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闇姫ハーモナイズ  作者: ざっくん
第1部 空腹な姫君
12/56

6-3

 私の身体から光が発せられ、それは街のすべてを覆い尽くす。

 光はほんの一瞬だ。

 ほんの一瞬で光は消え失せ、それどころかわたしやここにいる天使以外には見えてもいないものだ。


「あの……何かしたのですか?」


 わたしたちの中で、唯一なにも知らない間宮さんが尋ねてくる。


「そうね、しばらくは暇だろうから色々と教えてあげましょう」


 わたしは語っていく。

 わたしがどのような存在か。

 この天使との関係を。

 千代との関係を。

 そして、この一連の事件の犯人がどのような存在なのかを。


「……そうなのですか」


「そうなのよ。だから間宮さんと仲良くなれてちょうどよかったわ。色々と誤魔化してもらえそうだからね。もちろん、一番の理由はあなたが魅力的だからよ?」


 間宮さんは赤くなる。

 思った以上に耐性がないようだ。

 この状況で肝が座っているともいえるけれど。

 彼女との今後を考えるととても楽しみになってくる。


「しばらくは暇になりそうですねえ」


「そうみたいだね。今この街にいるやつの住んでいる場所からだとどれくらいかかるのかな。わたしのことはすぐに見つけるだろうけど、誰にも見られずにここにやって来るのは時間がかかりそうだよね」


 犯人の住んでいるところから、教会まではどれぐらいかかるだろうか。

 車だと十分もかからない距離だけれど、犯人は歩いてくるしかない。

 それも、誰にも見つからないように。

 まあ、身体能力はただの人間とは比べ物にならないはずだ。

 そこまで待つということはないだろう。



 それから待つこと数十分。

 教会の扉がぎいっと音を立てて開かれた。


「待ってたわよ」


「あ……アリナ……?」


 姿を現した女性。

 背中には大きな、黒い翼がのびている。

 天使のように羽毛を持っているわけではなく、コウモリのような翼だ。

 それに、病的なまでに青白い肌。

 なによりもその瞳。

 真っ赤に染まったその瞳は、明かに人間ではないことを示していた。


「寄り道せずに来たようね」


「……じゃなきゃ、何をされるか分かったもんじゃない」


 よくわかっている。


 彼女──篠宮怜衣(しのみや れい)はわたしの目の前で怯えた表情を隠さない。

 それも当然だ。

 種としての格がわたしと怜衣では全く違うのだ。

 なによりも、怜衣はまだ子供なのだ。


 間宮さんに集められて、怜衣と初めて出会ったとき。

 初めて目を合わせたとき。

 怜衣はわたしに暗示をかけた。

 わたしが怜衣に違和感を抱かないようになる簡単な呪い。


 それは怜衣にできる精一杯だったのだろう。

 歳を取ったらどうなるのかわからないが、未だ怜衣は幼く、歳を重ねたわたしには有効な手立てはほとんど取れないから。

 わたしに気付かれないように、こっそりと立ち回るしかなかったから。


「今までの犯行、全部あなたが犯人ね」


「……そう、です。全部わたしがやりました」


 怜衣は自分の罪を隠さない。

 そんなことをしてわたしの不興を買ったら、どうなるかが分かっているから。


 思わず身を乗り出そうとした間宮さんを目で押し止める。


「それで、琴乃に手を出した理由は?」


「……彼女が、とても美味しそうだったから」


「そう……まあそれはわかるわ。じゃあここに来た理由は?」


「あなたが……アリナが怒っているのが分かったから。それに、美味しいご飯の気配がしたから……」


 うん、完璧な答えだ。

 普段のこの教会には、天使の気配を隠すような配慮がなされている。

 昔にわたしがやったことだ。

 それを今だけはなにもしていない。

 感じる人は感じられる、濃厚な天使の気配。


 それはわたしによって強制的に正体を隠せなくなった怜衣にとって、とっても魅力的なご飯に感じたことだろう。

 それこそ、わたしがこの場にいても近付いてしまうほどに。


「さて、それではあなたのことを話していただきましょう。まだわたしたちはあなたのことを何にも知らないのですからね」


 怯えた怜衣が口を開く。


 怜衣の種族は間宮さんが調べた通り、ルーマニアを拠点とするものだ。

 しかし怜衣自身の生まれはそこではない。

 十年ほど前にこの国で目覚めたそうだ。

 見た目はそのままこの国の生まれっぽいし。


 ──まあ、今の時代場所にこだわることは無いわよね。


 怜衣が生きるためには血が必要だ。

 それも、汚れてない方がいい。

 だったらやっぱり子供がいいのだろうけれど、そこは怜衣の好みというものだ。


 よくある話だ。

 目覚めた時、怜衣は一人だった。

 自然に生まれたのか、それとも誰かしらの意思が介入したのか、それはわからない。

 生まれたばかりでも自分にできることは直感的に理解できたので、今の両親を暗示にかけてこの街へとやってきたと。


 わたしだって産みの親は知らない。

 だから怜衣の苦労はわかるのだけれども。


「それで、どうしてこの街にやってきたの。あなたなら、この街はわたしのナワバリだってわかったでしょう?」


「それは……とっても美味しい匂いがしたから……。遠くからでもわかるぐらいに、美味しそうだったから……」


 ……だから子供だというのだ。

 わたしたちにとって、餌場の確保は大事なことだ。

 しかしそこにはルールがある。

 餌場は早い者勝ち、奪いたければ正々堂々とだ。


 今回怜衣はそれを破った。

 このまま無罪放免というわけにはいかなかった。


「それじゃ、あなたの沙汰だけど……どうしましょうかねえ」


「み、見逃してくれるんじゃ……?」


「あら、どうして?」


「だ、だって……ご飯の用意してくれてるし……」


 怜衣の視線が天使へと向かう。

 手を振ったりなんてしなくていい。


 天使をご飯にするだなんて、もちろんそんなことはあり得ない。

 天使はただ怜衣をおびき寄せるのに協力してもらっただけだ。


「はあ……そんなはずないじゃない」


「え……」


「そうねえ。もしもあなたが琴乃に手を出していなくて、素直にわたしまで助けを求めてたら手を貸さないこともなかったけれど、こうなったあとじゃねえ」


 処分は厳重に課さなくてはならない。

 これからのことを考えると頭が痛くなる。

 一年以上だ。

 一年以上も、怜衣はこの街で自由に食事をしていたのだ。

 それは、外からはどう見えるだろう。


 きっとわたしは舐められる。

 こんな子供の潜伏に、わたしはずっと気付かなかったのだ。

 それはもうとても美味しい狩場に見えることだろう。

 きっとわたしから奪ってやろうと考えるヤツが出てくるはずだ。


 それを防ぐためにも、見せしめは必要なのだ。


 千代に目をやる。


「私たちには関係ない世界のことですからね。アリナさんの思う通りに決着をつけてくれたら、それで琴乃ちゃんも納得するでしょう」


 ふうん。

 千代は優しいね。

 間宮さんに目を向ける。


「正直なところ、捕まえたいです。けれど、きっと彼女は罪に問えないでしょう。これ以上襲われることがなくなるのならば、それで……」


 怜衣の延命を問われるようなことはなかった。

 じゃあ決まりね。

 そう思って怜衣に沙汰を下そうと思ったら、思わぬところから待ったが入る。


「ねえ、アリナ。さすがに可哀想じゃない?」


「あら、どうして?」


「私の時には助けてくれたじゃない。それに彼女はまだ子供みたいなものだし、滅ぼしちゃうのはどうかと思うの」


 天使のいうことには一理ある。

 だけれども。


「あなたの時とは立場が違うわ。あの時はあなたのナワバリをわたしが奪ったから、だからあなたを生かしてるの。この子とは立場が違うわ」


「そうだけどさ……。ねえ、なんとかならないの? わたしと同じ扱いにしろとは言わないけど、さすがに彼女が可哀想だよ」


 はあ。

 そういうところは慈悲深い天使ならではなのだろうか。


 まあね、確かにわたしも気分がいいものではない。

 でもね、共存なんてわたしたちに選べることではない。

 特に彼女とは餌の好みも似通っているようだし……。


 ……。


「まあ、無理じゃないか……」


「ほんとっ!?」


 わたしの呟きに天使が反応する。

 同時に怜衣も顔をあげる。


 ……まあ、嫌いな顔じゃないしね。

 むしろ好みと言えるかも。


「ええ。滅ぼすのは止めにしてあげる。でも立場は天使とは違うわよ? 同じにしたら見せしめにならないからね」


 一歩、怜衣へと近付く。

 気丈な態度を見せているけど、牙がカチカチと鳴っている。

 そんなに怯える必要はない。

 滅ぼさないって決めたんだから。


 耳障りな音だったのでわたしの唇で塞ぐ。

 舌を挿れて、それ以上音が鳴らないように。



 それでおしまい。

 この事件はもう続かない。

 琴乃を最後に被害者は現れず、未解決事件として忘れ去られることになった。



------



「キミ、可愛いね。よかったら今夜わたしの部屋に遊びにおいで」


 学院の廊下で目をつけていた一年生にいかにもな感じで声をかけると、その一年生よりもむしろ周りの女の子たちの方が盛り上がった。


「え……すごいじゃん! 先輩に誘われてるよ!」


「やば……近くで見てもかっこいいわあ」


「いいなあ」


 目当ての女の子は緊張のあまりか、顔を伏せってしまっている。

 そんな彼女へと再び優しく声をかける。


「わたしのことは知ってるよね? そんなに緊張しなくても大丈夫。怖いことなんて全くないんだから」


 そう伝えると、目当ての一年生は期待のこもった目を向けてくる。


「わたしの部屋は分かってるよね? 一人部屋だから緊張しなくていいからね」


 ──もっとも、今日に限っては一人ではないのだけれどね。


 彼女は小さく頷いてくれた。

 これで今日のご飯も確保。

 ついでにノルマも達成。

 いまだ盛り上がる一年生たちに手を振ってその場を離れた。



 篠宮怜衣(しのみや れい)はここ、白峰碧山女学院しらみねみどりやまじょがくいんの三年生だ。

 色々あったけれど、そのことは誰にも知られずに三年生を続けている。


 そんな怜衣の正体はただの人間ではない。

 怜衣は夜の住人だ。

 闇に溶け込んで、生き血を啜る夜の住人。

 人に怯えられる闇夜の住人。

 ……最近は、憧れる人もいるみたいだけど。


 本来ならば身体を霧に変えたりなんかもできるのだけれど、まだまだ幼いのでそれは出来ない。

 もっとも、今では成長したところでなにも出来ないのだけれど。


 放課後になり怜衣が寮のお風呂に入っていると、学院の廊下で誘った一年生の女の子と遭遇した。

 これ幸いと、彼女と一緒に怜衣の部屋へと向かっていく。


 怜衣は一人部屋だ。

 しかし今は一人ではない。


 部屋の扉を開くと、そこには怜衣以上に有名な二年生の姿があった。


「あら、早かったわね」


 もちろん一年生でもその二年生の姿は知っている。

 なんといっても、そういう女子の間では一番人気の二年生だ。

 人種の明かに違う容姿は一目見ただけで忘れない。


「驚かさないでよね」


 怜衣が一年生を伴って部屋へと入る。

 そのままベッドへ、一年生を先輩たちが挟むようにして腰かける。


『──』


 二年生の先輩がなにかを呟いた。

 けれど女の子には聞こえない。


「ふふっ、緊張してるのね」


 二年生の指が伸びてきて、女の子の首筋をそっと撫でる。

 それが思いのほか気持ちよく、思わず声が漏れてしまう。


「んっ……」


「これからすることは、わたしたちだけの秘密よ。誰にも言ったらダメだから」


 二年生の唇が、女の子の唇を塞いでいく。

 同時に首筋に仄かな痛み。

 牙を立てた怜衣が女の子に噛みついていた。


「あっ……」


 血液と一緒に何かが女の子の身体から抜けていく。

 でも女の子は抵抗できない。

 とっても気持ちよくて、抗うなんてできない。


 同時に、塞がれている唇からも何かが抜けていく。

 そちらもとっても気持ちよく、女の子はもうなにも考えることができなくなっていった。


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