笑い話もいいとこだ」


「一応ここの一家については調べます。たぶん無関係でしょうけど」


 越してくる以前の住所についてはすでに確認してある。

 まず間違いなくシロだろう。


「何から調べたらいいんですかね」


 松代と同期の警官も困惑しているようだ。

 それもそうだ。

 いきなり五人のミイラを発見したと言われても、どう調べたものか困ってしまう。


「……この家に、最初から隠れてたってことなんですかね」


「なんだ、つまり松代はこれが集団自殺だって言いたいのか」


「いえ……」


 しかし、この家には鍵がかかっていたのだ。

 窓が割られた様子もないことから、玄関から入ったことは明白だ。


 ここに集まった全員が一緒に来ている萩原の顔色をうかがう。

 ここに来てから一言も口を開いていない。

 混乱しているのだろうか。


「──(あずま)、お前は引っ越し業者を当たれ。そいつが第一容疑者だ。署まで引っ張ってきて構わん。川井(かわい)はこの街にある、またま住民が越してきていない新築の家をリストアップしろ。……いや、新築じゃなくても、空き家は全部だな。寺門(てらかど)はここで待機。鑑識を呼んでこいつらの身元の調と死因を徹底的に洗え」


 かと思ったら、矢継ぎ早に指示を出してくる。

 その指示で、ここに集まった若い警官が続々と動き始めた。

 松代を除いて。


「お前は例の外国人の監視だ。お前は犯人ではないと思っているみたいだが、こうして事件が進展した以上、疑える者は疑っておくべきだ」


「……わかりました」


 確かに納得できることではある。

 見知らぬ外国人が姿を表したと思ったら、いきなり事件が発展したのだ。

 松代自身はアリナのことをもう疑ってはいないが、萩原の意見は汲んでやる必要があった。



------



「なんだか警察車両が多いわね」


「どうだろ。こんなもんじゃないのかな」


 この街にやってきて、そして一泊したその翌日。

 わたしはこの宿の娘の京子と一緒に出掛ける用意を終えて、今は宿の前で話している。

 今日は山の中腹辺りに見える教会へと向かう予定だ。

 でも京子は教会まで行ったことがないらしく、どうやって向かおうかと考えていたところだった。


「ほんとに教会なんてあったんだ」


 宿の前からでも教会はばっちりと見えていた。

 むしろどうして今まで気付いていなかったのと問いただしたいが、そんなものかもしれないと思い直した。

 興味のないことは、だいたいすぐに忘れてしまうから。


 目の前の道路を既に何台もの警察車両が通過している。

 さすがに多いなと思ったのだが、しかしよく考えるとまだまだ車の数自体が少ないのだ。

 相対的に多く見えただけなのだろう。


「とりあえずは山に向かってみようよ」


「そうね。近くの人に聞いたらわかるわよね」


 そうして京子といざ歩きだそうとしたとき、わたしたちに近づく影があった。


「よかった。まだいましたか」


「あら、松代さん。どうかされましたか?」


 なぜか警官の松代さんがわたしに会いに来た。

 息を切らせて、急いでわたしに会いに来たようだ。

 何かあっただろうか。


「あー……いえ、なにかお困りではないかと思いまして」


「本当に? なんだかとても焦っているように見えますけれど」


 問い詰めると、松代さんはすぐに口を開いてくれた。


「実はですね。昨日お伝えした事件が進展しまして。それであなたのことが心配になってやって来てしまいました」


 ……心配して?

 昨日出会ったばかりのわたしのことを?

 でもその事よりも、まずは事件の話の方が気になった。


「犯人でも見つかりましたか?」


「いえ……見たかったのは、被害者のほうです」


「被害者の……。そうなると、やっぱり誘拐だっのですか?」


「いえ、それはまだ……」


 なんともはっきりしない答えだ。

 じっと彼を見つめると、黙っているのが気まずくなったのかすぐに詳しい話を教えてくれた。

 ……多分、教えていい範囲を超えてまで。



「実はですね、行方不明者のうちの何人かが、遺体で発見されたのです」


 松代さんは今朝起きた事件のほぼ全容を教えてくれた。

 今日までに把握していた行方不明者十七名のうち、五名の遺体が発見されたのだそうだ。

 それも新築の家で、全てがミイラになって。


 その話を聞いただけで京子は具合を悪くして、宿へと戻ってしまう。

 わたしは更に詳しい話を聞きたかったので、残念だと思いながらもちょうどいいとも思ってしまった。


「更に詳しい話を伺っても?」


 強い日差しの中、少しはしたないけれど木陰の岩場に腰をおろして話を聞くことにした。


「とはいっても詳しいことはまだわかっていません。早朝、越してきた一家が遺体を見つけたというぐらいでしょうか」


「そう……いきなり遺体を見せつけられて、そのご家族は大変だったでしょうね」


「幸いなことにその一家、というかご夫婦に子供はいませんでしたからね。そこだけはまだよかったと思います」


 それでも遺体を見せられたのだ。

 少なくともその家には住めないかもしれない。


「それで、犯人は……。ああ、わたしも疑われているのね?」


「やっぱりわかってしまいますか」


「あなたがわたしに会いに来る理由なんて、それぐらいしかないと思いますよ」


 でも目の前の松代さん個人はあまりわたしのことは疑っていない様子だ。

 もしも疑っているのなら、こんなに事件のことはベラベラ喋らないだろう。

 ……わたしの出方を伺っているという可能性はあるけれど。


「それにしても、不思議な事件のようですね」


「ええ。まだ自殺か他殺なのかもはっきりとしていません。小生も一体どうしたものやら」


「あら。殺人で決まりじゃないですか」


 わたしが断言すると、松代さんは不思議そうな表情を浮かべる。


「だって、遺体はすべてミイラだったんでしょう? それなら少なくともその遺体を家に家に運んだ人物がいるはずです」


「いえ、しかしですね……」


「よく考えてみてください。もしも自殺だったとして、そして家の中で身動きせずに死んだとして、それがミイラになるというのはおかしいことなんです」


 この国の夏はとても暑い。

 さらに、信じられないほどに湿度が高い。

 呼吸するだけで疲れるほどだ。

 そんな中でもしも死んだとして、遺体はどうなるだろう。


「ミイラということは、身体中の水分がなくなっていたということですよね? たとえ家の中でも、身体が腐らないのはおかしなことだと思いますよ」


 血生臭い話をしていても、日差しの暑さは変わらない。

 わたしはまったく動揺していない。


「ミイラを作るには、乾燥した空間が必要なはずです。果たして、その家は乾燥していたのでしょうか」


「しかし実際に遺体は見つかって……ああ、だからアリナさんは犯人が別にいると思ったのですね」


「ええ、そうです。その場ではミイラにならない。だとすると、そのミイラたちを運んできた人物がいるはずです。もしかしたら殺人犯ではないかもしれませんが、死体を捨てるだけでも犯罪ですよね?」


「ええ……ええ、そうです。更に考えると、遺体を家に運んだ時間は……」


「おそらく昨夜のうちでしょう。一日経つだけでも何らかの異臭はしてくると思いますから」


 遺体から異臭はしなかったという話だし、夜に運ばれたのは間違いないと思う。

 それだけでも聞き込みは大分楽になるのではないだろうか。


「あとは……どうやって運んだのかですね」


「ああ、そちらについては一応、引っ越し業者を当たるようにしてますよ」


 引っ越し業者を当たるのは正しいように思えた。

 おそらく遺体は五体が同時に運ばれたはずだ。

 いくら夜中とはいえ、遺体を運ぶために何度も往復したら、見られる可能性がグンと増す。


 今道路を走っている車は、ほとんどが二人乗りやせいぜいが四人乗りの小さな車だ。

 そこに五体の遺体を詰め込むのは難しいだろう。

 聞くところによると遺体に外傷はまったくなく、不自然なほどに綺麗だったという話だ。

 トラックの荷台に載せて運んできた可能性は確かに高いと思う。


 でもこれで解決ということにはならないだろう。

 遺体を民家に運ばなければこんなすぐに露見しなかったものを、どうしてわざわざ運んだのか。

 その理由はちょっとだけ気になる。

 あとは、まだ行方不明の子達も見つかってくれたらと思った。



「松代さんは今日もわたしの案内をしてくれるということでいいのでしょうか」


「はい、その予定です」


「そうですか。山に見える教会まで行こうと考えていたのですが、道のりはわかりますか?」


「教会ですか……? わかりませんが、聞き込みは任せてください。小生ならば簡単に教えてもらえるでしょう」


 松代さんも教会のことは知らないようだった。

 それも当然かも知れなかった。

 結婚式や葬式を教会で執り行うという文化は、この国には根付いていないのだから。


 でもそうなるとますます疑問が残る。

 需要のない教会は、どうして存在するのだろうか。



「気分はどう?」


「うん……もう大丈夫!」


 松代さんが変な話をしたせいで一旦家へと戻っていた京子だけど、どうやら体調は元に戻った様子だ。

 それにいくら長い夏休みの中の一日だとしても、寝込んで過ごすのはもったいない。


「それじゃあ気を取り直して出掛けましょうか。……松代さんも一緒だけどいいわよね?」


「うん、それは別に構わないけど……警官が一緒って、なんか変な感じ」


「あら、ボディーガードだと思えばいいじゃない」


「ボディーガード……?」


 そうだった。

 横文字は伝わらないんだった。


「そうね……護衛と思えばいいんじゃない」


「護衛って……。なんだかお嬢様になった気分だね」


「うふふ。さあ京子お嬢様。お出掛けの準備はよろしくて?」


「あはは、何それ」


 わたしと京子と松代さんの三人で、教会目指して歩いていく。

 日差しはさらに強くなっていた。


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