法師ウレンの葛藤
工房へと戻ると、メリッサが待っていてくれた。
リジャンと雅狼は、ログス城から夢に入ったから、そっちに戻っているだろう。
「さすがに皆さま、自室に戻られました。詳細などは、一休みの後が良いということでした」
そういうメリッサも、ふらふらだ。それでも、歌い続けていたのに声が掠れはしないところが凄い。
「メリッサも休んだほうが良いわね。ウレンさん、送ってあげてくださいますか?」
法師ウレンは即座にメリッサを、ディアートと同じ棟の自室へと転移で送り届けていた。
「僕たちも、少し休んだほうがいいね」
ルードランの言葉にマティマナは頷く。ウレンも同意のようだ。
「あら? 額飾りが消えてる……?」
不意に気づき、ギョッとしてマティマナは呟く。
ルードランは、慌てるマティマナへと笑みを向けた。
「巨木が育つときに、吸収されていったみたいだよ」
ルードランは花を複写しながら目撃したのだろう。
聖なる巨木に吸収された……なら、悪用されることはないはず。でも……。
「どういう状態になってしまったのでしょう?」
マティマナは、ちょっとおろおろして訊く。
『私の空間に扉が残っていますね。そこから、いつでも、元堕天翼の転移城、聖なる花園に行かれるのではないかしら?』
喋翅空間越しにマティマナの声が聞こえたようで、ディアートが応えてくれた。
「……それなら良かった」
ホッと、安堵した途端に、ふらっと身体が頽れそうになる。
すかさずルードランが抱き留めてくれたかと思うと、転移されていた。
一休みといいつつ、だいぶ長く眠ったようだ。その後、マティマナは、ルードランと一緒に工房へと入った。
鑑定士のダウゼは休みで、メリッサもまだ来ていない。
バシオンと堕天翼組織の者たちは、ライセル領に入れなくなった。
ジュノエレが天空城に連絡を入れたので、近いうちにライセル小国との交流が始まるはずだ。
ただ、これで終わったわけではない。
あちこちの遊郭や娼館にバラバラに売られてしまった天空人たちを助けなくてはならない。
ライセルの領地に連れ込めばなんとかなるが、助けに行く人選の問題もある。
それ以前に、天空人につけられた首枷を外す手段というか、魔法具を造る必要がある。マティマナには効かない首枷だったし、マティマナが触れるとソーチェからは消えた。
綺麗な飾りのようだけれど、バシオンの首枷は魔道具だ。
思案しているうちに、法師ウレンが工房へと入ってきた。
「バシオンさんって、魔道師なのでしょうか?」
マティマナは首を傾げてルードランとウレンとに訊く。バシオンは元天空人だという話であるし、使っているのは魔道とは何となく違う気がした。
「堕天と言っていますから。魔道師というよりは、異界の異能というところでしょうか」
法師ウレンの応えに、なんとなく納得した。きっと、魔道のほうでの穢れた力であれば、最初から聖邪の循環ができたと思う。
まだ、ソーチェの浄化も終わっていなかった。長期間かかるだろう。とても大量に聖なる魔気が必要なので、マティマナはルードランと共に何度も、暗黒の森へと聖邪の循環をしに行く必要がある。
助けられてライセル小国にくるのは、もっと汚染のひどい、売られた者たちだ。
浄化の方法も、何か考えないといけないだろう。
「ディアさまは、魔道師でも構わないと言ってくださいました」
ウレンは、密やかな言葉で打ち明けてくれた。
あら? いつの間にか進展してるのね?
マティマナは、少しホッとする。
「それは良かった。だけど、何か問題があるようだね?」
ルードランは、ずっと思案げにしているウレンの様子に気づいたようで訊く。
「カルパム所属になることは、全く問題ないのですが、どうしても法師へのこだわりが捨てきれず……」
ディアさまは、気にしておられませんが……。と、ウレンは呟き足す。
ウレンのこだわりはともかく、ふたり一緒に人生を歩むことにしたのは確かなようだった。
「それなら、フランゾラムさまに掛けあいにいきましょう! 何か方法あるかもしれませんよ?」
マティマナは、一番の難関は克服したのだから、もう怖いものはないのでは? と、思っている。
「そうだね。悩んでいても先には進めない。提案を訊くのが良いと思うよ!」
即座に、ルードランはマティマナの言葉に同意してくれた。
「それなら、手紙送りますね!」
マティマナはウレンの言葉も待たず。ああああ、と、腕を泳がせて慌てているようなウレンを尻目に、一瞬で「お伺いの手紙」を書き「お届け」した。
即座に返信の巻物が手に現れる。
「『直ぐに来い』、だそうです」
フランゾラムからの返信を、マティマナはルードランとウレンに告げた。
メリッサへは、出かける旨「手紙」を「届け」る。
「では、ウレンに転移を頼もうか」
ルードランの笑み含みの声に、困惑していたウレンは深く呼吸をし、意を決したような表情を浮かべ、三人を転移させた。
カルパム城の敷地へと入ると、フランゾラムの力で更に転移させられる。
以前に来たときと同じ、海の見える三階ぶち抜きガラス窓がある来客用らしき場所だ。
黒金の衣装で、大魔道師であるフランゾラムと、カルパム領主のリヒトは並んで迎えてくれた。
「カルパム所属にして頂きたく。ただ、法師であることへの拘りが捨てられないのです」
相互に挨拶を済ませた後で、法師ウレンは悩ましげに告げた。堕天翼との事件の真っ只中、ずっと考え続けていたのだろう。
「別に、構わんぞ?」
魔道師になれ、と言っていたフランゾラムは、即答だ。法師ウレンの苦悩の長さがなんだったのか、というほどのあっけなさ。何気にフランゾラムは愉しそうな笑みだと、マティマナは感じていた。
「は? 法師のまま、カルパム所属にして頂けるなど、可能なのですか?」
確かに。それは、ウレンが法師のままディアートと婚姻することを意味する。そんなことを、聖王院が許すだろうか?
「私に禁忌はない。ケディゼピス殿の顔が見物ではあるな」
くつくつと笑うようなフランゾラムは、なんとはなしに無邪気な気配だ。
法師、という名乗りを残すことを、フランゾラムは許可した。聖王院は嫌がるだろうと承知の上でのようだ。
名乗りの問題だけ、といえばだけなのだが。本来、フランゾラムにとっても、常識を覆す、とんでもない決断のはずだ。
「結婚式には、ぜひ、またキーラを招いてやって?」
カルパム領主のリヒトも笑みを浮かべて告げている。全く問題などない、という表情だ。
「もちろんです。来ていただけると私も嬉しいです」
ウレンは、茫然としたまま応えている。
余りにあっけなく、解決してしまったので実感がわかないのかな?
しかしマティマナは、とても安堵していた。
ディアートも、ウレンも、何も妥協せずにすんだのだ。






