第三十五話 帰って
俺はヨタヨタと銀のギルド長像壊に、軽量化の印を彫られている台座を地雷から回収した魔結晶の魔力を使い融解させ、合体させてから風呂敷で包み、一人でセントノールに帰った。後に門のところで生存報告をしてから教官室の宿直室へと潜り込んだ。
肩の具合も、体力的にも限界だった為家に帰る気がしなかったからだ。そこで、ギルド内で使用した道具とその後始末を報告。治療魔法が使える魔法使いもいたにはいたが、俺より重傷なのがいて忙しそうだったから上着を脱いでテーピングしてでの応急処置だけで済ませた。まぁ魔力が回復してから循環を使い続ければ直ぐ治るだろう。
「……で、いいのかネル。皆まだ騒いでる頃だぞ?」
俺は傍らに座るネルに声をかける。
何故かネルは俺が宿直室に行くと言ったとたん席を立ち着いてきた。その時、僅かながらアミルと見つめ合っていたようだが、一体何が?
「構いません、それより、大丈夫ですか?」
そう言ってネルは俺の肩を見る。
確かに銀のギルド長(軽量化状態)を放り投げたときブチッと嫌な音がしたが、ちょっと負荷か掛かりすぎただけで問題はない。他にも傷はあるが、それもまた自然治癒できるものだ。
「平気だ。右肩以外はかすり傷だったり軽傷だからな。ネルの方は大丈夫だったか?」
今のところ、俺の知り合いが怪我をした、死んだという報告は耳に入っていないがやはり心配だ。
「全員無事です。ちょっと怪我をした人はいますけど、後遺症等は残らないそうです。前線も、死亡者は出てないそうです」
それを聞いて安心した。
少しは頑張ったかいがあったというものだ。だがまぁ、前線は死亡者が出ていないだけか……いや、しょうがないことだな。ネルが気を遣ってくれているのにしんみりしていられない。この世界じゃよくあることで、常識だ。
「ネルは、無事だな? ケガとかはしてないか?」
「私は全然。内側の守備は殆どやることがありませんでした。……アミルさんが張り切ってくれましたから」
少々不機嫌そうに言うネル。
理由は問わない、そうしたほうがいいと経験が告げているのだ。
「ま、まぁ無事ならいいんだ無事なら。っつ、何時も通り手を振ってしまった……早く直さないと不便でしょうがない」
誤魔化すように前の方で手を振ってしまった。
当然両手だ。つい癖になっているためか負傷しているのを忘れてしまった。
「あの、少し冷やしましょうか? 私は特に魔力を使ってないので余裕がありますし、冷やすくらいなら……」
ネルはそう言いながら冷気を手に集めている。
そして何時の間にか俺の目の前にいて、右肩の部分に手を当ててくる。
「冷たっ!?」
「我慢です、すぐに慣れますから」
そのまま肩に手を当て続ける。
うん? 冷気だけなら手を直接当てる必要はないんじゃないか? というか、俺って今上着脱いでるから包帯巻いてるだけで半裸と変わらないんですけれど?
いやいや、何故寄りかかってきますかネルさん。
「傷だらけですね、先輩」
「まぁ、仕方ない。無傷で帰る力が俺には無かった、そういうことだ。ホント、今回は痛感させられた」
思考を別の事に切り替えて、ちょっと出てきかけている本能を排除。
だってネルさん、肩をペタペタとペタペタとっ! いや、冷やしてもらっている手前何も言えないがくすぐったい。
「私は知りませんでした。アミルさんは知ってたみたいですけど」
「知ってたって、何を?」
「長との戦闘のことです。アミルさんは、知ってました」
グリグリと、何故か肩にかかる力が増加した。
え、何で? 何で俺は今怒られてますか!?
「私じゃ、不安ですか?」
「不安って、ネル、さっきから何を……」
するとネル、はぁと呆れたようなため息をついた後ジト目で俺を見据えてくる。
眼鏡の奥から俺を貫く鋭い眼光が痛い。
しかし、その鋭い眼光は弱まり、徐々に徐々に俯いていく。
そしてネルは、
「言ってしまえば……ちょっとした、その、ですね……嫉妬みたいなものです……」
「………………ん?」
なんか可愛い事を言われたような?
嫉妬と言ったのかこの娘は。
「確かに、アミルさんの方が強いですしランクも上ですけど……少なくとも先輩と一緒にいた時間は負けないつもりです」
それはつまり、戦力として考えればアミルの方が上だが俺と共に組んで戦うなら自分の方がやりやすいですよと言うことか。ああ、そういうことか。応援を頼むならアミルでなく自分がいいと。
ネルの心境は、相棒取られて悲しいみたいなものか。
確かに、アミルと組むよりはネルとの方がやりやすい。アミル、俺を囮にするだけなんだもんよ。
「確かに、俺も一緒に戦うんならネルの方がいいな」
「……! そう、ですか。そうですか」
「ネルはアミルと違って、ちゃんと考えてくれるし。……一人ずっと囮とかない」
「む、……期待していた答えとちょっと違いますね。まぁ、前進しているのでよしとします」
ボソボソと言ってたためよく聞き取れなかったが、ネルがまぁいいですと言っていたので気にしないことにする。
「あー、それとだがな? アミルにその件を伝えたのはギルド長だと思う。今日俺はアミルとは一度も話してない」
「ギルド長……ここでも出てきましたか。まさに裏ボス的な存在ですね」
俺は同意だと呟き、その後もネルと共に談笑を続けた。
そうして気づけばギルド側から聞こえていた宴会の騒ぎは収まりつつあり、かなり時間が経過していることが分かった。見れば時計は十二時を過ぎている。俺はここに泊まるからいいのだが、ネルはそうするわけにもいかない。そろそろ帰すべきだろう。
「ネル、時間も遅いしそろそろ帰ったほうがいい。送っていく」
俺がそう言うと、ネルはギルド長に送ってもらうから大丈夫といい部屋を出ていった。……なんでギルド長? 見ため幼女のあの人に頼り甲斐なんてあるのだろうか。いや、ない。
まぁネルならばそんじょそこらの奴じゃ不意打ちすら出来ないし問題はないか。
「それより問題は、俺だよな」
ゴロンと転がりため息をつく。
今日の戦い実に無様だった。それでも勝てたのだから良しとしたいが、そうもいかない。
勝ちはしたが、それこそギルド提供の道具があったからであって通常状態の俺じゃあ厳しかっただろう。落とし穴、地雷、魔石、各種ナイフ、これらが事前に準備出来ていたからの戦果であってこれらが無ければもっと長引き重傷を負っていたかもしれない。
「そもそも、スキルに頼りすぎてたか……」
回避特化スキルの便利さを、改めて感じた。
今日は襲撃の前日に使ってしまったからたった一度しか使えず、かなり作戦に制限ができた。どれだけスキルに頼っていたのかがハッキリと分かった。またこういう状況になったとき、運良く満月が近いなんてこともそうそうないだろう。
また、図書館に篭る必要が出てきた。
そこで覚えよう。俺一人でもある程度的を倒せるような魔法技術を。更に圧縮完了までの速度も修練して上げよう。循環も更に効率を求め、新しく覚えた技術と組み合わせよう。
地力はもうどうにもならない事を知っているから、出来ることを増やして突き詰める。
「早速、明日にでも行くか。あーでも襲撃後だしやってるか?」
流石に襲撃後で不安の残る時に店は開けないか。
そんな時、コロンと転がり落ちる石が一つ。
「あれ、そう言えばアレからずっと入れっぱなしだったか」
手に持ってみると、ラインと共に鉱山に行ったとき手に入れた石だと分かった。
ただ、どうも最初の頃と形、色が違って見える。
「……また、透明度が無くなってる? 形もやけに丸くなってる。あの戦闘でぶつけたか?」
ま、どうでもいいかと再びカバンの中に仕舞い込み、本日の功労者を風呂敷から解き放つ。
当然そこには、ドヤ顔を残しボロボロになった銀のギルド長壊があった。
「本当に、ギルド長を模しただけで神秘が宿ったな。御陰で早く終わった」
パンパンと両手を合わせて拝んでおく。
皆無事だった。ギルド長もネルもコンルもダネンの爺さんも、そして元生徒たちも。
でも今回は運がよかったに過ぎない。次は誰かが死ぬかもしれない。そうならないように生徒たちには最低限の事を教えたつもりだが絶対なんて有り得ないこの世界では、安心することなんてできやしない。
出来ることなら、全員の死亡率を下げられる何かを探し出したい。天才でなくとも使えるような、そんな都合のいいものを見つけたい。なと分かってはいるが、求めずにはいられない。
「結局、転生したとはいえ命の重さは向こう基準のまま……か」
こんな事で確認したくなかったが、どうやら俺はまだ完全にこの世界色に染まった訳ではなかったようだ。この世界では、俺が思っている以上に命は軽く、簡単に消えていく。
俺は考えることに嫌気がさしため息をついてから宿直室にあるシャワーで体が痛むなか汗を流して布団に入り明かりを消す。
明日は何時も通りの日常が帰ってくるんだと信じ、そのまま、泥のように眠りについた。
その数日後、またあの変人と出会うなんて考えもせずに。
これで一区切り。
この後はちょっと書きダメしたいのでお休みです。




