第301話 氷川涼子21、海岸2
「入り江の先は平地のようだから、下に下りて海沿いにドライブするか。もし町があるようなら海沿いの可能性が高いからな」
「それはどうしてだ?」
「例えば館のある台地上に人の住む町や村があったなら、アインたちが知っているはずだし、その連中もアインたちのことを知っているだろうから何らかの交流があってしかるべきだろ? いまのところアインたちはこの島で人の痕跡を見てはいないと言っている。もし人が今この島に住んでいるなら他所からこの島にやってきた。つまり船でこの島にやってきたことになる。よほどのことがない限り本国と交流したいだろうから港に類する場所に町を築くと思うんだ」
「なるほど。さすがは長谷川だ。タマちゃんにすぐるとも劣らないな」
比較が何だか微妙だが、ほめられたと思っておこう。
「海沿いを走ることは分かったが、ロンドちゃんはサンドバギーじゃないから砂浜の上は苦手だぞ」
「湾沿いに歩いて行けばそのうち砂じゃないところに出るだろう。そこでロンドちゃんに乗り込めば大丈夫のはずだ」
「それもそうだな」
「それじゃあ、とりあえずここから目視で転移できるとこまで転移するか」
「ああ」
双眼鏡をタマちゃんに預け、崖の先端辺りまで歩いて行き目視で転移できる限界を探してみた。
「主、双眼鏡で確認しても転移できるのでは?」
「確かに」
「さすがはタマちゃんだ。長谷川より頭がいいのかも。アハハハ」
今日も氷川はテンション高いな。
タマちゃんに再度双眼鏡を出してもらって、転移先を探したところ随分先で砂のない地面の上に直接転移できそうだった。これはいい。
タマちゃんに双眼鏡を預けて氷川が俺の手を取ったところで先ほど見つけた地面の上に転移した。
「ここならロンドちゃんで走れるな」
「それじゃあ、ロンドちゃんをここに出していいな」
「ああ」
俺がタマちゃんに何か言う前にタマちゃんの偽足が伸びてロンドちゃんが現れた。
「長谷川が転移で現れるのも奇妙な感覚があるが、ロンドちゃんがいきなり現れたり消えたりするのはもっと奇妙だな」
それが普通の感覚だよな。
「それじゃあ、長谷川。助手席に乗ってくれ」
「おう」
助手席に乗り込んでリュックを足元に置き、シートベルトを締めたと思ったらエンジンがかかりいきなりロンドちゃんが急加速で走り出した。
ロンドちゃんの走っている方向は北西か北北西だと思う。
フィオナはしっかり俺の右肩にかかったシートベルトにつかまって前後左右上下の振動に耐えている。ロンドちゃんよりロディオちゃんでは? という考えがふいに頭に浮かんだ。
「長谷川、音楽聞いてもいいか?」
氷川が聞いてきた。嫌だとはもちろん言えないので「もちろんだ」と返事したらすぐに例の音楽が大音量で流れ出した。
意味は肯定だが、微妙なニュアンスを込めて「もちろんだ」と言ったのだが、氷川に通じてはいなかったようだ。
大音量のアニメ音楽を聞きながら振動に耐える俺とフィオナ。タマちゃんはきっと平気と思うが実際はどうか分からない。
そんな俺たちにお構いなしにロンドちゃんは左手に海を見ながら走っていく。2時間弱走り続けたところで休憩することになった。その間に集落はもとより人のなにがしかの痕跡もなかった。
俺は氷川がサイドブレーキを引くのを確かめてから、タマちゃん入りのリュックを持ってロンドちゃんから降り、伸びをした。
俺の右肩の上に座ったフィオナは座ったままで伸びをした。
「氷川、飲み物があるけど飲むか? 今あるのは、コーラ、スポーツドリンク、炭酸水、ただのミネラルウォーター、緑茶だ」
「それじゃあ、緑茶をもらおうか」
「俺も緑茶にするか」
またロディオマシーンに揺られることを考えると炭酸は遠慮した方がいいだろう。タマちゃんに緑茶を2本出してもらって氷川に1本渡した。
「この調子だと、この島には人は住んでなさそうだな」
「人の住んでいる痕跡すらないからそうみたいだな」
「この世界全体でも人が住んでいない可能性もあるのではないか?」
「その可能性もあるだろうな。地球の歴史の中で人間のいた時間はほんのわずかだったようだしな」
「この世界が星だとして、長谷川がこの星の主というわけか。さすがは長谷川だ」
そこに「さすが」は関係ないだろ。
「雲が出てきたな」
「そうだな。雲が厚いから雨が降りそうだ。雨が降り始めたら撤収するか?」
「雨の中のドライブもそれはそれで楽しいぞ」
「そうなのか?」
「水たまりに突っ込んでいくのが楽しいんだ」
「危なくないのか?」
「ハンドルはそれなりに取られるが、そこを何とかするのもまた面白い」
「それって、かなり危ないだろ?」
「もちろん周りに人がいたり車がいればそういった無茶はしないけどな。
ここなら何してもいいだろ?」
「それはそうかもしれないが、わざわざ無茶しなくてもいいんじゃないか?」
「無茶と言ったのは言葉の綾だ。ダイナミックな運転という意味だから安心してくれ」
いや、それってほとんど同じ意味だろ!
氷川と雑談しながら緑茶のペットボトルを半分ほど飲んだところで俺たちはロンドちゃんに乗り込み、ドライブが再開された。
12時少し前までドライブしたところ、雨は降り出しはしなかったが、空は一面厚い雲で覆われた。それと、人の住んでいるような痕跡はやはり見つからなかった。
「氷川! そろそろ昼にしよう!」
今回は最初からアニメ音楽に負けないように大声で氷川に言った。
「了解」
まず俺がリュックを持って停止したロンドちゃんから降りた。
氷川はエンジンを止め小型の手提げカバンを持って降りてきた。俺が先に降りた関係でサイドブレーキをかけたかどうかは見ていないが、停止した場所は平地だから次にここにタマちゃんが排出してもいきなり動き出すことはないだろう。
「タマちゃんにロンドちゃんを収納してもらって、館の俺の書斎に転移するから」
俺が手に持ったリュックからタマちゃんの偽足が伸びてがロンドちゃんが収納された。
転移に備えて氷川が俺の手を取ったところで、
「こうやって長谷川と手を繋いでいると、幼稚園時代を思い出すなー」
そうかい。そいつはよかったな。
「それじゃあ、転移するぞ」
「おう」
書斎に現れたらアインが待っていてくれた。
「これは氷川さま」
「こんにちは、アインさん。お世話になります」
「荷物をお預かりしましょう」
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「分かりました。
食事の用意はできていますから、どうぞ」
壁に立てかけておいたリュックからタマちゃんが這い出し、揃って食堂に向かった。
書斎を出て窓を見たら雨が降っていた。
「雨降ってるな」
「1時間ほど前から降り出しました」
ということは雨は東から西に移動してるってことか?
なんであれ、食事が終わるころには、先ほどまでいた西海岸沿いは雨が降ってるな。
食堂に入ったところで氷川を俺の右前の席、タマちゃんの向かいに座らせた。
「タマちゃんも一緒なんだな」
「タマちゃんは現在味覚を人間に合わせるため味の特訓中なんだ。それに一緒に食べるの楽しいと言っているしな」
「さすがはタマちゃんだ。見た目はスライムだが中身は立派な大人だな」
「そういうことだ」
すぐに16号が現れて料理をテーブルの上に並べていった。
今日の料理は、小さなツボの上にパイ生地のようなものがかぶせられ、それがプックラと膨らんでいる。その他に揚げパンとサイコロ状のポテトがそのままの形で残ったポテトサラダ、それに赤いスープだった。
フィオナには、ハチミツとイチゴジャムと何だかわからないけれど黒いジャムがそれぞれ小皿に入れられていた。
「16号、これは何だ?」
「クリームシチューをツボに入れ、パイ生地を上蓋として焼いたものです。
スプーンでパイ生地を潰してシチューの中にひたしてシチューと一緒にお召し上がりください」
「揚げパンはカレーパン?」
「いえ、ピロシキという名まえのものをまねたものです」
ピロシキということはロシア料理なのか。
「長谷川、スープはボルシチでサラダはオリヴィエ・サラダじゃないか?」
「氷川、詳しいな」
「わたしの実家で母がどちらもたまに作ってくれたから。つぼ焼きパイとピロシキは買ってきたものを食べただけだ」
「それじゃあ、そろそろ食べよう。いただきます」
「「いただきます」」
お手拭き用の長細い皿から温かいお手拭きで手を拭いた。
さっそくツボのふたになったパイを言われた通りスプーンで潰したら湯気が噴き出てきた。構わず潰して中に入れて、中に入っていたおそらくキノコのクリームシチューと一緒に口に運んだ。
パリパリのパイにシチューがしみこんでやわらかくなっているのだが、まだ若干芯が硬い。そこがまたいい。
うまい。うまいじゃないか。




