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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第2部 孤独な姫君
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2-1 初めての地

 強い日差しが肌を照りつけてくる。

 セミの声もうるさいほどだ。


 もちろん今の季節は夏だから、暑いのはしょうがない。

 わたしが今までいた国も夏はやっぱり暑かった。

 でも、ここまでジメジメとした、肌に張り付くものではなかった。


「暑い……」


 口に出すと余計に暑さを感じるようになる。

 でも日差し以上に、気になることがあった。


(この国に来たのは間違いだったかしらね)


 ──東には素晴らしい国があるそうだよ。


 そう教えてくれたのはいったい誰だっただろうか。

 その言葉にしたがって、わたしは東の国へとやって来た。


 確かに悪くはないと思う。

 肌の色は陽に焼けたら黒く、陽を避けると驚くくらいに白くなるのも面白い。

 のっぺりとした顔もまた愛嬌がある。

 身体が少しばかり小さめなのも、わたしにとってはいいことだ。


 でも、だ。

 この視線はなんなのだ。

 すれ違う人々が皆、わたしのことをじっと見てくる。

 わたしが美しいから見惚れている、という訳でもないし。

 あまり居心地のいいものではなかった。


 そんな若干の居心地悪さを無視しながらしばらく歩いていると、少しずつ街並みが変わってくる。

 家々は密集し合い、道も大きくなっていた。

 どうやらここがこの街の中心らしい。

 小さな商店がいくつも並び、なにやら活気に溢れてある。


 ……視線は相変わらずだけどね。



「すいません。少々お話をうかがってもいいでしょうか」


 散策していると、制服に身を包んだ男性から声をかけられた。

 まだ若い男性だ。

 制服を見るに、この街の警官だろうか。


「ええ、なんでしょうか」


「実はですね、何人もの方から相談を受けまして……」


 ちょっと頼りなさそうな雰囲気の警官が語ってくれた。


 ──見知らぬ人がいる。

 ──外の国の人間らしい。

 ──あいつ、怪しいんじゃないか。


 つまりは、黒髪黒目の集団の中に一人、美人な金髪がいたら目立つという話だった。


「本当にすいません。なにぶんここは都会から離れていますから、外人の方がとても珍しいのです」


「いえ、別に気にしてません。当然のことだと思います」


「そう言っていただけると」


 でも少し気になることもある。

 彼らがわたしに向けていた視線は、ただ物珍しいというだけではなかった気がするのだ。


「なにかあったのでしょうか。なんだか皆さんの様子もどこか物々しい気がしますね」


「あ~……、最近は越してくる人も増えてきましたからね。それよりどうでしょうか、よろしければ小生に街の案内を任せてもらえませんか?」


 あれ、もしかして誤魔化されたのだろうか。

 気になる……けど、教えてくれないということは、大したことではないのかもしれない。

 もしくは言えないことなのか。


「それは嬉しいですね。でもいいんですか? まだお仕事中ですよね?」


「いえいえ、観光客の安全確保も小生の立派な仕事ですよ」



 彼は名を松代定久(まつしろ さだひさ)と言うそうだ。

 今年に警官になったばかりのひよっこらしい。

 新米らしく、まずは交番勤務から勤めているのだとか。


「そういえば、越してくる人が多いそうですね」


「ええ、そうです。この辺りではここが一番栄えてますから。どうしても人が集まってくるんです」


 少し先に目をやると、民家の目の前に横付けされたトラックから家具が運びだされている。

 どうやら越してきたばかりのようだ。

 やはり車が普及し、道路が整備されだしたことが大きな原因なのだろう。

 何よりも、人が多い大きな街というのはそれだけ仕事も多いから。


「昔はもっと小さな村だったらしいですけどね」


 警官の視線の先は、遠くに見える平屋の密集地帯がある。

 山の麓の寂れた空間だ。

 そこが村だったときの名残なのだろうか。


「……これからはもっと大きな街になりそうですね」


「そうかもしれません。小生としては、事件が増えないことを願うばかりです」


 集まるのがいい人ばかりとは限らないから。

 ……ああ、もしかしたら、この人はわたしの素行を見ているのかもしれないなんて、町の案内をしてもらいながら思った。



 観光といっても、特に目的があったわけではない。

 わたしは足を止めずに、ここが繁華街、ここが住宅地という簡単な案内を聞くに留めた。


 夕暮れになり、一軒の宿を紹介してもらった。

 父、母、娘の三人で経営している小さな宿だ。


「今日からお世話になります」


「小さな宿ですけれど、くつろいでいってください」


「外人さんにも合うといいんですけれど」


「お姉さん、すごい美人だね」


 彼らはわたしに対して変な視線を向けてこない。

 多くの人と関わるからかもしれないし、この若い警官が一緒だからなのか、その辺はまだわからないけれど。


「それでは小生はこれで。明日からもこの街を楽しんでください」


「ええ、ありがとうございます。ところで、わたしの疑いは晴れましたか?」


 わたしの言葉に、警官は身を強ばらせた。


「……参りました。もしかして、この街で起きている事件のことはご存じでしたか?」


「いいえ、なんとなくです。街の雰囲気と、いくらわたしが外国人とはいえ警官である松代さんがわざわざ案内してくれたのがどうしても気になって。答え合わせに先程のあなたの反応ですね」


「いやあ、頭が下がります」


「それで、何が起こってあるのかは教えていただけるのでしょうか」


「……そうですね。あなたにとっても無関係ではない話ですから」


 短くない話ということで、一緒にわたしの泊まる部屋で話すことになった。

 畳のある小さな部屋だ。

 お風呂やトイレは残念ながら共同らしい。


「今から一月(ひとつき)ほど前でしょうか。その頃から、若い女性を中心に失踪が相次いで起こったのです。最初はただの家出だと思われました。この街は急速に発展していますから、その変化に取り残され、息苦しくなったのではと思われたのです」


「若い女性、ね」


「ええ。ただ、多くはまだ学校に通っているような方なので、そういう意味ではあなたはまだ安全でしょう。この宿の娘さんなんかは危ないですね」


「あら。あなたにはわたしが幾つに見えてるの?」


「ええっと……小生よりも少しだけ年上でしょうか」


 まったく。

 今日気付いたことにもうひとつ追加だ。

 この国の人たちは童顔過ぎる。


「残念ですけれど、わたしはここの娘さんと同じ歳ですよ」


 そういえば彼女もわたしのことを年上だと勘違いしていた。

 別に怒るようなことではないけれどね。


「それは……失礼しました?」


 子供なんかは特に大人に見られたいものだし、勘違いされたことは特には気にならない。


「いえ。それで?」


「はい。実際に事件として取り扱われるようになったのはつい先週からです。その……うちの偉い人の娘さんまでが失踪しまして」


 よくある話だ。

 身内に被害が出てから、やっと本気になれるというのは。


「その子は家出ではないの?」


「裕福な家庭ですから、そもそも家出する理由がありません。それに、財布なんかも部屋に置いたままだったそうです。お友だちの家に遊びに出掛けて、そのまま帰ってこなかったそうです」


 確かに、家出するにもお金は必要だ。

 家に財布が置かれていたというのなら、確かに家出の線は消えるだろう。


「ふうん。それで、そのお友だちから話は聞いたの?」


「聞くところによると、どうやら遊びにすら来ていないそうですね。そのお友だちからの連絡で、娘がんが行方不明だと発覚したそうです」


 考えられるのはなんだろうか。

 パッと思い付くのは誘拐だ。

 どれ程の距離かは知らないが、その友達の家に遊びにいく最中に拐われた。


「それって失踪事件なの? 誘拐ではなくて?」


「一部では誘拐でも捜査していますよ。でもだとすると、犯人からの連絡がないのはおかしいんです」


 ということは、容疑者らしい人物はまだいないと。

 中々にめんどくさそうな事件のようだった。

 ……別に、誘拐だからといって身代金目当てとは限らないと思うけれど。

 若い女の子ばかりがいなくなっているんだし、特にそう思う。


「彼女たちが失踪した時間もバラバラです。通学中にいなくなったり、遊んでいたと思ったらいつのまにか消えてたり、朝起きたら家にいなかったりですね」


「家からも……。それは面倒そうな事件ね」


「ええ。ですから我々も困っているんです。そんなときにあなたが現れたもんですから、それはもう街中の噂ですよ」


「あら、じゃああなたもわたしが誘拐犯だと思ってたのね」


 そんなところだろうとは思っていた。

 じゃなきゃ、一介の警官がわざわざ観光案内なんてしてくれないだろう。


「い、今はもう疑っていませんよ!」


「あら、そうなの? 実はさっきまで、わたしは可愛い女の子を探してたの」


「すいません。あなたが犯人でないと確信したので許してください」


「それはさすがにお人好しすぎると思うのだけれど……」


 いじめすぎただろうか。

 まあ、わたしが犯人でないことには間違いない。

 この街には間違いなく、今日初めてたどり着いたのだから。


「はあ……それでは念のため、旅券を見せていただけますか」


 松代さんに取り出したパスポートを見せてあげる。

 もちろんちゃんとしたものだ。

 入国日は今月になっているので、それでわたしの疑いは完全に晴れたといっていい。


「ご協力感謝します。それでは小生はこれで。何かありましたら交番まで来て下さい」


 彼をいじめる時間もおしまいだ。


 それにしても、面白い話が聞けた。

 集団での失踪事件。

 いや、集団といっていいのか。

 失踪事態はどうやら個別に起こっているらしい。


 個別の失踪が相次ぐだって?

 そんなの、絶対におかしいことだ。

 あり得ないとは言わないけれど、ただの失踪だとは考えにくい。

 そうなると、思い付くのはやはり誘拐だ。


 若い女ばかりが失踪する。

 答えは決まっているようなものではないか。


 考えるとしたら、女が好きだから誘拐するのか、それとも嫌いだからなのか。

 知り合いの犯行なのか、無差別なものなのか。

 身体目当てだったら何人も誘拐する必要はない、と思う。

 お気に入りを何人かさらって閉じ込めて、あとは好きなだけヤり続ける。

 その方が何人も誘拐するよりもよほど安全だ。


 それなのに失踪が相次ぐということは、目的が違うということだ。

 そうなると思い付くのはふたつ。

 猟奇的な犯罪か、それとも集団誘拐からの海外拉致か。


(どっちにしろ最悪ね)


 昔わたしが住んでいた街でも起きたことがある。

 いわゆる猟奇殺人だ。

 裏路地にはバラバラにされた遺体が転がっていて、その被害者が可愛い女性だったりしたからほんとうにもったいないも思ったのだ。


 あれは結局狂った男が犯人だった。

 なんとなく居心地が悪くなって、それ以降その街には戻っていない。


 そして今、この街でも同じようなことが起ころうとしている。

 具体的に何人失踪したのかはわからないが、そろそろ何かしらの進展もあるだろうと思えた。



------



「アリナ。お風呂が沸いたよ」


 部屋でゆっくりと過ごしていると、ここの娘から声がかかる。

 この宿の娘の山浦京子(やまうら きょうこ)だ。

 最初に紹介されたときはわたしのことを年上だと勘違いして敬語で話しかけられたけど、同じ歳だと分かってからは遠慮がなくなっている。


「ありがとう。すぐに行くわ」


 用意されていたタオルを手に部屋を出ると、そこには同じようにお風呂の準備をしている京子の姿があった。


「一緒に入ろう」


「……まあいいけどね」


 お風呂はこの宿の一家と共同らしい。

 今宿泊しているのはわたしだけらしいので、もしかしたら彼女が最後に掃除をするのかもしれない。



「ふう……」


「アリナも大変な時期に来たよね」


「ああ……例の事件?」


 お風呂は家族で入るにちょうどいいぐらいの大きさだった。

 浴槽が木でできていて、頑張ったら五人ぐらい入れるのではないだろうか。


「そうそう。松代さんから話は聞いたんだ?」


「ええ。なんだか大変みたいね」


 身体をしっかりと洗い、二人で浴槽に身体を沈める。


「よくわかんないけどね」


「京子のお友だちは大丈夫なの?」


「うん。別にそこまで沢山の人が失踪してる訳じゃないし」


 それもそうだ。

 ほんとうに沢山の人が失踪しているのなら、この街から離れることも視野にいれなくてはならないと思う。

 この一家が今もまだ宿を経営しているということは、せいぜい十人とかそこらなのだろう。


「でも学校の友達がね……」


「京子の?」


「うん。その子の友達も居なくなっちゃったらしくて、それでちょっと面倒になってるの」


「落ち込んでるの?」


「ううん。落ち込んではいるんだけど、それ以上に燃えちゃってて。絶対に犯人を見つけるんだって」


 京子のスタイルは、わたしと比べると貧弱だ。

 でもこの国でいうと平均ぐらいだろうか。

 決してわたしが成長しすぎとか、歳を誤魔化してるわけではない。

 ……いや、誤魔化してるんだけどね、


「それは……なんだか心配ね」


「そうなんだよ。これでその子も失踪したりしちゃったら、どうしたらいいかわかんない」


 失踪といってるけれど、どうやらそのお友達は誘拐だと思っているようだ。

 まあ、そういうのは家族よりも友達の方が察しやすかったりもするだろうから、誘拐という考えに至ってもおかしくはない。


「その子を注意して見守るしかないわね」


「やっぱり? 危ないことなんてしなければいいんだけど」


 そらはその子の行動力次第だろう。

 警察がまだなにもつかんでいない以上、危険なことなんてそう起こらないとは思うけど。


「アリナは今日観光して、この街のことをどう思った?」


 行きなり話が切り替わった。

 事件の話なんかしててもつまらないからちょうどいい。


「そうね。住みやすそうないい街だと思うわ」


「そうだよね。最近はいろんなお店もできてて、なかなかいい感じだよね」


「あとは……教会があったわね」


「教会?」


「ええ。山の方にあったんだけど、もしかして知らない?」


「教会なんてあったっけ?」


「あったわよ。どうせだから明日はその教会まで行こうと思ってるの」


 しばらくはこの街でぶらぶらと過ごす予定だ。

 なにもなければ、そのままこの街に根を下ろしてもいいと考えている。

 様子を見るに、この街は今後もっと発展していくだろうし。

 そういう場所に、あらかじめ住んでいたように見せると今後がすごく楽になるからだ。


「ふうん。じゃああたしも行こうかな」


「あら。学校はいいの?」


「今は夏休みだよ。今年は学校を建て替えるとかで、普段よりも休みが長いんだ。それに学校っていうなら、アリナこそどうなの」


「……まあ、学校なんてどうでもいいわよね」


 明日は京子とお出掛けだ。

 きっと今日とはまた違う風景を楽しめることだろう。


「あっ、誤魔化さないの!」


 顔にかかるお湯を楽しみながら、明日からのことに思いを馳せる。


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