第323話 ダンジョンコア
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バーベキューの翌日。
今日は夏休み最終日。
有終の美ではないが、今日は張り切って金の延べ棒拾いをしようとシュレア屋敷で朝食を摂った後、少し休んでからダンジョンセンターの専用個室に転移した。
クロちゃんをロッカーから取り出して肩掛けホルダーに固定して装備していたら、通路側の扉の先が何やら騒がしい。
専用個室の扉は買い取り所の扉と同じで重そうな金属製の扉なので、たいていの音は遮断されるのだが、現に騒がしいということは誰かが大声を出して駆けまわっているのではないか?
専用個室の扉を開けて通路に出てみたところ、騒がしいのは玄関ホールというか渦の前の改札機の置かれた辺りだった。
またダンジョン内で地震が起きたのかも知れないと思った俺はそっちに向かって走っていった。
騒いでいるのはこれからダンジョンに入ろうとしている冒険者たちだった。地震ではないのか?
なにかがおかしいと思って彼らの先を見渡したら、改札機の先にあったはずの渦がない!
渦の前で冒険者たちが立ち往生して騒いでいたわけだ。
立ち往生ならそれだけだが、渦がない以上、中にいる連中はダンジョンから出られないはずだ。
俺は中の様子を確かめるため、1階層の階段小屋の裏に転移して、渦のある方向に駆けていったところ、渦の前、正確には渦のあった場所の前に大勢の冒険者が集まって騒いでいた。
サイタマダンジョンセンターだけの話なら、俺がピストン輸送することでそれなりの数の冒険者をダンジョンの外に連れ出せるが、そんな派手なことをしたいわけではない。
それができたとしてもまだ全国に63個のダンジョンがある。俺が跳んでいけるのはトウキョウダンジョンとフクオカダンジョンだけなので、これはかなりマズい状況だ。
どうすればいいのか考えていたら、足元が揺れた。地震だ。
揺れはそれほど大きくはないのだが、なかなか収まらずいつまでも揺れている。
渦のあった場所の前に集まっている冒険者たちがさらに騒ぎ始めた。
「ダンジョンコアが本当に死にかかって渦が消えてしまったってことなのか?」
「その可能性が高いと思います」と、タマちゃん。
俺が生きている間にもしものことが起こるとは思っていなかったのだが、ダンジョンコアのご臨終が目の前に迫ってきているのかもしれない。
ダンジョンコアを延命させ、ある程度元気を取り戻してやれるような手段、方法はないのか?
……。
そうだ! エリクシールの効能は『全てを癒す』だったはず。
うまくすればダンジョンコアがよみがえる可能性が高い。
「ダンジョンコアにエリクシールを試してみよう」
「分かりました」
「ふぃふゅ」
ディテクター×2、レビテート、ファインドトラップ、スピード、ストレングスを発動。これで準備良し。レビテートの関係で足元の揺れは感じなくなった。
俺はリュックの中のタマちゃんと右肩に乗せたフィオナを伴ってコア階層、28階層の階段部屋に転移した。
真っ先に階段部屋の中で復活していた罠を解除した。コアの機能が残っているうちに復活していたのだろう。そのあと出入り口の扉に手をかけ、空洞側に出た。
空洞内は転移が使えないから、ここからはコアのある場所まで走ることになる。
「タマちゃん、俺はダンジョンコアに向かって全力で走るから、見えないモンスターはタマちゃんが撃破してくれ」
「はい」
そこから30分でダンジョンコアの浮かぶ台まで何とかたどり着いた。その間かなりの数の幽霊モンスターをタマちゃんはたおしていたようだが、その数は聞いていない。
目の前のダンジョンコアの形は前回見た時よりもさらにいびつになっていて、台の上に黒い粉が降り積もっていた。
俺の足はレビテートによって池の水の上だ。依然として地震は収まっておらず池の水は大きく波立っている。1階層の揺れよりここの揺れの方が大きいように思える。
「タマちゃん、鑑定指輪を頼む」
「はい」
俺は何か分かるかもしれないと思って鑑定指輪をタマちゃんに渡してもらい左指にはめてダンジョンコアを鑑定してみた。
やはりダンジョンコアであることしかわからなかった。
そうしている間に揺れが大きくなってきたようで池の水が大きく波打ちしぶきが安全靴にかかり始めた。
「タマちゃん、エリクシールを」
「はい」
リュックの中のタマちゃんから白く輝くエリクシールのポーション瓶を受け取り、瓶の栓を外そうとしていたら、後ろの建物の一画が轟音を立てて吹き飛んで俺のところまで破片が飛んできた。
「今のは何だ?」
「上から何かが落ちてきたようでした」
「ダンジョンの天盤が崩れ始めたってことか?」
「おそらくそうだと思います。
揺れも続いている以上落下は続くと思います」
タマちゃんが話し終わったと同時に、また轟音が鳴り響き今度は俺の正面の一画が吹き飛んだ。
状況はかなりマズい。
エリクシールが俺の予想通り効果を発揮してくれてダンジョンコアが回復してくれればいいが、そうでなければ天盤が大崩落する。おそらくほかの階層も同様のはずだ。
俺だって転移が使えるようになる階段部屋まで全力で走ったとしても、来た時と同じで30分はかかる。それまで天盤が持ちそうにないし、何とかたどり着けたとしても、階段部屋自体が落下する天盤の岩によって押しつぶされているかもしれない。
頼むエリクシール。効いてくれ!
瓶の蓋を外して半分ほどエリクシールをダンジョンコアに垂らしてみた。
エリクシールはダンジョンコアを包むように広がって、そのうち蒸発したように消えてしまった。
俺はダンジョンコアの変化を待った。
……。
何も変化はなく地震は続いているし、天井からの崩落も続いている。中庭を囲む建物もかなり破壊されてしまった。いつ俺の頭上に天盤から岩が降ってきてもおかしくない。
「やはりダメみたいだ」
これはかなりマズい状況だ。何か良い手はないのか、……?
「主、ダンジョンコアに新しい命を吹き込む方法の答えが分かったような気がします」
「どうすればいい?」
「主、あのドラゴンの核を吸収していいですか?」
「どういうことだ?」
「あのドラゴンはエンシャントドラゴン。エンシャントドラゴンはドラゴン種の最上位種のハズです。エンシャントドラゴンの核を食べればわたしはおそらくスライム種の最上位種に進化します。進化したわたしならダンジョンコアと同化できると思います」
「同化というのは、タマちゃんとダンジョンコアが一緒になる。つまり、タマちゃんが新しい命としてダンジョンコアになるってことか?」
「はい。そうすればダンジョンの崩壊を止めることができますし、主の望むものを作り出すこともできます」
「そしたら、タマちゃんは?」
「タマとしての意識はなくなると思います」
「それじゃあ、お前が死んでしまうのと同じじゃないか?」
「はい。でもずっと以前に死んでいたはずのわたしですし、主と一緒にいろいろなことを経験し、おいしいものもいっぱい食べられました。だから主は気にしないでください」
「ばか! そんなことできるわけないだろ!」
「主、ダンジョンコアが死んでしまえばこの階層もじきに崩壊し、このダンジョンの全てが同じように崩壊します。そうなれば主を含めてダンジョンの中にいる全員が死んでしまいます。わたしがダンジョンコアになるだけでみんな助かります」
「それはみんな助かるとは言わないんだよ!」
「わたしは主に生きていてもらいたい! ……。ドラゴンのコアを今吸収しました。
預かっていたもの主にお返しします」
俺の背中がちくりとした。今のが何だったのかは分からない。
止める間もなくリュックから這い出したタマちゃんはいちど池の中に沈んで、それからダンジョンコアの浮く台を這い上っていった。そのタマちゃんの金色の体は中から光が漏れて輝いていた。
そして台の上に浮く形が崩れたダンジョンコアにタマちゃんの輝く金色の体がすっぽり覆いかぶさり金色の球体となった。
俺の肩から飛びあがったフィオナはその球体の上で狂ったように飛び回り始めた。
金色の球体は少しずつ小さくなっていき同時に金色から黄色みが取れていき白く輝く球体になった。
そして俺の頭の中に声が響いた『主、ダンジョンコアと同化しました。これがタマとしてのわたしの意識が残っている最後の言葉です。主、今までありがとう……』
その間、俺は金縛りにあったわけでもないのに動けず、タマちゃんの最後の言葉にも応えることができなかった。
しばらく台の前で立ち尽くしていたら、フィオナが俺の肩に戻ってきた。
気付けば池の波は収まっていた。
……。
「イチロー」
耳元で鈴のような小さな声がした。今の声はフィオナなのか?
「フィオナ、話せるようになったのか?」
「さっき急に話せるようになったことが分かった」
「タマちゃんのおかげか?」
「そうだと思う。イチロー、元気出して」
「俺はいつも元気だぞ。だけどありがとうフィオナ」
「ならよかった。
イチロー、ダンジョンコアを触った方がいい。そうすればダンジョンコアはイチローのことをマスターと認識する」
そうか。もうタマちゃんじゃなくってダンジョンコアなんだものな。
俺は手袋を外し両手を新しいダンジョンコアに添えた。
『あなたを主と認めます』
頭の中に声が響いた。その声をタマちゃんと思いたかったが、タマちゃんとは思えなかった。
それでも俺はもしやと思って聞いてみた。
「コア、コアの中にはタマちゃんの記憶とか残っていないのか?」
『何も残っていません。ただ……。ただ、マスターの声を聞くと何か温かいものを感じます』
「そっか。そうか。そうか。……」




